表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/18

13

 最も栄えていた頃、リョーゼは街の外に三つの研究所と二つの実験場を作ったという記録がある。制御が外れた時に被害が甚大になると思われる魔術の研究のためだそうだ。


「ハゥルライズみたいな?」


 ルーセントが尋ねる。リリディムは首を横に振った。


「巨大な火をおこす魔術、というのがあるとしましょう。街の中でそんな大きな火をおこすわけにも行きません。万が一、術に失敗してしまえば、周囲に飛び火するのは間違いありません」

「専用の場所を作ったって言うことか」

「火だけではありませんでしたが、そのようなところです」


 しかしリョーゼには、それらとは別に、もう一つ、錬金術の実験場があったのだとリリディムは言った。


「当時、錬金術はリョーゼの最重要機密扱いでしたので、錬金術の実験場の存在を知る人も一握りだったようでした。公式の記録にはそのような実験場が存在していたことは一言も書かれていませんので、実際どこにあったのか、未だに具体的な場所はわからず仕舞いなんです」

「場所もわからないのに行ってこいとは、有能なメッセンジャーだな」


 ぼそりと毒を吐くガレスに、リリディムは恨みがましい視線を返す。


「そういじめないでください、ガレス師。私は使い魔と同じ扱いですよ。ハゥルライズが実験場に向かったとあなたに告げろ、最後の実験場は自力で探せ。上の方々から吹き込まれた内容を、そっくりそのまま告げるだけです」

「そりゃあ大変だな」


 ぷいっとガレスはそっぽを向く。帰宅と墓参りを先延ばしされた恨みは、相当、根深いらしい。


(それにしたって、大人げない……)


 オリバムとルーセントは、同じ想いで静観していた。できれば放っておきたいが、そのままだといつまでも話が進まないので、オリバムは何も聞かなかった振りで尋ねた。


「記録にも残ってないのに、どうしてそんな実験場があるってわかったんです?」

「公式には、です。関係者の記録にはきちんと明記されておりましたので、その存在は確かです」


 情けない表情をすっぱり捨てて、リリディム。あらかじめ場所を知らされているという前提での記録だという。


「だからどこにあるのかは書いてない、と」

「そうです」

「その記録って、誰でも見られるんですか?」


 遠回しな質問の意味を、リリディムは確実にとらえていた。


「閲覧が許可されている人間は限られています。同士ロウヴェルは、その中に入っていませんでした」


 仮に何かの弾みにのぞき見したとしても、実験場の場所がわからないことには変わらない。


「場所がわかってる実験場のどっちかだって可能性はないのか?」


 ルーセントの疑問は、とっくに処理済みだった。


「連絡を受けると同時に、カルナトレハの同士が他の二つの実験場に向かいました。残念なことに、今のところ、ロウヴェルらしき姿も、ハゥルライズとおぼしき『存在』も無いそうです」


 実験場と言っても、リョーゼの終わりと同時に放棄されたので、今ではただの廃墟となっている。少しでも魔力が動けば、即座に発見できる状態だとリリディムは説明した。

 ルーセントが首を傾げる。


「じゃあ、その錬金術の実験場の方も廃墟になっているんじゃないのか?」

「領主殿のお考えも、もっともです。ですが、実際に確かめていない以上、そうと判断するのは早すぎます」


 何かの間違いでリョーゼと同じように施設が維持されているかもしれない。

 カルナトレハの見解は慎重だった。


(リョーゼと同じ?)


 オリバムは街の中を思い返す。そう言えば、噴水の水は枯れることなく吹き出ていた。道はきちんと整備されていたし、無人ではあっても家は崩れることもなく建っていた。人が戻ってくれば、街はすぐにでも息を吹き返すかのようだ。もしかしたら、そうなのかもしれない。同じことが錬金術の実験場に起こりうるとするなら、その場合は人でなく、ハゥルライズを待ちかねているのだろうか。


「それって……リョーゼの人たちも全員亡くなってる今、すごくマズいんじゃ……」

「そのとおりです、オリバム。でも安心してください。一般人の君が危惧するようなことはガレス師ならとっくに気づいておられますよ。ええ、もちろん」


 聞こえよがしに、リリディム。大人げない戦いは、まだまだ続いているようだった。


「……三つ目の実験場の話は、聞いたことがある。三代前の長の記録だろう、出所は。しかし長いこと、ここで文献を漁っていたが、三つ目の実験場のことなど一言も出てきたことがない」


 ガレスは渋々、振り返る。出し惜しみをしているわけではなく、本当に心当たりがないようだ。


「しかし、ロウヴェルははっきりと『実験場に向かう』と言ったのです」


 二人の話は完全に平行線になっていた。リリディムはあると言い、ガレスは無いと言う。


「あのう……ロウに直接聞くことはできないんですか?」


 行くといった本人なら、どこにあるのかは当然知っているはずだ。わざわざ行くことを告げているくらいなら、どこにあるんだと聞いても教えてくれるに違いない。


(あれ。でもそれじゃまるで――)


「それも、既に行っています。連絡があってからずっと呼びかけているのですが、ロウヴェルからは一向に反応がありません」


 残念そうなリリディムの口調に、オリバムは背筋がスッと寒くなった。


「反応って……」


 脳裏に、ハゥルライズを取り上げるロウヴェルの姿が蘇る。あの時ロウヴェルは、『真理』を消し去る水の中に手を入れた。ロウヴェルが、次第に存在を無くして最後には消えてしまうところまで一気に思い浮かべたオリバムは、気づけばリリディムに詰め寄っていた。


「ロウの身に何かあったんじゃないのか?」

「いえ、それはあり得ません」


 オリバムの剣幕に驚きながらも、リリディムは穏やかに、しかしはっきりと否定した。


「ロウヴェルの命は無事です」

「呼びかけても反応がないんだろう? そんなことわかるのか?」

「わかります」


 リリディムの答えは揺るがない。納得できないが、それ以上反駁の言葉の続かなくなったオリバムに、諭すように話しかける。


「ロウヴェルの、『永遠の灯火』は変わらず点っています。ですから、彼の身には何も起きていないと思います」

「『永遠の灯火』ってなんです?」

「それは……」


 リリディムは言い淀んだ。うっかり口を滑らせたと、彷徨う視線が物語っている。


「追放魔術師の証だ」


 ガレスが言った。

 リリディムが、がっくりと肩を落とす。


「ガレス師……どうしてそう言うことはさっさとしゃべってしまうんですか」


 咎められたのに、ガレスはふんぞり返った。


「いまさら隠したところで、世界中の魔術師が知ってることだぞ? 一般人の一人や二人に話したところで、大差あるまい」

「そうかもしれませんが、規律は重んじるべきです」


 ガレスは知らん振りでリリディムの言葉を流した。


「追放……?」


 言葉を覚えたばかりの子供のように、オリバムは繰り返す。リリディムはじっとガレスを見る。言った以上は責任を持って最後まで説明しろと、視線がそう言っている。


「まあ、どこにでもはみ出る者はいるということだ」


 ガレスは少し困ったように言った。


「普通の街だったら、出て行けの一言で済んでしまうんだろうが、知ってのとおり、カルナトレハは魔術師の街だ。簡単に放り出すわけにも行かない。本人が滅多なことで魔法を使えないようにする必要がある。その処置が『永遠の灯火』というやつだ。見た目は、普通のカンテラだな。そいつは追放人の命と直接繋がってて、油の代わりに本人が持っている魔力を灯りに変えてしまう。これがある限り、本人は魔法は一切使えず、生きてる限り明かりは灯り続けるというわけだ」


 よくできているだろう?――そう締めくくると、オリバムは目を丸くしていた。


「ロウが、それを持っているって……それじゃロウは……」

「まあ。それじゃただの薬屋さんではなかったのですね」


 トゥランダも目を丸くしていた。その声で、ルーセントは思い出した。


「待てよ、ロウは魔法を使ったぞ!」

「本当ですか? いつ?」


 怪訝そうに、リリディム。ルーセントは悔しそうに言う。


「ハゥルライズを持ち去るときに、トゥランダを魔法で攻撃したんだ」

「本当ですか?」


 聞かれて、オリバムは慌てて頷いた。


「それであいつは、悠々とハゥルライズを持って逃げたんだ」

「そんなバカな……あり得ない事です」

「でも本当だ!」

「あれは魔法ではありませんでしたわ、領主様」


 ルーセントを止めたのは、トゥランダだった。


「今のリョーゼは、私が許可しない限り、魔力を備えた方の出入りは禁じられています」

「あ――そうだった」

「え、そうなのか?」


 はっとするルーセントの横で、オリバムが驚く。


「オリバムは知らなかったか。ここはハゥルライズのこともあって、魔力がある人間は入れなくなっているんだそうだ。例外は、トゥランダが許可した人間だけ」

「とすると、俺が迷い込んだのは――」

「魔力がないから、監視に引っかからなかったんだな」


 あっさりとガレスに言われて、オリバムは複雑な心境だった。知らぬ間に、魔術師の素質は無しという太鼓判を押されていたようだ。


「あれ、でもロウは魔術師なんだよな? なんでここに入れたんだ?」

「ですからそれは、『永遠の灯火』がロウヴェルの魔力を吸い上げていたからでしょう」

「一般人と変わらないということか? でも、それじゃあいつがしたことは、いったい何だったんだ?」


 トゥランダは僅かに目を伏せて、記憶を探る。


「そうですね、魔術、だとは思いますが……私が放った術が跳ね返ってきたような気がいたします」

「……それも、『永遠の灯火』だな」


 一瞬の沈黙の後、ぽつりとガレスが言った。


「『永遠の灯火』ですね」


 リリディムが頷いた。

 二人ともなぜか遠くを見つめている。


「……どういうことだ?」


 ルーセントが尋ねるが、二人とも互いに牽制するばかりで何も言わない。やがて、無言の押し問答にリリディムが敗北した、ようだ。


「つまりですね、『永遠の灯火』は本人の魔力を利用しますが、本人に振りかけられた魔力も吸収してしまうんです。むろん、制御の為の呪具ですから、本人が強く魔法を使おうとすればするほど明かりはより明るく輝きます。ただ、それは同時に、かなりの苦痛となって、本人に返ることになるんです。そして同じことが、本人にかかった魔力にも言えるわけでして……」


 ごにょごにょと、語尾が小さくなる。


「つまり……トゥランダの魔法が、ロウの身体を介して『永遠の灯火』に伝わって、そこから跳ね返る苦痛がトゥランダに向かったと……?」


 頬をひくひくさせながら、ルーセントがまとめると、リリディムは「すばらしい理解力です」とぎこちない笑顔で頷いた。


「……お二人に聞くが、それは重大な欠陥だと言えませんか?」

「人の作るものに完璧はない。錬金術然り、ハゥルライズ然り」


 悟りすましたように、ガレス。リリディムは深く同調したように頷く。

 ルーセントの中で何かが弾けた。


「悟りを開く前に、その欠陥をさっさと修正したらどうなんだー!」


 オリバムとトゥランダの二人がかりで宥めて、ようやく収まった頃、リリディムが無理矢理話を元に戻した。


「話がかなりそれてしまいましたが、そんなわけでどうしても急いで第三の実験場を見つけなければなりません。トゥランダ、心当たりはありませんか? ガレス師も、どうか思い出してください」

「だから、そんな記述は見たことがないんだと言っているだろう」


 ガレスはうんざりしたように言う。


「本当に実験場と言ったのか? 聞き間違えたんじゃないのか」

「そんなことは絶対にありません」


 リリディムはむきになって否定する。

 トゥランダはしばし記憶を遡っていたが、有益な記憶は見あたらなかった。


「私はリョーゼの終わりに創られましたから、それ以前のことは何も……」

「トゥランダのせいじゃないだろ」


 すかさず言葉をかけるルーセントに、トゥランダは感謝の微笑みを向けた。ちょっと照れて見せてから、ルーセントは言った。


「考えてみたんだけど、もし僕が大事なものを持っていて、その存在は一部の人間にしかわからないようにするとしたら、暗号を使うと思う」

「暗号、ですか」

「そう。無理に読めない言葉を創らなくてもいい。例えば、名前をちょっと変えるだけでも事情を知らない人からすればわからなくなるだろ?」

「だから、ガレス師がいくら探しても見つけられないというわけですか」


 リリディムが納得すると、ガレスは憮然とした。目の前にぶら下げられた回答に気づかなかったと言われているのも同然だ。


「少し時間をくれ。文献をもう一度見直してくる」


 言うなり、さっさと橋を戻り始めた。

 追いかけようとするリリディムに、ルーセントが声をかける。


「俺も手伝おうか」

「いえ……おそらくここにある文献は、古文書となるものですから、領主殿には読めないと思います」


 朗報をお待ちくださいと言い置いて、ガレスの後を追いかけていった。


「リリディムさん!」


 階段を上がって最初の扉の前で、オリバムはリリディムに追いついた。


「すみません、あの、ロウは」


 怪訝そうな顔を真っ直ぐに見られずに、オリバムは視線をそらした。


「ロウは、どうして、その……追放、されたんですか?」


 いい友人だと思う。薬屋としての評判も悪くないし、隣近所のつきあいもよかったと思う。追放されるような悪人には、見えなかった。オリバムの呪いに真っ先に気づいて、力を貸してくれたのもロウヴェルだ。

 リリディムはなだめるように言った。


「同士ロウヴェルは何も悪いことをして追い出されたわけじゃありません。そうでなければ、追放されてなお、同士と呼ぶことはありません」

「なら、どうして」


 リリディムは一瞬躊躇い、弱く笑った。


「理由が必要だったんです。あの人にも、他の人にも」


 それ以上オリバムが問いかける前に、リリディムは「失礼します」と踵を返して扉の向こうへと消えていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ