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ケーニヒグレーツの戦い/東部戦域・シュウィープ森の戦い

 普第7師団がシュウィープの森を制圧したかと思われた東部戦域では……


 墺第4軍団長フエスティス将軍は軍団の先鋒、ブランデンシュタイン旅団が普第7師団と戦い始める(9時頃)と麾下の旅団を北軍司令部の命令より西に偏った形で展開させました。

 

 フライシュハッケル旅団はシュウィープの森の東端からベナテックの南で戦うブランデンシュタイン旅団の左翼(西)へ向かい、その猟兵大隊は北に進んでブランデンシュタイン旅団と一緒に戦い始めました。

 ヨーゼフ大公旅団は9時30分にはマスロウェードの東側、ブランデンシュタイン旅団の南側後方に位置し、ペーク旅団はヨーゼフ旅団の左翼に並びますが、この時、先述の通り旅団長フエスティス将軍が重傷を負って後送され、代理指揮官となったモリナリー将軍がヨーゼフ、ペークの両旅団に対しシュウィープの森に面し、森から出て来るであろう普軍と戦うように命じました。


 ペーク大佐は命令を受けると直ちに前進、軍団直轄砲兵や各旅団砲兵が陣を敷くマスロウェードの丘陵地帯を抜けると麾下の第8猟兵大隊を先頭に森の南東角へ向かいます。この時、ホレノヴェスからようやく引き上げることが出来た第8軍団ウェーヴェル旅団麾下の二個大隊(『午前9時・墺北軍の布陣』参照)が通りかかり、この大隊長たちは既に本隊が遠く西部戦域(プロブレス=プリム方面)に離れ、このまま進軍しても戦闘の最盛期には間に合わないと判断、ペーク大佐の傘下となり猟兵大隊の左翼に加わりました。

 負けじとヨーゼフ大公も自軍団を前進させますが、ここでモリナリー将軍からの命令が届き、この旅団はマスロウェードで軍団予備となりました。このヨーゼフ大公旅団が予備となったのは、ハンガリー副王で皇帝の祖父の弟の三男である旅団長を戦死させないための配慮なのかも知れません。

挿絵(By みてみん)

ヨーゼフ公

 こうして10時頃には苦戦するブランデンシュタイン旅団を助けようと東、マスロウェードの北にペーク旅団、西、シストヴェスの東側にフライシュハッケル旅団が攻撃位置に付いたのです。


 この時、ブランデンシュタイン旅団最後の攻撃が失敗し、直後に旅団長が負傷します。シュウィープの森は普軍が制圧、その一部はシストヴェス部落に侵入し、マスロウェードからクルム方面へ進撃しようとしていました。


 10時過ぎ、まず墺第4軍団の各旅団と直轄砲兵による猛烈な砲撃が森に対して行われ、同時にシストヴェスでフライシュハッケル旅団と普第7師団右翼の戦いが始まりました。

 森では降り注ぐ榴弾の爆風が吹き荒れ、普軍兵士たちは身を伏せて祈るしかありません。砲撃の合間を突いて退却に移る部隊も多くありました。

 また、シストヴェスではほぼ二倍の敵(フライシュハッケル旅団)と戦い、墺軍に手痛い打撃を与えますが、結局は全滅を免れるため、この部隊はサドワへスカルカ林へと、散り散りに遁走するしかありませんでした。


 しかし、この敵を追ってフライシュハッケル旅団がシュウィープ森に突入しようとすれば、自軍を傷付けぬために砲撃が止み、普軍は息を吹き返して必死で防戦に努めます。

 墺軍歩兵たちは森の木々を盾に射撃を繰り返す普軍歩兵に手こずり、なかなか前進することが出来ません。犠牲も増える中、墺第3軍団から猟兵大隊が支援に駆けつけましたが、これを合わせた突撃も撃退され、フライシュハッケル将軍は遂に攻撃を中止、シストヴェスで守りに入るしかありませんでした。


 一方、ブランデンシュタイン旅団が後退し、代わりに前線に立ったペーク旅団は、西側のシストヴェスでフライシュハッケル旅団が受けたのと同じドライゼ銃による猛烈な射撃を受けますが、この旅団の先鋒となった猟兵第8大隊と、元は第8軍団の兵士たちは怯まず、一斉に森へ突入します。ペーク旅団長は勇敢にもこの先鋒の先陣に加わり、直接陣頭指揮を行いました。


 対する普軍兵士も迫る墺軍に対し落ち着いて行動し、正確な射撃を繰り返しました。しかし、このペーク旅団はシストヴェスの部隊と違って勇猛果敢、犠牲をものともせずに普軍をどんどん森の奥へと押し続けました。


 ドライゼ小銃に絶対の自信を持ち、散々敵を退けて来た普軍の精鋭、第7師団の兵士たちと言えども、倒しても倒しても戦友の屍を乗り越え、恐れを知らないように見える墺兵たちに迫られると動揺が広がり始めます。

 戦場では恐怖に竦み、動きが鈍ったらその兵士は危険です。一兵士の恐怖は伝染し、恐怖に気付いた兵士たちは途端何も考えられなくなり、パニックに囚われ我先に逃げ出してしまうともう、誰にも止められません。普軍兵士たちは遂に逃げ出し始め、ソヴェチックやベナテックまで逃げた兵士も多くいました。


 遂にペーク将軍が率いた混成部隊はシュウィープ森東部から敵を一掃、歩兵たちが残敵を掃討する中、第8猟兵大隊は勢いそのまま森の西端に迫り、フライシュハッケル旅団の進撃を邪魔していた普第7師団の右翼は突然背後から襲撃されて潰走、ここに森の全てが墺軍の手に落ちたのです。


「まったく一度でも速射に優れたドライゼ銃の一斉射撃を受けたことのある者は、このペーク旅団猟兵第8大隊とウェーヴェル旅団の『残され』二個大隊の活躍を聞くに及んで驚嘆し、また賞賛の声を惜しまなかった。彼らの活躍はこの日、全墺軍の中でも右に出る者はないであろう」(墺軍参謀本部編集「普墺戦史」意訳)


 しかし、その栄光も長くは続きませんでした。


 普第7師団長フランセキー将軍は部隊が森から追い出されると、すかさず最後まで取っておいた予備の歩兵四個大隊を森に向かわせます。

 同時にスカルカの林近くにいた第8師団に伝令を走らせて応援を要請、第8師団長ホルン将軍は予備の二個大隊をフランセキー将軍に差し出しました。

 将軍は虎の子の予備四個大隊をベナテックから南西に進ませ、これをシュウィープ森の東端から側面を狙って突入させ、第8師団の二個大隊はスカルカ林方面から南下、正面から森へ突入します。あの「ミュンヘングレーツの戦い」で見せた冴えた指揮振り、お得意の「ミニ合撃」再現でした。


 森の中では負傷者と死体が散乱し、それは惨い状態でした。その地獄の光景の中、全力を出し切り疲労困憊したペーク旅団は、ほんのわずかな時間、休息を取っていました。

 そこへフランセキーが手配した普軍六個大隊(およそ五千名)が襲い掛かります。ペーク旅団は不意を突かれ、また四面楚歌の状態で包囲され、戦友の敵討ちとばかりにいきり立つ普軍の猛攻を受けてしまったのです。


 さすがの墺軍猟兵たちや歩兵たちもこれを支えきれず部隊は崩壊、ばらばらに逃走へ入りました。

 旅団の本部は、援軍を要請するため直前に馬で駆け去った参謀大尉1名を除き全員戦死。その中には勇猛な旅団長も含まれていました。

 連隊の一つも士官は1名を除き全員戦死、猟兵第8大隊も大隊長始めほぼ全滅状態、900名前後が定員の大隊一つは直後に森の外で点呼したところ、士官全員行方不明か戦死、兵員もわずか42名、その全員がなにがしかの傷を負っていたのです。

挿絵(By みてみん)

 シュウィープ森の死闘(普第7師団と墺猟兵第8大隊)


 こうして、フランセキー将軍は逆襲に成功し、呪われたシュウィープの森は再び普軍の手に陥ちました。

 旅団長と半分の兵力を失ったペーク旅団は、残り半分での攻撃を断念、後退します。様子を見ていた墺軍砲兵たちは怒りに燃え、森への砲撃を再開しました。


 シュウィープ森で戦い続けた第4軍団もこれで策が尽きました。軍団はマスロウェード後方や森の東側へ後退し、代わって第2軍団が進出する事になったのでした。


 墺軍の第2軍団は、このケーニヒグレーツの戦いまで殆ど戦いらしい戦いを経てこなかった唯一の軍団です。

 最初に敵を見たのは5日前、シュヴァインシェーデルの戦いの余波で、あのシュタインメッツ麾下の砲兵から砲撃を受け逆襲した時だけでした。

 軍団長カール・グラーフ・ツーン・ウント・ホーヘンシュタウフェン中将は一個旅団(ヘンリケッツ旅団)を「東方対策」のため後方に残し、三個旅団でホレノヴェス近辺に待機していました。砲兵は先んじてシュウィープ森への砲撃に加わり、将軍は第4軍団の戦い振りをマスロウェード近郊で観戦していましたが、ペーク旅団の崩壊を見て介入を決意し、ヴェルテンブルク・フォン・ヴィルヘルム大公少将に命じてその旅団を森に向かわせました。


 森から外へと向かっていた普第7師団の歩兵たちは森から出た途端、この部隊から攻撃を受け、ここでもシストヴェスで発生した攻防戦と全く同じ光景が見られましたが、墺軍は犠牲を省みずに攻撃を続行、遂に普軍は進撃を諦め、森へと引き返すのでした。この後、墺軍砲兵は再び砲撃を再開し、森の普兵たちは物陰に潜んでこれをやり過ごそうとしました。


 11時頃、第4軍団長代理のモリナリー将軍は森の前で待機するヴェルテンブルク大公の下にやって来て、退却したペーク旅団に代わって森を攻撃して貰えないか、と要請しました。しかし将軍もツーン軍団長から森の縁で防戦しろ、と命じられた手前、首を縦には振れません。「第2軍団が続いて森に入らなければ」単独の攻撃は無理、とこれをやんわりと断ります。モリナリー将軍は攻撃を強行し失敗した手前、メンツに賭けても森を奪い返さねば、と視野が狭くなっていました。その足でツーン将軍の本営に向かうと、同じ要請を幾度も繰り返します。

挿絵(By みてみん)

モリナリー

 頑固に要請を繰り返すモリナリー将軍にツーン将軍も折れてしまいます。後方に展開するサフラン旅団に命じ、ヴェルテンブルク旅団を援助するため猟兵と一個大隊を抽出して森へ送り出しました。


 森の中には普第7師団の総計十二個大隊と第8師団から借りた二個大隊がいましたが、その全てが定員からほど遠い員数で、際限なく連続する砲撃と、何度も入れ替わる攻撃防戦で疲労困憊していました。それでも普軍の先陣を支えるプライドと訓練の賜物か、気力を振り縛り、この最後の戦いを迎えたのです。


 午前11時30分。第2軍団の戦いが始まりました。猟兵二個大隊を先陣に、強化された混成の一個旅団は森へ突入しました。

 東端か森に入ろうとした一個大隊は普軍歩兵の激しい銃撃で足止めされましたが、他の部隊は次々に森へと入り、またもや血で地を洗うが如くの凄まじい銃撃戦や銃剣による白兵戦が至るところで起こりました。

 しかし、消耗し切った普軍歩兵たちは次第に押され始め、ドライゼ銃の交互射撃でお互いを援護しながら、後退して行きます。

 しぶとく抵抗する普軍は森の中心付近にある円形の小丘で踏ん張って、樹間を抜けて斜面を登る墺軍歩兵に猛烈な一斉射撃を浴びせ、ヴェルテンブルク旅団の兵士たちはここで多くが命を落とすことになってしまいました。ここを突破出来ないと森を制圧したことにはなりません。ヴェルテンブルク大公は後方へ伝令を送り、ツーン軍団長に援軍を要請しました。


 森での苦戦を聞いたツーン将軍は第2軍団最後の旅団であるトーム旅団を投入する決心をし、トーム旅団長は猟兵大隊を森へ送りました。

 新たな援軍を得て息を吹き返した森の墺軍は小丘上の普軍歩兵を追い落とし、これによって中央を突破された形の普第7師団はドライゼ銃を乱射しながら退却に移り、ビストリッツ川に向かって潰走してしまいます。

 早朝から数倍の敵を相手に戦い続けたフランセキー将軍でしたがここに至って策も尽き、呪われた森を後にしたのでした。


 遂にシュウィープの森は墺軍の手に帰します。なおも森に残って戦う普軍の落後兵は墺第4軍団のヨセフ旅団から差配された猟兵大隊が掃討、捕虜にしていきました。

 また、ベナテック方面に逃れた普軍も、森での激闘に生き残ったブランデンシュタイン旅団の猟兵とヴェルテンブルク旅団猟兵が共同で攻撃し、これを全滅させました。時間は正午近くになっていました。


 しかし、ここで恐れていた事態が遂に発生します。

 ベナテック部落に入った墺軍の猟兵たちに対し、突如どこからともなく現れた普軍兵士がドライゼ銃を撃ちまくりながら突撃して来たのです。この新たな敵は疲れ切った敗残兵ではなく、普軍歩兵の色・プルシアンブルーではなく黒い制服に身を固めた戦意に溢れる兵士たちで、その数は見る間に増えて行きます。墺軍猟兵たちは勝ち目がないことを悟るやホレノヴェスの部落へと遁走に移りました。


 同じ頃、ツーン将軍の下に伝令が「南から」飛び込んで来ました。伝令はセンドラシックに残して来たヘンリケッツ旅団の下級士官で、荒い息を吐きながら一気に報告しました。

「センドラシックの部落に向けて敵の砲撃が始まりました」そして誰もが恐れていた事態を告げたのです。

「敵の大軍が東からやって来ます!」


 墺軍猟兵を襲った普軍の新たな部隊はベナテック部落を攻略すると、ホレノヴェスとマスロウェードに広がる墺第2軍団に向けて直ちに進撃を開始します。彼らは普軍の精鋭、近衛軍団所属近衛第1師団の前衛、近衛猟兵大隊。

 

 フランセキー将軍の普第7師団が繰り広げた戦いは無駄ではありませんでした。この3時間、墺軍右翼をシュウィープ森へと引きつけたことで、劇的な展開が訪れるのです。


 普フリードリヒ皇太子率いる第二軍が、遂にクルム高地の戦場へと到着したのでした。


挿絵(By みてみん)

クルムの戦い(シュウィープ森前の普27連隊/ゴルドン少将旅団)


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