エピローグ ~新装開店~
『代筆・代読 いたします オリバム』
看板をどこに置こうか悩んでいると、暖かい風が広場を通り抜けていった。風にさらわれそうになった紙を押さえ込んでいると、テーブルに影が落ちた。
「大事な商売道具が逃げ出してるぞ」
顔を上げると、ロウヴェルが立っていた。押さえきれなかった紙を一枚、ひらひらと振っている。
「ほんとに屋敷に戻らなかったんだな」
「そっちは戻ってくるのにずいぶん掛かったじゃないか」
「いろいろと面倒な事後処理ってのがあったんだよ」
勝手に客用の椅子に腰を下ろす。拾ってもらった紙を山に戻して、オリバムはその上に重しを乗せた。看板は置き場所が決まらなかったので、足下に寝かせておいた。
「懐かしの故郷はどうだった?」
「懐かしくもなければ故郷でもないぞ」
「そうなのか? ガレスは里心がついたからなかなか戻ってこないんだろうって」
「欺されるなよ。事後処理だって言っただろ。追放人の俺が勝手にハゥルライズを持ち出したなんて、長老方にとっちゃ一大事だ」
ふーん、とオリバムは微笑んだ。
「でもこうして戻ってこれたんなら、お咎め無しなんだ?」
実験場での一幕が終わった後、ガレスとリリディムはベートを連れてカルナトレハに戻ることにした。ロウヴェルも一緒に戻ってくるようにという通達があったので、そこで慌ただしく分かれることになってしまったのだった。
「お咎めって、お前、俺はもともと追放された身だぞ? これ以上どう咎められるって言うんだ。俺がこんな目に遭ったのはおまえがうっかり呪われるからだろ。少しはかばってやろうとか思わないのか」
「そんなの知るか。ロウが勝手にあんな奴の手先になるのが悪い」
「手先って、おまえもう少し他に言い方ないのかよ」
「手先は手先だろ」
誰のせいでそんなことになったんだと繰り返されるのかと思ったが、ロウヴェルはついっと視線をそらした。
「……毒を飲むって言われたんだよ」
「毒? ベートに言われたのか? って、ベートとどこで会ったんだよ」
「ロザーの店から帰ったら、勝手に家に上がり込んでたんだよ」
オリバムの知り合いであると聞き込んで、ロウヴェルにも『代筆』を頼むつもりだったらしい。だがベートはロウヴェルの家で『永遠の灯火』の入ったカンテラを見つけてしまった。
「見つけたって、どこに仕舞っておいたんだよ」
「……奥の部屋に置きっ放しだ」
文句あるかとばかりに、ロウヴェル。オリバムはあきれて言葉が出ない。
「別に仕舞っておかなくたって、見た目は普通のカンテラだろ。気づかないだろ。オリバムだって何度も家に来てるが、分からなかっただろ?」
「そりゃ、俺は魔術師なんかじゃないし」
素質なしの太鼓判を押されたオリバムと違って、ベートは独学とはいえカルナトレハを目指した魔術師だった。魔術都市からの追放者がどのような末路を辿るのかも知っていた。魔術に関わりある人間が勝手のリョーゼには入れないことも調べ済みだったので、カンテラを見た瞬間、使えると思ったようだ。
「俺に代わりにリョーゼに入ってハゥルライズを取って来いってことだったんだよ」
「……断れば毒を飲むって?」
ベートは『シャスタデンの契約』を知っているかと聞いた。その呪いが、お友達にも掛かっているんですよと、得意げに言った。
ベートの身に何かあれば身代わりの呪いが発動する。呪いにかけられたその日に死ぬところだったかもしれないと知って、オリバムはぞっとした。
「追い返してもよかったんだけどな。まあ、逆にハゥルライズに何かあれば必ずカルナトレハの連中がでてくるはずだから、俺が正攻法で連絡するより早いと思ったんだ。まさかオリバムまでいるとは思わなかったが」
「俺だってロウがいるとは思わなかったよ。でも、それなら何で先に言ってくれなかったんだよ」
そうしたら、疑わずに済んだのだ。
オリバムの不満はその点につきるといってもいい。
「そんな暇ななかったろ。リョーゼに入る前までは見張られてたし、仮に話したところで簡単に貸してもらえるもんでもなかったからな。だいたい、おまえが大人しく待ってれば、めんどくさいことにならなかったと思うぜ」
確かにそれなら、戻ってきたロウヴェルの知り合いが呪いを解いてくれました、めでたしめでたし、で終わったかもしれない。ロウヴェルがベートの手先になったこともカルナトレハからの追放者だったことも知らないまま終わっただろう。
でもそれはきっと、オリバムの中にもやもやした何かを残したに違いない。
「待ってたら、もう一個の呪いがそのままだったから、仕方ないだろ」
「そういやそうか。ま、結果的に呪いはちゃんとはずれたんだから、そう文句言うなよ」
「それはそうだけど……そういえば、ベートはどうなったんだ?」
「さあな。『真理を得る者の道』にでも放り込まれたじゃないか?」
笑って言う。どこかで聞いたことがあると思って記憶を辿ると、確かリリディムが実験場で言っていた。
「それってなんなんだ?」
「リョーゼの負の遺産、その2、ってところか」
この世に満ちる『真理』が生まれる場所があると、そう推測した魔術師がいたそうだ。ハゥルライズを用いればその場所に到達することができる、そうすればなにものにも縛られることなく、『真理』を得ることができる、と。
ひどい妄想だと、ロウヴェルは苦笑した。
「下手に真実味があるもんだから、あんな大げさな実験場までできたんだけどな」
「ちなみにそれって、成功の見込みはあるもんなのか?」
ロウヴェルは意地悪く笑った。
「過去に、長老の許可を得てその道を進んだ魔術師が三人いたが、三人とも消えたまんまだ」
そんなことではないかと思っていた。
風がまた吹き寄せた。先ほどより強くなっていて、重しを乗せていても紙が飛んでいきそうだ。天気が悪くなるのかもしれない。
「『真理』とかって、そんなに知りたいものなのか?」
「欲しいと思うものは人それぞれだからな」
妙に清々しく言うので、オリバムは思わずロウヴェルをじっと見つめてしまった。
「なんだ?」
「いや、なんでも」
カルナトレハを追放された魔術師は、何を求めていたのかなんて、聞いたところできっと判らないだろう。
「そうだ。お前、それでなんで屋敷に戻らなかったんだ?」
思い出したように、ロウヴェルが尋ねる。カルナトレハから帰ってきてみれば、てっきり元の生活に戻っていると思ったオリバムが、広場で露天を開いているとロザーに聞いてその足でやってきたのだ。
「戻ってもよかったんだけど……」
呪いがすべて解けた今、キベラ家に仕えることに支障は何もない。しかしオリバムは代筆屋を続けることにした。いつまでもロザーに甘えていられないので、広場の一角を借りて露店を開くようにした。今はまだロザーの所から通っているが、もう少し稼いだら、一人で暮らそうと計画している。
「ルーも、結局家には戻らないでリリディムに弟子入りしたし、アミは来月から王都に行って王宮勤めを始めるっていうし、無理に俺が戻る必要も無いんじゃないかなって思ってさ」
いつでも戻ってきてくれ――寂しそうなアミディームの顔がよぎる。双子の片割れのと同じくらいに心を開けるのはオリバムだけだからとまで言われて、心がぐらつかなかったわけはない。
「お屋敷で、側にいるだけじゃなくても、力になれることもあると思うし、もうしばらくはこのままでやってみようと思って」
「お前がそう決めたんなら、別に構わないけどな」
ロウヴェルならそう言ってくれるだろうと思っていた。ロザーもらジェッタもそう言ってくれた。突き放すのではなく、何かあれば力になるからと見守ってくれる者の言葉だ。
「んじゃ、がんばれな」
「帰るのか」
「ロザーのとこで飯食ってくる」
ロウヴェルは立ち上がると、最後に笑って付け加えた。
「オリバム、今度は読めないものは読めないって断れよな?」
「そう何度も呪われてたまるか!」
*
『代筆・代読 いたします
ただし知らない文字はお断り オリバム』
新しく作った看板は、まだ置き場所が見つからない――。
完結しました!
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最後までおつきあいくださいまして、ありがとうございました。




