ヴルトの戦い/レッシュショフェンの陥落
仏マクマオン軍は自軍の三倍に近い兵員を誇る独第三軍に対し善戦して、その配下部隊はどれも勇敢に敵と戦いました。
特に胸甲騎兵や北アフリカ植民地兵は、自ら進んで犠牲となり数倍の敵に対し突撃し散ったのです。
独側は当初、優秀な小銃を持ち陣地に待ち構えた敵に対し、いたずらに突進するばかりで犠牲を増やし、一時は戦意旺盛な敵の逆襲により敗走寸前にまで追い込まれました。それでも数の差は遺憾ともし難く、最後の防衛地フロシュヴァイラーが三方から圧迫され、残る退却路も塞がれようとすると遂に抵抗を止めて後退して行くのでした。
それはまるで、フロシュヴァイラーの高地からレッシュショフェンまで流れ下る川の流れのようで、もう誰にも止めることは出来ませんでした。
仏軍の敗残兵たちは、ヴォージュ山脈からニーデルブロン、レッシュショフェンへ流れるファルケンシュタイナー(バッハ)川とその本流、ガンデルショフェン、メルツヴィラーを経てアグノーへ流れ下るザンセル・デュ・ノール川を越えるまで一目散に西へ西へと後退したのです。
この午後4時から5時にかけて、仏第5軍からこの6日朝にマクマオン軍へ差し向けられたレスパール師団が、ようやくにしてニーデルブロン(=レ=バン)に到着し、フロシュヴァイラーの高地からグロスヴァルトの深い森を抜けて逃亡した仏軍諸兵を収容し始めたのでした。
独第三軍司令官、フリードリヒ皇太子はフロシュヴァイラーでの戦いが沈静化する以前に勝利を確信し、「退却する敵を直ちにその側面から追撃し捕捉せよ」との軍命令を発しました。
これに直ちに反応し追撃を行ったのは、ヴルトの戦い後半から参加した比較的「元気な」部隊で、ほとんどがフロシュヴァイラーの南西側からグロスヴァルト森を進む部隊でした。
炎上するフロシュヴァイラーへ入城するフリードリヒ皇太子
W(ヴュルテンブルク王国)師団はその先鋒であるW第2旅団がレッシュショフェンへ進撃せよとの命令を無視し、砲声の方向へ進んでエルザスハウゼンからフロシュヴァイラーに進んでしまいました。しかし、W騎兵旅団は第11軍団に臨時で貸し出され、ボーズ軍団長の命令でニーダーヴァルト森の南からエバーバッハへ進み、その後グロスヴァルト森を西進しました。
この騎兵部隊は5個騎兵中隊と砲兵1個中隊で編成され、旅団長セーレル少将に率いられていました。彼らは午後2時過ぎ、第11軍の諸部隊が仏軍の逆襲を跳ね返してニーダーヴァルトへ突進するとその後方を通過するようにアルブレヒツホイザー・ホーフまでやって来ます。するとこの地でニーダーヴァルトから追い出される形で出て来た、仏のズアーブ歩兵第3連隊の生き残り400名程度の兵士と遭遇しました。しかし、仏軍の植民地兵は既に戦意を喪失しており、逃亡も不可能と悟るとその場で戦わず騎兵たちに投降したのです。
セーレル将軍は一個中隊のライター(軽騎兵)に捕虜の後送を命じると前進を続けました。しかしその先、エバー川付近から森にかけては戦闘の残骸が障害物となってそれを排除しながら進み、また次々現れる敵敗残兵の処置でなかなか前に進めず、ようやく森から出てレッシュショフェンの町を臨めたのは、既にフロシュヴァイラーが陥落した5時頃となっていました。
W師団の第2陣、W第3旅団は第2旅団に続いてヒルシュロッホ西の森林を抜けている最中にレッシュショフェンへ進むよう命令され、先行してライター騎兵2個中隊と砲兵5個中隊がグンステットの南からアルブレヒツホイザー・ホーフへ向かい、このニーダーヴァルト南高地でW砲兵は一旦停止し騎兵は更にエバー川流域へ進みました。
また、同時刻(午後2時30分頃)には普驃騎兵第14連隊もガンデルショフェンへ向かうよう命令されて、モルスブロンヌからエバー川に沿って北上して行きます。途中、竜騎兵第14連隊の1個中隊を編入し、更にW第3旅団の砲兵と出会った普驃騎兵は1個中隊の参加を求め、W第3旅団の前衛騎兵隊長ヴィルヘルム・カール・エルンスト・ハインリッヒ・フォン・アウジン中佐は快諾して1個砲兵中隊を貸し出したのでした。
この直後、後方からの伝令によりアウジン中佐は、第三軍参謀長フォン・ブルーメンタール中将からの「W師団前衛は速やかな前進を以てレッシュショフェンへ至ることが肝要」との要請を知らされ、中佐は2個中隊の騎兵を疾駆させてシルルノフ(7月25日にバーデン王国騎兵が、若きツェッペリン伯爵に率いられ仏軍パトロールと衝突した同じ場所です)を通過し先行したのです。砲兵4個中隊も高地から降りて続行しようとしましたが、地形と戦闘の残骸に邪魔をされて渋滞してしまうのでした。
この後、W第3旅団と師団予備砲兵隊はエンゲルスホーフ(現・アンジェルフュル/ガンデルショフェン南南東2.3キロ)付近で集合し、ライマースヴィラーから前進して来た師団後衛のW第1旅団もこの日の夜半、追って合流したのでした。
フリードリヒ皇太子は午後1時、最初に統括指揮を執った時にB(バイエルン王国)第2軍団に対し「レッシュショフェンに向かい敵の退路を塞げ」と命じています。
この命令に対しては、軍団長フォン・ハルトマン大将は午後2時30分、ランゲンソウルツバッハで命令を受領し、ちょうど増援としてレンバッハからマテタルへ到着したB第5旅団に対し「貴隊の現在地マテタルより西進しネーヴィラーから更に西へ進んで敵を捕捉せよ」と命令するのでした。この旅団ばかりでなく、ビッチュへの街道に警戒として残置したB第15連隊以外のB第2軍団予備(軽騎兵の残りや槍騎兵旅団、砲兵中隊など)もこの後を追ってフロシュヴァイラーの裏街道を進軍しました。
他にB軍で仏軍敗残兵を追ったのは、前述しましたがB第1師団の第5連隊1、2大隊と軽騎兵第3連隊、そして砲兵1個中隊の支隊で、B第1軍団長フォン・デア・タン大将の命令でレッシュショフェンからニーデルブロンへと追撃を行うのでした。
この他、フリードリヒ皇太子は現在使える軍団唯一の騎兵師団、第4騎兵師団にも追撃を命じようとしましたが、余りにも戦場から離れ過ぎていたため適いませんでした。この師団は改めて「即時グンステットへ向け出立し明日7日早朝払暁に前進開始出来るよう準備せよ」との命が下るのでした。
直接仏の敗残兵を追撃した諸隊はこの6日夕刻、ファルケンシュタイナー川に達する付近で敗残兵と遭遇し、またニーデルブロンに迫った部隊は仏軍の新たな部隊、ファイー中将軍団のレスパール師団と衝突しました。
その最左翼(南)はガンデルショフェンに対した普驃騎兵第14連隊とW砲兵1個中隊で、フォン・ベルヌート大佐に指揮された騎兵5個中隊と砲兵1個中隊はガンデルショフェンを臨むザンセル・デュ・ノール川東岸の高地に至ると河畔付近から銃撃を受けました。
これに構わず大佐が前進を命じると、仏の哨兵は川を渡って退却し、射撃を続行したのです。この時、ベルヌート大佐は北方ファルケンシュタイナー川河畔にある製鉄所(現在も存在。レッシュショフェン南西郊外)に面した東岸で動けない状態に陥った仏軍の敗残兵集団を発見、驃騎兵1個中隊をその東側へ、残りの騎兵4個中隊で川沿い東岸を北上し攻撃を開始しました。
この仏兵に戦意は乏しく、ほんの一部が西岸の製鉄所へ逃げ込みますが、普驃騎兵はこの集団のほぼ全部(200名前後と馬匹250頭余り)を捕虜としたのでした。付近の仏兵がこの集団を救うため普騎兵を攻撃しましたが、これはガンデルショフェン東の高台に砲列を敷いたW砲兵中隊の砲撃が撃退しました。
大佐はここまで肩を並べて戦った竜騎兵中隊(竜騎兵第14連隊所属)を原隊でフロシュヴァイラー付近に野営する普第10師団へ送り返すと、レッッシュショフェン南方からガンデルショフェンの河畔東岸をしっかり抑えて野営に入るのでした。
セーレル少将のW騎兵旅団もまた敗残兵追撃に活躍します。
その先鋒、第3ライター騎兵連隊第1中隊はグロスヴァルト森の西縁を出る際に仏軍の目立つ敗走集団を発見しこれを襲撃、敵は散乱し再び逃走するのでした。
その他グルスヴァルト森を経由して西へ撤退する仏兵は、このW騎兵の2個連隊(W第3,第4ライター騎兵)が森の中を進むとレッシュショフェンへ雪崩れ込むように逃げるのでした。
この騎兵旅団に所属する騎砲兵中隊(砲兵第5中隊)は、エルザスハウゼンからグロスヴァルト森を経由してつながる細い林道に沿って砲列を敷き、その北800~1,200mを並行して走るフロシュヴァイラーからレッシュショフェンへの街道を狙って榴散弾や霰弾の射撃を続けました。これは効果的で、敗残の仏兵はますます戦意を失って危険な街道から側道や開墾地へ散って敗走するのでした。
W第3旅団の前衛でレッシュショフェンへ先行したフォン・アウジン中佐の騎兵2個中隊は、例の製鉄所を迂回してその右手(北東方)を進み、その後方からは騎兵旅団の砲兵中隊が街道砲撃を切り上げて進み、町の東郊外で砲列を敷き直すと市街地へ砲撃を繰り返しました。
レッシュショフェンはこの地方の防衛中心地として数々の防御を成し、塹壕には散兵も配置されましたが、勇猛果敢なW騎兵は躊躇せずに剣を抜き払い、市街地の南から防塞を破壊して街へと飛び込んだのでした。
この町にいた仏軍兵もすっかり戦う気を無くしていて直ぐに降伏し、たった数百騎の騎兵にレッシュショフェンの町は呆気なく陥落してしまいました。ライター騎兵第1連隊のある軍曹は易々とティライヤール兵の軍旗一旒を鹵獲するのです。
また、Wライター騎兵第4連隊の第4中隊は東南方から市街地へ突入しますが、ファルケンシュタイナー川の支流、シュヴァルツ(バッハ)川に架かる橋が落とされていたため騎乗ではこれ以上進めませんでした。中隊のクル少尉は単身で市街地に潜入し、偶然出会ったコンセイユ師団の第1旅団長、ニコライ准将とその幕僚を捕虜にして無事引き返すという殊勲を上げます。
Wライター騎兵第4連隊長、伯爵フォン・ノーマン・エーレンファルツ大佐は2個(第2,3)中隊を率いるとニーデルブロンに続く街道を進み、途中、W第3旅団の前衛、フォン・アウジン中佐の率いる騎兵中隊と出会います。彼らはニーデルブロンとレッシュショフェンの中間で疲労と悪路に砲車が動かず立ち往生していた仏軍砲兵中隊と遭遇してこれと交戦、この仏軍砲兵は戦意衰えておらず猛反撃しますが、W騎兵はなんとか仏軍砲兵を降参させて砲と捕虜を得ましたが、かなりの死傷者を出してしまい、フォン・アウジン中佐も負傷してしまいました。
ノーマン大佐は尚もニーデルブロンの街に接近しますが、仏第5軍団のレスパール師団は既に町の防備を固めて防戦し、W騎兵は途中で東方から接近して来たB軍の歩兵と合同して戦いますが、行軍に疲れているとは言え仏レスパール師団はさすがに敗残兵とは違い、猛烈にシャスポー銃を撃ち返し、また砲兵は榴弾を発射して、午後6時30分過ぎ、ノーマン大佐は自分たちでは歯が立たないと諦めてレッシュショフェンへ引き返したのです。
W騎兵旅団は午後9時、レッシュショフェンの南方で集合し警戒しながら野営に入りました。セーレル少将はグンブレシュトショフェン(ガンデルショフェンの西2キロ)と更に西のツィンスヴィラー(ガンデルショフェンの西北西4.3キロ)へ向け斥候騎兵を放ちます。また、途中で捕まえた仏兵をレッシュショフェンの臨時収容所へ護送しますが、従順を装った一部の捕虜は監視の不意を突いて逃走してしまいます。結局W騎兵旅団は士官2名と下士官兵107名だけを捕虜として後送出来たのでした。
レッシュショフェンから退却する仏兵




