マルス=ラ=トゥールの戦い/大騎兵戦(前)
このフォン・ヴェーデル少将率いる普第38旅団の危機の際、マルス=ラ=トゥールの南東でフォン・デア・ゴルツ大佐率いる普第10軍団砲兵4個中隊の護衛を命じられ、配置に付いたばかりの近衛竜騎兵第1連隊は、ヴェーデル旅団が後退を始めるのを見ると、旅団を救おうと動き始めるのです。
連隊は素早く小隊毎の縦列に整列し、連隊長アーダルベルト・フォン・アウエルスヴァルト大佐の号令一下、ベルダン街道を越えて急進、押し寄せる仏戦列歩兵の東側へ出ようとしました。ところが、マルス=ラ=トゥール部落の北東側には騎兵には走破困難な荒れ地があり、また、騎兵が動いたのを発見した仏軍からは、歩兵より狙いやすい目標である騎兵(背の高さ、大きさ共に2倍以上です)に対し猛射撃が加えられ、その進撃の出鼻が挫かれてしまうのでした。
しかし、フォン・アウエルスヴァルト大佐は第4中隊を予備として部落に留め置くと残り3個中隊を率い、激しい弾雨を冒して荒れ地を慎重に越えると、溢れんばかりの敵歩兵集団に対し突撃して行ったのです。この時、旅団長のW・ブランデンブルク少将も大佐と共に襲撃に加わりました。
この近衛竜騎兵連隊の襲撃に気付いたのが、トロンヴィル森南の小林南側で砲兵護衛としてフォン・デア・ゴルツ大佐の側に控えていた普第4胸甲騎兵連隊の半分(2個中隊)を率いるフォン・クレンスイェルナ少佐でした。
少佐は直ちに2個胸甲騎兵中隊と共に急進しますが、ブリュヴィル南方からミトライユーズ砲の射撃とシャスポー銃の猛射を受けてそれ以上前進することが出来ず、森へと避難するしかありませんでした。
その頃、近衛竜騎兵第1連隊は、普第38旅団の後退する左翼(東)を追撃中の、仏第4軍団グルニエ師団所属の戦列歩兵第13連隊の隊列に突入します。
仏軍歩兵連隊は普軍エリート騎兵の強力な突撃で隊列を乱され、仲間から離れた兵士はたちまち討ち取られ、蹂躙された兵士たちは軍旗の下に集合し、方陣を作って対抗しました。このため仏軍の追撃は打ち切られ、普軍左翼の普第57連隊2個大隊は危機を脱するのです。
普近衛竜騎兵の襲撃は仏軍歩兵に対し執拗に繰り返され、渓谷の東側からトロンヴィル森の西側に躍り出た仏軍歩兵部隊は、普軍騎兵の勢いに押されて徐々に踵を返し、再び渓谷を越えて元の散兵線へと引き上げて行ったのでした。
こうして短いながらも激しい襲撃の後、近衛竜騎兵第1連隊は再び南下してフォン・デア・ゴルツ大佐の砲列を抜け、味方前線内へ帰還しました。
しかしその損害は大きく、指揮官はほとんど全員戦死か重傷を負ってしまいます。
部隊先頭で突撃を指揮した連隊長のフォン・アウエルスヴァルト大佐は腹部に瀕死の銃創を負い、連隊附士官(副隊長格)のゲオルグ・フォン・クライスト少佐、中隊長の伯爵ルイス・フォン・ヴェスタープ大尉、伯爵ゲオルグ・フォン・ヴェスデレン大尉、そして弟系ロイス侯国の侯子、侯爵ハインリヒ17世・ロイス・ツー・ケストリッツ大尉が戦死、彼らを含め士官12名、下士官兵125名、戦闘用馬匹250頭が死傷したのです。3個中隊の襲撃参加ですから人員は三分の一、馬匹は三分の二に及ぶ大損害でした。
(左より)ヴェスタープ大尉,ヴェスデレン大尉,ロイス侯爵ハインリヒ17世
生還したW・ブランデンブルク少将に助け起こされたアウエルスヴァルト連隊長は、苦しい息を絞り出し「国王陛下に神のご加護を!」と叫ぶと、駆け寄った第4中隊長(予備だったため無傷でした)親王ユージン・フォン・ホーエンツォレルン=ジグマリンゲン大尉(戦争の原因となったレオポルト侯の弟、ジグマリンゲン家の四男です)に連隊の指揮を託しました。フォン・アウエルスヴァルト大佐は8月21日夜、ヨハニター=ラツァレット陸軍病院で永眠しています。
アウエルスヴァルト
同じ頃。ヴェーデル旅団の西側、ジャルニー街道の西にある高台(標高240mの高地)では近衛騎砲兵第1中隊と近衛竜騎兵第2連隊第4中隊が進み出て、旅団攻撃の左翼側援護を行っていました。
砲兵中隊は旅団攻撃時、フェルム・ドゥ・グルニエールの農場北に見え隠れしていた仏軍騎兵の集団に対し砲撃を繰り返していましたが、機を見て更に前進し、フェルム・グルニエールに通じる小路とジャルニー街道の分岐点で砲列を敷き直し、渓谷に向かう仏シッセ師団の戦列歩兵に向けて砲撃を再開するのでした。
ところがこの時、突然西側から敵騎兵の襲撃に遭うのです。
襲って来たのは仏アフリカ猟騎兵第2連隊の本隊で、襲撃直前これに気付いた護衛の近衛竜騎兵中隊は、3倍もの敵騎兵に対し怯むことなく真っ向から突撃し、この隙に騎砲中隊はマルス=ラ=トゥールへ逃走する事が出来ました。
仏の騎兵連隊は、普近衛竜騎兵中隊の決死の戦闘と援軍(後述)により引き返しますが、近衛騎兵の損害もまた大きく、先頭に立って戦った中隊長のフォン・ベネッケンドルフ=ヒンデンブルク大尉は重傷を負い、暫く後、息を引き取ったのです。
余談となりますが、二日後、この戦場を一人の中尉が北へと行軍して行き、従兄弟最期の地で黙祷すると、やがて自らも戦うこととなるロレーヌの高原を感慨を持って見渡しました。
近衛歩兵第3連隊第1大隊本営副官のこの中尉こそ44年後、包囲殲滅戦のお手本となったタンネンベルクの戦いに勝利を収め、引き続き第一次大戦中のドイツ帝国軍を主導し、戦後ワイマール共和国大統領となり、生涯の最後に「ボヘミアの伍長」へ政権を委ねたパウル・ルートヴィヒ・ハンス・アントン・フォン・ベネッケンドルフ・ウント・フォン・ヒンデンブルクその人でした。
近衛竜騎兵の戦い(独の絵葉書)
さて、近衛竜騎兵第2連隊第4中隊が壊滅せずに済んだのは、彼らの勇気のためばかりでなく、時機を逸せず救援を行った普軍騎兵部隊の出動にも理由がありました。
近衛竜騎兵第2連隊長で戦前はヴィルヘルム1世直属の副官だった伯爵ラインホルト・フォン・フィンケンシュタイン大佐は、この第4中隊の危機を現場で迎え、既に連隊は全ての中隊が出払っていたので、大佐はヒンデンブルク大尉に後を任せると自ら救援を呼ぶべく南へ愛馬を疾駆させ、一番近くにいた騎5師の竜騎兵第13「シュレスヴィヒ=ホルシュタイン」連隊へ駆け寄ると助太刀を要請したのです。
竜騎兵第13連隊長、グスタフ・カール・シルヴェスター・フォン・ブラウヒッチュ大佐はフィンケンシュタイン大佐の要請を直ちに引き受けて、大佐二人は並んで連隊(4個中隊)の先頭に立つと、連隊は最大速度に馬を走らせ、このマルス=ラ=トゥールの北、ジャルニー街道とその西で行われていた格闘戦に飛び込んだのでした。
仏アフリカ猟騎兵はこのすさまじい一撃を受けると一気に反転、遁走に移りました。その途上、東側を南へ退却中の普第16連隊諸隊から銃撃を浴び、また一部の普軍騎兵からもヴィル=シュル=イロン付近まで追撃されるのです。
ところが、この普軍追撃の騎兵たちがヴィル=シュル=イロンを臨んだ瞬間、後方から高らかに集合合図のラッパ音が鳴り響いたのでした。
それはこの戦いでも最大の敵騎兵部隊の出現に、フォン・ブラウヒッチュ大佐が合図させたものだったのです。
ここで、この仏軍騎兵の登場に至るまでの仏軍の動きを追います。
仏第4軍団長ラドミロー中将は、前日から早朝に掛けての混乱と遅れを取り戻すべく、ブリエ街道を一気に進んでル・ブーフ大将の仏第3軍団の北側を迂回し、バゼーヌ大将に命じられた通りその左翼・西(仏軍の最左翼でもあります)へと進みます。
将軍は目標のドンクール(=レ=コンフラン)に午後1時頃到着し、その後南西2.5キロのビュルヴィル郊外へ進みましたが、将軍は隣の軍団長ル・ブーフ大将と同じく「西側から迫る敵」が気になって仕方がなく、この西側(イロン川方面)の警戒を、現在の情勢では使いようがない騎兵にさせようと考えるのでした。
この時ラドミロー将軍の第4軍団には直属のルグラン騎兵師団があり、すぐ北にはドゥ・バライユ予備騎兵第1師団の一部も待機していました。
この内、ルグラン少将の師団からは竜騎兵第11連隊が歩兵部隊に派遣されており、バライユ少将の師団4個連隊の内、この場にいたのは仏アフリカ猟騎兵第2連隊のみでした。
バライユ予備騎兵「アフリカ」師団の内、マルグリット准将率いる旅団(2個アフリカ猟騎兵連隊)は早朝ナポレオン3世皇帝の護衛として共にこの戦場を離れて西へ向かい(最終的にシャロンに達します)、仏アフリカ猟騎兵第4連隊は元より動員集合が間に合わず、メッスに来ることはありませんでした。
しかしラドミロー将軍の後方には、他にも騎兵部隊がいたのです。
これがグラヴロットからドンクールまで皇帝を護衛したドゥ・フランス准将率いる近衛騎兵第2旅団で、護衛任務が終わった後も同地に残った旅団は、前衛をヴィル=シュル=イロンまで南下させ、北上して来たW・ブランデンブルク少将直卒の普近衛竜騎兵第1連隊と小競り合いを引き起こした後に現在地まで後退したのでした(普19師登場の段参照)。
この併せて6個連隊になる仏軍騎兵は、所属は違うもののこの後ラドミロー将軍が発した命令を受けて行動することとなります。
また、ラドミローに同調したル・ブーフ大将は、第3軍団直属のドゥ・クレランボー少将騎兵師団を普軍攻撃に参加させようとビュルヴィル東郊外へ向かわせました。
☆ラドミロー将軍がマルス=ラ=トゥール騎兵戦に参加させた仏軍騎兵部隊
○フレデリック・ルグラン少将師団(第4軍団騎兵)
*ドゥ・モンテギュ准将旅団
・驃騎兵第2連隊(カルレ大佐)・同第6連隊(ショッセ大佐)
*アンリ・アリスティド・ドゥ・ゴンドルクール准将旅団
・竜騎兵第3連隊(ビオー大佐)
○フランソア・シャルル・ドゥ・バライユ少将師団(予備騎兵第1師団)
・アフリカ猟騎兵第2連隊(ドゥ・ラ・マルティニエール大佐)
○ドゥ・フランス准将旅団(近衛騎兵第2旅団)
・近衛槍騎兵連隊(アンリ・ジャン・バティスト・ドゥ・ラトゥラード大佐)
・近衛竜騎兵連隊(ソトロー・デュパール大佐)
ルグラン将軍
この騎兵6個連隊は普ヴェーデル旅団(第38旅団)の攻撃中、フェルム・グルニエールの農家北側からブリュヴィル西と北郊外に待機していましたが、ラドミロー将軍は普軍歩兵の攻勢を阻止し、逆襲に転じた後も西側が気になって仕方がなく、前進するグルニエ、シッセ両師団の前進側面を援護するため、騎兵部隊の指揮官たちに「渓谷を越えヴィル=シュル=イロン周辺の平野に進出し、西または南より来るはずの敵と戦闘せよ」と命じたのです。
この命令に最初に応じたのがバライユ師団のアフリカ猟騎兵第2連隊で、フェルム・グルニエールの北から西側の渓谷を越え、ヴィル=シュル=イロンの南側で砲撃を行っていた普近衛騎砲第1中隊を襲ったのでした。
続いてルグラン騎兵師団の3個連隊がフェルム・グルニエールの南西で渓谷を続々と越え、これに遅れてド・フランス近衛騎兵旅団がその北から渓谷を渡って西岸に出ました。
これら騎兵はアフリカ猟騎兵が撃退された頃に正面を南に向けるため左旋回し戦列を整え、各連隊は南東から北西に掛けて順番に展開、向かって来る普軍騎兵に対します。
その先頭はルグラン師団のモンテギュ驃騎兵旅団で、フェルム・グルニエールの南西で第7驃騎兵連隊はジャルニー街道を挟み横隊で展開、その左翼(西)に第2驃騎兵連隊が同じく横隊で並びました。
この第2驃騎兵連隊の後方に第3竜騎兵連隊が密集して並び、そのやや北西後方に近衛槍騎兵連隊が同じく密集隊形で、更に北西後方に近衛竜騎兵連隊が、こちらは西と南に2分し密集隊形で待機します。
襲撃を返り討ちに撃退され、後退途中に銃撃も受けて犠牲も出たアフリカ猟騎兵連隊はその北東側まで後退し、隊列を整えていました。
この仏軍騎兵24個中隊3,000騎の前進に対し、普軍もほぼ同数22個中隊3,000騎が立ち向かうのです。
この普軍騎兵は前述通り、ラインバーベン将軍の騎5師配下バルビー旅団とレーデルン旅団騎兵、W・ブランデンブルク将軍配下の近衛竜騎兵第2連隊の2個中隊、第19師団騎兵など、トロンヴィルからピュキュー間に待機していた以下の部隊でした。
☆マルス=ラ=トゥール大騎兵戦に参加した普軍騎兵部隊
○騎兵第5師団(男爵フォン・ラインバーベン中将)
*騎兵第11旅団(アーダルベルト・ローデリヒ・レーヴィン・フォン・バルビー少将)
・槍騎兵第13「ハノーファー第1」連隊(1個中隊欠/フリードリヒ・フォン・シャック大佐)
・胸甲騎兵第4「ヴェストファーレン」連隊(2個中隊欠/フォン・アルニム大佐)
・竜騎兵第19「オルデンブルク」連隊(エルンスト・オットー・フォン・トロータ大佐)
*騎兵第12旅団(フォン・ブレドウ少将)
・竜騎兵第13「シュレスヴィヒ=ホルシュタイン」連隊(グスタフ・カール・シルヴェスター・フォン・ブラウヒッチュ大佐)
*騎兵第13旅団(フォン・レーデルン少将)
・驃騎兵第10「マグデブルク」連隊(1個中隊欠/アドルフ・フォン・ヴァイゼ大佐)
○竜騎兵第16「ハノーファー第2」連隊(アドルフ・フリードリヒ・フォン・ヴァルドウ中佐)
○近衛竜騎兵第2連隊(2個中隊欠/伯爵ラインホルト・フォン・フィンケンシュタイン大佐)
バルビー将軍
この日既にほとんどの部隊が某かの戦いを行い、また多くの部隊から1、2個中隊が派出されていたため員数は足らず、仏軍同様雑多な部隊の寄せ集め、しかも胸甲・竜・槍・驃騎兵と普軍騎兵種全てが揃っているという状況でした。
多少困難であってもそこに敵がいれば、果敢に撃って出るのが普軍のモットーです。
先に近衛竜騎兵中隊と前進したフォン・ブラウヒッチュ大佐の竜騎兵第13連隊は、仏アフリカ猟騎兵連隊を撃退した直後に北方から舞い上がる砂塵を確認します。これを敵の騎兵集団と見切ったブラウヒッチュ大佐は追撃隊を呼び戻し、しっかりと陣を固めて敵の襲来を待ち受けました。その左翼(西)には、フォン・フィンケンシュタイン大佐の近衛竜騎兵第2連隊第4中隊が同じく少なくなった騎兵を再編成し、3個小隊梯団となって繋がります。
一方、この5個中隊の騎兵が敵猟騎兵を撃退したのを見届けたフォン・バルビー少将は、旅団に速歩を取らせて北上させ、マルス=ラ=トゥール部落の東でベルダン街道を渡ろうとしました。しかしこの時間はヴェーデル旅団の後退が続いており、この歩兵集団のために部落右側(東)の通過は不可能と見なしたバルビー将軍は、迷わず旅団を左転回させ、部落南方の原野を駆け抜けると西側へ出、そこでベルダン街道を渡り北に進むのでした。
マルス=ラ=トゥールの北西、ベルダン街道の北側で再集合したバルビー旅団は、左翼(西)に槍騎兵連隊、中央に胸甲騎兵連隊、右翼(東)に竜騎兵連隊がそれぞれ中隊毎の横隊で並びます。この時、南方より北上して来た竜騎兵第16連隊、驃騎兵第10連隊が、その後方第二線として集合整列したのでした。
なお、槍騎兵第13連隊の第1中隊はマルス=ラ=トゥールの東で、後退中のヴェーデル旅団護衛を命じられ、部隊を離れて歩兵の援護に回りました。
この普軍騎兵集団が集合したのが午後6時30分過ぎで、集団の中央にいるバルビー少将には、ブレドウ旅団の竜騎兵第13連隊が再度集合しているのが見え、そのラッパ集合音の知らせる危機が北から迫って来るのも見えていたのです。
各種の普軍騎兵たち




