ケーニヒグレーツの戦い/中央戦域 ホラ林の戦い
中央・東部戦域においては、墺軍160門の大砲に対し普軍は132門の大砲で対抗しました(午前11時の時点)が、墺軍が高地上の見晴らしの良い高台を中心に陣を敷いたのに対し、普軍の砲兵たちはみな高地へ重い大砲を引き上げた後、即座に砲撃を開始するものですから、圧倒的に不利な条件下で戦うことを強いられていました。
普軍の砲兵隊の中には、せっかく高地に大砲を引き上げたのに砲撃に適する丘や見通しの良い場所へ展開せず、ひっそりと沈黙する部隊が見られます。何故なら、砲撃を開始した途端に墺軍砲兵から歓迎の挨拶とばかりに正確な砲撃を返されるからで、彼らは歩兵たちが砲兵陣地を潰すのを期待して待っていたのでした。
もう少し積極的な砲兵隊は、リパやランゲンホーフに展開する墺軍砲兵に向けて砲撃戦を仕掛けますが、その多くは砲撃適地に展開した途端、墺軍砲兵隊から猛烈な砲火を浴び、一発も撃つことが出来ないまま砲を破壊され、人馬は負傷し、右往左往した挙げ句に撤退して行きました。
結果、砲撃戦は墺軍有利のまま午前から午後に入って行くのです。
普第一軍の陣営はこの状況に次第に焦り始めます。
正午に第2軍団(第3、第4師団)の攻勢が膠着状態となり、第8師団もホラとシュウィープ両森林の間で激戦の果て疲弊するに及んで、追い込まれたカール王子は、予備の第3軍団(第5、第6師団)をドハリック方面に投入することに決め、命令を下します。
両師団は縦列を作ってサドワからドハリックへと高地を登り始めました。その一部はホラ林の第4師団の応援に回ります。しかし、これも狭い地域に数万の兵力がひしめき合う形で、墺軍の砲撃は厳しく、また決死の覚悟で戦う墺軍歩兵たちにより、進捗はなかなか見られません。
6月15日の開戦から半月余り、普軍により散々な目に遭って来た墺軍兵士たち。しかしこの決戦の日に見せた戦意は全く天晴れと呼ぶべきでした。前日までの憂鬱で投げやりな空気は一変し、墺軍将兵は持てる力と勇気を振り絞って戦ったのです。
ここに至り、墺北軍本営では久しく見られなかった笑顔が溢れました。届けられる戦況は墺軍有利のものばかりで、参謀たちや副官たちはお互いの肩を叩き合い、今こそ墺軍の本領を普軍に見せ付けよう、普王に敗北の苦い記憶を刻みつけてやろう、と声高に語り合うのでした。
また、幕僚の中では今こそ攻勢に転じ、普軍を高地から追い落とそうという発言が相次ぎます。予備の第1、第6の両軍団を中央のホリク=ケーニヒグレーツ街道沿いに進ませ、ホラ林からサドワで敵を撃破、そのまま第10、第3軍団も続いて一気にホリックまで攻め上ろう、という威勢のいい意見でした。
しかし、ベネデック元帥始め墺軍首脳はこの案に乗り気ではありませんでした。
何故なら、敵の皇太子率いる普第二軍が動いていることが分かっていたからで、その動きを無視して北の戦線を突破しても必ず側面(東側)から襲撃を受けるに違いないと考えていたからでした。
これはこれで賢明な判断ではありましたが、それ以外、墺北軍司令部とベネデックの戦闘指揮は相変わらずちぐはぐなままでした。
墺北軍のこの正午時点の状況は、一見有利に見えました。
西部戦域でも戦いが始まって、このプロブレス方面でのザクセン軍と第8軍団、第1軽騎兵師団の戦いは敵エルベ軍に対し有利に展開していました。
また、中央西の戦場でもガブレンツ率いる第10軍団が砲兵を主軸に午前中頑張り通し、普軍を高地の縁にしがみつかせるだけに終わらせています。
この西側では地の利を活かして砲兵を有効に使い、無駄な攻撃を避けて歩兵や騎兵の損耗を防ぎ、逆に開けた土地を上って来るしか手のない普軍の砲兵や騎兵を痛めつけ、その歩兵たちの前進を亀の歩み並に遅くさせていました。
ところが東側となると状況は一変し、北軍右翼を担当する二個軍団(第2、第4)は普第7師団の突進により歩兵戦闘に巻き込まれ、それも数的有利さを相殺する森での戦いに引き込まれたため、なんと敵一個師団(およそ一万四千)に対しほぼ全力(七個旅団・およそ五万)の兵力が引きつけられてしまうという失策を演じました。
後述しますが、このシュウィープ森での戦いでは、最初墺第四軍団のブランデンシュタイン旅団が戦い、その応援で次々と旅団が投入され、普軍の敢闘と武器性能の不利により第4軍団が敗退すると今度は第2軍団が交代、同じ損耗戦を繰り返すこととなってしまいます。
第3軍団の旅団(アピアーノとベネデック)も巻き込まれたこの戦いでは墺軍右翼(東側)の戦力がダウンし、しかも横腹(東側)を完全に晒すということになってしまうのです。
この展開はクルム付近に陣取る墺北軍司令部にも逐一見えていたはずです。シュウィープの森も、この戦いで第2、第4の両軍団が拠点としたマスロウェードの部落も、クルム部落から2キロも離れていないのです。
元来ベネデックの戦略はクルムを中心にケーニヒグレーツを守る形で半円形に陣を敷くはずだったのに、普第7師団に釣られた第2、第4の二個軍団の突出で東部戦域はほぼ東西に直線を描く形となってしまっています。
ところがベネデックは午前10時頃から正午過ぎまでこれを正そうとはしませんでした。
第2と第4軍団が部署より前進したことに気付いても何も言わず、普第7師団とシュウィープ森で激戦となった後に「これはまずい」と言いますが、中止命令を下す事は無く、両軍団の攻撃を黙認してしまいます。ようやく中止・退却命令を発した時には既に昼を回っており、時は既に遅かったのです。
遅くともシュウィープ森での戦いが本格化した10時までに攻撃を中止させ、計画通り第2軍団をホレノヴェスから南、センドラシックまで「きちんと」並べ直して東を固め、第4軍団は砲兵を中心にシュウィープ森を攻撃、歩兵や騎兵は森から「逃げ出す」普軍のみを攻撃すれば良かったのです。この時間帯では用のなかった第2軍団の砲兵もシュウィープ森への砲撃に加われば、およそ100門の大砲が集中使用出来たはずなのです。
これは同時刻に西側で行われていた戦い方であり、同じ方法がこの戦場でも有効だったことは明らかでした。
しかし、ベネデックが動くことはありませんでした。軍団長たちは目の前の戦いに固執してしまい、墺軍の戦略上全く無意味な場所であるシュウィープの森に対し、魅せられたような攻撃を繰り返してしまうのでした。
ホラ林では昼前後に今一度大きな戦闘が発生します。
サドワからホラ林の北縁までやって来た第6師団は、膠着状態を解決しようと2個大隊を先発させホラ林へと入ります。これを見た第8師団第15旅団のバラバラになった兵士たちや第4師団の痛めつけられた一個連隊強が勇気付けられて戦列に加わり、およそ五千人の混成部隊が林を抜けてリパ部落を目指し攻撃を開始しました。
対するはリパの北で街道を守っていた墺第3軍団所属のキルヒベルク旅団です。
墺軍は林を抜けて突撃して来た普軍兵士を、騎兵を中心とした攻撃で防ぎます。最終的に槍騎兵部隊の突撃が功を奏し普軍が林へ後退すると、キルヒベルク旅団所属の第49歩兵連隊・愛称「ヘス男爵」連隊を率いるビンデル大佐は独断でこれを追い、自分の連隊を林へ突入させました。
これを見た同旅団の第44歩兵連隊・愛称「アルブレヒト大公」連隊はキルヒベルク旅団長の突撃命令が出たものと早合点し「ヘス男爵」連隊に続いて林へ突入、ホラの林は再び過酷な戦場と化してしまうのでした。
勢いに乗る墺軍の二個連隊(キルヒベルク旅団のほぼ三分の二)はホラ林の奥へと進みます。しかし、この1キロ四方に満たない林には、後退した歩兵とサドワから上がって来た第6師団の後続兵で「満員」でした。墺軍歩兵はこの密集した敵に対し怯まず銃剣突撃を行います。墺軍は奮戦しドライゼ銃の優位を以て対する普軍歩兵を蹴散らし、「ヘス男爵」連隊は林を突破、オーベル=ドハリックを襲いました。
しかし、林の中と外とは大違いでした。そこにはとんでもない数の普軍兵士がいたのです。
この昼下がり、ホラ林とサドワ、ドハリックの狭い地域には、普第一軍の主力と言える部隊が集中していました。普第4、第6、第8師団に加え、第5師団の兵士も高地に上がり掛けていたのです。
このおよそ四万の兵力に十分の一程度の兵力が叶うはずもありません。墺兵たちは猛烈な射撃を文字通り雨霰と受け、死傷者がホラの林とその周辺に折り重なります。36歳と若く、常に陣頭で指揮をしたビンデル連隊長も壮絶な戦死を遂げ、「ヘス男爵」連隊とその後を追った「アルブレヒト大公」連隊は、ほとんど全滅状態で後退したのでした。
この惨状を目の当たりにした墺第3軍団長エルンスト親王は最も信頼する旅団長、プロチャスカ大佐にキルヒベルク旅団の「残兵」収容を命じます。
プロチャスカ大佐は自ら旅団主力を率いて前進、旅団砲兵も前進させてホラ林を直接砲撃して敵を牽制、まばらな敗残兵の集まりに過ぎなくなったキルヒベルク旅団を後方に送ります。そして代わりにホラ林からの出口を塞ぐ重要な役目を果たし始めたのでした。
エルンスト親王
一方、キルヒベルク旅団が敗退したのを見た普第4師団は、後方より第6師団主力が到着したのを受けて勇躍前進を再開します。
しかし、歩兵は敗れても墺軍の砲兵は未だ力を失ってはいませんでした。ホラ林から先頭集団が出るや否や、リパ前面に展開する第3軍団の砲兵たちは普軍を狙い猛烈な砲撃を始めました。この砲撃でたちまち犠牲者続出となった普第4師団は慌てて林へと引き返します。
また、早朝からサドワとホラ林で戦い続けた第8師団の将兵は、この昼時点で精も根も尽き果ててしまい、第4師団の後ろで隊列を整えるのが精一杯となってしまいました。あのポドルで勝利した第15旅団は特に疲弊が激しく、旅団長のボーズ将軍は兵士を叱咤激励しながらなんとか態勢を整えようとむなしい努力をしていたのです。
午後一時過ぎ。こうして中央戦域は街道西側の戦況と同じく、再び砲兵対砲兵の砲撃戦へと移行したのでした。
同じ頃。その西側ランゲンホーフの高地上では墺第10軍団のガブレンツ将軍が憮然としていました。つい先ほど、自軍団の後方に控える第6軍団から一個旅団を借り受けようとその軍団長ラミンク将軍へ使いをやりましたが、体よく断られたのです。
ガブレンツは前面の敵、普第3師団がドハリカ=モクロヴォース間でほとんど伏せているだけという状況を見て、今こそ進撃し敵を高地から追い落とそうと考えていたのです。兵力が心許ないガブレンツは、総予備である第6軍団に増援を要請するためラミンクに声を掛けたのでした。
しかし、ラミンク将軍はこの期に及んでの進撃は余りに無謀と考えており、要請を却下したのです。
「今なら敵を高地から追い落とすことが出来るのに!」
ガブレンツ将軍は地団駄を踏んだことでしょう。しかし、将軍の闘志は買いますが攻勢を掛けることはやっぱり無謀だったに違いありません。
諦めきれない将軍はそれでも、代わりとばかりにラミンクが差配した第6軍団の備蓄弾薬と砲弾を受け取り、我慢の砲撃戦を続行するのでした。




