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東方早苗録  作者: かぼちゃ団長
高野の耳裂鹿
1/3

昼下がり、守矢神社にて

 本作品は東方projectの二次創作作品です。

 作品内の人物描写、人間関係などなど全て作者の独断と偏見が含まれています。

 それらが苦手な方にはお勧めできません。

 それでも大丈夫という方のみ本編へお進みください。

 尚、この物語はフィクションであり、実在の人物、団体とは一切関係ありません。

 ここは日本の何処かの山奥に存在する不思議な世界、幻想郷。

 其処では一般的に外の世界と表される世界に存在しない精霊、妖怪、神霊、魔法、陰陽術などが混在している。

 逆に言えば外の世界から隔離された概念が此処に集まり、その存在を確立しているとも言えるかも知れない。

 その幻想郷において絶大な存在を誇る「妖怪の山」。

 その山には大きな湖と神社があった。

 神社の名は守矢神社。そこには妖怪の山に棲む妖怪達から絶大な信仰を受ける三人の神が居る。

 守矢神社の祭神である二柱。土着神、洩矢諏訪子と神霊、八坂神奈子。

 そして、守矢神社の風祝である現人神、東風谷早苗である。

 その三柱の神々が、春を迎えた幻想郷に降り注ぐ麗らかな陽射しを神社の縁側に並び、茶を啜りながら浴びている和やかな風景がそこにはあった。


「春眠暁を覚えずとはよく言ったものだ。この陽射しを浴びているとどうにも眠たくなっていけない」


 そう呟くのは八坂神奈子だ。

 ついさっきまでは縁側にあぐらをかいていた彼女は縁側から足を放り出して座る他二人の後ろで欠伸をして寝そべっていた。


「神霊にも眠いという感覚があるんだ?」


 その神奈子に対し、軽い茶化しを入れながら話しかけるのは洩矢諏訪子だ。

 この妖怪の山で神奈子に対しここまで気兼ねなく会話できるのは彼女だけだろう。

 その幼い少女のような容姿からは見図れないが、神奈子とほぼ同じ年月を生きる土着神の頂点、それが彼女なのだ。


「神奈子様、まだ夕刻は冷えますし、そこで寝てたら風邪をひいてしまわれますよ、お布団で寝てください」

「神霊に風邪の心配!?」


 そして、その二人の世話役のような立場にある緑髪の少女、東風谷早苗。

 多少天然のような所はあるが、彼女もまた神奈子に対しある程度話のできる実力者だ。


「うーん、じゃあ布団敷いて、早苗ぇ」

「はいはい、でもその背中のしめ縄は外さないと寝る時辛いですよ?」

「神奈子が布団で寝る所とか見たことないよ!?」

「んー、今外すわぁ」

「外れるんだ、それ!?」


 そんな三人の冗談目かしいやり取りを中断させたのは来訪者の声だった。

 神社の本殿の方から声が聞こえてくるのを早苗を含む全員が耳にしていた。


「ごめんくださーい」

「おや? 参拝客ではなさそうですね。諏訪子様、神奈子様、ちょっと私行って来ますね」


 そう言って早苗は本殿の方へと駆け足で向かって行った。


「いや、早苗は良い子だねぇ、神奈子」


 早苗の後ろ姿が見えなくなってから同意を求めるように諏訪子は神奈子に言った。

 神奈子も寝そべりながら大きく頷く。


「そうさなぁ。何と言っても私が見込んだ娘だからねぇ」


 神奈子の話し方は何処か誇らしげなものがあった。諏訪子も彼女の言葉に満足気な笑みを浮かべ、二人は縁側から見える湖の方を見つめる。

 心地良い春の風が諏訪子と神奈子の髪を撫でるように揺らしていた。


「ところで諏訪子、布団敷いてくれない?」

「……自分でやれ」



 早苗が本殿に向かうと、そこには一人の「男」が立っていた。

 この幻想郷において、男という存在は非常に珍しい。少なくとも早苗はこの幻想郷に来てからはおおよそ男性と呼ばれる存在を一人しか知らない。

 それが今目の前に立っている白髪をたなびかせ、おもむろに眼鏡をずり上げる怪しげな道具店「香霖堂」の店主、森近霖之助である。

 彼は早苗の姿に気付くと、ゆっくりと視線を彼女に移し、朗らかな笑顔を浮かべて「やぁ」と挨拶してくる。

 少し前、とは言っても何れ位前だったかはもう忘れてしまったが、かつてこの幻想郷に結界を飛び越え湖と神社ごとこの山へと移ってきた早苗達は当初、新参者かつ厄介者のレッテルを貼られ、あまり方々を訪ねても良い顔はされなかった。

 特に幻想郷の管理者である妖怪の賢者、八雲紫。彼女には特に渋い顔をされたのを今でも覚えている。

 一時は博麗大結界を飛び越えてきたその力を危惧され、幻想郷と外の世界との境界や幻想郷内のバランスを崩す不穏分子として敵対さえしそうになった。

 その時、双方の仲を上手い事取り持ってくれたのは博麗の巫女である博麗霊夢、魔法使いにして普通の人間である霧雨魔理沙、そして香霖堂の森近霖之助だったのだ。

 霊夢や魔理沙に至っては面白そうだからという抽象的かつ論理性に欠ける半ばゴリ押しのような意見だったが、霖之助は私達の持つ最新の外の知識や妖怪の山での神奈子と諏訪子の絶大な影響力を説き、そも必要性を紫に進言してくれたのだ。

 異変解決の役柄、幻想郷で強い発言力を持つ博麗の巫女と魔理沙の押し、加えて霖之助の意見の正当性も無視できず、紫は早苗達の幻想郷への移住を認めたのだった。

 その時から早苗達と霖之助は頻繁に交流を始めるようになった。

 元々神社に必要な神具や人の身である早苗に必要な生活用品、そして趣向品として神奈子と諏訪子が呑む清酒も神社にはなかった。

 買いに行こうにも数少ない人里で早苗はまだ得体の知れぬ畏怖の対象である。当然、店には入れなかった。

 故に、そんな彼女達に商品を売ってくれる霖之助とその店、香霖堂は彼女達の生命線となっており、当然訪れる回数も増加するのである。

 交流が深まるのは必然であった。

 最も、今は人里に出向いてもむしろ快く歓迎されさえする程に幻想郷に打ち解けている。妖怪の山までわざわざ参拝に出向く人間まで現れる程だ。

 だが、それでも早苗が香霖堂に頻繁に出向いていくのは当時の恩義だけが理由ではない。


「あ、り、霖之助さん! こ、こんにちは、今日はどうされましたか?」


 早苗は彼に声を掛けられた途端、目をそらせて慌てて髪を整える所作を見せる。

 言葉は何故か緊張気味で頬が紅潮しているのが誰の目から見てもわかるだろう。


「……まぁ、用事があって来たのだが。顔が赤いが熱でもあるのかい?」

「え!? いえ、そんな事はないですよ!?」


 ますます顔を真っ赤にして否定する早苗を見て、霖之助は少し考え込むと持っていた大きめの巾着袋の中をまさぐると、いくつかの薬を取り出し、その中の一つを早苗に渡す。


「はい、風邪薬。お代はいらないよ」

「え……あ、有難うございます」


 ほとんどの者はこの様子を見ただけで早苗が霖之助に一定以上の好意を抱いているのがわかるだろう。

 しかし、当人の霖之助と言うこの男、それには気付く素振りも一切見せないのである。

 人妖として長く生きたせいでそういった感性が鈍っているのか、どうにも幻想郷とは違い、早苗に『春』が来るのはまだ先になりそうである。


「あ、あのぉ、良かったら上がっていきませんか? お茶位なら出しますし」

「ん? ああ、ではそうさせてもらうよ」

「……それに霖之助さんともっとお話したいですし」

「え? 何だって?」


 最後に小さく呟いた言葉は霖之助の耳には届かず、彼は早苗に何と言ったのか聞き返すが、彼女はまた顔を赤らめて「何でもありません」を一点張りするだけだった。


(そう言えば霖之助さんみたいな感じの主人公がたくさんの女の子達と恋愛する話を外の世界でよく見かけたなぁ)


 しみじみと、長らく見ていない外の世界の事を思い出しながら、溜息一つ、早苗は霖之助を社務所内の住居へと通した。

 住居内は早苗が毎日掃除や手入れを欠かしていない賜物か、隅々まで綺麗にしてあった。

 霖之助はその彼女の生真面目さに内心感心しながら早苗について行く。


「おやぁ? 誰かと思えば香霖堂の坊主かい? 久しぶりだねぇ」

「あ! コーリンだ、久しぶりー!」


 いつの間にか住居の縁側に連れられていた事に気付いた霖之助はそこで神奈子と諏訪子からの歓迎を受けた。

 霖之助が実質彼女達と会うのは実はこれが二回目だ。いつもは早苗が一人で香霖堂を訪れるので、最初に彼が守矢神社に来た時以降、顔を合わせてはいなかった。

 だが、これが山を統べる神霊と土着神の貫禄なのか、彼女達はまるでクラスメイトが遊びに来たようなフランクさで霖之助をもてなした。

 確かに決して敵対している訳ではない。むしろ、関係は良好と言える。


(しかし、それでも一度顔を合わせただけの者に対し、ここまで無防備なのもどうなのだろうか)

 

 内心でそんな事を思いながら、霖之助は挨拶を返す。


「ご無沙汰しております、神奈子様、諏訪子様。森近霖之助です」


 特に名前の部分を強調して霖之助は一礼した。

 流石に自分よりも遙か長く生きている神奈子に坊主と呼ばれるのは仕方ないと諦めがつくが、諏訪子のコーリンという呼び方は流石に改めてもらいたかった。

 理由は特にないが、何だか嫌だったのだ。


「今、お茶を淹れてきますね」


 そう言って早苗は霖之助を残して部屋の奥へと戻っていった。

 途端に、神奈子と諏訪子が何だかニヤニヤしながら彼に詰め寄ってくる。


「おいおい、何だァ? 遂に早苗と夫婦の契を結ぶ許可でも得に来たか? んん?」

「コーリン! ウチの早苗はそう簡単に渡さないからね、コノコノー!」

「ちょ、何でそうなった……じゃなくて、何でそうなるんです!? 今日は届け物があってここを訪れただけですって! あと霖之助です!」


 霖之助がそう言うと、神奈子はつまらなさそうな顔をして、また縁側に寝そべり始める。

 何なんだこの人達は、と疲れたような溜息をつく。

 しかし、この縁側、昼下がりはよく日が当たる上にそこから見える湖はまさに絶景だった。霖之助は縁側に座ると、その風景をぼんやりと眺めていた。

 何故だかいくら見ていても飽きない、そんな美しい風景だった。


「皆さん、お茶をお持ちしましたよ~って、神奈子様! そこで寝ちゃだめですってば!」

「ああ、大丈夫だよ。寝てない寝てない」

「目を瞑っているじゃないですか!」

「大丈夫、これは瞑想だから」

「それならせめて身体は起こしてください!」


 眠そうに欠伸をしながら起き上がる神奈子の側に早苗から湯呑が置かれた。

 同様に諏訪子と霖之助も早苗から湯呑を受け取り、四人は縁側に並んで座り、茶を啜る。

 ほっと一息ついた所で霖之助は自分の目的を思い出し、慌ててさっきの巾着袋を取り出した。


「そうだ! 元々これを渡しに今日、ここへ来たんだった!」

「私達にですか?」 


 ちなみに霖之助が取り出した巾着袋も実は彼が作ったマジックアイテムだ。

 袋の中は香霖堂の倉庫に通じており、袋を通していつでもどこでも倉庫内の品を自由に取り出せる仕組みだ。

 最初に早苗にこれを見せた時に「四次元ポケット」と言うよくわからない名前を付けられたのだが、それをその時、偶然店内に居た魔理沙が聞き、言いふらしたせいで、今は幻想郷全体でこの巾着袋は「四次元ポケット」の名で通ってしまっている。

 その四次元ポケットから取り出されたのは小さな長方形の木札だった。それには紫色の紐が通され、首から下げられるようになっていた。

 また、その表面には朱印が押され、更にその上から墨書がなされている。


「はい、これ。昨日ウチに来た時に落としてっただろう? ついでに紐が切れちゃってたから新しい紐に取り替えておいたよ。その紐もマジックアイテムでね、なんと火で炙っても剣で斬られても絶対切れない魔法の紐なのさ」

「あ! これ昨日から探してたんです! 有難うございます! それにこんな紐までつけてもらって……!」

「まぁ、お得意様にはサービスしなきゃだからね。日頃の感謝の印と思って受け取ってくれ」


 そう言って木札を早苗に手渡すと、満面の笑みを浮かべ、早速早苗は木札を首にかける。

 巫女装束だからか、まるで一種の装飾のように木札は装束の中に溶け込んでいた。


「おー、早苗それってもしかして……」

「はい、あの時のものです」

「ん? なんだっけそれ?」

「えー! 神奈子忘れちゃったの!? 早苗と初めて出会った時の!」


 何やら渡した木札を起点に思い出話が始まってしまったようだ。

 おそらく、この幻想郷に来る前の早苗達の話なのだろう。つまりは外の世界の話という訳だ。

 霖之助はそこまで考えた所で思い切ってその話を聞くか、それとも気を利かせて三人、水入らずで語れるよう席を外すか悩んだ。

 ――が、やはり外の世界への興味の方が勝ってしまい、あからさまに水を差すようで申し訳ないが自分も彼女達の話に入れて貰う事に決めた。


「あー、早苗。良ければその話、僕にも聞かせてもらえないかな……」

「ええ、構いませんよ。この御守りを拾って頂いた恩もありますし、他ならぬ霖之助さんの頼みですしね」


 一瞬、早苗の表情が強ばったように見えたが、すぐに元の笑顔に戻って話を始める。

 いつの間にか神奈子と諏訪子も話し始める早苗の横に座り、黙って湖を見つめながら聞く姿勢を取っていた。


「これは、私がまだ普通の人間で外の世界で生きていた頃の話です」


 それを口上に、東風谷早苗の一人語りが昼下がりの守矢神社の縁側で始まったのである。 


 

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