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ようやくあらすじに追いつきました・・・。

少し更新ペースが落ちてますが、どうぞ気長にお付き合いください。

 プラティの街の北側は、なだらかな丘陵地帯が広がっている。土地が豊かなので畑を中心とした小さな集落がいくつもある。毎日消費される食料のほとんどが、こうした村から送られてくるものだ。

 日の出の開門と同時に街を出たオリバムは、曙光が描く影模様を眺めながら歩いていた。さすがに街道に人影はなかった。日が高くなれば、近郊の村から運ばれる野菜や果物を積んだ荷車や、家畜を運ぶ荷馬車、背中に荷を背負った商人たちで街道は賑わうのだろうが、今はまだ、オリバムの足音と息づかいしか、無い。


(こんなに早起きしたのは久しぶりだなあ)


 朝露が乾き始めた頃、オリバムは道ばたの木陰で一休みすることにした。背中に担いだ袋を下ろすと、思い切りのびをした。忘れずに持って行けと夕べ言われたので、中も確かめずに持ってきてしまったが、単なる弁当にしてはかなりの重量があった。


「妙に重たいと思ったら……いったい、何日分用意したんだ?」


 朝食用と思われるサンドイッチを頬張りながら中身を確認すると、水の入った革袋が二つ、パン、チーズ、干し肉、ナッツ類、干した果物が数種、火打ち石、さらには小麦粉と岩塩の固まりまで出てきた。最後の最後にはこれを水で練って軽く焼けば、腹の足しにはなるというわけだ。何が何でも飢えさせないぞという執念にも思える。


「世界の果てまで行ってこいって言うのか」


 ある意味、合ってるかもしれないけどな――苦笑しながら、オリバムはそれらを丁寧に元の通りに包み直した。サンドイッチを残らず食べて、再び袋を担ぐ。

 道をしばらく北にとってから、オリバムは西に向かった。街道から外れた途端、道は細く、悪くなった。普段、人が歩かない所なのだから仕方ないと覚悟はしていたのだが、かなり歩きにくい。


(……あの地図、ずいぶん古かったんだな)


 前に何度か見た地図には、きちんとした道があると描いてあったのだが、足の下のあるのはすでに道と言うよりは、道の痕跡のようなものだ。しかも時折現れる密集した藪が、迂回を余儀なくしてくるので、自然と進みは遅くなる。


(街道沿いに行っても同じだったかもな)


 最短距離で進む道を選んだつもりだったのだが、逆に時間を取られている気がする。とはいえ、今さら戻るのもまた時間が掛かるので、オリバムはひたすら道を辿った。

 一度だけ、何度も現れる藪に苛立って突っ込んでみたが、体中に枝が刺さって酷い目にあった。以来、藪は避けるようにしている。今もまた現れた藪を尻目に、やり過ごす。特にあれはセクリセの木の藪だ。葉に細かいトゲが付いているので、絶対に近寄れない。


「……今頃、ラジェは怒ってるかな」


 座って休む時間を惜しんで、オリバムは歩きながらパンをかじった。ロザーは今頃、店の準備に忙しいだろう。もしかしたら、ラジェッタが顔を出しに来ているかもしれない。店に行ってオリバムがいないと知ったら、噛みつきそうな勢いでロザーを問い詰めることだろう。


(また、ロザーに借りが出来たな……)


 本当にロザーには世話になりっぱなしだ。また何も言わずに出てきてしまったのも、申し訳ないと思う。


『なにも出て行くことはないのに』


 不意によみがえった記憶が、のどを詰まらせた。

 水で流し込んで、オリバムは、ふうと息を吐く。そういえば、あの時も何も言わずに出てきたのだった。


(……やめやめ。ここまで来たんだ。何かわかれば、ちゃんと説明して謝りに行こう)


 何もなければ、ロザーの店の戻ってラジェッタに謝り倒せばいい。これが一番気が重いことではあるが。


 半日歩き通した後、オリバムは広大な荒れ野の縁に立っていた。

 一歩先から緑の絨毯を切り取ったかのように、いきなり乾いた地面がむき出しになっている。

 リョーゼの荒れ地。

 そう名付けられた土地は、キベラ伯爵領で唯一、何の使い道もなく何も生み出さない、不毛の大地として認識されている。それ故、リョーゼの荒れ地には様々な噂が飛び交っている。太古の魔法使いが呪いをかけた不毛の地である、古戦場後で人が死にすぎて血に飢えた土地になってしまっている、等々。


(当たらずとも、遠からじ、ってとこだよな)


 新緑が濃い緑に変わっていこうとするこの時期にも関わらず、乾ききった地面は一歩踏み出すごとに砂が舞う。その先には、いくつもの灰色の岩が地面からむき出しになっていて、草は岩の陰に申し訳程度に生えている程度だった。

 辺りに潜む生き物の気配もない。空に鳥の姿もない。丘を駆け抜ける風すらここを避けていくのか、空気すらもどんよりしているようだ。


「さて。ここからが問題だ」


 斜め後ろを振り返ると、まばらな林が見えた。その奥に、大きな屋敷の屋根が見え隠れする。キベラ伯爵家の別邸だ。今は管理の老夫婦だけが住んでいる。顔を出せば温かく迎えてくれるだろうが、そうするつもりはなかった。


 オリバムは視線を戻して、前に出た。さくり、と砂が鳴る。数歩進んでみてから、立ち止まって周囲の様子を眺める。

 何も、変わっていない。乾いた地面と、青い空がある。

 再び歩き出す。

 数歩で止まって、周りを見回す。

 草の一本も動いていないことにため息をついて、再び足を前に出す。


 さくりさくりさくり――


 何度繰り返してみても、何も変わらない、ただの荒れ地の中だ。


「……まっすぐじゃダメなのか?」


 回れ右して、同じ事を繰り返す。今度は途中から、右に折れてみた。

 ある程度進んで、次は左に。

 また右に。

 もう一度右に、そして前に、後ろに――気づけば地面の上は足跡だらけになっていた。


「やっぱりだめか……?」


 がっくりと、傍らの岩に腰を下ろす。ほこりっぽい口の中を濯ごうと、水を一口含んだとき、背後から影がさした。


「さっきからなにやってるんだ、お前?」

「ぅぐ!?」


 吐きだすはずの水を飲み込んでしまった。オリバムはむせながら、立ち上がって振り返った。誰もいない荒野で、あり得ない姿を見つけてまた息をのむ。


「ロウ!?」


 背後の岩にもたれかかって、片手をあげているのは紛れもなく、ロウヴェルだった。


「お前、どっか出かけたんじゃ、いや、なんでこんなとこに!」

「それは俺も聞きたいところなんだ。まあ、落ち着けよ」


 軽いパニックに陥ってるオリバムをなだめて、ロウヴェルは岩陰から出てきた。その様子が、なんだかくたびれているように見える。


「……なんかお前、ずいぶん疲れてないか?」

「徹夜明けだからな。しかもこんな荒れ野でお前に会うとは思ってもみなかったから、幻覚かと思ったぞ」


 それはお互い様だ。オリバムは持っていた水をロウヴェルに勧めた。


「ずいぶん用意がいいな」

「ロザーが詰めてくれたんだ。食べるものも少しあるぞ」

「いや、水だけでいい」


 ロウヴェルは革袋に口をつけてのどを潤す。少しだけ、生気が戻ったようだ。


「それよりお前、ここがどこだか知ってるんだよな?」


 その問いに答えるのに、オリバムは逡巡した。


「……リョーゼの荒れ地だろ」


 ロウヴェルはさらにからかうように言った。


「いまさら知らないふりはしなくていいぞ。何も知らない奴が、あんな歩き方はしないからな」

「う」


 ロウヴェルはにやりと笑う。全部見られていたようだ。オリバムは肩を落とした。どうしてかはわからないが、ロウヴェルは知っているのだ。そう思った瞬間、力が抜けた。怒るより、途方に暮れた。


「……ここのことは、伯爵家の人間以外知らないんだと思ってたよ」

「お前だって伯爵家の人間じゃないだろ」

「俺は……俺だって、よく知ってるわけじゃない」


 ふうん、とロウヴェル。すっと、目が細められた。


「じゃあお前はどこまで知ってるんだ?」

「ロウこそ、どこまで知ってるんだ」

「そうだな――ここに本当は街が一つあったこと、とか?」


 ロウヴェルは荒れ地を見回した。その蔑むような視線に、オリバムはぞっとした。ロウヴェルのあんな表情は、見たことがない。


「滅びたはずの街が実はまだ存在していること。その街の領主であることが、キベラ伯爵の本当の姿であること。こんなところでどうだ」

「お前……ほんとに全部知ってるのか? それは王様だって知らないはずなんだぞ!」


 驚愕に目をむくオリバムに、ロウヴェルは肩をすくめただけだ。


「ただの使用人だったお前も知ってるんだから、そんなに驚くことでもないだろ。知ってる奴は結構いるはずだぜ」

「そんなばかな」

「それよりお前、なんでここにいるんだ?」


 ロウヴェルは眉を顰めて近寄ってきた。訳がわからず、オリバムは首を傾げる。


「なんでって……」

「イシャスから伝言、受け取らなかったのか?」

「あー、見た。見たんだけど――」

「じゃあなんで俺が戻るまで大人しく待ってなかったんだ?」

「いや、それが――ちょっと話を聞けよ!」


 額をつつかれて後退しながら、オリバムは占いの件をかいつまんで話した。


「『二つに分かれたもの』に『過去の栄光』に『神秘の存在』?」


 ロウヴェルは占い師の言葉を繰り返し、頷いた。意味がわかると言うことは、やはり荒れ地の秘密を知っていることに他ならない。


「確かにここに当てはまるが、それがお前につながるとは思えないな」

「本当は、つながらないはずなんだけどな……むしろつながって欲しくなかった」


 がっくりと肩を落として、オリバム。ロウヴェルはその様子を見つめていたが、何も言わずに踵を返した。


「『探せば、ある』か。それじゃまあ、行くか」

「うん――って、えっ?」


 オリバムは慌てて追いかけた。


「行くって、どこに」

「真のリョーゼに。何でかわからないけど、お前もそこに行くつもりで来たんだろ?」


 当然のように言われて、オリバムはゆっくりと頷く。


「ロウは、行き方を知ってるのか?」

「多分な。お前みたいに偶然を頼るよりは確実だと思う」

「……」


 そこまで見抜かれていたのかと、オリバムはその場にしゃがみ込みたい気分だった。だったら、もっと早く声をかけてくれとも思う。

 特にこれといった目印が無いにもかかわらず、ロウヴェルの足取りは確かだった。周囲に景色も似たり寄ったりなので、太陽だけが方角を知る唯一の手がかりだが、ロウヴェルは何か別のものを見ているようだ。


(本当に、知ってるんだ)


 同じように、オリバムにはわからない目印を見て歩く人の背中を、追いかけた記憶が重なる。


「前は伯爵家の人間と来たのか?」


 振り返りながら、ロウヴェル。心の中を読まれたのかと思った。


「あ、ああ。ルーを……エルバイム=ルーセント様を……追いかけて、な」


 小走りに、オリバムはロウヴェルと並んだ。ロウヴェルが興味津々の視線を向けてくる。


「追いかけて?」

「ちょっといろいろあって、ルーが飛び出したんだ。それを追いかけて来たら、迷い込んだんだ」

「迷い込んだ? それはそれですごいな」


 ロウヴェルは目を瞠る。

 迷子になることの何がすごいのか、問い質そうとしてオリバムは気づいた。

 二人分の足音が、響く。


「こうして案内でもしなけりゃ、迷いたくても迷えないんだがな、ここは」


 二人は足を止めた。乾いた砂混じりの地面は、きちんと整備された石畳の道に代わり、前方に向かって真っ直ぐに伸びていた。先は霧がかっていて何も見えない。明るく降り注いでいた日差しは、今は霧の向こうで息を潜めているかのように、儚い。


「ここが、真のリョーゼ……?」

「今さらだろ」


 楽しげに言って、ロウヴェルはまたゆっくりと歩き出した。オリバムは深呼吸をしてから、ついて行った。

 進むにつれて、周囲にぼんやりと影が沸き、それが頑健な石造りの建物群に変わる。道幅は馬車が行き会えるほどに広くなり、街灯も立っている。

 そこは、巨大な都だった。堅牢な建物が続くかと思えば、繊細な彫刻の様な屋敷の並びに変わる。試しに横道に入り込んでみると、小さな家や商店が、ひしめき合っていた。

 さらに進んで中央の広場と思われる場所に行き当たると、巨大な噴水が見えた。


「水が流れてる」


 二人は噴水のそばまで行った。水の流れる音が、沈黙を埋めてくれる。

 オリバムは空を仰いだ。霧はどこにもなく、明るい青空が広がっている。足元を見れば、きちんと並べられた石畳は、欠けているところ一つ見あたらない。

 本当に街なんだ――前に迷い込んだときは、こんな風にじっくり見るだけの余裕はなかったので、新鮮な驚きがあった。


「……冷たいんだな」


 頬に飛沫が飛んできた。手の甲でぬぐうと、ちゃんと水の感触がした。


「幻だとでも思ってたか?」

「だってこんな立派な都に、人っ子一人いないってのはおかしいだろ」


 辺りを見回す。人通りで賑わっていいはずの広場は、無人だ。生き物は何もいない。ただ噴水の音だけが、街の中にどこまでも染みこんでいく。


「ここは今は、人が住むための街じゃなくなったからな」

「それは聞いたけど……」


 あの時は、巨大な都にただ圧倒されていただけだった。ただルーセントを追いかけることに必死だった。なぜここに誰もいないのか、なぜ滅びたと言われているのか、なぜキベラ伯爵はここの領主であらねばならないのか、そんな疑問が胸をかすめることすらなかった。


「でもおかしいよ。こんなに大きな街なのに。きっと人は……いたんだ、大勢」


 オリバムは噴水を見上げた。水の流れる音が、頭の奥で反響している感じがする。身体が、重たい。


「オリバム?」


 ロウヴェルが声を掛けてくるが、オリバムは構わず話し続けた。


「ここだって、普通の街だったんだ。リョーゼは、栄えていたんだ。プラティなんかよりもずっと大きくて賑やかで栄えた街だったけど、滅んでしまった。いや、ここにちゃんとあるのに、無くなってしまったことになっている」


 オリバムは噴水に手を伸ばした。手のひらからこぼれる水が、池に落ちてきらきらと光る。反射した光が、いつまでも眩しく光り続ける。目を開けていられない。


「……そういうことにしておかなきゃいけなかったんだってさ。治めるべき人々はいなくなってしまっても、ここには領主がいなければいけないんだって」


 次に目を開いたときにはまぶしさは消えていた。全てのものが、ぼんやりと濁っているように見えた。


「俺にはよくわからなかった。リョーゼが街だろうが荒れ野だろうが、あんまり変わらないと思ってたんだ。だってどっちにも人が全くいないんだ。そんなところを治めるって言ったところで、ただ形の上だけのことだと思ってた」


 ロウヴェルは黙ってオリバムを見つめていた。オリバムの目は、あまりにも遠くを見ている。


「バカなことを言うなって言われた。ここは空っぽに見えるけれどもそうじゃないって。でも、能なしの領主の一族がここを治めているんならいつまで経ってもここは空っぽのままだって――」

「オリバム」

「過去の夢なんかじゃない、全部元通りにもどってくる。滅びを待つだけじゃなく、滅びすら書き換えて――」

「オリバム!」


 がしっと両肩を掴まれて、オリバムは我に返った。

 怒ったようなロウヴェルの蒼い瞳がすぐ目の前にあった。


「お前、ここで何があった?」


 オリバムは視線をそらした。しばらくそうしていると、ロウヴェルが手を離した。


「言いたくないならそれでもいい。俺の勝手な推測じゃ、どうやらそれが、屋敷を出た理由らしいな」


 オリバムは俯いたままだ。やれやれと、ロウヴェルはため息を吐いた。


「お前、もう少し他人を信用しろよ。お前が思ってる以上に、みんなお前の力になりたいって思ってるんだからな」

「……そう、だな」


 周りに迷惑を掛けないためと、そう思って一人になったはずなのに、気づけばまたこうして周りにいる人々の世話になっている。もう少し早く相談していたら、結果は違っていたのかもしれない。


(そうすりゃ、欺されて呪われることだって……)


 今さらながらに気づいて、オリバムは恥ずかしさと後悔でいっぱいだった。出来ることなら今すぐ走り去って穴にでも隠れていたい。


「……ちょっと整理したら話すよ。聞いてくれるか?」


 どうにか気持ちの整理をつけて言うと、ロウヴェルは辺りを見回した。


「それならとりあえず、どっか入って休もうぜ。お前、ロザーから食い物貰ってきてるだろ? 俺もそろそろ腹が減ってきたよ」

「持ってるけど、どっかって、どこに行くんだよ」

「適当にその辺の家でいいだろ」


 言いながら、ロウヴェルは広場を出て、手近な家に向かって歩く。中規模な商人の家だろうか。門扉の向こうに小さな庭と、玄関が見える。


「いや、住人はいないだろうけど、いいのか、人の家に勝手に入り込んで」

「構わないだろ、誰も住んでないんだし、誰も入ってこれないんだし、怒る奴もいないだろ」

「伯爵家の人間は入れるぞ。俺たちだって、入ってきてるじゃないか」

「細かい奴だな」


 呆れたように言って、ロウヴェルは玄関の扉に手を掛けた。


「いても別に良いだろ。知らん振りしてりゃ気づかれないさ。だいたいそんな奴と偶然同じ家を選んで入り込んだりしないだろ」


 そうして何のためらいもなく扉を開けて。


「……いらっしゃいませ?」


 バカにできない偶然というのは確かに存在した。

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