ベルフォール攻囲(前)/資料その1・戦闘序列ほか
☆ ベルフォール要塞における仏軍守備隊(1870年11月3日時点)
要塞司令 ピエール・マリエ・フィリップ・アリスティド・ダンフォール=ロシュロー大佐
副指令 ジャクメー大佐
砲兵部長 プーケー少佐
工兵部長 シャブロン少佐
*正規軍
◯戦列歩兵第84連隊・第4大隊*
◯戦列歩兵第45連隊・第4大隊*
◯同連隊・補充兵大隊
◯野戦砲兵第7連隊の半個中隊
◯野戦砲兵第12連隊の半個中隊4個(混成2個中隊)
◯野戦工兵第2連隊の半個中隊
※戦列歩兵の第4大隊は元来マルシェ部隊(後方要所勤務)です。
*護国軍
◯護国軍第57「オート=ソーヌ県」連隊の3個大隊
◯同連隊の独立4個中隊
◯護国軍第16「ローヌ県」連隊の2個大隊
◯護国軍第65「ローヌ県第2」連隊の2個大隊
◯ソーヌ=エ=ロアール県の護国軍5個中隊
◯ヴォージュ県の護国軍2個中隊
◯オ=ラン県の護国軍3個中隊
◯オ=ラン県の護国軍砲兵3個中隊
◯オート=ガロンヌ県の護国軍砲兵2個中隊
◯オ=ラン県護国軍より工兵1個中隊を編成
*国民衛兵
◯オ=ラン県の臨時護国軍3個中隊
◯ベルフォールの国民衛兵・約390名
*その他
◯税関職員・約100名
◯乗馬憲兵・若干名
◯ベルフォールに居残っていた騎兵・若干名
※11月6日にベルフォール要塞内にあったライット式4ポンド施条砲3門と同12ポンド施条砲1門で「出撃砲兵中隊」を編成。結局攻囲中移動可能な野砲はこれだけでした。
前哨線の仏護国軍兵
☆ ベルフォール攻囲軍戦闘序列(1870年11月18日時点/以降参加は日付を付します)
◎ 攻囲軍本営
◯軍司令官 ハンス・ルートヴィヒ・ウード・フォン・トレスコウ少将(71年1月18日中将昇進)
・参謀長 フォン・シュルツェンドルフ大尉
・副官 ステルマー大尉、フォン・パッセヴィッツ中尉
◯攻城砲兵司令官 フリードリヒ・エルンスト・フェルディナント・フォン・シェリハ中佐
・副官 ノイマン少佐、ヴァルクホフ少尉
・軍本営附 プリヴェ大尉(1/14~)、マイエル中尉
◯工兵部長 カール・ヴィルヘルム・フェルディナント・フリードリヒ・フォン・メルテンス少将(71年2月13日中将昇進)
・副官 ヴォルフ1号中尉
・塹壕担当副官 ザンダー中佐、シュルツ少佐
・工兵部員 コッホ大尉、フォン・シェーフェン大尉(2/10~) 他少尉8名
ベルフォール攻囲兵団司令官ウード・フォン・トレスコウ将軍
◎ 普予備第1師団 (歩兵大隊15個・騎兵中隊4個・砲18門・工兵中隊1個)
師団長、参謀、副官は攻囲軍本営と同じ
◇ 後備第1旅団
旅団長 男爵フリードリヒ・ヴィルヘルム・アレクサンダー・フォン・ブッデンブローク大佐
・副官 フォン・シュツドニッツ中尉
◯ 後備第14/第21「ポンメルン第1」混成連隊(ルドルフ・ハインリヒ・フォン・ティッツヴィッツ大佐)
・グネーゼン後備大隊(グルッペ少佐)
・シュナイデミュール後備大隊(フォン・ヴァイスフン少佐)(12/18~疾病入院のためフォン・マンシュタイン大尉が代理)
・コーニッツ後備大隊(カウシュ大尉)
◯ 後備第21/第54「ポンメルン第2」混成連隊 (ヘルマン・アレクサンダー・スタニスラウス・フォン・オストロウスキー大佐)
・イノヴラツラウ(ホーエンザルツァ)後備大隊(フォン・シャナン大尉)
・ブロンベルク後備大隊(フォン・ペテリー少佐)
・ドイツェ=クローネ後備大隊(フォン・パヴェルス少佐)
◇ 後備第2旅団
旅団長 カール・フリードリヒ・フィリップ・フォン・アヴェマン少将(疾病のため師団司令部が直率。2/7~フォン・ゲリッケ大佐が兼任)
◯ 後備第26/第61「ポンメルン第3」混成連隊 (エグベルト・エーリヒ・ルイス・フォン・ベルガー大佐)
・シュテンダール後備大隊(レッペルト少佐)
・ブルク後備大隊(フォン・シュッツ中佐)
・ノイシュタット後備大隊(男爵フォン・ツァンマー=オステン大尉)
◯ 後備第61/第66「ポンメルン第4」混成連隊(テオドール・ヨハン・ゲリッケ大佐)
・ハルバーシュタット後備大隊(ウターヴェッデ大尉)
・ノイハルデンスレーベン後備大隊(フォン・ヴェルテルンハーゲン少佐)(11/8大尉から昇進)
・スタルガルト後備大隊(フォン・ボヤン少佐)
◯ 第67「マグデブルク第4」連隊(フリードリヒ・カール・プルス・フォン・ツグリニツキー大佐)
・第1大隊(フォン・クッツェンバッハ少佐)
・第2大隊(シュランム少佐)
・第3大隊(代理クルディウス大尉。12/14~フォン・ラウエ少佐)
◯ 予備槍騎兵第2連隊(マクシミリアン・カール・フリードリヒ・アルベルト・フォン・ブレドウ大佐)
◯ 師団混成砲兵大隊 (ヴァイゲルト少佐)
・第2軍団予備軽砲第1中隊(ランゲマック大尉)
・第9軍団予備軽砲第1中隊(フォン・ブラウンシュヴァイク大尉)
・第9軍団予備軽砲第2中隊(ヴァインベルガー大尉)
◯ 第2軍団要塞工兵第1中隊(レーゼ大尉)
◎ デブシッツ支隊(70年12月29日から30日)(歩兵大隊8個・騎兵中隊2個・砲12門・工兵なし)
司令官 ヨハン・オットー・カール・コルマー・フォン・デブシッツ少将
※70年当時61歳。68年10月に予備役編入。普仏戦争開戦と共に招集され、第9旅団の留守部隊(策源地で補充隊を率い練成を行う部隊)を率い、9月12日からはグローガウとベルリンで後備部隊を率いていました。
少将は麾下を引き連れエルザス総督府直属となり後方連絡路や占領地の警備に就いていましたが、大本営命令でベルフォール攻囲兵団に転属したものです。
デブシッツ少将
・参謀 シュツムラー少佐(疾病のため1/2~14まで後備第2旅団司令部副官タリン中尉が代行。1/15~20まで第14軍団本営ハルトマン中佐が代行。1/21にシュツムラー少佐が復帰)
・副官 フォン・レーディガー中尉
・随行員 アルトゥル・フォン・ダウム大尉(エルザス総督府から派遣/連絡士官か)
◯ 後備第7「ヴェストプロイセン第2」連隊
・第1「ヤウエル(現・ポーランド、レグニツァ南方のヤボル)」大隊(フォン・ポロヴスキー少佐)
・第2「リーグニッツ(現・ポーランドのレグニツァ)」大隊(フォン・ゾーテン少佐)
◯ 後備第47「ニーダーシュレジエン第2」連隊
・第1「ラウバン(現・ポーランド、レグニツァ西方のルバン)」大隊(キールシュタイン少佐)
・第2「ヒルシュベルク(現・ポーランドのイェレニャ・グーラ)」大隊(ブリンクマン少佐)
◯ 後備第10「シュレジエン第1」連隊
・第1「ストリーガウ(現・ポーランドのストシェゴム)」大隊(アルレッツ1号大尉)
※本大隊は1/6にベルフォール包囲網へ到着
◯ 後備第50「ニーダーシュレジエン第3」連隊
・第1「ブレスラウ第2」大隊(フォン・シュミット大尉)
・第2「エルス(現・ポーランドのオレシニツァ)」大隊(フォン・ミューネンベルク大尉/負傷のためキーゼル大尉が代行)
◯ 後備第84「シュレスヴィヒ」連隊
・第2「アーペンラーデ(現・デンマークのオーベンロー)」大隊(伯爵フォン・デア・シューレンブルク大尉)
◯ 予備槍騎兵第6連隊・第2,3中隊
◯ 野砲兵第8連隊・予備軽砲第1中隊(ホルツァイ大尉)
◯ 野砲兵第8連隊・予備軽砲第2中隊(ハルトマン中尉)
◯ 歩兵及び砲兵混成弾薬縦列1個/攻囲軍輜重・予備糧食縦列1個(攻囲兵団より派遣)
◎ 普予備第4師団派遣支隊
*11/3~17まで
司令官 エミール・ユリウス・フォン・トレスコウ少将(予備騎兵第4旅団長)
副官 サルトリウス中尉
*12/11~1/17まで・2/11~2/18まで
司令官 ロベルト・フォン・ツィンメルマン大佐(オストプロイセン後備歩兵旅団長)
副官 メーアヴァイン少尉
◯ 第25「ライン第1」連隊・第1大隊(クリース少佐/11/3~8まで)
◯ 後備第4/第5「オストプロイセン第2」混成連隊(フランツ・ヨセフ・フォン・クラネ大佐/11/3~17まで)
・オステローデ後備大隊(アマデウス・エミール・フォン・ヴッソウ少佐/11/3~20まで)
・オルテスブルク後備大隊(メシュケ大尉/11/3~17まで)
◯ 後備第1/第3「オストプロイセン第1」混成連隊(フリードリヒ・アルベルト・ハインリヒ・レオポルド・フォン・ショルレマー中佐/12/24~1/18、2/11~18まで)
・ティルジット後備大隊(フォン・フェルゲンハウエル少佐/12/20~1/18、2/11~18まで)
・ヴェーラウ後備大隊(カリッツキー大尉/2/11~18まで)
・インスターブルク後備大隊(フォン・ケルン大尉/12/21~1/18まで)
・グンビンネン後備大隊(フォン・オルスチュヴスキ少佐/11/20~1/29、2/11~18まで)
◯ 後備第43/第45「オストプロイセン第3」混成連隊(フォン・ウーゼドーム大佐/11/21~1/30まで)
・レッツェン後備大隊(キンチェル少佐/11/17~1/30、2/11~18まで)
・ゴールダプ後備大隊(フォン・ノルマン少佐/11/21~1/29、2/11~18まで)
・ダンツィヒ後備大隊(フォン・ゴツチーヴスキ少佐/11/26~1/18まで)
・マリーエンブルク後備大隊(フォン・ハルダー大尉/11/26~1/30まで)
◯ 予備槍騎兵第3連隊(フォン・シュミット大佐)
・第1中隊/11/3~17、11/21~12/5まで
・第2中隊/11/3~17、11/21~12/5まで
・第3中隊/11/3~1/18まで
・第4中隊/11/3~17まで
◯ 師団「混成」砲兵大隊・予備軽砲第3中隊(ミュラー大尉/11/3~17、11/21~12/5、2/11~18まで)
◯ 同大隊・予備軽砲第4中隊(グロットケ大尉/11/3~17、11/21~1/18まで)
◯ 同大隊・予備重砲第2中隊(オットー大尉/2/11~18まで)
◎ 要塞砲兵第4「マグデブルク」連隊(ザッセ中佐)
・第5中隊(ストリューメル大尉/12/12~)
・第6中隊(フォン・ジッハルト大尉/12/6~)
・第7中隊(ビーラー中尉/11/24~)
・第8中隊(シューヴェーダー大尉/11/30~)
・第15中隊(ヴァイスヴァンク大尉/11/24~)
◯ 隷属
・要塞砲兵第7「ヴェストファーレン」連隊第3中隊(ヒューゲル大尉/12/16~)
・近衛要塞砲兵連隊第3中隊(フォン・ゼーバッハ中尉/12/26~)
◎ 要塞砲兵第6「シュレジエン」連隊(フォン・ヴァーレン=ユルガス中佐)
・第1中隊(ショーフ中尉~ハイムブロード大尉/11/20~)
・第2中隊(ランセラー中尉/11/20~1/12、ウーデ大尉1/13~)
・第4中隊(フォン・メホウ大尉/11/20~)
・第6中隊(フォン・シュランム大尉/11/20~)
・第16中隊(ハッセ大尉/11/18~)
◎ バイエルン王国砲兵隊(男爵フォン・ノイベック中佐)
・砲兵第1「親王ルイトポルド」連隊要塞砲兵第4中隊(フォン・ズートナー大尉/12/17~)
・砲兵第2「ブローデッサー」連隊要塞砲兵第5中隊(レフェルデュース大尉/12/17~)
・同連隊攻城廠中隊(フォン・ハルトリープ・ゲナント・フォン・ヴァルスボルン大尉/2/17~)
・砲兵第3「王大后」連隊要塞砲兵第2中隊(ファールンバフェル大尉/11/23~)
・同連隊要塞砲兵第3中隊(シュルツ大尉/11/23~)
・同連隊要塞砲兵第4中隊(ペトリ大尉/12/17~)
・砲兵第4「国王」連隊要塞砲兵第3中隊(ミーグ大尉/12/17~)
・出撃砲兵中隊(カイナート大尉/1/3~)(野砲4門配備で野戦砲兵中隊としてデブシッツ支隊に所属)
◎ ヴュルテンベルク王国砲兵隊(フォン・バルトルッフ大佐)
・第1中隊(コープ大尉/11/30~)
・第3中隊(ブライヤー大尉/2/16~)
・第4中隊(イムレ大尉/11/30~)
◎ バーデン大公国砲兵隊(クーオン・フォン・ヴィルデッグ中佐)
・第3中隊(ヴァイス大尉/12/26~)
・第6中隊(フェーレンバッハ大尉/12/17~)
・第8中隊(モール大尉/12/17~)
・第9中隊(メース大尉/12/17~)
◎ 混成工兵大隊(メンチェル大尉・第10軍団要塞工兵第2中隊長)
・第7軍団要塞工兵第1中隊(フォン・オイトマン大尉/11/20~)
・第8軍団要塞工兵第1中隊(プラウメ大尉/2/3~)
・第8軍団要塞工兵第2中隊(フォン・アスター大尉/2/3~)
・第10軍団要塞工兵第2中隊(代理男爵フォン・リヒトフォーフェン中尉/11/19~)
・バイエルン王国要塞工兵第4中隊(ナーゲル大尉/11/10~)
・ヴュルテンベルク王国要塞工兵中隊(シュモルラー大尉/12/8~)
・バーデン大公国要塞工兵第2中隊(リーステーラー中尉/11/19~)
◎ 後方支援隊(フォン・マルティク少佐)
◯ 衛生隊半個
◯ 糧食縦列4個(内1個はデブシッツ支隊に派遣)
◯ 補助糧食縦列7個
◯ 輜重監視1個中隊
◯ 馬廠
◯ 野戦病院3個
◎ 攻城廠
◯ 普軍攻城廠
(シェーリング大尉/11/18~25、マイヤー中尉11/26~12/26、ショーツ中尉12/27~開城まで)
・附属武庫尉官1名
・附属武庫火器工兵尉官1名
◯ バイエルン王国攻城廠
・管理担当
砲兵第3連隊要塞砲兵第4中隊(11/18~)
砲兵第1連隊要塞砲兵第4中隊(一部を分担)
2/17~砲兵第2連隊攻城廠中隊(専任)
◯バーデン大公国攻城廠
・管理担当
攻囲期間中第9中隊が攻城廠中隊となって勤務
エルザス占領地総督府長官ビスマルク=ボーレン将軍
☆ ベルフォール攻囲用に集積した攻城砲
*普軍攻城廠
+70年11月18日到着
・普軍/15センチカノン砲×4, 15センチカノン短砲身砲×4
・仏軍(鹵獲品)/15センチカノン砲×4
+11月21日到着
・普軍/9センチカノン砲×6
+11月24日到着
・仏軍(鹵獲品)/27センチ臼砲×6
+11月25日到着
・普軍/12センチカノン砲×6
+11月30日到着
・普軍/12センチカノン砲×8, 9センチカノン砲×4
+12月1日到着
・普軍/15センチカノン短砲身砲×7
・仏軍(鹵獲品)/15センチカノン砲×1
+12月4日到着
・普軍/12センチカノン砲×6
+12月14日到着
・仏軍(鹵獲品)/27センチ臼砲×2
+12月16日到着
・普軍/15センチカノン砲×6, 12センチカノン砲×2, 9センチカノン砲×4
+12月22日到着
・普軍/21センチ施条臼砲×2
+12月31日到着
・普軍/12センチカノン砲×4
+71年1月3日到着
・仏軍(鹵獲品)/22センチ臼砲×2
+1月5日到着
・普軍/23センチ臼砲×2
+1月10日到着
・仏軍(鹵獲品)/15センチカノン短砲身砲×4
+1月15日到着
・普軍/15センチカノン砲×8
+1月26日到着
・仏軍(鹵獲品)/15センチカノン短砲身砲×1
+1月28日到着
・普軍/15センチカノン砲×2, 12センチカノン砲×4
+1月29日到着
・普軍/28センチ臼砲×4, 15センチ臼砲×12
+2月4日到着
・普軍/12センチカノン砲×4
+2月6日到着
・普軍/15センチ臼砲×8
・仏軍(鹵獲品)/15センチカノン短砲身砲×2
+2月10日到着
・普軍/15センチカノン砲×4, 12センチカノン砲×4, 23センチ臼砲×2
※以上の攻城砲出荷場所
◯ ストラスブール普軍攻城廠から(普軍攻城砲)
・15センチカノン砲×24, 15センチカノン短砲身砲×11, 12センチカノン砲×38, 9センチカノン砲×14
・21センチ施条臼砲×2, 28センチ臼砲×4, 23センチ臼砲×4, 15センチ臼砲×20
◯ ストラスブール要塞で鹵獲された戦利品より(仏軍要塞砲)
・15センチカノン短砲身砲×7
◯ セレスタ要塞で鹵獲された戦利品より(仏軍要塞砲)
・15センチカノン砲×5, 27センチ臼砲×6, 22センチ臼砲×2
◯ ヌフ=ブリザック要塞で鹵獲された戦利品より(仏軍要塞砲)
・27センチ臼砲×2
以上・カノン砲×99門, 臼砲×40門
*バイエルン王国軍攻城廠
+70年12月18日到着(厰設置日)
・15センチカノン砲×8, 12センチカノン砲×4
+71年1月1日到着
・12センチカノン砲×4
+1月9日到着
・15センチカノン砲×4
+1月22日到着
・15センチカノン砲×8
+2月7日到着
・15センチカノン砲×8, 60ポンド臼砲×8
※以上の攻城砲出荷場所
◯ ランダウ要塞から(要塞備砲を取り外したもの)
・12センチカノン砲×4
◯ ゲルマースハイム要塞から(要塞備砲を取り外したもの)
・15センチカノン砲×28, 12センチカノン砲×4, 60ポンド臼砲×8
*バーデン大公国軍攻城廠
+70年12月21日到着(厰設置日)
・12センチカノン砲×6
+12月24日到着
・60ポンド臼砲×6
+以降順次
・12センチカノン砲×10
※以上の攻城砲はラシュタット要塞備砲を取り外したもの
*以上攻囲最終段階で攻城廠にあった攻城砲
・カノン砲×151, 臼砲×54
*その他出荷準備にあった攻城砲
◯ ヌフ=ブリザック要塞で鹵獲された戦利品
・27センチ臼砲×4, 23センチ臼砲×8, 15センチ臼砲×6
◯ ダンヌマリー(独名ダンマーキルヒ)要塞で鹵獲された戦利品
・15センチカノン砲×4, 12センチカノン砲×8
*攻囲期間中に使用不能となった攻城砲
◯ 仏軍の砲撃により破壊され破棄された砲 2門
◯ 砲撃により自損壊(過熱による砲身変形や腔発など)し破棄された砲 55門
◯ 仏軍の砲撃により破壊され、修理して復帰した砲 2門
◯ 砲撃により自損壊(過熱による砲身変形や腔発など)したが修理して復帰した砲 4門
*ベルフォール要塞の開城当日(2月18日)の攻城砲
◯ 使用可能な砲 148~178門
◯ 内砲台に配備し砲撃準備にあった砲
・カノン砲×69、臼砲×28
(内カノン砲×38、臼砲×2は新設砲台にあったため一発も発射されませんでした)
☆ ベルフォール攻囲中攻城廠に運搬・集積された弾薬数
◯ 出荷元
①ヌフ=ブリザック攻城廠 ②ストラスブール攻城廠 ③ストラスブール砲兵廠 ④セレスタ砲兵廠 ⑤ヌフ=ブリザック砲兵廠 ⑥シュパンダウ砲兵廠 ⑦コブレンツ砲兵廠 ⑧マグデブルク砲兵廠 ⑨メッス砲兵廠 ⑩ティオンビル砲兵廠
以上 総弾薬数 81,987発
⑪バイエルン王国より 43,000発
⑫バーデン大公国より 20,600発
◯ 総数 145,587発
・攻城廠から砲台へ搬入されたもの 100,179発(内、砲台の残数 1,627発)
・攻城廠の残数 45,408発
◯ 結果
・開城の際に使用可能だった残数 47,035発
・開城までに使用された数 98,552発
普軍の要塞砲兵




