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5

「さて、お兄さんの運勢を見て欲しいということだけど」


 老婆は相変わらずの笑顔のまま、小首を傾げた。


「運勢と言ってもいろいろだよ。どんな風に見ようかね」

「あの」


 その前に、とラジェッタが割り込んだ。


「おばあさん、この人のこと、どんな風に見えたのか教えてもらえませんか?」

「どんなって、そうだねえ」


 老婆はオリバムを遠慮無く眺めた。それから、ラジェッタのことも。


「……恋人と呼ぶにはまだ早い関係かね」

「その予定はありませんから!」


 言下に否定するラジェッタを、老婆は、ふっふっ、と笑ってオリバムに目をやる。


「そうなのかい?」

「その辺はご想像にお任せします……」


 遠回しに回答を拒否すると、老婆はまた、ふっふっと笑った。


「お兄さんがそうやってぼやかすんじゃ、わたしも見づらいねえ。それでなくとも、いろいろ抱え込んでるようじゃないか」


 老婆はそう言いながら、テーブルの上に置いたままの一山のカードを広げた。


「それじゃあこれはサービスだよ。お兄さん、どれか一枚カードを引いておくれ」


 老婆はテーブルの上から両手をどかして、招くように広げる。ラジェッタに横から肘でつつかれながら、オリバムはテーブルの上に伏せられたカードの中から一枚引いた。


「これ、見ても?」

「いいよ」


 ひっくり返すと、現れたのは色鮮やかな絵だった。カードの縦半分あたりに太い線が横に一本引かれていて、上半分を黒と青に半分ずつに塗り分け、青い方に太陽が、黒い方に月が書かれている。

 下半分は茶色と黒のまだらだった。真ん中に二本、横線から斜め下に縦線が伸びている。

 広い荒野に道が一本。

 そんな風に見えた。


「……道?」

「そんなところだね。さ、占うことは決まったから、カードを戻してくれるかい」

「はあ」


 一体自分は何を選んだのか。訊くに訊けずに、オリバムはカードを元のとおりに伏せて戻した。鮮やかな色彩は一瞬で消えて、深紫色の一山に戻る。


「そうそう、料金は三十エケだけど、いいかい?」


 しっかりと念を押してから、老婆は今度は一枚ずつカードをテーブルの上に並べていく。これも、伏せたままだ。


(全部で何枚あるんだ、これ)


 ラジェッタが真剣な様子でカードを見つめている横で、占ってもらう当の本人は、カードの枚数を端から数えていた。十五枚まで数えたところで、老婆がカードをめくり始める。全部ではなく、特定の数枚だけだ。どこまで数えたのかわからなくなって、オリバムはもう一度端から数え直す。


「――さて、これはまた難解なカードが出たよ」


 オリバムはカードから顔を上げた。老婆は真剣な顔で広げたカードを見ている。


「あの、オリバムの運勢、どうなってるんでしょう」


 ラジェッタがおずおずと尋ねる。老婆は困った様子でめくったカードを何度も指先でつついていた。


「そうだねえ、運勢は悪くないよ」


 顔を明るくするラジェッタに、老婆は首を振って続ける。


「でもねえ、良いとも言えない。これはお兄さん次第だね」

「はあ。なるほど」


 これだから、占いなんて。――オリバムは思わず笑いそうになって、口元を手で覆った。

 ちらりと、老婆がオリバムを見やる。


「そうだよ、お兄さん、わかってるじゃないか。占いなんて宛てにしちゃいけない。わたしがいくら目の前に宝の山があるよって教えたって、お兄さん自身が手を伸ばさなきゃ、金貨の一枚も手に取れないんだからね」


 オリバムの心の内を読み取ったように、老婆。言い当てられた方は、口元にやった手で鼻を掻いたりしてごまかしてみる。


「え、っと……それで、俺の運勢って、結局どうなんですか」

「だから、お兄さん次第さ」


 老婆は腕を組んでカードを見下ろす。


「お兄さんに最初に引いてもらったカードは、『道』だったからね。どこかに出かけるのかと思ったんだ。ただ、それにしては『方角』が出てこない」


 めくられたカードはどれも色鮮やかだった。しかし最初に引いたカードのようにわかりやすい絵柄が一つもない。女性の顔の仮面をつけた鳥だったり、足の生えた本だったり、巨大なさいころが山にめり込んでいるようなカードもある。分かれ道にこんな絵の描かれた道しるべがあったら、迷子続出は間違いない。


「『道』があって『方角』がない。となると迷っているのかね。例えば、こっちのお嬢さんと結婚するかどうかとかね。ああ、例えだよ、例え。気にしない気にしない」


 ラジェッタが何か言いかけたのを、老婆は笑顔で制した。どうも、おもしろがっているようだ。オリバムと視線が合うと、いたずらを見つかった子供の表情で小さく肩をすくめた。


「もちろん、みんな何かしら悩んで迷っているんだろうさ。お兄さんくらいの人ならみんなそうだ。進む道はいろいろある。さっきの話じゃないが、誰かと結婚するってのも道の一つだよ。旅に出る、何かを手に入れる、誰かと出会う――そんな、道の先にありそうなものを、ここにあるカードはちょっとだけ見せてくれるんだ。でも」

「オリバムの運勢にはそれがないと?」


 ややこわばった表情で、ラジェッタ。

 無いんだよねえ――老婆は困った様子で頷いた。


「……」


 察するに、めくられたカードには、オリバムの未来は示されていないということらしい。

 占いには否定的なオリバムだが、占いの方から未来を否定されるのは予想外だった。


(これって……やっぱり身代わりで死ぬってことか……?)


「ちょっとオリバム、だいじょうぶ?」


 ラジェッタが心配そうに覗き込んでくる。老婆が顔を上げた。


「お兄さん、変なこと考えなくても大丈夫だよ。八方ふさがりって訳じゃない。ちゃんとここにお兄さんの未来があることは出ているからね」


 老婆が指したのは右隅のカードだ。灰緑色のうねうねした何かが、オレンジ色のうねうねした何かと絡み合っているように見える。


(あれが俺の未来……?)


 オリバムは見なかったことにした。

 老婆は頭を振った。


「さて。困ったときには本人に訊くのが一番だね。お兄さんにしかわからないカードなのかもしれないから、よくお聞き。ここにあるカードは、『二つに分かれたもの』『過去の栄光』『神秘の存在』という意味になるんだ」


 ふんふんと頷いて、オリバムは言った。


「すいません、ぜんぜん、心当たりがないです」

「そういう顔をしているよ。もう少しわかりやすく言ってあげようかね」


 老婆は少しもめげずに、隣り合った二枚を指した。


「カードの意味はその時々で違う意味になる。これとこれが揃った時には『二つに分かれたもの』。これはそのまんま、一つのものを二つに分けたという意味でもあるし、兄弟姉妹、親子、主従といった意味にもなるね。これとこれは、『過去の栄光』。ごく普通に老人を意味することもある。没落した貴族とか、今は誰もいなくなった家や城なんかを指す場合もあるね。最後は『神秘の存在』。これが一番難解だ。素直に読むなら神や聖霊というような神聖な存在。神殿や、禁忌の土地、少しひねって神秘を扱う存在、魔術師――」

「え」


 思わず、声が出てしまった。

 老婆が問いかけてくるより早く、ラジェッタが先制する。


「その魔術師って、オリバムの運勢にどんなふうに関わってくるんです?」

「……いろいろ、としか言えないね。これと、お兄さんが最初に引いたカードがよけいにややこしくしているよ」


 最後に一枚残ったカードを取り上げて、老婆はひらひらと振って見せた。


「これは『始まりと終わり』。最初にお兄さんが引いたカードと合わせると、行くも退くも自分次第。そんなふうになるんだ。つまり今言った三つのキーワードは、お兄さんの目的地にあるものかもしれないし、振り払わなきゃいけないものかもしれない。ほら、ややこしいだろう?」

「はあ」


 カードの意味を並べ立てられた時点で軽く混乱しているオリバムは、頷くほかない。

 老婆はカードを下ろすと、咳払いをした。


「……本当は、占いはここで終わりなんだけど、お兄さんがあんまり情けない顔をしているから、これも特別におまけだよ」


 老婆は、オリバムの未来だというカードの上のカードをめくった。


「このカードは『囁き』。お兄さんの未来を決めてしまうかもしれないから、本当は見てはいけないカードだ」


 不意に厳かになった老婆の声に、オリバムもラジェッタも、思わず背筋を伸ばした。


「このカードはこう囁いている。『探せば、ある』」

「……オリバム、何か無くしたの?」

「三十エケなら確実になくなるところだが」


 再び、老婆の咳払いが響いた。


「それじゃああとは二人で悩んでおくれ。わたしが見て上げられるのはここまでのようだから、もしまた何かあったら、また来ておくれ」


 老婆はにっこり笑って手を差し出した。

 ラジェッタが払うと言って聞かないので、オリバムは支払いを任せて席を立った。次の番を待っていた女性が、いそいそとラジェッタと席を替わる。


「……みんな、何をそんなに占ってもらいたいんだ……?」

「オリバム。そんなところにいたら邪魔よ」


 ラジェッタに手招きされて、オリバムは慌てて道を譲った。焼きたての串焼きを両手に持った男が横を通り過ぎる。肉の香ばしい匂いに、腹の虫が騒ぎ始めた。


「なあ、そろそろ戻らないか? ロザーのところで昼飯にでもしようぜ」

「そうね。少し休みましょうか」


 ラジェッタが素直に頷いたので、オリバムはほっとした。これ以上また占い師を紹介されてはたまらない。

 人混みをくぐり抜けるよりは、脇道を通った方が早そうだと、二人は手近な路地に入り込んだ。日差しを避けて一休みしている人々の前を通り過ぎ、広場横の大通りに出る。商店が並ぶノッカリーグ通りは、今日は市が立っているせいで、人通りは少なめだ。


「……兄弟姉妹、親子、主従。昔立派だったもの、もしくは家とかお城。神や魔に近い、神秘的な何か、魔術師……」


 歩きながら、老婆から聞いたことをぶつぶつと繰り返していたラジェッタは、ふいに小さく叫んだ。


「ねえ、オリバム。伯爵様のとこの若様は? ほら、双子じゃない。それにオリバムとは主従関係よね」

「ああ、そうなるな」


 それで、とオリバム。途端にラジェッタは険悪な顔になる。


「『それで?』じゃなくて。自分で何か思いつかないの? 『過去の栄光』とか『神秘の存在』が関わってくるのを思い出すとかないわけ? もしかしたら呪いを解くのに関係あるかもしれないじゃない」

「あのな、そんな都合よく思いつくことなんてあるわけないだろ」

「真面目に考えないからよ。もっとちゃんと思い出してみなさいよ。最後におばあさんが『探せば、ある』って言ってくれたじゃない」

「それって要するに、自分で何とかしろって匙を投げられたんじゃないのか?」

「もう、なんでそうひねくれて受け取るのよ!」


 言い争いながらロザーの店に戻ると、昼のかき入れ時だった。店内はごった返していて、ロザーの姿は見えない。厨房にこもっているのだろう。こっちはまだかと、客の一人が怒鳴り声を上げた。


「ラジェ、空いてるとこ座っとけ。俺、ちょっと手伝ってくる」

「あ、うん」


 スカーフを外しながら、ラジェッタが空いているテーブルに向かうと、すぐにロザーがやってきた。注文を聞きに来たのかと思えば、そうではなかった。


「ラジェ、すまん」

「どうしたのよ、ロザー。あ、上着、どうもありがとう」


 借りていた上着を脱いで渡す。ロザーはそれを受け取りながら、もう一度謝った。


「ラジェ、すまん。セスラナのことなんだが」

「……もしかして伝言してもらえなかった?」


 さっとラジェッタの顔色が変わる。そうじゃないとロザーは首を横に振った。


「俺はいけなかったんで、マイスの奴に頼んだんだ。そうしたら、セスラナから伝言を預かってきたって」

「セスラナさんから? なんて?」

「用事が終わったらさっさと仕事に戻れって」

「……」


 はあっと息を吐いて、ラジェッタは頭を抱えた。


「何でもお見通しなの?」

「いや、そうじゃなくてな」


 ロザーはぼそぼそと説明した。いくらなんでも高熱で倒れたというのは無理があるだろうと思って、伝言の内容を、ロザーがラジェッタに用事を頼んだことにしたそうだ。


「見舞いでも来られたら、困るだろ? だから」

「ロザーらしいわね」


 くすりと笑って、ラジェッタは席を立った。


「でもありがとう。うん、その方がずっといいわ。変な心配も掛けなくて済むものね。さすがロザーだわ」


 褒めちぎったのだが、ロザーは微妙な表情だった。


「とりあえず……何か食っていくか」

「ううん、そういうことなら急いで戻るわ。また来るわね」


 それから、店の奥に視線を投げる。注文を必死に覚えているオリバムの姿があった。


「……何かあったらすぐ教えてね」

「わかった」


 ラジェッタを送って、ロザーは厨房に戻った。いつの間にやらオリバムはスープの入った大鍋をかき回していた。


「ラジェは帰ったのか?」

「ああ。セスラナから仕事にもどれって伝言を預かってたからな」

「なんだ、もうバレたのか」

「いやそうじゃないが……オリバム、今度はこっちの鍋を見ててくれ」

「わかった」


 代筆屋の方に客が全く来ないこともあって、オリバムは昼時の客が捌けるまでロザーを手伝った。遅めの昼食にようやくありついていると、ロザーが口を開いた。


「何か収穫はあったのか」


 シチューに溶かしたチーズを飲み込んで、オリバムは肩をすくめた。


「ん……『探せば、ある』んだそうだ」

「そうか。探しに行くのか?」


 オリバムは苦笑した。ロザーの言葉はいつもまっすぐに胸に入ってくる。


「あんまり、気が進まないんだけどな。このままほっといても別に良いんだけど」

「せっかくのラジェのお薦め占い師なんだろう?」

「そういうことだな」

「ロウの方は断るのか?」


 ロザーの問いに、オリバムは遠い目をした。


「……いや、このまま頼む。俺が見つけられなかったときにどうしようもなくなるかもしれないし」

「そうか」


 幾分、怪訝そうになったロザーの顔を見ないようにして、オリバムはシチューの残りをかきこんだ。


「ああ。後でロウの所に言ってくるよ。出かけるって言っとかないと何言われるかわからないしな」

「それは少し待った方が良いかもしれないぞ」


 なんでだ?――皿から顔を上げると、ロザーは厨房から出て、店の入り口に向かっていた。


「イシャス。どうした。出前の注文か?」


 店の入り口に、十歳くらいの少年が佇んでいた。誰かのお下がりなのか、上着はぶかぶかで、細い手足が目立つ。くりくりとした大きな目が、見慣れない客――オリバムを不安そうに映していた。

 ロザーが近寄ると、イシャス少年は持っていた手紙を差しだす。


「これ、オリバムって人に渡してって」

「そうか、ありがとうな。何か飲んでいくか?」


 ロザーが訊くと、イシャスはぱっと顔を輝かせた。ロザーはオリバムに手紙を渡しながら厨房に入る。甘いリビカ水をカップに入れてイシャスに渡すと、少年は嬉しそうに両手で抱えて隅の席に向かった。


「なんて言ってきたんだ?」

「……ロウも出かけるって」


 渡された手紙は短く、要件のみが書かれていた。


『急用ができたので、数日、留守にする。戻ってくるまでオリバムは大人しく待っているように』


「イシャス、ロウは他に何か言ってなかったか? どこにいくとか、何をするとか」


 ロザーが尋ねると、イシャスはカップから口を離して、首を横に振った。


「ううん。出かけるから、薬が欲しいって人が来たら出かけてるって言ってくれって母さんに頼んでた。あとは手紙を兄ちゃんに渡してってだけ」

「そうか。それならいいんだ。届けてくれてありがとうな」

「うん。ごちそうさまでした」


 礼儀正しく言ってカップを返すと、イシャスは小走りに店から出て行った。


「オリバムはどのくらい出かける予定なんだ?」

「そんな遠くに行くわけじゃない。一日か、二日だな。ロウの報せも待たなきゃいけないだろ」

「そうだな」

「……ロウの奴、どうしたんだろうな」


 手紙には大人しく待っていろとあるだけだ。呪いが解けそうな魔術師に連絡がついたから待っていろなのか、連絡をつけるから待っていろなのか。出来ればそこだけでもはっきりして欲しい。


「さあな。ロウのことだから、誰かに呪いの代筆を頼まれたなんてことはないだろうから大丈夫だろう」

「ロザー、ケンカ売ってるのか」

「俺が売るのはメシだけだ」


 ロザーは厨房に戻って新しく鍋を火に掛けた。湯を沸かす間に塩と胡椒をすり潰し、ハーブを刻んで加え、芋の皮をむく。


「オリバム、隙なら少し買い出しに行ってくれ」

「たくさんあるならメモするから、ちょっと待ってくれ」


 オリバムがメモをした買い物の材料は、翌朝、オリバムの弁当となって出てきた。

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