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ケーニヒグレーツの戦い/西部戦域・ザクセンの逆襲

 7月3日午前8時。ヘルワルト・フォン・ビッテッンフェルト大将率いるエルベ軍の先鋒がクルム高地の西端、アルト=ネカニック(スタレー・ネハニツェ)を襲いました。


 ここにはザクセン軍の哨兵がいましたが、敵の接近を知ると直ちにビストリッツ川を渡ってネカニック(ネハニツェ)へと引き上げます。

 ネカニックではザクセン軍の前衛二個大隊が駐屯していましたが、普第14師団の前衛、第17連隊(第28旅団所属)の攻撃で後退、村に掛かる橋を破壊しビストリッツ川へ落としてしまいました。この付近では前日も墺第1軽騎兵師団の斥候が普軍の騎兵斥候と交戦し、アルト=ネカニックでビストリッツ川の支流に架かっていた橋を一つ爆破しています。

 これによりこの付近には重い大砲を引く砲車や荷馬車が渡れるような橋がなくなりました。


 普第17連隊はそれでも川沿いにルブノー(ルブノ)へ向かい、朔軍(ザクセン軍・この項では以下こう呼びます)の前衛二個大隊は更に北、ポポヴィックへと後退します。普17連隊に続く、普第15師団の前衛、第28連隊(第30旅団)はこれを見て重装備をネカニックに置いたまま軽装で川を渡り、ポポヴィック目指し進撃を開始しました。


 ポポヴィックでは朔第2旅団が陣を敷いていました。この小部落からトレソヴックまでの間、背後の樹林にも部隊が広がっていました。


 元々、この布陣は墺北軍ベネデックの指示によるもので、本来なら朔軍全体がこの二つの部落に布陣しているはずでした。

 しかし、現在朔軍主力が布陣するプロブレス=プリムの方が見通しがよい高台で、ポポヴィック=トレソヴィックの陣地だと不安になる開けた南側の守りも、プロブレスではオーベル=プリム(ホルニー・プジーム)の南西に広がる深い森林(プリムの森)が敵の進撃の邪魔となってひとまずは安心です。


 朔国皇太子で朔軍司令官のアルベルト親王はこの地での布陣に拘り、ベネデックに直訴、北軍司令部も折れてこれを認めました。朔皇太子もベネデックの「顔を立てて」ポポヴィック=トレソヴィックに一個旅団(第2旅団)を送り、決戦の朝を迎えたのでした。


 冷静に考えてみればこの布陣、ベネデックの考えよりは理に適っています。もしアルベルト親王がポポヴィック=トレソヴィック方面に集中して布陣していたら、エルベ軍はネカニックより南東へ進み、易々と森林地帯を抜いてプロブレス=プリムの高地に達し、朔軍を「背後」から襲うことが出来たでしょう。

 さすがにベネデックもそのことは考えていたようで、墺第1軽騎兵師団と第8軍団をプロブレスから南東にかけて布陣させようと計画していましたが、いくら精鋭とは言え軽装備の騎兵と、歴戦で三分の二の兵力(実際は一個旅団が配備に遅れ、およそ半分)となった軍団で果たしてエルベ軍を押さえることが出来たでしょうか?


 この「もしも」を考えると、エルベ軍は東側からやって来る普皇太子の第二軍より先に墺北軍の「横腹」を突いて致命傷を負わせることが出来たと思われます。

 その場合、エルベ軍は朔軍を「片付ける」より先に墺軍予備の二個軍団(第1、第6)の鼻先で墺第10軍団を背後から襲撃、普第一軍を悩ませていたランゲンホーフの高地上に展開する砲兵陣地を攻撃することも出来たでしょうし、もしそうなれば普第一軍左翼も機に乗じて前進し、ランゲンホーフを抜いて墺軍の予備軍団を予定より早く戦場に引き摺り出すことが出来たでしょう。


 この理由でも、朔皇太子アルベルト王子の戦術眼は鋭かったと言えますし、普エルベ軍にとっては不幸なことだったと言えそうです。


 さて、ルブノーには朔第3旅団から前哨兵が派遣されており、普第17連隊が襲ってくるとこの部隊は小兵力にも関わらず頑強に抵抗し、普軍を手こずらせました。これはネカニックから撤退した友軍二個大隊がポポヴィックへ安全にたどり着くまでの犠牲的な時間稼ぎで、この部隊(朔軍第9大隊)は敵の第28連隊が川を渡って接近するに及んで、ようやく本隊のいるプロブレス方面へと撤退して行きました。


 この少し前、ネカニックの東側では朔騎兵師団が普軍のネカニック進出に抵抗し、軽装備の敵兵が村の東へ出て来るのをしばらくの間押さえていましたが、普第28連隊の攻撃により徐々に撤退し、東へと去っています。

 このように朔軍は非常に戦意が高く、また訓練が行き届いており、普エルベ軍にとっては墺軍の兵士よりもずっと手強い敵でした。


 この西部戦域の「第1ラウンド」はエルベ軍がビストリッツ川に橋頭堡を得たということでエルベ軍に軍配が上がりますが、戦略的には朔軍勝利と言えそうです。

 なぜならば、ビストリッツ川に架かる橋の確保という重要な任務に普軍の前衛が失敗したからで、このことはその後の展開に重要な意味を持つ時間的ロスという形で現れるのです。


 ビストリッツに架かる橋は、このネカニックの橋以外、敵地の奥深くであるずっと下流(南)に行くか、上流へ北上し敵のいるポポヴィックへ行くまでありません。

 仕方なくビッテンフェルト将軍は工兵に命じてこの墜ちた橋を修復させ、更に仮設橋を設置するまでまんじりともせず待つしか手立てがなかったのです。


 このネカニックでの「足止め」は二時間にも及び、カンスタイン中将指揮の第15師団が橋を渡った時には11時となっていました。その間、先行した二個連隊(第17、第28)はルブノー付近で敵と小競り合いを続けてにらみ合うだけに終わり、同時刻、中央戦域では普第2軍団(第3、第4師団)がランゲンホーフに陣取る墺第10軍団砲兵に苦戦を強いられていたことを考えると、このネカニックの「足止め」は朔軍の「勝利」と呼んで差し支えないと思うのです。


 ようやくその主力がビストリッツ川を渡り始めたエルベ軍は、その目的である朔軍撃破、そして中央で苦戦する普第一軍を助けるためプロブレス=プリムの高地奪取に向かいます。

 しかしこの2時間、敵朔軍と墺第8軍団は着々と防衛準備を整え、この高地付近は中央や東部の戦域より防護柵(鹿柴/ろくさい、と呼ばれます)や騎兵対策の壕、砲兵陣地などが整えられ、攻めるエルベ軍にとって恐るべき障害となっていました。


 急襲に失敗し、敵の防護が厚く正面からのゴリ押しでは犠牲が大きいと感じたビッテンフェルト将軍は軍を二手に分け、第14師団を北側ポポヴィックへ、第15師団を南側フラディック(フラーディク)へ向かわせ、ここからの合撃を狙いました。11時30分、将軍はようやく川を渡った二個師団に前進を命じます。


 対する朔軍はスティーグリッツ中将指揮の第2師団砲兵隊を中心にフラディックに進出した普15師団砲兵隊に対抗し、砲撃戦を繰り広げます。しかしこの段階ではお互い遠過ぎて効果は余りありませんでした。

 

 この砲撃戦の最中や午前中の時間を使い、遅れて配備に付いた墺第8軍団は、プロブレスとオーデル=プリムの後方(東)にシュルツ旅団が集合、ロート旅団は一旦ステジレッツに集合した後、プロブレス東方に広がるブリザとホルの森に防衛線を敷くため、南下しました。

 彼らはこの時間をうまく使い、森の中に壕を掘り、鹿柴を立て、雑草に覆われた林道を整備したり射界を広げるために下草を刈ったりして出来るだけの準備を整えました。


 なお、この軍団に本来所属するロートキルヒ少将率いる旅団は墺北軍から特別分遣隊に指定され、普領シュレジエンの南端方面から敵が北軍の後方に侵入するのを警戒するため、遥か南、ベーミン・トリュバウ(チェスカー・トジェボヴァー)に駐屯していました。

 また、この時間(正午頃)軍団長ウェーヴェル将軍の直卒旅団(その内の2個大隊はシュウィープ森で激戦)は未だクルムの南を移動中でした。 


 また、ポポヴィックとトレソヴィックに展開していた朔第2旅団は、普軍がビストリッツ川を渡ったため、南側に回り込まれて側面から攻撃される恐れが出て、普第14師団の前進を見ると直ちにプロブレス方面へと後退して行きました。


 進撃を始めた普エルベ軍の第15師団第29旅団はフラディックの北でオーベル=プリム南に広がるプリム森の西端に到着、同じく第30旅団はフラディックの南から北東へ向かい、エーリック(イェフリツェ)の東側へ出てニーデル=プリム(ドルニー・プジーム)を目指しました。

 しかし、これを知った朔軍は砲撃を激化させ、エーリックとニーデル=プリムの中間で普30旅団の前衛を足止めすると共に、ここへ一個大隊を送って防衛戦闘を展開、一旦普軍を撃退します。

 

 朔軍のアルベルト皇太子は積極果敢な人で、この時に進撃を決意、正午頃、墺第8軍団に前進を促すと、後方と南側の警護を頼み、朔親衛旅団にフラデックへの進撃を命じました。

 これに先んじて墺朔両軍の砲兵部隊が前進し、オーベル=プリム周辺に展開、フラディック方面から向かってくる普軍に効果的な砲撃を加え続けることとなりました。

 また、戦闘の開始からずっとアルベルト皇太子の傍らで観戦していたエデルスハイム墺第1軽騎兵師団長は麾下の一個旅団を第8軍の援護として前進させ、主にその砲兵がシュルツ旅団やロート旅団を援護します。

 この砲兵が敵を足止めしている間に墺第8軍と朔親衛旅団は進撃準備を完了し、正午頃、朔軍は守勢から攻勢へと遂に転換したのでした。


 この朔軍の積極果敢な攻撃により、その戦場となったオーベル=プリムの南側に広がる「プリム森」は東のホラ林やシュウィープ森に匹敵するほどの恐ろしい「死神の棲む森」となったのです。


 朔親衛旅団はニーデル=プリムから西進、密集隊形を取ってプリム森を南に見て進みます。ノイ=プリム(ノヴィー・プジーム)を過ぎると、先ほど撃退された普第15師団の主力が待ちかまえていました。

 この親衛旅団の攻撃を援助する砲兵隊も危険なほど接近して前進し、普軍に対し直接照準で榴弾の雨を降らせます。今までは距離があったため効果の薄かった砲撃も、この距離では大きな力となります。朔軍は砲兵の献身もあって優位に立ち、普軍の第30旅団の部隊を一旦潰走させるのに成功しました。

 ここで捕虜になる普軍兵士もあり、長くて逃走の邪魔になるドライゼ銃を捨てる兵士もあって、朔軍には思わぬプレゼントとなってしまいました。

挿絵(By みてみん)

プロブレスにおけるザクセン砲兵の奮戦


 こうして朔軍の攻撃は成功し、普第29と30旅団からなる第15師団は浮き足立ちます。

 しかし残念なことに、このままでは朔親衛旅団は遊軍となってしまい、いずれは包囲殲滅される運命にありました。なぜなら、その南側面を守るべき部隊が後方のプリム森で撃破されてしまったからで、親衛旅団自身も次第に逆襲し抵抗を強める普第30旅団により押さえ込まれて停滞、更に敵29旅団がこちらに前進するのを見た旅団長フォン・ハウゼン大佐は退却を命じました。


 朔軍の南側面を守るのは墺第8軍団の役目でした。軍団は朔軍の要請で前進し、シュルツ旅団から一個連隊が派遣されてプリム森に入り、南から朔軍の攻撃を援助しようとしました。

 ところがこの連隊は普30旅団の部隊による攻撃で前進を阻まれ、次第に圧迫されてなかなか前に進めません。

 結局犠牲が増える一方で森の東隅へ後退、朔軍の目論見は失敗に帰してしまいました。追って来た普軍の連隊をなんとかオーベル=プリムの南で食い止め、旅団長の陣頭指揮で激戦の後に追い返すのが墺軍シュルツ旅団に出来た精一杯でした。

 

 しかし、アルベルト皇太子も諦め切れません。親衛旅団が落ち着くのを待った午後1時30分、ちょうどポポヴィックから帰って来た第2旅団と親衛旅団に対し、共に前進し普第15師団を撃破せよ、と命じました。

 同時に墺第8軍団に、今度は攻撃の南側面をしっかり守って前進せよ、と命じます。


 墺第8軍団のウェーヴェル将軍はシュルツ将軍に対し、今度は旅団の全力で森に入り敵を排除せよ、と命じ、ロート大佐に前進するシュルツ旅団に代わってオーベル=プリム南方に前進せよ、と命じました。


 このおよそ一個軍団に相当する朔軍の攻撃は、もし成功したら普軍に大打撃を与えるところでした。


 エルベ軍が崩壊すれば、普第二軍による北東側での攻勢で墺軍戦線が崩壊しても、その効果が半減してしまいます。

 「攻撃」というものは一方向からのみ押して行くだけでは敵は逃げてしまい撃破はなりません。敵の撃破には主攻撃の反対側での「助攻」や逃げてくる敵を受け止めて跳ね返す「防御」が必要です。

 「内線」作戦での攻撃は、一方向からの攻撃で敵を「敗走」させることが主目的となり、必ずしも敵の「壊滅」は必要とされません。これはケーニヒグレーツの戦いでは墺北軍のスタンスとなります。

 しかし、この時、普軍はモルトケが狙った「外線」作戦のただ中にあるわけで、「外線」作戦はまさしく敵の「包囲殲滅」を狙った作戦です。

 この外線作戦では「両翼包囲」の後の「合撃」か、一方が攻勢、片方が一歩も退かない防御で敵を叩く「片面攻勢」が取られます。

 どちらも敵の「撃破・壊滅」を狙った戦術であり、モルトケは短期決着を狙って「合撃」を命じたので、その一方の「手」であるエルベ軍の敗退は即ち普軍の戦略的負けを意味します。

 この場合、墺北軍はプロブレスから南西側に開けた「脱出口」から後退し、普軍の手から「スルリ」と抜け落ちてしまったことでしょう。ひょっとするとこの南に開けるエルベの湿地帯で粘られ、普軍の進撃はここでストップしたかも知れません。

 朔軍の積極攻勢はこうした観点からも非常に重大なポイントでした。


 ケーニヒグレーツの戦いといわれるこの一連の戦闘では、墺軍側で積極攻勢を掛けたのはこの西部戦域担当の朔軍だけです。自国を奪われたアルベルト皇太子の戦意と指揮振りには敬意を表したいものです。


 しかしこの攻勢もまた、阻まれる運命にありました。またしてもプリムの森で墺軍が大敗を喫してしまったのでした。


 

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