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trip change  作者: tamap
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目覚め

 目覚めれば重病でも患った後のように体が重かった。

見知らぬ部屋。

ひどく低い天井は木のような物で張り巡らされている。

異国風の小さな部屋。

 目を開いて、それらを見て取ったのは一瞬だった。

後は再び目を閉じて辺りの気配を探る。

まるで市が立っている町のど真ん中にでも居るような騒がしさに取り囲まれている。

 彼は再び目を開き、今度はじっくりと周りを見回した。

少なくとも今自分に注目している者は居ない。

 しかし、妙だった。

体が重く感覚が酷く鈍い気がする。

まるで、体にも精神にも何かを一枚掛けられているかのように。

 一服盛られた記憶は無い。

そして、こんな妙な場所の記憶も。

ここで目覚める前、彼は確かに自分の国で仲間たちと共に居たのだから。


 起き上がろうとして彼は横たわっていた褥についた手を見、目を見開いた。

白い小さな手。

それは彼の物では無かった。

その肌の色も見覚えの無い物だ。

 彼の種族の手はどんなに使ってもけして節くれだったり、ゴツゴツ無骨になったりはしないのだが、それでもこの手は華奢すぎる。

 ゆるやかに身を起こし、彼は辺りをゆっくりと見回した。

床に直接敷かれた褥。

だが床は植物らしき物で織られた敷物が敷き詰められている。

 窓が一つ。そこに掛けられた花柄のカーテンを通して光が漏れている。

天井は木。壁には何本かの木の柱があり、その間の壁は布か紙のような物が貼られている。

壁際に低い家具が置かれ、その上には見た事も無い不思議な物が所狭しと並んでいる。

座って使うらしい低い卓が隅に寄せられ、その上に木の箱が一つ。


 彼は自分の体を見下ろし、一瞬彼の種族としては決してやってはいけない事、一瞬とは言え呆然自失としてしまった。

女の体だった。

ちょっとばかり痩せすぎで胸も大きくは無いが、ダブダブの衣服の上からでも触れるまでも無く、女だと判るシルエット。

 だが、いつまでも驚いてばかりはいなかった。

彼は立ち上がり辺りを調べにかかる。

見た事も無い品物。空気のニオイ。物音・・・。

すでに彼は結論を出していた。

自分が他人の体の中に居る事。

そして、ここが彼の知るいかなる国でも無く、多分世界が違うのだという事を。


 周りから聞こえて来る沢山の言葉。

部屋の壁が薄いのだろう、両隣からの生活音と会話と言うより何かの報告をしているような言葉の羅列。

聞いた事も無い言葉の筈なのに、その言葉が判る。

多分、それは彼が入り込んでいるこの女性の知識なのだろう。

『・・・・今日の天気は晴れ後曇り。傘は必要ありません・・・』

『・・・歌手のキャロルさんが夫で内科医の遠藤氏との離婚を発表しました・・・』

『・・・現在事故で通行止めになっている・・・』


 壁際の小さな卓の上の箱は、どうやら化粧箱の様だった。

蓋を開けばその内側に信じられないほど歪みの無い鏡。

鏡の映しだす現在の彼は黒い髪と茶色の目、顎の尖った痩せぎすな顔だった。

彼の一族のような息を飲むほどの美しさも華やかさも無い目立たない平凡な顔だったが、けして醜くは無いと思った。

髪の色と目の色は同じだったが皮膚の色合いが少し違う。

何よりも顔立ちや体格がはっきりと彼らとは異なる民族だと示している。

目鼻立ちは起伏に乏しく平坦だったが、彼としては顔の造作がやたらと大ぶりに出来ているよりはずっと良いと思う。


 他の者ならば、こんな立場に置かれれば、ただもうショックのあまり呆然と何もするどころでは無かっただろうが、彼はあっさりと驚きを克服し、パニックになる事も無く気持ちをさっさと切り替えて自分とその周りの事を知ろうとし始めた。


 小さな部屋だったが見知らぬ雑多な物が多すぎて調査は結構手間取った。

植物を編んだ敷物が6枚組み合わせて敷いてある床。一方の壁際が少し板張りになっていて、炊事場らしい事は判ったが水瓶も竈も無い。

なぜ炊事場だと判ったのかと言えば陶器の食器類が洗われてツルリとした知らない素材の籠に入れてある。

並びに外に通じるらしき扉が簡単な掛け金で戸締りされている。

こんな物、大の男が力任せに体当たりすればすぐに壊れそうだが余程治安の良い場所なのだろうか?


 枠だけしか無いような簡単な本棚に沢山の本が並んでいたがそのすべての文字が読めなかった。

だが、言葉は何故か理解できた。

それはこの体の持ち主の記憶なのかも知れない。

言葉と言う物は文字を覚えるよりも古くから、それこそ生まれた瞬間からその周囲にあった物のはずだろうから。


 花柄のカーテンの向こうは信じられぬほどに透き通り歪みの無い板ガラスが嵌め込まれた金属の窓だったが、その向こうは手を伸ばせば触れられるほどの近さに隣家の壁がそそり立っている。

朝の日差しがその隙間を通ってほんの僅かな時間だけ周囲の壁に反射して差し込むだけで十分な採光は望むべくも無いが部屋の中はそう湿った様子も無いので通風は良いのだろう。


 外に出るには情報が致命的に不足している。

水と食べ物は見つけた。

水は炊事場の金属のパイプの栓を捻る事で出て来た。

容易く触れるものに危険なものなどあるまいと、片っ端から触り、調べてみたのだ。

食べ物は炊事場の傍にある白い箱の中で見つけた。

中は氷室のように冷たく冷やされ、袋に入れられたパン、何かの煮物は皿のまま透明な薄い物で覆われていた。

 

 そして初めてその小さな部屋の扉が外から叩かれたのは彼が目覚めてから三日が立とうとしていた。

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