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ヴルトの戦い/皇太子前線へ

 正午を回ってもランゲンソウルツバッハではB(バイエルン)第2軍団の混乱は続いていました。ハルトマン軍団長が第5軍団長キルヒバッハ中将に約束した「共同攻撃」は未だ開始出来る状況ではなかったのです。


 ハルトマン大将が命令したレーバッハ在、B第3師団からの増援1個旅団は行軍準備にもうしばらく掛ります。「遅い」と責めるのは酷なことでしょう。西からやって来るかも知れない敵に対し防御態勢で構えていた部隊が、突如攻撃を前提に前進を命じられたのです。

 また、ランゲンソウルツバッハでは前線から引き揚げて来た部隊で大混乱となっており、未だに後退命令が前進命令へと変更されたことを知らない部隊の後衛は、本隊を後退させるため最前線で仏軍と激闘を続けていました。当然ながら死地を脱して帰還したばかりの兵士は疲労の度が激しく、また銃弾を使い尽した兵士も多数に及び、補給と休養を与えない限り戦える状態ではありませんでした。

 このためハルトマン将軍は、午前中の戦闘で敵と戦い続けた部隊はしばし休養させ、後方に待機していた部隊や、前線でもさほど敵から攻撃を受けないで済んだ部隊を選抜し、まずはそちらから前進せよと命じたのでした。


 命に従い真っ先に出動したのは、B第8旅団所属の第11連隊第3大隊で、後方で待機していた本部2個中隊は、アルテ水車場の南でディーフェンバッハからゲルスドルフの西を北西へ進んで来た普第5軍団第5猟兵大隊と邂逅し、仲良くソウルツ川渓谷を進み、ザーゲ水車場を守備していた第3大隊の残り半分・2個中隊を吸収、そのままソウルツ川を渡河しました。

 一方、ランゲンソウルツバッハの南から森に入って進み、森の縁に沿って残留していた諸部隊の後衛たちを集めながら進んだのはB第5連隊第3大隊でした。

 この部隊はザーゲ水車場から進んで来た第11連隊と普軍猟兵の合同隊と左翼(南)側で接触・連絡し、お互い列線となってフォロシュヴァイラー東高地の森へ侵入しました。

 しかし、フロシュヴァイラーに近付くに連れ、仏軍部隊は森の中に頑丈な防御線を築いており、その散兵から射撃を受けた部隊は釘付け状態となってしまい、戦線はフロシュヴァイラーの遥か東で再び膠着したのでした。


 また、フロシュヴァイラー北のネーヴィラー部落には守備兵が少ない、との情報を引き上げた兵士たちから得たハルトマン将軍は、残り少ない予備部隊から猟兵2個中隊、砲兵1個中隊、軽騎兵1個中隊を集め、フロシュヴァイラー東森の北縁を進ませ、遂にネーヴィラー部落を臨む場所まで送り込むことに成功しました。

 しかし喜びも束の間、既にここにも仏軍が散兵線を敷いていて、部隊は南側の同僚が体験したのと同じ凄まじいシャスポー銃射撃を浴びてしまい、30分間は頑張りましたが弾も残り少なくなったことで一気に後退、追撃を受けたものの辛くも逃げ延び、ランゲンソウルツバッハまで戻ったのでした。


 これで万策尽き、無念のハルトマン将軍はB第3師団からの増援旅団を待つしかありませんでした。


 この6日午前、前線で戦うB第2、普第5、普第11の3個軍団「以外」の第三軍配属部隊も早朝から活動を始め、会戦後半で活躍する部隊もありました。ここでそれら「後半組」部隊の6日早朝から昼時までの動きを記しておきましょう。


 B第1軍団は5日の夜、B第2軍団を右手、普第5軍団を左手として西へ進むよう命令され6日午前6時、B第2旅団に軽騎兵第3連隊と軽砲兵1個中隊(4ポンド砲x6)により前衛を編成し、フォン・オルフ少将指揮でインゴルスハイムの野営場を出立します。

 その目的地、ランベルトロックから直線距離で3キロ東のメメルショフェンを過ぎた辺りから数日前の雨で深い泥濘となっている道により行軍がが滞り、泥まみれの困難な行軍の末に午前10時30分、ようやく目的地ランベルトロックに到着します。

 オルフ少将と同行した上司のB第1師団長、フォン・シュテファン中将は既に午前8時頃から聞こえ始めている西方からの砲声を心配し、西へ進むに連れて激しさを増す銃砲声に急かされる形で行軍を急がせ、ランベルトロックに到着するなり軽騎兵2個中隊に命じて斥候を組織し、前方のホッホヴァルト山地へ派出、味方の前哨がいると思われるマテタル~ゲルスドルフ間までを探らせました。


 B第1師団の残り(第1旅団他)も午前11時には到着し、軍団後続(B第2師団他)もその後方から縦隊を作って続いていました。

 11時30分、シュテファン中将は騎兵斥候を待たずに第1師団をフロシュヴァイラー方面へ進ませる決心をし、オルフ少将に前衛を率いて先行せよ、と命じ、また、本隊を率いていた第1旅団長ディートル少将に書面で命令を送り、師団重砲中隊2個(6ポンド砲x12)を加えて前衛の第2旅団に続行して前進させました。


 B第2旅団はプロイシュドルフとミッチュドルフ間を通過し、午後1時には歩兵部隊がゲルスドルフの南へ、騎兵連隊はゲルスドルフの東に到着します。オルフ将軍は歩兵2個大隊を第一線に、残りはその後方に二つの横隊を成して攻撃態勢を作り、重・軽3個の砲兵中隊はゲルスドルフ南高地に展開させました。遅れて師団砲兵残りの軽砲1個中隊も加わり、これで自然と左翼が普第5軍団砲兵列線と連絡し、南側グンステットの第11軍団砲兵から第5軍団砲兵を経て、一つの長大な砲兵列線となりました。


 B第1旅団も第5軍団が前進した後のプロイシュドルフに至ると、そのままゲルスドルフで第2旅団と合同すべく前進を続けます。

 同じ頃、軍団の残り(B第2師団他)は予定通りロブザンヌに入り待機となりました。

 B第1軍団長、フォン・デア・タン大将は急ぎ前線へ騎行し、午後1時頃にディーフェンバッハのキルヒバッハ中将本営を訪れ、負傷にも関わらず激戦の指揮を執る中将を労り、固く握手をすると戦況を尋ね、今後どのように共同戦線を張るかを協議しました。


 その頃(午後1時)B第2軍団の増援、B第3師団所属の第5旅団と槍騎兵旅団はレーバッハを発し、マテタル到着は30分後と報告していました。


 ヴュルテンベルクとバーデンの合同軍団、「ヴェルダー」軍団はこの日早朝アシュバッハを発して命令通りライマースヴィラーとホーヴィラーに構える野営地へ向かいました。

 先発したのはヴュルテンベルク王国師団で午前6時、行軍距離の短いバーデン師団は午前7時30分に野営地を発しました。


 ヴュルテンベルク師団の前衛は午前9時、ライマースヴィラーの南、シュヴァブヴィラーとベチュドルフ間の南側、広大なハーゲナウ(アグノー)森に面して設けられる野営予定地に到着し、遅れて師団本隊は午前10時ライマースヴィラーに到着します。


 軍団長のアウグスト・フォン・ヴェルダー中将(プロシア軍人です)はヴュルテンベルク師団と共にライマースヴィラーへやって来ると、移動行軍中に気になって仕方のなかった西側から聞こえて来る砲声に対処すべく早速動きます。

 ヴェルダー軍団長は師団長のオーベルニッツ中将(この将軍もプロシア軍人です)に命じ、ヴュルテンベルク(以下、Wとします)歩兵第2旅団から前衛を抽出し砲声のするグンステット方面へ進ませるのです。師団長は第2旅団から猟兵第3大隊と砲兵2個中隊を割かせ、グンステットに向かわせました(午前10時)。


 すると午前11時、隣の第11軍団長フォン・ボーズ中将から「我が軍団は砲声を追ってグンステットへ向かい前進する」との通報が届き、ヴェルダー中将は直ちに部隊の配置と追加の出動を命じたのでした。

 W歩兵第1旅団(歩兵5個大隊・騎兵2個中隊・砲兵1個中隊)は現在地(前衛の野営地)に留まり待機し、もしハーゲナウ森より敵が攻撃して来た場合は現在地を死守するよう命じられます。

 W騎兵旅団(騎兵5個中隊)は伯爵フォン・セーレル少将の指揮下、シュルブールまで前進し、以降普第11軍団長の配下として行動することとされ、シュルブール到着直後にグンステットまで前進することを命じられました。

 W歩兵第2旅団本隊は11時過ぎにグンステットへ向けて出発しますが、途中のシュルブールで第11軍団の輜重部隊による渋滞に巻き込まれてしまい、このままでは到着が遅れると焦った旅団長フォン・スタルクロッフ少将は街道を外れて南西へ進み、シュルブールの西森と南を東へと流れるソエ川との間の田園に集合し戦闘準備を整えました。

 その間に師団に3つある旅団の最後でライマースヴィラーに残留していたW歩兵第3旅団は、ヴェルダー中将から「W師団砲兵隊(砲兵5個中隊)と共にディーフェンバッハまで前進せよ」との直接命令を受け、この支隊は第3旅団長フォン・ヒューゲル少将に率いられて縦隊となり行軍して、午後1時30分に先兵がヒルシュロッホに到達しました。


 ヴェルダー軍団の残り半分、バーデン公国師団は午前中に目的地のホーヴィラーに到着し、前進命令が何時来ても対応出来るよう準備を始めました。

 また、普騎兵第4師団は5日の命令のそのままで、ソウルツ北東2.5キロのシェーネンブルク付近に駐留し続けました。


 前述通り、ヴルトの戦場は午後12時過ぎに膠着状態となり、仏軍のマクマオン将軍は独軍の砲撃に耐えながら防御戦闘に徹し、敵の「息切れ」を待って逆襲のチャンスを窺っており、独軍のB第2軍団と普第11軍団は後方からの援軍を待つしかない状態、そして戦線の中央では、第5軍団が今や決死の突撃を行おうとしていました。


 敵味方共に望んでいなかった6日の戦闘は、独仏の歴史に残る一大会戦となったのです。


 では、この状況に至るまで独第三軍の本営は一体何をしていたのでしょうか?少し時間をさかのぼって見てみましょう。


 8月6日午前6時。

 ソウルツにある第三軍本営では、黎明より前進する各部隊の情報が届くのを待ちながら司令部要員が忙しく立ち働き、斥候の情報や後方輜重の状況などの確認を行っていました。

 司令官のフリードリヒ普皇太子も一体いつ就寝したのかしなかったのか、全く普段通りの堂々とした出立ちで既に机を前に陣取り、傍らにはブルーメンタール参謀長が、戦争中とは思えぬほどゆったりと構えていました。


 すると喧噪の中、遠方より砲声が聞こえます。一瞬司令部内が静まり返り、皆がじっと耳を澄ますと……ズシン……ズシン。早朝の空気を震わせる振動が微かに聞こえました。

「西だな」「ヴルトか?」「キルヒバッハ殿の配下だな?」

 本部の若い参謀や幕僚たちが小声でヒソヒソ話を始めると、参謀長は脇に控えていた若い貴族の参謀士官を呼び、

「ハンケ。ご苦労だがひとつ前線へ行き状況を確認して来てもらえまいか?」

 同時に参謀長は皇太子の顔を伺うと、皇太子は大きく頷き賛意を示しました。フォン・ハンケ参謀少佐は「かしこまりました」と敬礼するや急ぎ本営を走り出て、何時でも使えるよう馬丁が丹念にブラシをかけてあった愛馬に跨がり、颯爽と西へ騎行したのでした。


 ハンケ参謀は午前9時、本営に駆け戻って来ます。愛馬はびっしょり汗をかき息を弾ませ、ハンケ自身も汗だくで疲れ切っていました。彼は汗を拭いつつ皇太子と参謀長に報告します。

 バイエルン軍が南へ前進を始めたらしいこと。第5軍団の前衛がヴルトへ入り敵と戦い始めたこと。キルヒバッハ将軍が自軍団全てに緊急集合をかけたこと。特に軍団全ての砲兵隊がディーフェンバッハ前面に展開中のこと。グンステット方面からも同じく銃砲声が聞こえていること、等々。

 皇太子は眉を顰めると参謀長としばらく鳩首します。そして命じるのでした。

「応戦することなく、かつ新たにこちらから攻撃を行ってはならない。また敵を挑発する行動もしてはならぬ。以上、キルヒバッハ中将に書面にて伝達せよ」


 皇太子は今日6日一日を使い、明日以降マクマオンと堂々と会戦を行うための準備をしようと考え、昨日のうちに命令していました。

 皇太子とブルーメンタール参謀長の考えでは、未だ第三軍は西側を正面とする戦闘陣形になっておらず、また、キルヒバッハの第5軍団が突出して敵と相対し、B第2軍団と第11軍団との間も距離があるため連携が悪く、このまま戦いに移行すると戦力の逐次投入の愚を犯してしまうし、敵が集中しているのなら各個撃破の可能性が生じてしまう、ということです。


 ところが戦闘中止の命令は状況が見えないままB第2軍団にも伝わってしまい、ハルトマンの軍団は貴重な時間を無駄にし、混乱に陥ってしまいました。

 また、キルヒバッハは攻撃中止命令を敢えて無視し、事態拡大を拡大する方向に進んでしまったのです。


 午前11時過ぎ、第三軍本営に「戦闘は継続。南北戦線共に銃砲声鳴り止まず」との報告が届きます。皇太子も参謀長も状況が変わるのを待ちましたが戦いは進展してしまい、正午になって遂に重い腰を上げ、前線に向かうこととしたのです。


 参謀長と幕僚を引き連れ、キルヒバッハがいるというディーフェンバッハに入った皇太子は、将軍を召喚し事情を詰問します。キルヒバッハは、

 戦闘は中止するには遅く、また、ここで中止したなら重大な結果を招くことになり、野戦指揮官の責任上戦闘を止めるわけには行かない。また既に両翼の軍団(B第2、第11)に援助を請い、両翼の盟友は現在も戦い続けている。このまま勝利まで戦い続けさせて欲しい。

 と、切々と訴えたのです。


 静かに聞いていた皇太子は、普墺戦争での配下師団長で、2日前に敵から撃ち抜かれた首筋に包帯を巻き付けながらも、平然と起立しているキルヒバッハの燃えるような眼差しを受けながら黙考していました。

暫くすると皇太子は、傍らのブルーメンタールに尋ねます。攻撃は是か非か、と。参謀長は即座に是とし、その理由として、最早退く時ではなく、かつ無理にでも退けば味方の士気は低下し敵は意気上がってしまう、そうなれば数を頼みの戦いも不利とならざるを得ず、それは全軍に影響を及ぼす、ならば前進あるのみ、としたのです。皇太子も全く同意見であり、頷くと遂に腹を括ったのでした。

 

 午後1時、フリードリヒ皇太子はヴルトを臨む丘陵上に立ち、前方に見える仏軍陣地を見据え、フロシュヴァイラーの教会尖塔を睨むと、一大会戦第2ラウンドの指揮を自ら執り始めたのでした。


挿絵(By みてみん)

ヴルトの戦場に向かう普皇太子

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