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ケーニヒグレーツの戦い/西部戦域・シュルツ将軍の奮戦

 この一大決戦の日、昼下がり。

 墺軍旅団長のシュルツ将軍は追い込まれたような焦りを感じたはずです。自分の部隊が「不甲斐なく」敵から圧迫されて前進出来なかったがため、朔軍一回目の反攻が失敗してしまったのです。


 朔国皇太子は強い口調でウェーヴェル墺第8軍団長に再度の前進を要請し、ウェーヴェル将軍もシュルツ将軍に、今度は必ず森の西端ノイ=プリムまでを制圧し、朔軍の側面をしっかり守れ、と気合いを入れました。


 シュルツ旅団は既に一回目の攻撃により大きな損害が発生しており、墺軍でもこの日の配置では一番移動の大きかったこの部隊のこと、兵の疲弊は激しく、本来なら休息するところです。

 しかし、この祖国存亡の一戦、墺軍のメンツに賭けても負ける訳に行きませんでした。普軍はもちろん、朔軍にもです。


 シュルツ旅団は、そもそもこのケーニヒグレーツの戦いの遠因となったスカリッツの戦いで第8軍団の南側を担当、中央と北で戦ったクライサーンとフラクナーン二つの旅団が潰走するのを目の当たりにしました。


 第8軍団に現在三つある旅団で、当時前線で戦った旅団長はシュルツ少将ただ一人で、クライサーン大佐とフラクナーン少将はスカリッツで戦死、二人の遺体は多分、敵である普第二軍の埋葬部隊が手厚く葬ってくれたはずです。

 この時代、戦闘は火器の発展と兵士の庶民化で以前に増して血生臭いものへと変化して行きましたが、戦い倒れた将兵を丁重に扱うという最低限の騎士道精神は十分に生きていました。

 

 シュルツ将軍は緑が深いプリム森を前にして一体何を考えていたのでしょうか。

 あのスカリッツ戦。夢中で逃げて来て停止命令も聞こえないようなパニックに捕らわれた二個旅団の兵士たちを、銃剣で脅して従わせなくてはなりませんでした。潰走した部隊とは惨めなものです。一度敵に背を向けたが最後、もう一度敵へと向き直るには余程の規律と指揮官の鼓舞が必要です。


 将軍は今、疲れが見え隠れする麾下の兵士を精一杯励まし、森へと再び送り出します。潰走したあの二つの旅団の運命が、順番として自分にも巡って来るのではないか?

 将軍はそんな負の思いを振り払い、今度は自分が前線に出て陣頭指揮をしようと愛馬の首を巡らせたのかも知れません。

 

 朔軍二回目の進撃は第2旅団が先頭に立ち、親衛旅団はその右翼やや後方に連なってオーベル=プリムを発します。プリム森の北縁を巡るようにノイ=プリムに達し、その先の開けた平原に出たのは一回目の攻撃と同じでした。

 今度は二個旅団、正面の敵、普15師団と同程度の兵力です。砲兵は朔軍が地理的にも優位に立ち、普軍の攻防戦を邪魔しています。今度は行ける。朔軍の高級指揮官たちはそう思ったことでしょう。


 こうして朔軍の攻撃はアルベルト皇太子の思惑通り進むか、と思われました。しかし、順調に見えた朔第2旅団の攻撃も、突如思わぬ闖入者たちによって乱され、混乱のうちに尻ツボミとなってしまいます。


 南側のプリム森から墺軍の兵士たちがわき目も振らずに飛び出し、先を争うようにして朔軍兵士に殺到し、口々に助けを求めて来たのでした。


 このため、ノイ=プリムの先の平原で待ち構えている普第29旅団に対し正に攻撃の火蓋を切ろうとした朔軍は邪魔をされ、発砲すらままならない状態となってしまいました。


 朔軍の先鋒はこの思わぬ味方からの「攻撃」で乱され、その機に乗じ攻撃して来た普軍によって壊滅的打撃を受けてしまいました。

 敵の砲火は墺軍朔軍等しく降りかかり、ドライゼ銃の正確な射撃は混乱する部隊に突き刺さって負傷者の山を築きます。先頭が砕けた朔第2旅団はおよそ二個大隊の兵士を失って後退するしかありませんでした。


 この南側のプリム森から出て来た墺軍兵士たちは、主にシュルツ旅団の兵士でした。

 シュルツ将軍が直卒した旅団は最初、順調に森を進みます。森の中にいた敵は旅団の全力による進撃で追い立てられ、奥へ奥へと退いて行きました。

 ところが旅団先鋒の連隊が森の中程にある開けた空き地に出た途端、普第30旅団の奇襲に遭ったのでした。


 この少し前、普30旅団はプリム森の南西から再び森に入り、敵を探してゆっくりと北上していたのでした。これに増援の一個連隊が加わってシュルツ旅団は北へと押し上げられます。

 更にノイ=プリムの南側より普29旅団の一部部隊が朔第2旅団の攻撃を避けて森へと入って来たからたまりません。

 哀れシュルツ旅団は敵から波状攻撃を受け、文字通り四分五裂、追い打ちを掛けるように普軍が森に火を放ち、その火線と煙がシュルツ旅団へ向いたため、パニックに陥った兵士たちは先を争い森を飛び出し、ちょうど攻撃寸前だった朔軍の前に飛び出したのでした。


 旅団長のシュルツ少将は旅団の先頭に立って督戦していましたが、この奇襲の最中に銃弾を受け、また突撃して来た普軍歩兵の銃剣で乗馬が刺されて、馬から転げ落ちた将軍は瀕死の重傷を負いました。

 それでも何とか自力でオーベル=プリムまで退きますが、この地で再び銃撃を受けた将軍は遂に息絶えます。

 その遺体は体中銃創だらけで、両足は骨折し頭には榴弾の破片が刺さっていたそうです。


 将軍は同じ場所で戦死した副官のモーゼル中佐と共にオーベル=プリム郊外に葬られました。

 二人の墳墓は今もホルニー・プジームからボル森へ向かう田舎道の傍らにひっそりと佇んでいます。 


 さて、墺第8軍団のロート大佐も命令によって行動し、ボル森から進撃してシュルツ旅団の去ったオーベル=プリムに入りますが、ここでシュルツ旅団の潰走が伝わり、ロート旅団長はこれを助けるべく、麾下の部隊を森へと突入させました。

 しかし、森の中では敵味方が入り乱れ、ロート旅団も隊列を維持出来ずに乱れ、ばらばらとなり、やがて普軍の猛攻に各個撃破を食らってしまいます。

 これらの墺軍兵士たちはオーベル=プリムに残っていた第8軍団の予備大隊や砲兵の援護でかろうじてプリム森を脱出し、プロブレスの後方、ボル森から続くブリザ森へと逃げ落ちたのでした。


 朔第2旅団の退却戦でも勇敢な朔軍部隊の奮戦がありました。


 朔軍の精鋭、猟兵大隊は第2旅団が退却に移ると後方から駆け付け、すぐさま旅団の殿軍となり、後退に乗じて迫って来る普軍歩兵に対し猛烈な射撃を浴びせてこれを防ぎました。

 隊列を維持して急進する敵に対し、次第に分かれて個々人が戦う散兵となり、まるで熊に立ち向かうミツバチの群のように四方八方から敵に発砲し妨害します。

 同時に朔軍の第5大隊も冷静に行動し、こちらは整然と後退しながら射撃を繰り返し、猟兵の散兵たちとともに敵の攻撃を押さえ込みました。

 

 これら後衛の活躍により朔第2旅団はこれ以上の深手を負うことなく、オーベル=プリムまで下がることが出来たのでした。


 普軍は今こそ攻撃の機会とばかりに押し寄せました。


 砲兵部隊は当初第15師団の砲兵だけが敵と戦っていましたが、1時30分頃、後方から第14師団に属する砲兵隊が到着し、続々と砲列を敷くに連れ、ようやく効果的な砲撃を行えるようになります。

 シュルツ旅団と朔第2旅団を破った第30旅団は、後に続く第29旅団と共にオーベル=プリムとニーダー=プリムへ殺到、朔軍陣地の後方を窺える位置にまでやって来ました。

 また、ポポヴィック方面で停留していた普第14師団も第27旅団を先頭に進撃を開始、第28旅団と共にプロブレス高地に向かいました。

 

 これら普軍の進撃で両翼包囲の危険に直面した朔軍アルベルト皇太子は、遂に全軍後退を命じました。


 朔親衛旅団は先発した第2旅団の敗退を受け、オーベル=プリム北方から動かずにいましたが、命令によってプロブレス東側への退却行を開始、敗残の第2旅団もそれに続きます。

 砲兵部隊は全軍後退の援護射撃を行い、敵が進入したオーベル=プリムやニーダー=プリム周辺の林に榴弾の雨を降らせました。この砲兵部隊は朔第1旅団が援護し、主力がボル森方面へと退却するに至ってようやく後退を開始します。


 また、朔騎兵師団は第1騎兵旅団をプロブレス東方に展開し、朔軍の右翼を警戒します。この部隊は朔軍の撤退を援護し、また朔軍全体が孤立しないよう、東に斥候を送り、墺第1軍団との連絡を保ちました。


 中々戦闘に参加させて貰えずいらいらしていたエデルスハイム少将は午後2時になり、ようやく麾下の墺第1軽騎兵師団と朔騎兵第2旅団を合わせて指揮し、プリム森の南縁を回って敵の右翼を突くように、との命令をアルベルト皇太子から受けます。

 エデルスハイム将軍はスタインフェルド(スチェジールキとホルニー・プジームの間にある空き地)からアッペル大佐の旅団と朔騎兵第2旅団が、ステゼル(スチェジェリ)からフラトリックセヴィックス少将旅団が進発、テヒローヴィック(チェフロヴィツェ)へ進みました。

 その時、前方フラディックへ向かう敵軍を発見、砲撃を仕掛けます。すると敵もフラディック方面から応射、砲撃戦となりました。

 しかし、これ以上の前進は彼らを追い掛けてやって来た北軍本営からの参謀が携えたベネデックの命令により中止、エデルスハイム将軍は東で窮地に陥った部隊を助けるため、後ろ髪を引かれる思いで引き返すのでした。


 朔軍の退却は整然と秩序正しく遂行されました。プロブレスやニーデル=プリムで後衛に当たった朔第3旅団の各部隊も、粘り強く前線から本隊が撤退するのを守り続けました。普軍砲兵がノイ=プリム付近まで前進し、有効射程に進出したため、敵の砲弾は彼らの陣地を直撃しますが、よく耐えて対抗射撃を続け、敵の歩兵が高地へ駆け上がるのを防ぎます。

 ニーデル=プリムでは民家の大半が損傷し、その南半分は炎上していましたが、朔軍歩兵は村にしがみつくようにして射撃を続け、ようやく友軍の砲兵隊がボル森付近から援護射撃を開始するようになってから徐々に後退していきました。


 最後尾になった朔猟兵大隊は普軍が至近に迫る中、整然と後退し、防衛戦闘で疲弊した後衛本隊や砲兵隊を援護します。そして疲弊したとは言え、規律と秩序を保ち続ける朔軍兵は隊列を整えて行軍し、5時間に及んだ朔軍のプロブレス=プリム高地での戦闘は幕を下ろしたのでした。


 壊滅状態に近くなった墺第8軍団はボル森からロスニックにかけて後退する朔軍主力を追い、午後1時過ぎにようやく前衛がシャルブシックに到着したウェーベル旅団は、本隊(とは言っても数個大隊が後方に取り残されたため、僅か連隊規模)がやって来るとプリム森から潰走したシュルツ、ロート両旅団兵士を収容しつつブリザ森に入り、敵に備えました。


 しかし、急造で防衛準備を施していたボル、ブリザの森も普軍がほとんど間を置かずに襲来すると持ち堪えることが適いません。


 普第15師団はカンスタイン将軍が督戦する中、プリム森から北上し、オーベル=プリムを占領、その勢いのまま東進します。

 一方、遅れて戦場に到着した普第14師団は西側からニーデル=プリムとプロブレスに突入、廃墟となった両村を占領し、先鋒部隊を高地の東、ボル森へと向かわせたのです。


 こうしてボル=ブリザの森で戦いが始まりましたが、墺ウェーベル旅団と朔軍必死の防衛戦闘も一時は敵に多大な出血を強いましたが長続きせずに終わり、勝ちに乗じた普エルベ軍の勢いは衰えず、森から朔軍と墺第8軍団を追い払ったのでした。


 このプロブレス陥落の報は、ブリザの北に駐屯していた墺北軍の総予備、第1軍団に直ちに伝わります。

 第1軍団は数時間前から墺第1軽騎兵師団と連絡を取り合い、状況を掌握しています。あのクラム=グラース将軍から指揮を受け継いだゴンドルクール将軍は朔軍を援助することに決め、午後2時45分、麾下のピレー少将に対し、その旅団を西進させ、墺第8軍団と入れ替わって敵に当たれ、と命じました。


 それ以前から攻撃命令が出るのを今か今かと待っていたピレー旅団の反応は素早く、3時過ぎにはボル森の北に到着、第8軍団を後退させると、まずは砲兵隊がプロブレスに向けて発砲、砲撃を繰り返します。

 この3時頃はブリザ森での戦いが一段落し、森の周辺での戦いが激しさを増していた時に当たり、森の中には普軍兵士が少なくなっており、ピレー将軍はあのギッテン北方での「屈辱の仕返し」とばかり普軍を攻撃、森を奪い返すと、猟兵大隊を先頭に一気果敢、プロブレスへ進撃を開始しました。


 まさかこんなに早く逆襲があるとは考えていなかった普エルベ軍もさすがに浮き足立ち、この奇襲攻撃は当初墺軍有利に進みます。墺猟兵たちはプロブレスの東郊外に達して、そこにある破壊された民家を奪取、次第に到着する旅団の歩兵たちと共に、ここを起点に更に村の中心へと浸透しようとします。

 しかし、普第14師団の兵士たちも次第に落ち着きを取り戻し、整然と隊列を作って墺軍の散兵戦術に対抗、村の東側を包囲しようとしました。

 包囲攻撃を受けたピレー旅団は一旦支配下に置いたプロブレスの東側を放棄、退却して行きました。


 この墺軍の逆襲はあったものの、エルベ軍右翼(南側)を担当する第15師団は再びブリザ森に突入、墺第8軍団ロート旅団の砲兵や軍団砲兵が盛んに森への砲撃を行いますが、大した損害は受けずに短時間で再占領を果たしました。


 午後4時過ぎ、早朝より激戦が続いた西部戦域も普エルベ軍が勝利を確定し、重要なプロブレス=プリム高地は普軍の手に落ちました。

 今やエルベ軍は墺北軍の西側側面を狙う態勢にあり、ボル、ブリザの森から一気にホリック=ケーニヒグレーツ街道を攻撃することも可能となりました。

 先頭の第15師団の後方には第14師団が続き、その更に後方、ネカニックとルブノー付近には第16師団が軍予備として控えます。騎兵軍団からゴルツ騎兵旅団、アルヴェンスレーベン騎兵師団も進撃し、ビストリッツ川を渡り始め、ストレセティク目指して進撃して行きました。


 西部の戦いはこの後、東部の戦いと連動してモルトケの描いた合撃を見事に演じます。墺軍は東西両側での崩壊によってこの決戦を失う羽目になるのでした。



ケーニヒグレーツの戦場・正午

挿絵(By みてみん)

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