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プロシア参謀本部~モルトケの功罪  作者: 小田中 慎
普仏戦争・ロアール、ヴォージュの戦いとメッス陥落
392/534

ロワニとププリーの戦い/ロワニの戦闘・前半戦


 メクレンブルク=シュヴェリーン大公フリードリヒ・フランツ2世普軍歩兵大将は12月1日夕、本営に到着した「ヴィルピオンの戦い」の結果ほか諸報告によって、明日仏軍が「大公軍」に総攻撃を仕掛けて来ることを覚悟します。大公はその対応初手としてオルジュール方面へ退いたB第1軍団に対し、「明朝8時を期してロワニ=ラ=バタイユ(オルジェール=アン=ボースの南東4.5キロ)付近で戦闘準備を整えよ」と命じました。同時に普第17師団に対し「明朝午前8時を期してサンティリー(トゥーリーの南西7.3キロ)付近で戦闘準備を整えて後命を待て」と命じ、普第22師団には同時刻「ティヴェルノン(同南4.6キロ)付近にて戦闘準備を整えて後命を待て」と命じたのです。ただし、B第1軍団については「ヴィルピオンの戦い」による疲弊と損耗を考慮し、午前6時30分にラ・マラドルリ(オルジェールの東1.7キロ)付近で一旦集合し後命を待つよう命令変更が成されています。

 この夜、大公軍本営は続々と送られてくる偵察斥候や捕虜・住民の尋問報告を裁きながら徹夜で敵情分析を急ぎ、大公は自軍の右翼(西側)前方に強力な仏軍が存在していることを確信しました。大公はこの仏軍と2日に「真っ向勝負」することを決心するのです。


挿絵(By みてみん)

デュクロ将軍の「勝利」を聞かされ喜ぶロアール軍将兵


 この決意を実行するために大公軍本営は明けて2日の黎明時、各部隊の司令部へ命令を送付し、諸隊は午前8時前後にこれらの命令を受領しました。

 それによれば、「B第1軍団はその左翼によってシャトー・ドゥ・グリー(城館。ロワニの東北東2.8キロ。現存します)を核として概ねロワニの北東郊外に展開し」「普第17師団はリュモー(同東4キロ)へ直行し」「普第22師団は普騎兵第3旅団を付随してベニョー(リュモーの北東2.6キロ)に至り」「普騎兵第2師団本隊(普騎兵第4、5旅団)はオルレアン~パリ本街道(現・国道D2020号線)の線を維持・警戒」「普騎兵第4師団は軍の最右翼を警戒援護せよ」とのことでした。


☆ B第1軍団の「ボーヴィリエ、ヴィルプルヴォの戦闘」と普騎兵第4師団の「オルジェール奪還」


※12月2日の午前・B第1軍団の諸隊

 注/「・」は元来の所属部隊

◎ 軍団本営

軍団長 男爵ルートヴィヒ・ザムゾン・ハインリヒ・アルトゥール・フォン・ウント・ツー・デア・タン=ラートザームハウゼン歩兵大将

参謀長 アドルフ・フォン・ハインレト大佐

砲兵部長 フォン・マライゼ少将

工兵部長 リーム中佐

参謀部 フォン・バル・ゼファー少佐/ヘルフィヒ大尉

副官部 男爵フォン・シュタインリンク騎兵大尉/男爵フォン・アシュ大尉

測量部 デュラー大尉/シューマッハ大尉

管理部長 グリュンベルガー大尉


◎ B第1師団司令部

師団長 バプティスト・リッター(騎士)・フォン・シュテファン中将 ※この日は負傷のためフォン・ディートル少将が代行

参謀部 オルフ中佐/フォン・ザッファーリンク少佐

副官部 フォン・ヴァーゲン大尉 ※疾病のため男爵フォン・シュライヒ中尉が代理/男爵フォン・ローマン中尉

工兵部 ハイド大尉/男爵フォン・フライベルク中尉

師団砲兵隊長 リッター・フォン・フェルマー中佐

○直轄部隊

*B野戦砲兵第3連隊(以下、「B砲3連」)/6ポンド砲第3,4中隊(以下「重砲第3,4中隊」)

・ B砲1連/重砲第5,7中隊

・ Bシュヴォーレゼー(以下軽)騎兵第3「マクシミリアン公爵」連隊(男爵アウグスト・フォン・レオンロード大佐)

・ 弾薬縦列(B砲兵第1連隊から抽出して編成)

・ B第1衛生中隊

・ B第1糧食縦列

・ B第9野戦病院

○B第1旅団

旅団長 カール・リッター・フォン・ディートル少将

参謀士官 アングストヴルム大尉

・ B親衛連隊/第1、2、3大隊(1個中隊欠) (アントン・リッター・フォン・トイフェンバッハ大佐)

・ B第1「国王」連隊・第1、2大隊 (フォン・ヘッケル大佐)※未着任のためダッフェンライター少佐が代行

・ B猟兵第2大隊 (フォン・ファルラーデ少佐)

*B砲1連/4ポンド砲第1中隊(以下「軽砲第1中隊」)

○B第2旅団

旅団長 カール・フォン・オルフ少将

参謀士官 フォン・ブラウンミュラー大尉

・ B第2「王太子」連隊/第1、2、3大隊 (男爵ルドルフ・フォン・ウント・ツー・デア・タン=ラートザームハウゼン大佐)

・ B第11「フォン・デア・タン」連隊/第1、2大隊(1個中隊欠) (フォン・シュミット大佐)※未着任のため前連隊長伯爵マクシミリアン・フォン・ロイブルフィング大佐が代行

・ B猟兵第4大隊 (レシュライター少佐)※疾病入院のためヴェーア大尉が代理

*B砲1連/軽砲第3中隊


◎ B第2師団司令部

師団長 ヨーゼフ・フォン・マイリンガー中将 ※未着任のためイグナス・フォン・シューマッハ少将が代行

参謀部 フォン・ムック中佐/クルーバー少佐

副官部 オイラー=ヘルピン大尉/フォン・レーゲマン中尉

工兵部 キューブリンク大尉/ハーグ中尉

師団砲兵隊長 ムシナン少佐

○直轄部隊

*B砲3連/重砲第5,6中隊

・ B砲1連/重砲第6,8中隊

・ B軽騎兵第4「国王」連隊(男爵カール・フォン・レオンロード大佐)

・ 弾薬縦列(B砲兵第1連隊から抽出して編成)

・ B第4衛生中隊

・ B第2糧食縦列

・ B第2野戦病院

○B第3旅団

旅団長 アルベルト・フォン・ロート大佐

参謀士官 リッター・フォン・クシランダー大尉

・ B第3「親王カール・フォン・バイエルン」連隊/第1、2、3大隊 (フォン・シェーフ大佐)

・ B第12「国王アマリエ・フォン・グリーヘンラント(ギリシャ)」連隊/第1、2、3大隊 (フォン・ナルティス大佐)

・ B猟兵第1大隊 (ヴィルトマン少佐)※未着任のため前大隊長男爵フォン・シュミット大佐が代行

*B猟兵第9大隊(B第1師団直属)(男爵フリードリヒ・マリア・ゲミンゲン・フォン・マッセンバッハ中佐)※疾病入院のためライター大尉が代理

*B砲1連/軽砲第2中隊

○B第4旅団

旅団長 男爵フーゴ・カール・ルートヴィヒ・フォン・ウント・ツー・デア・タン=ラートザームハウゼン少将

参謀士官 エップラー大尉

・ B第10「親王ルイトポルド」連隊/第1、2、3大隊(1個中隊欠) (男爵アルベルト・フォン・グッテンベルク大佐)※負傷入院のため伯爵フォン・ヨネル中佐が代理

・ B第13「皇帝フランツ・ヨーゼフ・フォン・オーストリア」連隊/第1、2、3大隊 (伯爵ルートヴィヒ・フォン・イーゼンブルク=フィリップスアイヒ大佐)

・ B猟兵第7大隊 (フリードリヒ・シュールタイス中佐)※疾病入院のためホダーライン大尉が代理

*B砲1連/軽砲第4中隊


○B胸甲騎兵旅団

旅団長 ヨハン・バプティスト・フォン・タウシュ少将

参謀士官 伯爵フォン・タッテンバッハ大尉

・ B胸甲騎兵第1「親王カール・フォン・バイエルン」連隊 (ファイヒトマイル大佐)

・ B胸甲騎兵第2「親王アルベルト」連隊 (アドルフ・フランツ・フィリップ・バウミュラー大佐)

*B砲3連/騎砲兵第2中隊

・ B砲3連/騎砲兵第1中隊

○軍団砲兵予備 ハインリヒ・ブロンジッチ大佐

*B第12連隊/第1,2中隊(護衛として)

・ B砲3連/重砲第7,8中隊

・ B砲1連/重砲第9中隊

・ B砲4連/重砲第10中隊

・ B砲3連/12ポンド砲第12中隊


※本会戦に参加しなかった諸隊

・ B親衛連隊第12中隊(軍団輜重護衛)

・ B第10連隊第3中隊(軍団弾薬縦列護衛)

・ B第11連隊第3中隊(ベルサイユ西方のランブイエ市街警備)


挿絵(By みてみん)

ロワニ付近戦闘図


 早朝6時30分、前日の命令通りラ・マラドルリに集合したB第1軍団ですが、軍団長フォン・デア・タン歩兵大将は早くも前哨から「敵の強力な縦隊がロワニとリュモーに向かって前進を開始した」との報告を受けます。大将は麾下に対し直ちに出撃し適当な拠点で敵を迎撃せよと命じ、軍団は仏の散兵横隊がロワニとヴィルラン(農場。ロワニの南東2.1キロ。現存)との中間にある丘陵を登り始めた頃にはラ・マルドルリから南東方向へ進み始めていました。

 戦闘の口火を切ったのはリュモーに居残っていたB第4旅団のリュモー守備隊*でしたが、軍団長命令により直ぐに戦闘を切り上げ、仏軍の隙を見てグリー城館に急速後退し、旅団本隊もボーヴィリエ(農場。ロワニの北東1.8キロ。現存)に歩兵1個大隊を置いて南方を警戒させ、B猟兵第7大隊と師団砲兵3個中隊をボーヴィリエの東側で待機させた後、旅団すべてがグリー城館周辺へ集合したのです。


※12月2日早朝・B第4旅団のリュモー守備隊

○B第10連隊・第3大隊

○B軽騎兵第4連隊・第1,3,4中隊

○B砲1連・軽砲第4中隊


 グリーに達したB第4旅団は歩兵1個大隊で城館自体の守備隊を増強し、残りの部隊は予備となって城館の北側にある庭園後方で待機となりました。

 この旅団の直後に進んでいたB第3旅団は、B猟兵第1大隊とB砲1連の軽砲第2中隊でボーヴィリエへ進出し、残りの歩兵5個大隊と重砲1個中隊はボーヴィリエ農場とグリー城館の間に展開しました。


※午前9時30分におけるB第2師団(B第3、4旅団)諸隊の展開

*シャトー・ドゥ・グリー城館と敷地内

○B第10連隊・第3大隊

○B第13連隊・第1大隊

*シャトー・ドゥ・グリー庭園の後方

○B第10連隊・第1、2大隊

○B第13連隊・第3大隊

*シャトー・ドゥ・グリーとボーヴィリエ農場間

○B砲3連・重砲第5中隊

○B砲1連・軽砲第4中隊

○B砲1連・重砲第6,8中隊

○B第3連隊・第1、2、3大隊

○B第12連隊・第1、2大隊

○B猟兵第7大隊

*ボーヴィリエ農場とその周辺

○B第13連隊・第2大隊

○B第12連隊・第3大隊

○B猟兵第1大隊

○B砲1連・軽砲第2中隊


 このB第2師団の中央後方(北)にはB軽騎兵第4連隊とB砲3連の重砲第6中隊が控え、B第1師団並びにB胸甲騎兵旅団、そして軍団砲兵隊で前線に派出されていない諸中隊はヴィルプレヴォ(ロワニの北北東3.4キロ)付近に集合して展開しました。

 この時、普騎兵第4師団はタノン(農場と小部落。ヴィルプレヴォの西950m。現存)付近にあってB軍団の右翼端と連絡し援護しました。この騎兵師団の前哨として仏軍に接近しブルヌヴィル(農場と小部落。ギヨンヴィルの西2.8キロ。現存)に派出されていた普槍騎兵第10連隊の第3中隊は、他の前哨が黎明前に一夜の陣を引き払って一斉に後退した後も任地に留まっていましたが、払暁時に仏ジョーレギベリ師団の前衛により襲撃され、勇敢な抵抗の後に駆逐され本隊に合流しています。


 B軍が大公軍本営が命じた所定防衛線に到達した直後、ロワニを占領し大梯団を作った仏第16軍団は、まるでタイミングを計ったかのようにB軍前線へ襲い掛かりました。


 仏第16軍団長アントワーヌ・アルフレ・ユージン・シャンジー少将はこの日午前8時、テルミニエから麾下全部隊を一斉に前進させます。バリー少将率いる軍団第2師団はロワニへ、モランディ准将の第3師団(ジアンにあった旧・第1師団)はリュモーへとそれぞれ急進し、昨日奮戦したジョーレギベリ提督の第1師団は予備となって左翼(西側)後方に追従し、ミシェル将軍の軍団騎兵は最左翼にあって前線両師団と並進するのです。

 この中で軍団第2「バリー」師団は払暁時にB軍前哨が放棄したロワニ(=ラ=バタイユ)を確保すると、午前9時、B軍砲兵が榴弾を釣瓶撃ちする中をボーヴィリエ農場目がけて突進しました。しかし、農場の東に展開したB第3連隊の激しい迎撃を受けてその先頭散兵が粉砕され、一斉退却する羽目に陥ります。B第3連隊は敵が壊乱し敗走するのを見ると直ちに追撃し、このB第2師団の前線にいた残り3個大隊もこれに続きます。

 ところがこのB6個*大隊はエキュイヨン(ロワニの東南東1.2キロ)の郊外で仏ジョーレギベリ師団と遭遇してしまうのです。


※エキュイヨン付近に進んだB第2師団諸隊

*第一線

○B第3連隊・第1、2、3大隊

○B猟兵第7大隊

*第二線

○B第12連隊・第1、2大隊


 この時、ジョーレギベリ提督は先行するバリー少将師団の攻撃が不調に終わるのを見て、ブルディヨン准将旅団をシャトー・ドゥ・グリーとボーヴィリエへ、ドゥプランク准将旅団をモラルの家(モラル・フェルム。農場。ロワニの北北西1.5キロ。現存)からヴィルプルヴォに向け突進するよう命じた直後でした。しかもこの時軍団第3「モランディ」師団の前衛も仏軍の右翼側になるヌヴィリエ(リュモーの南西1.8キロ)の北方まで進み出て来ました。

 この危機に直面したB第3旅団長アルベルト・フォン・ロート大佐は自軍右翼側大隊と第二線のB第12連隊2個大隊をロワニとフジュー(農場。ロワニの北西700m。現存)に向けて右旋回させ、B第3連隊の第3大隊はこの間にグリー城館から増援として進んで来たB第10連隊の第2大隊にB砲3連の重砲第5,6中隊と合同して左翼東側面を固めました。

 こうして、ジョーレギベリ師団の前進により息を吹き返し襲い来る仏バリー師団の猛攻を、およそ30分間に渡って防いだロート大佐でしたが、午前10時30分頃にブルディヨン旅団が攻撃第一線に加入するとB軍の損害が一気に増大し、B第3・B第12両連隊の5個大隊の損害は士官31名下士官兵580名、ボーモン戦からセダン会戦にかけて臨時にB第3旅団を率いて善戦したB第3連隊長のシューフ大佐とB第12連隊第2大隊長フォン・マイエル少佐は銃砲弾で致命傷を負って後送され、間もなく息を引き取ったのです。この結果ロート大佐は麾下に対し一斉に陣地を放棄して後退せよと命じたのでした。

 この後退も混乱状態となり、ロート大佐は後衛を指定して迫る仏軍に逆襲してその動きを止めようと計りましたが失敗に終わりました。この仏軍を止めたのはボーヴィリエの守備隊とその東郊外に砲を敷いていたB軍砲兵の猛射撃で、更にB軽騎兵第4連隊決死の突撃により仏軍の散兵第一線は一時的に前進を阻止されたのでした。


挿絵(By みてみん)

バイエルン軍の護る部落を攻撃する仏軍


 フォン・デア・タン大将はこの間に自軍右翼に対する仏ドゥプランク旅団の猛攻を阻止しようと、B第1師団と軍団砲兵隊をタノンとボーヴィリエの間へ進め、そのB第2旅団の一部をタノンに置いて中核としました。この右翼側では普騎兵第4師団の騎砲兵2個中隊が、ヴィルプレヴォの東西にはB砲兵3個中隊がそれぞれ砲列を敷き、南方の敵に榴弾を浴びせました。B第1旅団の大部分はB重砲2個中隊を引き連れてヴィルプレヴォとボーヴィリエの間にある高地の縁に前線を作り出し、その左翼(ここでは南)側を抑えるボーヴィリエ農場付近のB猟兵第1大隊と連絡するのでした。


※午前10時30分から午前11時におけるB第1師団(B第1、2旅団)諸隊の展開

*タノンの西郊外

○普野戦砲兵第5連隊(以下、「普砲5連」)・騎砲兵第1中隊

○普砲11連・騎砲兵第2中隊

*タノン部落内

○B第2連隊・第1、2大隊

*タノンとヴィルプレヴォの間

○B砲3連・騎砲兵第1中隊

○B砲1連・軽砲第3中隊

*ヴィルプレヴォの内部と周辺部

○B第11連隊・第1、2大隊

○B第9猟兵大隊

*ヴィルプレヴォの南東郊外

○B砲3連・騎砲兵第2中隊

*ヴィルプレヴォとボーヴィリエの間

○B親衛連隊・第2、3大隊

○B第1連隊・第1、2大隊

○B砲1連・重砲第5,7中隊

*ヴィルプレヴォの後方(北)/予備

○B親衛連隊・第1大隊

○B第2連隊・第3大隊

○B第2猟兵大隊

○B第4猟兵大隊

○B砲1連・軽砲第1中隊

○B砲3連・重砲第3,4中隊


 しかし、仏軍の攻撃圧力は一向に弱まることはなく、間もなくヴィルプレヴォ後方にあって予備として待機を始めたばかりの諸隊(B砲1連の軽砲第1中隊以外)は増援として戦線へ散って行ったのでした。

 この内、歩兵と猟兵たちはボーヴィリエの南北で戦線に加入し、あのレオポルト王子の中隊を含む砲兵たちもボーヴィリエの東側で砲を並べました。この頃には軍団砲兵の3個中隊*も仏軍の一時後退に乗じてボーヴィリエの北と東に砲列を敷いており、B第3旅団の内エキュイヨンから後退した歩兵5個大隊はボーヴィリエの戦線後方(北東方)で再集合を掛けていました。


※午前11時頃・B軍団砲兵とB第3旅団主力歩兵の展開

*ボーヴィリエの北方

○B砲3連・重砲第8中隊

○B第3連隊・第1、2、3大隊

○B第12連隊・第1、2大隊

*ボーヴィリエの東方

○B砲4連・重砲第10中隊

○B砲1連・重砲第9中隊


 こうして午前11時を前に、B第1師団がボーヴィリエからヴィルプレヴォ、そしてタノンまでの戦線を強固に守り始めたため、それまで勢いと力任せにB軍を叩き進んで来た仏第16軍団のバリー師団とジョーレギベリ師団は「脚」を止められ、戦況は持久銃撃戦へと移って行きます。B軍の兵士らは銃弾飛び交う前線でも騎乗して鼓舞する士官たちの前で沈着冷静に銃撃を続け、その中でボーヴィリエの北方前線にいたB親衛連隊第2大隊の両翼(第5,8)中隊は、モラルの家北方に細く伸びる林(現存しません)まで一気に突進して、仏ドゥプランク旅団主力が展開するシャルトル~オルレアン旧街道(現・国道D3.9号線)を脅かすことに成功します。しかしこの突撃の最中、散兵線で援護射撃の指揮を執っていたB第1連隊長のダッフェンライター少佐(クルミエ戦後に連隊長心得となっていました)は銃弾を浴び戦死してしまいました。

 午前11時30分頃になると、普騎兵第4師団とB第2旅団が先の小街道に向かって前進を始め、やがて流れは独軍に傾き始めるのです。


挿絵(By みてみん)

「ププリーの戦い」(レイモン・デヴァリュー画)


 普騎兵第4師団は先に所属騎砲兵2個中隊をタノン西の高地南端へ送り、この砲兵たちはドゥプランク旅団の左翼(西)を砲撃して効果大でした。師団本隊の方はB胸甲騎兵旅団を加えてラ・マラドルリとオルジェール(=アン=ボース)を経由してラ・フリルーズ(オルジェールの南西1.3キロ)へ前進し、前哨監視任務でコルニエール(同南西2.7キロ)に待機していた普騎兵第10旅団もラ・フリルーズで本隊に合流しました。この独軍騎兵集団(4,000騎以上)の進撃は、仏軍左翼で行動しB軍が全て前線へ進んだのを見計らってオルジェールとラ・マラドルリを奪取していたリポウスキー中佐の義勇兵集団を蹴散らし、仏義勇兵は壊乱して一旦ヴィルヴェ(オルジェールの南2キロ)に向けて後退し、この際にオルジェールとラ・マラドルリで約300名の捕虜を出してしまいます。また、普槍騎兵第6連隊のある小隊(3,40騎)は、ラ・マラドルリ南のヴィルラン農場北郊外で落伍した仏軍歩兵の一団を捕捉し、その大部分を捕虜としました。

 この日午前中にギヨンヴィルへ進み仏第16軍団の左翼を護る予定だったミシェル騎兵師団は、この左翼前方の義勇兵が逃亡して自軍に倍する独軍騎兵が北方に現れたことで、午後に入るとミュゼル(農場。テルミニエの南西2.7キロ)まで後退してしまいます。このため、独軍騎兵が自軍左翼を脅かし始めたことを知ったジョーレギベリ提督は、護国軍1個連隊を割いてヴィルピオンの風車場と城館の間に西を向いて展開させ、自軍左翼側を警戒させるのでした。


 昨日の雪辱に燃えるB第2旅団長フォン・オルフ少将は、敵の圧力が強いボーヴィリエ方面へ増援として歩兵2個大隊を送ると、歩兵5個大隊*を直率しヴィルランに向けて前進を開始しますが、モラル農場とシャルトル~オルレアン旧街道に展開した仏軍より猛銃撃を浴びてしまいました。この際にB第2連隊の諸大隊はモラルの家北方の林で戦うB親衛連隊第5,8中隊によって援護され、この林に入り難を避けます。しかしB第11連隊の諸大隊前方には全く遮蔽がなく、この地で大きな損害を被りました。B第9猟兵大隊も激しい銃撃戦の末弾薬を使い果たし、後退するしかありませんでした。


※オルフ将軍が直率した5個大隊とボーヴィリエへ移動した部隊

*タノンより

・B第2連隊第1、2大隊

・B親衛連隊第9中隊

*ヴィルプレヴォより

・B第11連隊第1、2大隊

・B猟兵第9大隊

*ボーヴィリエへ

・B第2連隊第3大隊

・B猟兵第4大隊


 しかしここでラ・マラドルリ南西地域に展開するB胸甲騎兵旅団と普騎兵第4師団の諸騎砲兵中隊が東進する仏軍の側面や後方を狙って砲撃し始め、続けてB軍諸砲兵も新たにB砲3連の重砲第7中隊と同12ポンド砲第12中隊がタノン南西側に加わって砲撃を倍加させたため、モラルの家はたちまち炎を上げるのです。これで仏軍の銃火が弱まり、B第11連隊兵は砲撃が静まるのを待って突撃を行い、燻るモラルの家とその先の堤道から仏軍を駆逐して貴重な遮蔽拠点を確保したのでした。


挿絵(By みてみん)

バイエルン軍の前進


 このモラルの家東方となるボーヴィリエ周辺では、B軍は仏軍の猛攻に耐えるのに精一杯となっており、仏軍は犠牲を物ともせず、その前衛がシャトー・ドゥ・グリーの庭園間近に迫ったため、この庭園に砲を敷いていたB砲1連の重砲第6中隊とB砲3連の重砲第5,6中隊は砲撃を中止して後方へ陣地転換せざるを得なくなっていました。

 しかし、仏軍はその左翼(北西)後方となるモラルの家をB第2旅団に占領され、その側面に砲撃を浴び始めたため、正面(東)への銃砲撃に陰りを見せ始めます。

 B第2旅団の前進を見たB第1旅団のディートル将軍(B第1師団の指揮も執っていました)は「今が機会」と捉え、ボーヴィリエとシャトー・ドゥ・グリーにあった歩兵大隊のほぼ全力を使用して一斉前進を計り、これは完全に戦闘の「潮目」となって仏ジョーレギベリ師団主力部分の後退を招くのでした。

 正午頃。ディートル将軍麾下の諸隊はモラルの家南東側に並んで展開し、フジューとロアニの仏軍と至近(7、800m)で対峙するのです。


 正午を過ぎると、ここが正念場と心得たシャンジー将軍やジョーレギベリ提督は、疲弊の見え始めた自軍将兵らを叱咤激励し、その散兵線からは更に激しい銃砲撃が独軍前線へ注がれますが、特にB第1師団は良く耐えて後退せず、ただB第4旅団の最左翼にあってロワニの仏軍と銃撃戦を交わしていた3個大隊が長時間の戦闘で弾薬を切らせ、シャトー・ドゥ・グリー内部へ一時後退しました。

 仏ブルディヨン旅団はこの機会を捉えて砲兵の援護射撃の下グリー城館目がけて耕作地を突進しましたが、グリー城館にはB第4旅団将兵が集合しており、近距離から猛烈な一斉射撃を被った仏軍が浮足立った時、その右翼(東)側から新たな普軍部隊が攻撃して来たのです。


☆ 普第17師団のリュモー防御戦


※12月2日・普第17師団の戦闘序列

(正規序列は『独メクレンブルク=シュヴェリーン大公軍のペルシュ地方進撃(前)』を参照下さい)


◇師団前衛支隊 ルドルフ・カール・ハインリッヒ・エンゲルハルト・フォン・マントイフェル大佐(第34旅団長)

○普擲弾兵第89「メクレンブルク」連隊・第1大隊(1個中隊欠)

○普フュージリア第90「メクレンブルク」連隊・第1、3大隊

○普猟兵第14「メクレンブルク」大隊

○普竜騎兵第18「メクレンブルク第2」連隊・第3中隊

○普槍騎兵第11「ブランデンブルク第2」連隊・第2中隊

○普野戦砲兵第9「シュレスヴィヒ=ホルシュタイン」連隊・軽砲第5、重砲第5中隊

○北独第9軍団工兵・第1中隊

◇本隊 男爵フーゴ・カール・エルンスト・フォン・コトヴィッツ少将(第33旅団長)

○普第75「ハンザ第1/ブレーメン」連隊・第1、2、F大隊(1個中隊欠)

○普第76「ハンザ第2/ハンブルク」連隊・第1、2、F大隊(1個中隊欠)

○普槍騎兵第11連隊・第4中隊

○普野戦砲兵第9連隊・軽砲第6、重砲第6中隊

◇師団騎兵 アウグスト・パウル・フォン・カールデン大佐(竜騎兵第17連隊長)

○普竜騎兵第17「メクレンブルク第1」連隊・第1,2,3,4中隊

○普野戦砲兵第9連隊・騎砲兵第1中隊(1個小隊欠)、同騎砲兵第3中隊

※師団所属で本会戦に参加しなかった諸隊

*ル・マン地方の北部から本隊合流に向けて行軍中の支隊

○普擲弾兵第89連隊・第2、3大隊

○普槍騎兵第11連隊・第1,3中隊

○普竜騎兵第18連隊・第1,2,4中隊

○普野戦砲兵第9連隊・騎砲兵第1中隊の1個小隊(2門)

*ナンシー西方のトゥール要塞から本隊合流に向けて行軍中

○普フュージリア第90連隊・第2大隊

*ジャンヴィル(トゥーリーの西北西4キロ)残留

○普擲弾兵第89連隊・第2中隊

*弾薬縦列と糧食縦列、輜重の護衛

○普第75連隊・第4中隊

○普第76連隊・第9中隊


挿絵(By みてみん)

リュモー郊外で戦う普第76連隊フュージリア大隊とフォン・コトヴィッツ将軍(部分)


 この日普第17師団は午前8時頃、サンティリー付近で受領した大公軍命令によってまずは西へバゾッシュ=レ=ゾット(サンティリーの西5.4キロ)を経由し、この地から南下してリュモーへ至るべく前進を開始しました。

 行軍間もなく南西方向から砲声が轟き、師団の騎砲兵2個中隊(10門)は竜騎兵第17連隊第3中隊の援護により砲声の方向へ急進し、午前10時頃、リュモーの北側でシャトー・ドゥ・グリー付近の戦闘に参与し始めました。更に先行し戦場を確認した前衛の竜騎兵中隊は、帰還すると「強力な仏軍部隊がリュモーとベニョーに向かって前進中」と報告し、師団長のトレスコウ中将は前衛の普猟兵第14大隊に対し「東方より普第22師団がやって来るまで死守せよ」とベニョーへ進ませ、前衛の残りは急ぎリュモーへ進みました。

 これは正に普仏どちらが先にリュモーへ到達するかの競争となりますが、最初にこの部落へ到達したのは普フュージリア第90連隊の第1大隊で、急ぎ部落内で戦闘態勢を取ると、すぐさま部落の南端に散兵線を展開、部落の直前まで接近していた仏モランディ師団の前衛と激しい銃撃戦となりました。しかしこれは部落の遮蔽にあった普軍側有利に展開し、仏軍部隊は間もなく退却したのです。

 B軍に代わって普軍部隊が参戦したことを知ったモランディ准将は、ベニョーへの前進を一時中止し、リュモーの敵と全力で対決するためドマンヴィル(リュモーの南南東1.9キロ)とヌヴィリエ(同南西1.8キロ)の間に散兵線を展開させ、更に歩兵の援護下に砲兵を展開させるとリュモーただ一点に絞って榴弾砲撃を開始させたのです。

 対するトレスコウ将軍も師団砲兵4個中隊をリュモー近郊まで進めると、モランディ師団砲兵と対決するのでした。やがてこの砲撃戦には、シャトー・ドゥ・グレー近郊のB軍砲兵も加わるのです。

 この時、普擲弾兵第89連隊の第1大隊は砲兵援護のためにリュモー北郊の庭園内に展開し、付近には普フュージリア第90連隊の第3大隊がリュモー守備の予備として待機しました。同時に普竜騎兵第17連隊の3個中隊は師団左翼(東)外を警戒するのです。


※リュモーの砲撃戦・独軍側参加部隊

*リュモー東郊外

・普軽砲第5中隊

*リュモー西郊外

・普軽砲第6中隊

・普重砲第5,6中隊

*シャトー・ドゥ・グリー付近

・B砲3連/重砲第5,6中隊

・B砲1連/軽砲第4中隊


 仏モランディ師団は30分間に渡って激しい砲撃を行った後、重厚な歩兵数個縦隊によってリュモーを攻撃しました。その先頭散兵群は部落直前まで迫るものの、普軍砲兵による至近距離からの榴弾や榴散弾砲撃と統制された銃撃で突進を止められ、やがて壊乱するとドマンヴィル方向へ撤退して行きました。この時には普第22師団前衛がベニョーに迫り、1個中隊を部落に残した普猟兵第14大隊は戦闘のクライマックスに戦線へ加入し、仏軍撃退に活躍したのでした。


☆ 普第22師団の参戦


 この日午前9時にティヴェルノンで大公軍命令を受領した第22師団長、フォン・ヴィッティヒ少将はベニョーに向けて行軍しますが、リュモーでトレスコウ将軍が戦闘を開始したことを知ると手持ちの砲兵6個中隊を順次リュモーの東側丘陵へ送って戦闘に関与させました。その後、普第44旅団をオヌー(リュモーの東南東1.3キロ)の方向へ前進させ、普第17師団の諸隊と協力して後退する仏軍の追撃に当たらせました。


※12月2日・普第22師団の戦闘序列

◎師団司令部

師団長 男爵フリードリヒ・ヴィルヘルム・ルートヴィヒ・フォン・ヴィッティヒ少将

参謀士官 ヴィルヘルム・フォン・ホルレーベン少佐

副官部 伯爵フォン・シュリッペンバッハ騎兵大尉/フォン・クライスト中尉

従軍者 公爵ゲオルグ・フォン・ザクセン=マイニンゲン=ヒルデブルクハウゼン歩兵大将

ザクセン=マイニンゲン公付武官 男爵フォン・エグロフシュタイン大佐/フォン・エンガー少佐

師団砲兵隊長 フォン・ウスラー少佐


◇普第43旅団 ヘルマン・フォン・コンツキー大佐

○普第32「チューリンゲン第2」連隊(1個中隊欠)(オットー・フォン・フェルスター大佐)※第41旅団を代理指揮しているためフォン・ツァッハー中佐が代行

○普第95「チューリンゲン第6」連隊・第1、2大隊(フリードリヒ・フォン・ベッケドルフ大佐)※負傷のためフォン・コンリング少佐が代行

*付属砲兵

○普野戦砲兵第11「ヘッセン」連隊・軽砲第3,6中隊

○同重砲第3中隊

◇普第44旅団 オットー・ベルンハルト・フォン・シュコップ少将 ※普第21師団を代理指揮しているためアルトゥール・カール・レーブレヒト・マルシャル・フォン・ビーバーシュタイン大佐が代行

○普第83「ヘッセン第3」連隊(マルシャル・フォン・ビーバーシュタイン大佐)※フォン・シュラーンメン少佐が代行

○普第94「チューリンゲン第5/ザクセン大公」連隊(連隊長心得・フォン・パルメンシュタイン中佐)

*付属砲兵

○普野戦砲兵第11連隊・軽砲第4,5中隊

○同重砲第4中隊

○第11軍団工兵・第1、3中隊


※師団所属で本会戦に参加しなかった諸隊

*シャルトル駐屯

○普第95連隊・F大隊

*輜重護衛

○普第32連隊・第8中隊


 普第22師団がベニョーに至ったことで勢い付いた普第17師団は、普第34旅団の5個(第89連隊第1,3,4、第90連隊第10,11)中隊がリュモー南の丘陵を占領し、同時にオヌーへ進んだ普第94連隊の先行散兵群はそこにいた仏軍部隊を攻撃し駆逐するのでした。

 また、普第17師団前衛に従っていた普槍騎兵第11連隊の第2中隊長フォン・マルシャルク騎兵大尉は中隊と共に前線へ躍り出ると、仏軍歩兵と共に前進して来た仏砲兵1個中隊を襲撃し、周囲の歩兵が必死で銃撃を浴びせる中、砲兵を蹂躙するとその砲数門を敵前で奪取することに成功します。この仏軍砲兵中隊はほぼ壊滅し、仏モランディ師団の後退によって残された砲は後続する普軍歩兵によって鹵獲されるのでした。

 この時、オヌーには普第94連隊第2,3中隊が侵入し、既に普軍散兵に叩かれて戦意を失った多くの仏軍落後兵が捕虜となりました。


挿絵(By みてみん)

仏砲兵を襲う普軍槍騎兵(リヒャルト・ノテル画)


 完全に主導権を奪った普第17師団主力と普第94連隊は、リュモー南の風車場(オヌーの西南西700m。現存しません)付近の丘陵に進み、普第22師団の砲兵6個中隊と野戦砲兵第9連隊軽砲第5中隊はここに砲列を敷いて、ドマンヴィルとヌヴィリエ、そしてその間にいた仏モランディ師団を痛撃したのです。この砲列と散兵線後方には普第83連隊と第9軍団工兵2個中隊が集合して予備となり、第32連隊F大隊をベニョーに残して前進して来た普第43旅団はこの左翼(東)後方に集合しました。

 リュモー南高地の普軍砲列(砲42門)の砲撃は強烈で、その有効射程内(3,000m前後)にすっぽり入ってしまった開墾地の仏軍は、普軍砲兵から見れば雪原と泥濘の中ではっきりと識別される容易い目標で、このままでは全滅も免れませんでした。モランディ准将は歯噛みしながら総退却を命じますが、それでも一縷の望みを託して後衛に対し高地への逆襲を命じるのです。しかしこれも冷静に対処する普軍の猛銃砲火で粉砕され、この部隊は犠牲者を雪原に残したまま一気に後退し、師団本隊もまた完全に潰走状態に陥ってテルミニエとエシェルまで退却したのでした。


 テルミニエで自軍団右翼(モランディ師団)の崩壊を見たシャンジー将軍は、この後退援護のため中央のバリー師団予備となってファヴロル(テルミニエの北西2.1キロ)にいた歩兵数個大隊に砲兵数個中隊をテール・ノワール(ヌヴィリエの西南西1.5キロ)へ前進させ、戦線の崩壊を防いだのでした。


挿絵(By みてみん)

テルミニエの教会高塔から戦況を眺めるシャンジー


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