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 第三の実験場は、あっけなく見つかった。ルーセントが言ったとおり、簡単な単語の置き換えで隠されていたそうなのだが、それを発見した直後のガレスの機嫌と言ったら、噴火直前の火山か発光直前の雷雲といい勝負だったと、リリディムがこっそりと教えてくれた。


「そういうわけですので、ガレス師には決して経緯をお尋ねにならないように」

「それはいいですけど」

「いったい、どんな風に隠されてたんだ?」

「……言えません」


 ガレスがどこで聞き耳を立てているかわからないからと、リリディムは決して口を割らなかった。


「ところで、実験場については我々も情報がほとんどありません。万が一のことも考えられますが」

「構わない。連れて行ってくれ」


 リリディムに最後まで言わせずに、ルーセント。仕方ないのでオリバムも頷く。ルーセントを一人にしておくことは出来ない。


「ロウがそこに呼び込もうとしてるなら、あまり心配要らないような気もするので」

「そう、かもしれませんね」


 不承不承、リリディムは頷くと、ガレスに視線を向けた。ガレスは押し黙っていたが、同行者については特に異存はないようだ。


「それではいきましょうか。トゥランダ、後のことはお願いします」

「承知しました。みなさん、お気をつけて」


 トゥランダに見送られて、四人はリョーゼの街を抜け、荒れ地に立った。条件反射のように、オリバムは空を仰いだ。日は地平線から顔を出したばかりで、薄明かりだった。空気が冷えていて、ルーセントがくしゃみをする。


(夜明け、か……)


 調査が終わるまで長引きそうだとトゥランダが伝言を持ってきたので、ルーセントと二人で休ませてもらった。静かすぎてなかなか寝付けなかったが、目を閉じているうちにいつの間にか眠っていたようだ。目を覚まして、簡単に食事を済ませた頃に調査が終わった知らせが入ったので、体調は悪くない。不眠で調査していた魔術師二人の状態が気になるくらいだ。


「行き先はこのまま、真っ直ぐ北西です。道は荒れているとは思いますが、半日も歩けばつくでしょう」


 リリディムは彼方を透かし見た。傍らに立つガレスに同意を求めるが、カルナトレハが認めるただ一人の錬金術師はむっつりと同じ方向を見やるだけだ。小さくため息をついて、リリディムは先頭に立った。


「……まだ機嫌悪いみたいだな」


 ルーセントが耳元で言う。よほどプライドを傷つけられたようだが、どう傷つけられたのか、想像もつかない。


「言葉の置き換えって行ってたけど、何と置き換えられてたらあんなに怒るのかな」

「そもそも、どんな文献だったのかが問題だったのかもしれない」

「というと」

「例えば……『これは重要だからよく読め』って書いてあったとか」

「あー、大した内容じゃないと思ってたら本当に重要だったと」

「そんなこと知ってるってバカにしてたとしたら」

「裏を掻かれてたってことか。それは確かに」

「二人ともどうしましたか」


 ガレスに聞こえないよう、距離をとってこそこそ話し込んでいた二人にリリディムが手招きする。


「何かありましたか?」

「いえ、大したことじゃ……その、ここから北西って何があった話してたんです」


 とっさに笑みを貼り付けて、オリバム。

 リョーゼの荒れ地と呼ばれる範囲は広く、領地の西境となるヨグ山脈の麓まで広がっている。そこまでいくには、さすがに半日では足りないが、仮に進めたとしても、目に付くような物は何もなかったはずだ。


「実験場というのは、ただ広いだけの場所じゃないよな? 全部回った訳じゃないから絶対にそうだとは言えないが、荒れ地には人の手が入ったように見える場所はなかったと思う」


 オリバムの思いつきに、ルーセントも話を合わせる。子どもの頃に数々のいたずらを仕掛けた時に養った口裏合わせの術は、今も健在だ。


「ガレス師、やはり間違いないようです」

「そのようだな」


 何も無いということに、魔術師達は喜びだした。ガレスなど、顔のこわばりが緩み始めている。


「何もないのに間違いないって……もしかしてリョーゼみたいに見えないようになっているのか?」

「リョーゼ以上に危険を孕んだ場所でしょうから、そのくらいの仕掛けがしてあるのは間違いないと思います」


 足取りの軽くなったガレスを見ながら、リリディム。気がかりは山ほど残っているが、僅かに覗いた希望に口元がほころんでいる。


「といっても、文献上のことでこの目で確認してみないことには何とも言えませんが。そうそう、領主殿はこの先、決して我々より前に出ないでくださるようにお願いします」


 実験場の所在は明らかになったが、現状まではわからない。今までカルナトレハの目を逃れていたという点からも、気を引き締めなければならない。

 応援を呼ぶことも検討したが、『的』になるものが多すぎるのも危険だとガレスに止められた。「それに」とリリディムは続ける。


「知る者を増やすのも良くありませんからね」

「それは、僕らにも黙ってろって言うことか?」


 探るような目をするルーセントに、リリディムは慇懃に頭を下げた。


「私どもから申し上げることなど何も。どうするべきかは、領主殿が一番おわかりになっているかと存じ上げます」

「僕は吹聴して回る気はない。でも、リリディム。他に誰か、口の軽い奴がいたんじゃないのか?」


 第三の実験場については、伯爵家にも何も伝えられていなかった。ガレスもリリディムも、存在はおぼろげながら知っていても、確実な情報を掴んだのはつい先ほどだ。


「同士ロウヴェルが、どこから情報を手に入れたのかは、私どもも知りたいところです」


 リリディムは会釈すると、ガレスの横に並んで小声で話し出した。こちらとの話はこれで終わりだという意思表示に、ルーセントはややむくれている。


「魔術師って言うのは、自分の過ちを認めないんだな」

「秘密だよって話は、人に言ってくれって言ってるようなところもあるからなぁ」


 相づちを打ちながら、素質無しの一般市民としては、魔法の実験場がどこにあるかより、どうしてロウヴェルがそこを選んだのかが気がかりだった。ハゥルライズと錬金術の実験場のつながりは見えるが、そこにロウヴェルとのつながりが見えない。


(いきなり出かけるって行ってたし、徹夜で何かやってたみたいだったよな)


 代わり映えのない景色が過ぎていくのは、物思いにふけるのにちょうど良かった。乾いた地面と空しか無いが、日が昇って空の色が変わると、大地も合わせて影の位置を変え、ほんの少し様相を変える。ガレスが呟いたのは、影が短くなり、景色がのっぺりした頃だった。


「そろそろ何かあっても良いはずだな」

「そうですね」


 足を止めて周囲を見回したリリディムは、一点で視線を止めた。


「ガレス師の声が聞こえたようですよ」


 リリディムが見つめている先に目をこらすと、陽炎のように空気が揺らめいているのが見えた。揺らめきの中に、何かが見える。ゆらゆらと、少しずつ色を濃くするその何かは、最終的に一人の男性の姿となった。男は、リリディムより少し若いくらいだろうか。日に焼けた顔は、何かに怯えているように引きつり、何度も振り返って後ろを確かめている。

 ガレスに促されて、リリディムが前に出た。


「突然すみません。この辺りの方でしょうか?」

「――ひ!」


 後ろばかり見ていた男は、目の前に四人もの人間がいたことに全く気づかなかったようだ。声にならない叫びをあげたかと思うと、いきなりその場に跪いた。


「お願いだ、見逃してくれ!」

「は?」


 リリディムはあっけにとられた。男はそんな様子に全く気づかず、両手を握り合わせて何度も同じことを繰り返した。


「落ち着いてください。私たちはプラティの街から来たばかりで、事情がよく判らないのですが、何かあったのですか?」


 リリディムが笑顔で、穏やかになだめすかして、男はようやく違う言葉を口にした。


「あんたは、ベートの仲間じゃないのか?」

「ベートだって!?」


 思わずオリバムが叫ぶと、男はまた地面に伏して「見逃してくれ」と繰り返し始めた。


「だめですよ、大きな声を出しては」

「すみません。つい……」


 萎れて項垂れるオリバムに、リリディムはため息をつく。


「済んでしまったことは仕方ありません。こちらの人もだいぶおびえているようですが、そのベートというのは何者でしょうか」

「そいつは、俺に呪いをかけた奴です」


 きっぱりとオリバムが言うと、地面に伏していた男が顔を上げる。


「お前もあいつに騙されたのか?」

「お前も、ってことはあんたも?」


 オリバムは膝をついて男と向き合った。

 同病相憐れむ。

 初対面の二人は、周りの三人を置き去りにして理解し合っていた。


「話がよく見えないのですが……良ければ簡単にご説明願えませんか」


 咳払いをして、リリディム。我に返った男は、警戒するように背後を振り返る。


「それなら、もう少しここから離れてからでも良いか?」


 男の希望通りに、大きな岩の影に移動した。出かける前に詰めて置いた水を差し出すと、男は礼を言って受け取り、喉に流し込んだ。


「いきなり疑ってすまなかった。まさかこんな所に関係ない人間がいるとは思わなかったから」


 男はイーセイと名乗った。キベラ伯爵領ではなく、隣のミズワイデ男爵領にある村の住人だった。二ヶ月ほど前、村にベートと名乗る男がやってきて、仕事を請けてくれたら大金を払うと持ちかけてきた。リョーゼの荒れ野で良質の石が見つかったので、切り出す手伝いをして欲しいということだった。

 村の若者が数人名乗り出た。イーセイもその一人だった。ベートは大金を払うのだから契約書が必要だと言い張り、書類を作って名前も書けと言ったそうだ。


「俺もそうだったけど、字の書ける奴なんか数えるほどしかいなくて。そうしたらベートの奴、この通りに写せばいいって」


 こういうものは本人が描かないと意味がないというのがベートの主張で、村人達はそういうものなのかと疑いつつも書類を写し、署名した。


「それってやり方は違うけど、俺と同じだ……」

「そうか。きっとあいつ、人が少なくなってきたんであんたのことも狙ったんだろうな」


 イーセイ達は見知らぬ建物の中で監禁された。そこには他の村の住人もいたし、見知らぬ者もいた。最初は三十人近くいたのだが、逃げ出す前には数人しか残っていなかったと震えながら言った。


「あいつに逆らったら死ぬって言われて、誰も信じてなかったんだ。でも、いきなり隣の奴がばったり倒れて動かなくなって。でも、逆らってなくても死ぬんだ。朝、目を覚ましたら、起きない奴が何人もいた。俺は怖くて怖くて、逃げ出すことばっかり考えてた」


 それが今朝になっていきなり若い男が現れて、一人ずつ、ばらばらの方向に出ていくようにと言ったそうだ。イーセイも言われるままに逃げ出して、ようやく荒れ地に出たところでオリバムたちに出会ったのだった。

 口を開きかけたオリバムを視線で止めて、リリディムは言った。


「ガレス師、いかがですか?」

「『シャスタデンの契約』とは、またずいぶん古めかしいのを持ちだしたものだな」


 ガレスは険しい顔をしていた。イーセイとオリバムを交互に見て顎を撫でる。


「変わった気配だと思っていたが、そういうことだったのか」


 言われてみれば、とリリディムも遅ればせながらにオリバムの呪いに気づいたようだった。


「えーと、実は俺もロウに教えてもらって……それで呪いを解いてくれる魔術師を紹介してもらうはずだったんです。これ、解いてもらえませんか」


 渡りに船とばかりにオリバムは頼み込んだ。流れに乗って、イーセイも「お願いします」と声を上げる。


「出来ないことはないが、一人一人解くより大本から断った方が早いだろうな」

「おおもとって……掛けた本人ってこと?」

「ベートならこの先にいる」


 イーセイは自分が歩いてきた方を指した。


「俺を逃がしてくれた男が言ってたんだ。もうすぐベートが戻ってくるから、その前に行けって」

「情報をありがとうございます。それさえわかれば、大船に乗った気でいてくれて構いません。ガレス師なら間違いなく呪いを断ってくださいます」


 持ち上げまくるリリディムに、ガレスは苦い視線を送る。当然無視して、リリディムはイーセイに話しかけていた。


「私たちはこのまま向かいますが、あなたはどうしますか?」

「俺は……ほんとに呪いが解けるなら、このまま村に帰ってもいいか?」

「構いません。安全なところにいていただいた方が私どもも助かりますから。水はそのまま持って行ってください。送って上げられませんが、このまま南に進めば街道に出られます」


 リリディムがさらに二、三、尋ねてから、イーセイは村に向かっていった。あとは無事に村に帰れるように、祈るしかない。


「彼が言っていた若い男というのは、同士ロウヴェルのことでほぼ間違いないでしょう」


 リリディムの意見に、誰も反対しなかった。


「そろそろ本人から説明が欲しいところです……」


 続けて吐き出された呟きにも、誰も、反対しなかった。

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