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誤字・脱字を直すだけが大幅修正することになりまして・・・伏線の張りすぎには気をつけましょう、自分・・・。

「考えてみたら、呪いがかかってるからって今すぐ死にそうってわけでもないんだよな」


 オリバムはパンをちぎって口に放り込んだ。いつもより遅い朝食だが、味は変わらない。

 普段であれば、ロザーは朝早くから仕込みをして、その合間に二人分の朝食を用意する。オリバムは店を開ける少し前に起きて、ロザーが用意してくれた朝食を取ってから店の掃除と準備を手伝う。ロザーはカウンターに自分の分を置いて、仕込みをしながら合間に食べるのだ。

 遅ればせながらいつも通りの朝の光景にとけ込むと、自分の現状を冷静に顧みる余裕が生まれていた。


「そうだな」


 ロザーはオリバムを見た。ヤケになっているのでもなく、心底そう思っているのだということを見て取ると、微かに笑みを浮かべた。


「意外と、頑丈になったのかもしれないぞ。身代わりにそう簡単に死なれちゃ困るだろうからな」

「『俺が死ぬまで死ぬな』って? 女の子ならともかく、おっさんにそんなこと思われても気色悪いだけだ」

「その点は同情する」


 珍しく力のこもった回答に、オリバムは友情を再確認した。できればもっと人に話せるようなことで確認したいものだが。


「今日はどうするんだ」


 空になった食器を受け取って、ロザー。オリバムは箒を取った。


「どうもこうも、他にすることもないしな。どうせ俺の仕事は椅子に座って待ってるだけだから、大人しくしてることに変わりないだろ」

「そうか」


 ロザーは洗い物を始め、オリバムは店の床を掃き始めた。ゴミは通りに掃き出して、店の前のゴミとまとめておく。あとはテーブルと椅子を揃えれば、開店準備完了だ。

 オリバムは紙とペンを用意して、奥の席におさまる。昨日は開店と同時に客が来たが、今日の出足は遅めのようだ。ロザーが厨房で動き回る音を聞きながら、通りをぼんやりと眺める。店の前を、野菜を抱えた男がよたよたと歩いていた。そういえば、今日の仕入れは間に合っているのだろうか。


(……何が『先代の遺品』だよ)


 思いは、知らず、昨日の依頼のことに流れていた。

 高額の収入に喜んだのも束の間だ。つまるところ五倍もの支払いは、オリバムの命の値段と言うことだったわけだから、バカにしている。


(まっとうな商売しかしてないのに、なんだよ、呪いって)


 読み書きが出来て、名前が書けたから。

 ロウヴェルの言うとおり、必要だったのは本当にそれだけだったのだろう。

 努力して得た結果が呪いとは、酷すぎる。


(……こんなこと、始めなきゃ良かったのかな)


 伯爵家から出てしまえば、オリバムには行く宛てがなかった。

 生まれ育ちはプラティの下町だが、十歳の時に父が亡くなり、二年前の流行病で母も無くしてからか屋敷に住み込みで勤めていた。その時ちょうど店を構える場所を探していたロウヴェルに家を譲ってしまったので、こうしてロザーの店に居候をするほかないわけだ。


(……そもそも、あの時――)


 さらに記憶を遡ろうとする自分を、オリバムは引き留めた。

 息を深く吸って、吐く。

 落ち着け、と自分に言い聞かせる。あの時ああしなければよかったと、それだけを考えても意味がないのだからと。


「ロザー、なんか買い物でもないか?」


 ぼんやり座っているからいけないのだと言う結論に達したオリバムは、ロザーに声を掛けた。ちょうど数人入ってきた客の注文を聞いていたロザーは、少し待てという仕草をしてカウンターの向こう側に回る。あっちは忙しそうだ。


「おはよう。調子はどう? オリバム」


 ラジェッタが顔を出したのは、そんなときだった。


「ラジェか。朝飯なら、いまちょっと混んでるみたいだぞ」

「朝ご飯なら済んでるわよ。今日はこっちで用事があったから、寄ってみただけ。お客さん、来た?」


 宣伝効果の様子を見に来たというわけだ。オリバムは頷いた。どうかこの顔が笑顔に見えますようにと、祈る。


「割といい感じになってきたよ。ありがとうな」

「そう? そんなに効果あったんだ」


 なにげない様子を装いながらも、かなり嬉しそうだ。


「昨日なんか列ができてたんだぞ」


 料理を配り終えて、ロザーもやってきた。ラジェッタはますます嬉しそうだ。


「へー、そうなんだ。それは見てみたかったわね。それじゃオリバムがちゃんと独立できる日も近いかしらね」

「いや、それはまだ気が早いと思うが」

「そう? 昨日あたり、気前のいいお客も混じってなかった?」

「……気前のいい、客?」


 含みのある視線を向けられて、オリバムは眉を顰めた。心当たりはある。いやというほど。


「信用のおける代筆屋を探してるっていう人がいたから、真っ先に教えてあげたのよ。できが良ければ報酬も弾むって言ってたし。こなかった?」

「……それって、ティオクの石屋のベートとかいう、おっさんとかじゃないだろな?」

「そうよ、そのベートさん。なによ、二人とも、変な顔して」


 ラジェッタの顔に浮かんでいたのは、紛れもない善意だったが。


「お前か! 元凶は!」

「落ち着けオリバム。ラジェは無実だ」


 指をさして叫ぶオリバムを、ロザーが構えていたかのように素早く後ろから羽交い締めにして店から引きずり出す。きょとんとしていたラジェッタは、慌てて追いかけてきた。


「なによ、急に。元凶って何のこと?」

「ちょっと、待てな。オリバム、お前はこっちに座ってろ」


 手近の椅子を引き寄せて、押し込めるようにしてオリバム座らせると、ロザーはラジェッタをさらに店の入口から話す。店内の野次馬が全員、耳をこちらに向けているのはとっくに承知だ。


「実はな――」


 ロザーはぼそぼそと、昨日の出来事を語って聞かせた。いまさら何でもないと言ったところでラジェッタは聞かないだろう。それならばいっそ全部話してしまった方がいい。


「それ、ほんとなの?」


 ラジェッタは呆然とオリバムを振り返る。オリバムは、椅子にふんぞり返ってふてくされている。通行人が皆、怪訝そうな視線を向けているのもお構いなしだ。


「しかも、あたしのせい?」

「いや、そういうわけじゃない。オリバムだって、そこはちゃんとわかってるはずだ」

「でも」


 ラジェッタは俯いた。ロザーはため息をつく。口べたな自分が、恨めしい。


「ロザー」


 きっと、ラジェッタは顔をあげた。なにをどうしたのか、黒い瞳に並ならぬ決意の光が煌めいている。


「悪いんだけど、セスラナさんに伝言をお願い。あたし、今日は高熱で動けないみたいだからこれから休むわ」

「熱……?」

「それと、何でもいいから上着を一枚貸してちょうだい。この上から羽織るから、少しくらい大きくても大丈夫」

「上着? そんなのどうす――」

「いいから早く!」


 剣幕に押されて、ロザーはこくこくと頷いて店の中に戻る。ラジェッタはくるりと振り返った。目が、据わっている。


「オリバム」

「な、なんだ。その、元凶っていったことなら――」

「そんなことはどうでもいいわ。立って。行くわよ」

「へ? どこに?」

「ラジェ、これでいいか?」


 戻ってきたロザーが差し出す服を受け取ると、ラジェッタはオリバムの腕を掴んだ。


「決まってるでしょ。ベートを探しに行くの」

「は? え、ロザー、お前何を話し――」

「ぐずぐずしないで。ロザー、後はお願いね」

「ああ……気をつけてな」


 ロザーの言葉を最後まで聞かずに、ラジェッタはオリバムを引きずって店を出た。高熱があるにしては元気いっぱいだ。

 二人を見送ったロザーは店に戻り、店内を見回した。


「今日、ラジェを見なかったことにしてくれるなら、今食ってるもんは俺のおごりだ」


 任せておけと、全員から心強い確約を得たロザーは、次にセスラナに連絡を取る方法について悩み始めた。


 *


 大通りに出る前に、ラジェッタはロザーから借りた上着を着込み、下ろしたままの髪を手早くまとめて上げる。たったそれだけでも、ずいぶんと印象が変わってしまうことに、オリバムは感嘆していた。


「何よ、ヘンな顔して。しょうがないでしょ、熱で寝込んでることにするんだから、一応変装くらいしないと」


 ラジェッタは拗ねたように言い訳をする。感心していたとも言い出せず、オリバムは別の言葉を探した。


「あー、でも顔出してりゃ、同じじゃないか?」

「これも巻くから大丈夫」


 ラジェッタはスカーフを取り出すと、襟元に巻き付け、口元が隠れるような位置で結び目を作った。ここまでくれば、一目でラジェッタとわかる人も少ないだろう。


「さ、行きましょ」

「待てって。だからどこに行くつもりなんだよ」

「そうね……代筆屋を探していたのよね、あの人。今日だったら市も立ってるし、広場の方から回りましょうか」


 勝手に決めて、ラジェッタは一人、さっさと歩き出す。オリバムは舌打ちして、後を追った。


「ラジェ、ロザーから何を聞いたのか知らないけど――」

「全部聞いたわ。たぶんね」

「そ、そうか。そのな、元凶って言ったことは悪かった。謝る」

「それはどうでもいいって言ったはずよ。あ、そっちじゃないわ、こっち」


 まっすぐ行きかけたオリバムの腕を引いて、ラジェッタは角を曲がる。


「あたしはね、オリバム、腹を立てているのよ」

「うん、それはよくわかる」


 この剣幕で怒っていないという方が嘘だ。元凶呼ばわりされて怒っているのだと思っていたが、違うようだ。そうすると、オリバムにはもう見当がつかない。


「亡くなった父親の遺品に何が書かれているか知りたい、あの男はそう言ったのよ。カルナゼーンの大学に連絡しようにも旨く字が書けないって」

「はあ」


 どうやらベートはラジェッタの情に訴えかけたようだ。裏切られたという気持ちは、オリバムより強いのだろう。


「もしかしたら財産のことも書かれているかもしれないから、口が堅くて、信用できる代筆屋がいたら教えてくれって」

「それで俺を紹介してくれたのはありがたいと思ってるよ、ほんと」


 通りを抜けると、記念碑広場だった。領主であるキベラ伯爵家の歴史と家紋が刻まれた記念碑を中央に据えた広場は、普段は品を下ろす荷馬車が順番待ちをする場所だが、今日は市の立つ日で、広場はそれぞれ持ち寄った品を並べた露店がずらりと並んでいる。食べ物有り、衣料品有り。オリバムのような代筆屋も、ちらちらと見える。


「そうだ、ラジェ。あの記念碑、本当は先々代の伯爵様の全身像になるはずだったんだって知ってるか?」

「知ってるわ。それを嫌がられたから、せめて街の住民を導くような一言を刻ませてくれって頼んだら『早寝早起き』って言われて取りやめになったんでしょ」

「よく知ってるな……」


 話題転換にも失敗したオリバムに、ラジェッタを止める術は一つも残されていなかった。


「こんにちは。聞きたいことがあるのだけど」


 ラジェッタは手当たり次第に『ティオクの石材屋』について聞き回った。オリバムは黙ってその後ろからついて歩くだけだ。何でもないときであれば、こうして市を見て回るのも楽しいだろうが、笑顔の裏で怒りの炎を燃やしているラジェッタと二人では、ため息しか出なかった。


「なあ、ラジェ。ロザーから全部聞いたんならさ、ロウが知り合いに連絡してくれるってことも聞かなかったか?」

「聞いたわよ」


 次はどの露店にしようかと狙いを定めているのか、ラジェッタは振り向きもしない。


「だったら、ベートを探すこともない。だいたいあいつを捕まえても、呪いを解いてもらえる望みは薄いんだし、そもそも捕まえられるかどうか――」

「それも聞いたわよ。でもそれじゃあ、あたしはどうしたらいいの!」


 きっと見上げてくるラジェッタは、睨んでいるにもかかわらず泣きそうに見えた。


「何って……いや、別に何も……」


 オリバムは狼狽えた。これはまずい。怒っているより、まずい。こんな時、旨く間に入ってくれるロザーは、今いない。


「何も?……そう、そうよね、あたしがうっかり口を出さない方がいいのよね。今回のことだって、あたしが変な客を紹介しなければ……」

「待て、ラジェ、だからそれはちがうって」


 ラジェッタが涙声になるのに、オリバムは慌てて建物の影に引っ張った。痴話ゲンカかと、一斉に突き刺さってくる視線が痛い。


「とにかく、今回のことはラジェのせいじゃないからな。それだけは聞いてくれ、頼む」


 拝み倒すようにして、オリバム。ラジェッタは俯いて、洟をすすっている。


「だいたい、ラジェがいろいろ紹介してくれなきゃ、とっくに干上がってたんだぜ? あのまま客が来なかったら、占いとか祈祷でも頼みに行かなきゃなーってくらいに切羽詰まってたんだし」

「……占い?」

「うん、そりゃあ眉唾物だろうけど、この際何でもいいから――」

「それだわ」

「そう、それなんだよ……って、なんだ?」


 ラジェッタは、打って変わってキラキラした顔でオリバムを見ていた。さっきのは泣き真似だったかと、今さらながらに舌打ちする。


「リタに聞いたことがあるの。市の時だけ来る、良く当たる占い師がいるって」


 げ、と声を上げそうになって、オリバムは慌てて作り笑いを浮かべた。


「いや、まあ、ものの例えで、実際にやるのは、な。ほら、何を占ってもらえばわかんないだろ?」


 まさか呪いの解き方を占ってくださいと言うわけにも行くまい。その点は、ラジェッタも同意した。


「大丈夫よ。その辺はおおざっぱにごまかしておけばいいから」


 ラジェッタが同意したのは本当に『その点』だけだった。

 そろそろオリバムの作り笑いも限界だ。


「ラジェ、俺は占いなんか要らないぞ。東に歩いて三本目の木の根本にコインを埋めろとか言われてもやらないからな」

「埋めたことあるの?」

「……訊くな」

「じゃあ訊かないから、行きましょ。確か向こう側のはずよ」

「ラジェ、俺は埋めたことを訊くなっていっただけで、人の話を聞くなとは一言も言ってないぞ?」

「西側の壁の隅っこって言ってたんだけど……あ、あそこよ」


 オリバムの主張は右から左に聞き流して、ラジェッタは壁際に並ぶ列の最後尾に回る。並んでいるのは、二人ほど。どちらも年頃の女の子だ。人気の占い師というのは本当らしい。


「……ラジェ。俺は向こうで待ってるから、お前一人で聞いてきてくれ」


 オリバムはじりじりと列から遠ざかろうとした。居心地が悪すぎる。今また一人、オリバムの後ろに並んだのはやはり女性だ。オリバムと目が合うと、含み笑いをして目を伏せた。予想もつかない勘違いをされているようだ。


「何言ってるの。占ってもらう本人がいなくちゃ話にならないでしょ」

「でもな、男なんか一人もいないだろ」

「そんなことないわよ。リタが並んでたときは、お父さんくらいの年齢の人も来ていたって言ってたわ」

「おっさんが何占ってもらうんだよ……」

「知らないわよ。オリバムも年を取ったらわかるんじゃないの」


 そんなのわかりたくもない――そんなやりとりをしている間に列は進み、オリバム達の順番になった。


「おや、いらっしゃいお二人さん。今日は恋占いかな?」


 テーブルと椅子を置いただけの店は、日よけもなく、店主は一人の老婆だった。白髪の髪や顔の皺からしてもかなりの高齢に見えるが、しっかりと背筋を伸ばして二人の客を見上げている。飾り紐や帯等、やたらと派手なアクセサリが多いのは、『占い師』っぽく見せるための工夫なのだろう。


「こんにちは。今日はこの人の運勢を見て欲しいのだけど」


 ラジェッタはぶすっとした顔のオリバムを引っ張る。老婆はにこやかに頷き、オリバムに目をやった途端、おやまあと声を上げた。


「なかなか込み入った様子のようだね、お兄さん」


 目を丸くする二人の前で、老婆はやはりにこにこと微笑み続けていた。


 *


 ドアを開けると、人が立っていた。


「ああ、これはこれは、朝早くからお出かけでしたか」

「誰だ、あんたは」


 ロウヴェルは警戒するように問い質す。鍵は掛けておいたはずだ。それなのに、なぜ家の中に他人が入り込んでいるのだろう。


「いや、失礼。怪しい者じゃありませんよ。ちょっと頼み事があって寄らせてもらいました」


 侵入者は男だった。五十歳くらいで、身なりはきちんとしている。どこかの裕福な商人のようだ。見かけだけなら、確かに怪しくない。


「頼み事?」


 ロウヴェルはからかうような笑みを浮かべた。


「まさか薬屋の俺に、代筆を頼みたいなんていうんじゃないだろうな?」

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