プロローグ
新しい小説ですが書いた時期が古いので少々時代遅れの物が出て来るかも知れません。
荒れ果てた岩だらけの大地。
険しい山に取り囲まれたその都市は外側からは辺りの景色に完全に同化して岩山の一部としか見えない。
けれど、空を飛ぶ鳥の目から見れば赤茶色の高い塀に囲まれた都市の内側が青々と茂った木々やキラキラと輝くせせらぎのあるオアシスだと判る。
建物の殆どが黒みがかった石や艶消しのタイルを張られた黒い建物なのが少し変わっているのかも知れないが、ここに生まれ住む住人の目には極普通の景色ではある。
ひときわ高い岩山を背にした建物は真っ黒な石で作られた城。
この岩山の一部のような都市の中で一際目立つ重厚な建物だ。
その一番高い塔の上から見ても高い塀の外は見えない。
かなりな人口を擁する都市なのに完璧に隠蔽されているのだ。
漆黒のネコ科の獣をシンボルとしたその一族は三千年の歴史を持つ闇の一族。
ただ、黒とか、黒豹とか呼ばれている。
この辺り一帯を領土とするコール帝国のほぼ中央にありながらその帝国よりも歴史は古く、コール帝国の皇帝ですら自国のど真ん中に別の国があるなんて知らないのだ。
一族の80%が戦士である戦闘民族。
けれど、その姿は優美にして華麗。
スラリとした体形はどんなに苛烈な訓練にもけして筋肉ダルマになる事は無く、一見ほっそりとした優男に見えるのだがその中身は猛獣だった。
世界に鳴り響くかの一族の名は口にする事も恐ろしく、人々は声を潜めてその名を呼ぶ。
けれど、世界の国々の王達は彼らを求める。
ほんの小さな小隊を得ただけで戦いは劇的に優位に変わるのだ。
彼等の所在地は不明。
それ故に世界各国にある戦いの神アースルを祀る神殿に詣でて依頼をするのが慣例となっている。
最強の傭兵隊との認識しか持っていないであろう世界中の王達はその一族が世界有数の歴史を持つ王国を築いているなどとは思ってもいないに違いない。
「アルス、謁見は済んだのか?」
城から出て来た青年に声が掛かる。
「ずっと待ってたのか、リーン?」
アルスと呼ばれた青年が呆れたように言う。
「そんな暇あるか」
まだ少年の面差しのあるリーンは怒ったように言った。
「最終調整まっただ中で、やっと鍛錬が終わった所だ」
「じゃあ、今日はもう終わりだな。リーンの事だから座学でミスする事も無かろう?」
「当然だろう」
ふん、と胸を張る。
外の世界では殆ど表情を変える事も無い、殺戮人形とも言われる彼等だが国に帰れば冗談を言って笑いあう事だって珍しくは無い。
「よし、俺はこれから休暇だから、タップリと土産話をしてあげよう」と、アルス。
「ふん、たった1日先に生まれたくらいで」
リーンは面白くなさそうに言った。
「焼くな、お前は仕方ないだろう?
あの方に目を付けられたんだから、普通より多い鍛錬が課されるのも仕方が無い」
別に尊敬する師匠に師事するのが嫌な訳では無い。
色々と知らない事を教えて貰え、訓練される事は嬉しくもある。
だが、3歳からの幼年教育が始まったのは同時だったのに、学ぶ事が多いリーンは乳兄弟のアルスよりも初陣が遅れたのがちょっと悔しかった。
彼等は3歳から親元を離れて戦士教育が始まる。
そして、大体15歳くらいで初陣と呼ばれる初仕事で国を離れる。
それまでは子供と呼ばれ一人前扱いはされない。
リーンは一日年上なだけの乳兄弟に先に成人されて悔しかったのだ。
仲の良い乳兄弟としての二人だったが、実は身分はリーンの方がずっと上だった。
アルスの母は彼の父親が外国から連れて来た一般市民の女性。
その父親は平の戦士で彼が生まれる前に不帰と呼ばれる行方不明。
第一子が生まれるまでは休暇を貰える制度だがアルスは2番目の子供で兄と違って父親の顔を知らない。
リーンの母親は一族の王家に連なる姫で父親も王の近くに仕える側近と呼ばれる重臣だ。
リーンの母は彼を産む時に亡くなって、ちょうど同じ時に出産したアルスの母が乳母として召し出されたのだ。
生まれた時は親の身分はどうであれ一線に並んでいると言われる戦士達。
けれど、やはり大人と認められてからは歴然と身分は存在しているし、選りすぐられた血統の持ち主は生存率が違う。
一族の血が濃いほど優れた戦士になるのだ。
ただ、アルスのように血統的には低い両親を持っていても突然変異的に優れた戦士が生まれる事がある。
そういった者たちは王に引き立てられ新しい実力者として成り上がる事も出来る。
「ほら、イトリアの真珠だ。母上への土産だ、綺麗だろう?」
アルスは内懐から絹の布袋に収められた真珠の首飾りを出して見せる。
リーンが悔しそうな顔をするのにニヤリと笑う。
一日しか誕生日が違わないのにアルスが大人っぽい分まだ少年の雰囲気が抜けないリーンはそうやって判りやすい反応をするのでしょっちゅうからかわれてしまう。
「悔しがらなくったって、リーンももうじきだろう初陣。遅れた分もっと遠くに行けるさ」
首飾りを袋に収め仕舞いなおしてから、そう言ってリーンを振り返ったアルスの目の前が真っ白に光った。
「なっ・・・・・!」
いくら沈着冷静な彼等でもその異常に驚きの声を上げ、行き交う者たちが棒立ちになる。
閃光に眩んだ目がやっと元に戻った時、アルスの目に倒れ伏すリーンの姿が映った。
「リーン!」
抱き起すアルスの腕の中で目を開いたリーンは怯えたように叫んだ。
「え?何?夢?・・・ここは何処!?」