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ヴルトの戦い/本官は第5軍団を

 北独第11軍団は第21、第22の2個歩兵師団を基幹とする軍団で、第21師団は4年前までナッサウ公国やヘッセン選帝候国として知られ、普墺戦争の結果プロシア王国に併合されヘッセン=ナッサウ州となった地域から徴兵され、第22師団は旧ヘッセン選帝候国領の一部と旧フランクフルト自由市、小邦が多数入り組んでいるザクセンの北西チューリンゲン地方から参加する部隊であり、他の砲兵や騎兵、猟兵部隊も皆ヘッセン=ナッサウ、チューリンゲン等が出自の、普軍でも少々毛色の変わった軍団と言えます。


 その軍団長は、普墺戦争で第8師団の前衛・第15旅団の指揮官として活躍したユリウス・フォン・ボーズ中将で、7月19日の宣戦布告と共にそれまでの第20(ハノーファー第2)師団長から第11軍団長へと「昇格」した将軍です。

 ボーズの軍団長就任は軍部でも少々「目立った」人事で、先述した(「ドイツの動員と編成」参照)通り普軍上層部は今回の戦争を前に「序列や階級に拘らず実戦での指揮振りが優秀な」将官を高級野戦指揮官に選んだことが分かります。

 軍部の目論見?通り、ボーズ中将は2日前のガイスベルク高地戦で惜しみなく全軍を前線へ持って行こうとしており、普墺戦争で見せた積極果敢、見敵必戦の猛将ぶりの片鱗を覗かせています。


挿絵(By みてみん)

ボーズ(ボーゼ)将軍


 「ヴルトの戦い」前夜、8月5日の宵。ボーズ中将は翌6日の行動を定めた第三軍命令を履行するため、明日の行動を第11軍団命令として発令しました。

 それによれば、

 第21師団本隊はヘルシュロッホの南西郊外に野営し、その前衛を西郊外に置き、さらに前哨をグンステット付近まで進ませて第5軍団左翼と連絡し、

 第22師団本隊はシュルブールを占領しアグノー方面(南)を警戒、その後衛を東へ張り出させヴェルダー軍団との連絡も維持し、

 軍団砲兵は第21師団野営地付近に、輜重はソウルツ近郊で待機、

 となっていました。


 明けて6日、午前6時。

 第21、第22の2個師団は命令通りソウルツ郊外の野営地から動き出し、南西側5キロほど先が目的地の短い行軍を始めました。

 その内右翼を受け持つ第21師団長ハンス・フォン・シャハトマイヤー中将は、ガイスベルク戦でも活躍した第41旅団長、フォン・コブリンスキー大佐を長とする支隊を編成し前衛として先発させました。

 それは第41旅団(第80フュージリア連隊と第87連隊基幹)に驃騎兵第14連隊の2個中隊、軽砲第1中隊、重砲第2中隊、そして若干の付属部隊(衛生兵など)で編成されていました。

 残りの部隊、第42旅団(第82、第88連隊基幹)他は師団本隊となり前衛に続行しましたが、第82連隊の1個大隊は第三軍本営護衛隊としてソウルツに残留しました。

 

 軍団の先頭を行くコブリンスキー大佐は行軍中の午前7時、西方のヴルト方面から砲声が響くのを聞きます。前衛部隊に緊張が走りますが、砲声は直ぐに止み、大佐は気を取り直して予定のへルシュロッホ部落の西にある空き地に到着し、部下に野営準備を命じました。また、命令通り前哨を指定し哨兵を西へ送りますが、その時再び西方より砲声が響き、今度は連続し途切れなかったのです。直後に前哨兵が戻って報告するに、グンステットとソエ川を挟んで対面するニーダーヴァルトの高地に仏軍の陣地があり、現在グンステット守備隊の第5軍団左翼支隊が仏軍と交戦中、とのことでした。

 コブリンスキー前衛隊と行動を共にしていて、隊長と一緒に報告を聞いたシャハトマイヤー師団長は即決します。第80連隊第3大隊は直ちにグンステットへ向かい第5軍団に「助太刀」せよ、残りのコブリンスキー支隊も前進し、野営地の西に広がる森を越え、グンステットの東およそ2キロ地点まで進め、師団砲兵隊の残り2個中隊は直ちに前衛砲兵隊と合流せよ、との命令が下ったのです。


 支隊の本隊は第87連隊3個大隊を攻撃第一線として、第80連隊の第1、第2大隊が第二線、それぞれ第1大隊を左翼として前進します。

 また、前衛砲兵隊を追った師団砲兵2個中隊は前衛隊との合流に成功し、再び1個の砲兵隊となった部隊はこの軍勢の更に左(南)を進んで、森の西縁で一旦停止しました。


 午前8時、グンステットのソエ川を挟んだ対岸の高地に仏軍砲兵が現れ砲列を敷くのが見えると、その左右から湧き出すように仏軍歩兵が現れ、それは見る間に1個大隊(800名)前後に膨れ上がると斜面をグンステット向かって降りるのが80連隊第3大隊の先兵から望見されました。直ちに師団長から「第3大隊に続き前衛支隊はソエ川東岸を防御せよ」との命が下り、コブリンスキー大佐は「前進!」と叫び、前衛は一斉にグンステットの南側街道を西へ突進したのです。

 

 この歩兵の突進と同時に第21師団砲兵隊も馬車を走らせ、大砲の曳き馬に鞭を入れ、急ぎグンステット部落の高地に駆け上がります。そして砲兵陣地には理想的な台地となったグンステット部落北西側の空き地に展開し、急ぎその4個中隊(軽2、重2。計24門)は砲列を敷くと、見る間に増えた対岸高地上の仏軍砲兵およそ5個中隊に対し砲撃を開始したのでした(午前10時頃)。

 仏軍砲兵はミトライユーズ1個中隊と2個4ポンド砲兵中隊をブルッホ水車場の対面高地上に置き、2個4ポンド砲兵をエルザスハウゼンの東側高地の突端角に置き、グンステットと水車場を挟み込む形で砲火を浴びせていました。この砲兵隊は、普軍砲兵が砲撃前には既に遠距離から水車場に砲撃を繰り返していた同じ部隊が前進して来たもののようです。

 この砲撃戦は前述通り、北に砲列線を敷く第5軍団砲兵と共に仏軍陣地を猛砲撃した普軍側に軍配が上がり、仏軍砲兵は沈黙を余儀なくされ、以降、思い出したように間欠的な砲撃に終始しました。普軍砲兵たちは目標を攻め込んで来る仏歩兵に変更し、これがこの後普軍歩兵の頼もしい援護となったのでした。


 第11軍団の前衛、コブリンスキー支隊の方は、およそ4個大隊の兵士が横列で前進し、右翼隊は第87連隊フュージリア大隊に第1大隊の2個(1、2)中隊が加わりオーバードルフへ向かいます。この右翼隊がオーバードルフ付近に達すると、その向かい側ソエ川対岸の西側高地からは砲撃戦の隙を突いて榴弾砲撃が始まり、有効弾が相次いだので隊は散開してそのままシュパヒバッハまで前進しました。この右翼第一線の後方から第二線の第80連隊第2大隊が続き、シュパヒバッハ付近はたちまち普軍の兵士で溢れ、この後は普軍の出撃拠点となって行きました。


 前衛左翼隊は第87連隊第1大隊の残り2個中隊(3、4)がグンステットへ向かい、集合行軍が出遅れていた第87連隊第2大隊がようやく第二線として追い付いて行きました。

 また、第11軍団第二陣の第42旅団(フォン・ティーレ少将指揮)は猟兵第11大隊を切り離し次第に苦戦し始めたグンステット守備隊に対する増援として先行させます。旅団本隊は左翼(南)側に軍団最左翼の警戒部隊として驃騎兵第14連隊を進ませ、全体としては前衛部隊の後方に位置しました。


 午前10時30分過ぎ、シュパヒバッハの前衛右翼隊は仏軍の猛烈な小銃射撃の中ソエ川を渡河します。その際、橋がないところでは兵士は工夫して付近の木を切り倒し即製の橋として利用し進みました。

 しかしシュパヒバッハの対岸は視界が開けていて何の遮蔽物もない場所で、そのままでは撃ち倒されるのを待つだけ、と危ぶんだ士官たちは部下の兵士を鼓舞すると一気に草地をアグノー=ヴルト街道に向けて突進させました。その先はニーダーヴァルトの森で、そこに至れば遮蔽物を得ることが出来ます。

 森の端で散兵線を敷いていた仏軍の前衛部隊は、鬼気迫る普軍の突撃を見て浮き足立ち、白兵戦の後に森林内へ押し込まれ離散してしまいました。森に辿り着いた普軍はそのままニーダーヴァルト森の斜面を驀進し、大隊旗を護衛した中隊と後衛中隊以外は全て街道を越えてアルザスハウゼン方向へ進んで行きました。これを見た後続第二線部隊も川を越えて続行します。

 第一線部隊は右翼がちょうど森に入って来た第5軍団の第一線、第50連隊左翼の第12中隊と接触、連絡し共同でアルザスハウゼンまで駆け上がろうとしました。


 しかし、攻勢もここまでで終わります。第5軍団の第一線がアルザスハウゼンのブドウ園で阻止されたのと時を同じくして、第11軍団第一線も強力な仏軍部隊と衝突し、待ちかまえていた仏軍の強力な十字砲火を浴びた普軍兵士は森の中でバタバタと倒れ傷ついて行きました。それぞれの部隊先頭でピストルやサーベルを振り上げ「前進!」と叫んでいた指揮官たちも例外なく倒されてしまい、それに代わった士官たちも瞬時に倒れてたちまち部隊は指揮官を失い、コントロールを失った部隊は抗戦もままならないまま自然と後退し始めるのです。


 この時を待っていた仏軍は一気に攻勢に出ます。北で第5軍団を跳ね返し逆襲に転じたのと同じタイミング、見事なマクマオン軍の行動で、アルザスハウゼンの南側部隊は二手に分かれて一方が正面からグイグイと斜面を下りつつ普軍部隊を押し返し、もう片方が南へ向かい普軍前衛第一線の側面と一部は背後まで回って猛烈な射撃を浴びせました。

 結果は悲惨で、第一線となっていた第87連隊のおよそ半分(5個中隊)は壊滅的打撃を受け、潰走状態となった部隊は街道を越えても止まらずに川を渡り、シュパヒバッハ部落まで一気に押し返されたのです。

 第二線となっていた第80連隊もこの状況では後退するしかなく、特に右翼第二線となっていた第80連隊第2大隊は87連隊と共に集中砲火を浴び、大隊長のフォン・ショーン少佐は乗馬と共に戦死、代わったフォン・ボルケ大尉も重傷を負い、部隊は恐慌状態でシュパヒバッハまで潰走してしまうのでした。

 川の西岸に踏み留まったのは後衛となっていた第87連隊12中隊だけで、彼らはアグノー街道の側溝を利用して身を隠し、やって来た敵を落ち着いて狙撃して勢いを殺し、敵は森の縁で留まって戦線は一時膠着したのです。これは第5軍団左翼と同じ状況で、どうやら仏軍は開けたソエ川流域まで出ることを止められている様子でした。

挿絵(By みてみん)

第87連隊のソエ川渡河


 第11軍団長フォン・ボーズ中将は午前11時頃、騎乗してグンステット部落に到着します。この時間、前衛右翼隊は激戦の中後退しつつあり、一方の左翼隊は以下の状況になりました。


 前衛コブリンスキー支隊から先発してグンステットに向かった第80連隊第3大隊は、第5軍団の守備隊と接触すると2個(10と11)中隊で部落西端を守備し、残りは部落に入ります。

 追って到着した前衛左翼隊の第87連隊第3と4中隊は、後方から追い付いた同第2大隊と共に第5軍団第50連隊第5中隊が踏ん張るブルッホ水車場付近で待機となり、水車場東のブドウ園まで行軍し待機していた猟兵第11大隊は、水車場の南で街道を守備していた第50連隊第6中隊と共に水車小屋横の仮橋からソエ川を渡河し前進しました。ところが部隊は仏軍の前哨がいた地点を通過してアグノー街道が湾曲した部分に達した瞬間、その左(南)側から激しい銃撃を浴びてしまいその先の森まで進むことが出来ませんでした。次第に増えて圧力を加える仏軍に抗戦仕切れなくなった彼らは急ぎ水車場まで引き上げ、無事友軍陣内へ収容されます。

 追って来た仏軍部隊は、グンステット部落よりブドウ園まで前進していた第50連隊の2個中隊からの一斉射撃で撃退されました。しかし一部は水車場仮橋対岸のホップ畑に潜み、以降仏軍は集中して水車場対岸に展開して東岸で動く兵士を狙撃し続け、それに対抗する普軍も応射を行い、次第に激烈な戦闘となって行きました。

 11時30分には再び仮橋を奪取しようと仏軍が突撃を敢行し、水車場近辺の普軍は必死に防戦に努め、なんとか撃退に成功するのでした。


 ボーズ将軍はこれらの状況を見て、ヘルマン・フォン・ゲルスドルフ中将の第22師団も全ての部隊一斉に前線へ急行せよ、と命じるのです。

 

 この時点(午前11時から12時)での第11軍団前衛(第41旅団主幹)部隊は、

○第87連隊フュージリア大隊・同第1、2中隊 かなりの打撃を受けシュパヒバッハで再編。第12中隊のみソエ川対岸アグノー街道沿いに展開。

○第80連隊第2大隊 同じくシュパヒバッハで再編。

○第80連隊第1大隊 グンステット西郊で砲列を敷く第21師団砲兵隊の護衛任務。

○第80連隊第3大隊 グンステット部落を守備。

○第87連隊第2大隊・同第3、4中隊 グンステットの西ソエ川東岸で待機。

○第11猟兵大隊 第5軍団の第50連隊第2大隊と共にブルッホ水車場付近で再編。

 となっています。


 ブルッホ水車場の戦いが苛烈になる中、第5軍団から伝令士官がやって来ると、キルヒバッハ将軍が戦闘を継続し更に敵陣へ突撃を敢行するので協力して欲しい、という壮絶な決心が明かされました。

 フォン・ボーズ将軍はそれに答え、後にドイツ民衆を湧かせた一言を放ちます。


「本官は決して第5軍団を見捨てない!帰ったらそのように将軍に告げよ」


 ボーズ将軍は副官、参謀たちに対し「直ちに軍団砲兵隊を前進させ、砲列を敷き敵陣を砲撃せよ」と命じると、前進中の第22師団に対し、「速やかに敵陣右翼(南)へ廻り、攻撃を開始せよ」と厳命するのでした。


ヴルト戦場図南1870.8.6


挿絵(By みてみん)


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