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(理由……?)


 何の説明にもなっていない。問いと答えがすれ違っている。疑問は解決されないまま、呼び出されたいくつもの推測が、自分のしっぽを追いかける子犬のように、ぐるぐると回っている。


(そりゃ、理由がなければ追放なんかされないだろ?)


 立ち入ったことを聞いているのはわかっている。いまさら何を聞いても、終わってしまったことには何も手出しできない。今オリバムに出来ることは、どうしてハゥルライズをも出したのかと問い詰めるくらいだ。追放のこととは何の関係もない。


(なにも、出来ないんだろうけどさ……)


 立ち尽くしていると、背後から肩を叩かれた。


「オリバム、どうだった?」


 ルーセントだった。階段を上がってくる足音も聞こえないくらい、ぼうっとしていたらしい。オリバムは急いで頭の中から子犬を追い出した。


「どう、って、何が?」

「何って、頼んでいたんじゃなかったのか?」

「頼むって、何を?」

「えーと」


 疑問ばかり返ってくるので、ルーセントは切り口を変えた。


「あの二人は、カルナトレハの魔術師なんだろう? だったらオリバムのもう一つの呪いを解くことが出来るんじゃないのか?」

「……あ」


 言われてみれば、どうしてその可能性を思いつけなかったのか。

 とてもそうは見えないが、ガレスなどは伝説級の魔術師らしいのだから、息子の友達特権を最大級に行使して頼み込めば良かった。

 慌てて振り返っても、目の前にあるのは無表情な扉だけだ。


「あー……」


 オリバムは意味不明の声を上げて膝をついた。ルーセントの哀れむような視線が痛い。


「急いで追いかけていくから、てっきり頼みに行ったんだと思ってたんだけど、何話してたんだ?」

「いや、ちょっと気になることがあって……あ、俺、もう一回行ってくる」


 よろよろと立ち上がると、止められた。


「行くのは良いけど、どこに行くんだ?」

「どこって……その……ほら……どこだろう……?」


 なにやら文献を探すと言っていたはずだが、どこにあるのかまでは言っていなかった気がする。

 救いを求めてルーセントを見やれば、音がするほど首を横に振られた。


「僕だって、そんな文献があるなんて今回初めて聞いたんだし、どこにあるのかなんて知らないからな。ありそうなのは図書館だと思うけど、僕が知るだけでも大中小と三つもあるんだ」

「図書館が三つ? なんでそんなにあるんだ……」

「それだけ本があったんじゃないかな。たぶん」


 他に理由はあり得ないので、ルーセントの推測は確定だ。何の慰めにもならないのだが。


「念のために聞くけど、その図書館がどこにあるのかは」

「案内しても良いけど、お互い反対方向に歩いてたら時間がもったいないだろ。どうせ二人とも戻ってくるんだし、大人しく待ってよう」


 そういってルーセントは階段を下りるのではなく、扉を開けて進もうとする。


「湖に戻らないのか?」

「ずっとあそこにいると冷えるだろ。暖かいものでも飲もう」

「暖かいもの? ここで?」

「僕だってお湯くらい沸かせられるんだぞ」


 大いばりで、ルーセント。威張るようなことかと思ったが、伯爵家のお坊ちゃまが自分で湯を沸かすこと自体珍しい。

 ルーセントは先に立ってずんずんと進んだ。途中からオリバムが開けなかった扉を開いて、別の廊下を進むと、行き着いた先は炊事場だった。大きな竈や調理台が並んでいて、使い古された大鍋がいくつもある。大人数の食事を用意するための場所だったと推測が出来る。


「ここは、一体何の建物だったんだ」

「さあ? たくさん人が集まるところだったみたいだけど、誰かの屋敷って感じでもなかったな」


 ルーセントは調理台の上からポットを取り上げると、水瓶から水を汲んだ。


「その水、大丈夫なのか?」

「井戸はまだ使えるんだ。オリバムに会う前に汲んでおいたやつだから大丈夫だよ」


 ルーセントに頼まれて、オリバムは竈に火を入れた。乾いた薪が物入れに積んであったのにまた驚くと、ルーセントが種明かしした。


「ここは、万一に備えて定期的に物資を運んであるんだ」


 別の物入れには、小麦粉や豆類を始めとした、保存食料が納められていた。おおよそ、二十人分くらいだろうか。同じくらいの物資を、リョーゼの街の主立った建物に納めてあるという。伯爵の計画としては、プラティの住人全員を受け入れられるようにしたいそうだが、諸問題が山積みで進んでいないのだという。


「物はいくらでも入れられるんだけど、人が、ね。自分でわからなくても魔法の素質ってのがあると、ここには入れないから」


 魔術の才能無しと太鼓判を押されたオリバムは曖昧に頷くだけだ。


「あ、そうだ。オリバムは料理できるか?」

「え? 簡単なものならたぶん」


 水と火が使えるこの調理場なら、それなりに作れるだろう。

 ふと思いついて、オリバムはさりげなく尋ねた。


「トゥランダに頼めないのか?」

「トゥランダはハゥルライズの監視役だから、そういうことはできないんだ」


 以前にお茶を入れてもらって、大騒ぎになった一件を楽しそうにルーセントは話す。水が湯に変わることは知っていても、入れ物に入れて沸かすという行為がわからなかったというのだ。


「ふーん。それじゃ、ここに一人きりでいて不便じゃないのか?」

「そりゃ、少しは。でも一人じゃない。トゥランダがいる」

「いるだけじゃないか。結局、ルーが一人きりでいるのと代わらない」


 そもそも今まではどうしていたのかと問い詰めると、他の街ですぐに口に入れられる物を買ってきたと、渋々白状した。他の街と行ってもキベラ伯爵の領地内だが、ここからは片道で丸一日はかかる距離だ。


「ルー、そんな想いまでしてここの領主になりたいのか?」

「別に。ただ、僕たちは双子だし、伯爵家を継げるのも一人だけだ。なら、早いうちにどちらの領主になるか決めた方が良いだろうと思っただけだ」


 見え透いた嘘をつく。オリバムは、ため息をつくしかない。ルーセントがリョーゼに固執する理由は、どう考えてもトゥランダだ。今なら王都勤めを嫌がったのも、トゥランダとの距離があくことを嫌ってのことだと、よくわかる。


(説得は難しそうだ)


 熱が冷めるまで、まともに話が出来そうにない。

 折良くカタカタと蓋を揺らし始めたヤカンに急かされて、オリバムはヤカンを火から下ろした。茶葉でもあれば思ったのだが、トゥランダが全部駄目にしてしまったので、ここにはないとルーセントは言った。


「別の屋敷にも運んであるけど、少し離れてるし、いいよ白湯で」


 戸棚をあさって見つけたカップに湯を注ぐ。冷ましながら口に含むと、熱がじわじわと染みこんでいって、身体が冷えていたことがよくわかる。


「ルー、トゥランダって、ハゥルライズがある限りここにいるんだっけ」

「そう。あれが壊れるまでずっとここにいる」

「あの石って、確か……いきなり数日で壊れることもあるんだよな」


 ガレスの説明を思い返しながら、オリバム。石が内包する『時間』が壊れれば、あっという間に消えてしまうと、そんな風に記憶している。

 じろりとオリバムを横目で睨んで、ルーセントはカップを置く。


「そういうことも、あるみたいだけど、でもそれがいつかはわからない」

「そうなんだけどさ」


 ルーセントの視線の強さにひるみつつ、オリバムは何気ない風に話した。


「その、トゥランダは、明日いきなりいなくなっちゃうかもしれないんだなって――」

「ああ」


 なんだ、そんなことかと、ルーセントは笑った。


「そんなの、人も変わらないだろ」


 嘆くでもなく、ごく当たり前のように。


(これは手強いな)


 オリバムはカップに湯をつぎ足した。

蛇足かなと思いつつも削れなかったのは、影が薄くなりつつあるルーセントの陰謀です。

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