留学2
「嫌よ、お父様!」
レイコが叫んだ。「そんなの無いわ。こんな事立て続けに起こるはず無いじゃない」
「留学なら、また改めて行く事だって出来るんだから・・・」
娘に弱いレイコの父は困惑しきっていた。
ハイジャックに逢って、怖い目に遭った娘がそのまま留学に行きたいと言うなんて思わなかったからだ。
「駄目よお父様。私達もう4回生なのよ。リンちゃんと留学できるなんてこれが最後のチャンスなのよ」
そう言われてしまうと返す言葉は無かった。
彼としても娘を院に入れてまで手元から離しておきたくは無い。
就職に関しては鈴香は教員資格試験の方は去年の内に合格していた。
ただ、この夏にあったはずの採用試験は中身が完全に入れ替わっている今のリンには無理だったし、教師になる気も無い。
本来の鈴香には悪いのだが、鈴香としてもあの竜村に引っかけられかけた時に採用試験の準備は疎かになってしまっていたので今回は見送りと言う事は仕方が無いと思う。
来年は卒業で、就職しない訳には行かないだろうが、レイコから自分が行く事になる父親の会社に一緒に行こうと強く勧められていたし、あの受付アルバイトの騒ぎでレイコの父親の方からもぜひにと縁故枠採用をプッシュされていた。
そもそも、金持ちの子弟の多いリン達の大学は就職に関しては縁故採用がやたらと多くて、大学側としてもそれを当然と見做している。
金持ちの子弟が自分の親の会社に取り巻きや友人を誘う事など珍しくも無く、それを目当てに近づく者達も居る。
むしろ、鈴香のように教師になる事を目標に脇目も振らず、と言う方が稀だった。
「お願い、お父様。このまま次の便で行かせて」レイコは言った。
やはり行かなくてはならないのかと、リンはヤレヤレと言う思いだった。
レイコの願いに、甘い父親はとうとう押し切られてしまった。
レイコはハイジャックされている最中の事などケロリと忘れてしまったようだ。
レイコの父親の力なのか、リン達は勿論、村上さえたいして引き止められる事も無く、もっとも村上は傷を負っているので病院に行く必要があったが、手続きが出来る一番早い便で再び出発する事になったのだ。
もっとも、今度は桑原が最初から付いて来た。それだけは父親も譲らずレイコも納得していた。
そして、今回はファーストクラスだった。
リンはこの世界が財産の保有量によって地位も変わるのだと知った。
今回はつつがなく目的地に到着。
空港からはレイコの父の手配したリムジンで留学先の大学の目と鼻の先アパートに着く。
アパートと言っても日本でならマンションだ。寝室が3つもある学生には分不相応な豪華さだった。
もっとも、寝室が3つと言っても桑原が同居する訳では無い。
桑原は2人を送り届けただけでとんぼ返りして行った。
現地での護衛は女性の護衛を別に用意されていたが、2人にべったりくっ付いている訳でも無くあくまでももしもの時の護衛に徹するらしい。
留学と言っても、当の大学も日本と同じく夏休み中だから、その間を利用した外国人向けの語学学習が中心のカリキュラムで周りの者は日本人を含む外国人ばかりで、これでは日本で夏期講習を受けている様な物だとレイコは不満を漏らした。
だが、キャンパスを一歩出るとやはり外国で、バケーションシーズンとは言え外国暮らしを味わい堪能できた。
リンはこの国の空気に今までいた日本とは明らかに違うヒリヒリとするような緊張感を感じ、自分がずいぶんと感覚を鈍らせていたのではないかと警戒した。
ごく当たり前に命のやり取りをするような、人の命が日本よりもずっとずっと安い物であるような、そう、足元にも及びはしないが、彼の生まれた世界に似た剣呑さに満ちた空気。
知らず知らずに眠り呆けていたリンの身の内の野獣がムクリと身を起こした。
もっとも、周りの誰一人としてそれに気づいた者は居ない。
そう、それに気付く事のできる者はただ一人しか居ないだろう。
その男はまだ、この国に姿を現しては居ない。
公園の散策にショッピング、休み毎に麗美は飛行機を利用してあちこちと遠出する。
海外旅行には慣れている筈のレイコだから、リンに色々と見せてくれるつもりなのだろうが、空を飛ぶ事にも、凄まじいスピードで地上を疾駆する事にも未だ慣れているとは言えないリンにとっては、見知らぬ世界を見る興味を差し引いてもあまり嬉しい事では無かったのだが。
今回はちょっと短いです。
前の作品より一話をちょと長めにしたのですが長さがバラバラですねぇ。
やはり1500文字位が書きやすいです。
いよいよ、プリントアウトしてある資料が切れて来ました。
フロッピーの読み出しが出来ないので書き直しですかね~、とほほ・・・。




