表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
142/534

ヴルトの戦い/独第三軍ソウルツへ

 ヴァイセンブルクの戦いに敗退した仏軍兵士たちと普軍の接触は4日夕方途切れてしまいます。但し、第9師団所属の竜騎兵第4連隊が行った偵察結果により、ローターブール(東)やアグノー(南)方面には逃走していないことが確認されたので、その多くは南西ヴルト方向か西ビッチュへ至る街道へ逃げたものと推定されたのです。

 

 敗走する軍隊の退却方向とは通常、主力がいる方向というのが常識ですが、仏軍は師団長を失い、また部隊が三分割(市街地西ペレ准将、高地モンマリー准将、高地の南の騎兵)されていたこともあり、蜘蛛の子を散らすように逃走したとも考えられたため、逃走方向に必ず敵主力がいるとは限りません。

 また、ヴァイセンブルクの南西方向にあるソウルツ=ス=フォレ(独名ズルツ)に敵の部隊がいる状況は、仏軍マクマオン大将の作戦がどこにあるか(つまり敵の側面を突くのか正面拘置か、それともこれは後衛なのか前衛なのか)をますます読み辛くしていました。


 第三軍本営は四日夜、敵情を探り敵主力の位置を明らかとするため明日5日、強力な偵察隊を組織して前面に広く放つことを決定し、また軍の左(東)翼をプファルツからアルザスへと完全に越境させ、敵の主力位置が分かり次第直ちにその方向へ進撃する準備に入りました。


 5日の行動を定めた第三軍命令によれば、

 騎兵第4師団は午前5時に野営地を発ってアルタンスタット付近でロタ川を渡河し、アグノー(独名ハーゲナウ)、スフレンアイム(アグノー東10キロ)、ロッペンハイム(同じく東北東15キロ)及びヴルト(ヴァイセンブルク南西17キロ)、レッシュショフェン(独名ライヒスホーフェン/ソウルツ西16キロ)を中心に偵察活動を行い、

 B(バイエルン)第2軍団は左翼警戒のためビッチュ街道を西へ向かいレンバッハに進出し、

 第11軍団は午前6時に野営地を撤収しソウルツにいるという敵と戦い追い出した後、街の南側に野営、

 第5軍団は敵主力が西にいた場合の前衛となるため、ソウルツの西方7キロのプロイシュドルフへ向かいヴルトの部落に対面し、

 ヴェルダー軍団(ヴュルテンブルクとバーデン合同軍)は午前6時に野営地を発ち、進路を南西に変えてアシュバッハ(ヴァイセンブルク南南東10キロ)へ進出し南に敵主力がいる場合に備え、

 B第1軍団は軍の総予備としてインゴルスハイム(ヴァイセンブルク南8キロ)まで進出し野営待機する、としました。

 軍本営は敵の部隊を追い払った後でソウルツに進出すると予定します。


 8月5日午前5時前。普第4騎兵師団は真っ先にベルンハルト少将率いる騎兵第9旅団と驃騎兵第2連隊(騎兵第10旅団所属)に対し斥候偵察任務を与え、先行させました。

 各部隊は斥候隊を相当数出して西方ソウルツ、南方アグノーと南東ロッペンハイム方面へ向かい、その内驃騎兵2個中隊を割いてフォン・シャウロート大佐が率い長駆レッシュショフェンに向かい、更に1個槍騎兵中隊をヴォージュ山脈沿いの山道に差配してシャウロート隊の南側を南西方向へ進ませました。


 11軍団に先駆けソウルツに向かった偵察部隊は、部落から多少の銃撃を浴びたものの大した抵抗はなく、またアグノー目指してその北に広がる森に接近した旅団主力も抵抗を受けませんでした。

 しかし旅団が森を出て街郊外の北橋に達すると、橋には強力な守備隊がおり普騎兵を銃撃で出迎えました。旅団長のフォン・ベルンハルトは騎兵銃しか武器がない状態ではここまで、と退却に移ります。仏軍部隊が追撃に入りますがこれを振り切った旅団は無事に北へ帰還しました。

 この際ベルンハルトらは、アグノーから汽笛や列車の走行音がひっきりなしに聞こえて来たのを聞いており、仏軍は軍隊の移動を行っているものと推定されました。


挿絵(By みてみん)

アグノー郊外で陸橋と電信柱を爆破する普騎兵第9旅団槍騎兵


 また分派されていた槍騎兵斥候がアグノーの北森の縁に当たるベチュドルフに鹿柴(ろくさい)を見つけ、東のロッペンハイム偵察に分派された驃騎兵は街に少数の守備兵を確認すると引き上げますが、その南のスフレンアイムを偵察した斥候は街の西で敵仏軍兵に遭遇、これを捕虜にしました。捕虜の尋問によると、自分はバーデン師団の前進で圧迫され退却したゼルツにいた部隊の者で、アグノーにはまとまった数の部隊がいる、とのことでした。


 一方、昨日の敵ドゥエー師団の敗残兵が逃走したと思われるビッチュ街道を探った槍騎兵中隊は、ヴァイセンブルク南西のホッホヴァルト山東麓の街道で泥濘の道に残された多数の轍や馬蹄の跡、そして人間の足跡を発見、更に南へ進んでヴルトの南南東2.5キロのグンステット付近でソエ(独名ザウワー)川を渡るとその西高地上に仏軍部隊が野営しているを発見、その手前の街道に仏軍の「同業者」槍騎兵がいるのを望見しました。斥候の普騎兵中隊は果敢に騎兵に向かい疾駆すると、仏軍騎兵は直ちに後退していきましたが、付近に塹壕を掘って隠れていた仏軍前哨兵から射撃を受け、死傷7名と馬2頭損失という損害を受けて退却しました。


 この日最も重要な情報を持ち帰ったのは、レッシュショフェンに向かったシャウロート大佐の斥候隊でした。

 

 レッシュショフェンへ向かうため、早朝アルタンスタットでロタ川を渡り南西に向かった大佐は順調にソエ川に達し、レッシュショフェン手前ヴルトの東郊外で街道の橋が爆破され落とされているのを発見します。

 敵は近いと見た大佐は、2個小隊でヴルト部落を偵察させようと渡河したところ、部隊は部落から銃撃を受け、またその西方高地上から榴弾の砲撃を受けました。その高地上には、かなりの規模の部隊がいるのが望見出来、また村人を尋問するとヴルト近郊には仏第18、第45の2個連隊がおり、他にもランゲンソウルツバッハ(ヴルト北北東3キロ)に3千人程度の兵士がいる、との情報を得るのです。

 この日、普第4騎兵師団は第11軍団の後方、ソウルツの街の北東郊外で野営待機となりました。


 5日午後、騎兵たちが情報を持って続々と帰って来ると、第三軍の参謀部は情報を整理し敵の「陣形」を想定します。

 要すれば、仏軍は主力をソエ川の西に展開し、それはヴルト付近に集中している様子で、他にソウルツからアグノー方面へ逃げた部隊は元よりアグノーに駐在していた部隊と一緒になったと思われますが、これはストラスブールから西へ延びる街道と鉄道を守るための支隊と思われ、昨日の敵はやはりソエ川の西に展開する主力と一体になろうとしている、と考えたのでした。


 これを裏付ける報告はレンバッハに向かったB第2軍団からも入ります。

 早朝にヴァイセンブルクの市街地を発ったハルトマン将軍たちは、レンバッハに向かう街道の至るところで昨日の敗残兵が退却した痕跡を見ることとなりました。例えばヴァイセンブルクの10キロ西で仏軍の拠点となっていたクリンバッハでは、行軍に耐えられず置いて行かれた仏軍負傷兵100名を保護し、その近郊では野営の跡を見付けました。先行した軽騎兵斥候たちの報告では敵の退却進路はレンバッハから南のランゲンソウルツバッハ方面で一致し、これは普第4騎兵師団の報告(彼の地に3千人程度の兵士がいる)と一致、斥候の一隊はマテタル(レンバッハとランゲンソウルツバッハ中間の小部落)でその哨兵と思われる部隊と交戦して敵を退け、この情報を重ねて確認するのでした。


 第11軍団は前日の死闘の地ガイスベルクを発つと軍団長ボーズ中将は、第22師団をアグノーへの鉄道線路上を進ませ、残りの部隊にはリートゼルツからソウルツへ抜ける街道を使用させて進ませました。この軍団は予定通りソウルツへ入りますが既に敵兵はいませんでした。軍団はそのまま前進し、命令通りソウレツの南で野営を始めました。軍団右翼の第21師団は前衛をシュルブールへ、左翼の第22師団は前衛を敵が鹿柴を築いていたベチュドルフ付近に置いて主に南側アグノー方面を警戒するのでした。


 第5軍団も第11軍団を追うように早朝、ガイスベルクを発つと第10師団を右翼(北西)第9師団と軍団砲兵を左翼(南東)にしてプロイシュドルフを目指しました。しかし既に11軍団が先を進んでいたため、ほとんど行軍コースの重なる第5軍団は本街道を避けて脇道に逸れたり、数万人が通った後で泥濘の度が増した本街道を行ったりしますが、彼らは昨日の疲労が取れぬまま、更に疲労を増し苦労しながら進むしかありませんでした。

 昨日頸に小銃弾を受け後送され、一時は命が危ぶまれた軍団長キルヒバッハ中将は、驚異的な精神力で怪我を押し、何食わぬ顔でこの日の行軍列に加わっていました。

 軍団が予定地のプロイシュドルフに到着すると、その3キロほど西にあるヴルト部落へ斥候を送り、午前中に第4騎兵師団の騎兵斥候が受けたのと同じ銃撃を浴びると、軍団の前衛をヴルトに面して西向きに並べる命令を下すのでした。どうやら敵は昨日よりも大きく軍団規模と思われ、その主力はヴルト後方(西)のエルザススハウゼン(ヴルト南南西1.5キロ)からフロシュヴァイラー(ヴルト西街道沿い1.5キロ)に掛けて展開しているものと思われたのです。


 第三軍の左翼でライン川沿いにアルザスを南下しようとしていた「ヴェルダー軍団」はこの5日、ローターブールを発するとアシュバッハ方面へ転進するため、その左翼を護るためにバーデン師団から前衛支隊を二つ、ニエデルロデルヌ(独名ニーダールーデルン/ゼルツ西郊外)とゼルツ方面へ進ませました。

 最左翼の部隊となったバーデン師団の親衛擲弾兵連隊第2大隊と竜騎兵1個中隊はゼルツの北に広がる池の点在する森の北端、ムンヒハウゼンで仏軍哨兵と激突しますが、敵の増援と共にこれをゼルツの街まで撃退し、そのまま市街に突入、僅か5名の負傷で敵を敗走させると正午過ぎにゼルツを占領しました。

 ニエデルロデルヌへ向かった第2擲弾兵連隊第1大隊と騎兵1個中隊は敵に出会うことなくニエデルロデルヌを占領し、南のロッペンハイムに斥候を向かわせました。すると逃げ足の速い敵は既にスフレンアイム方面へ逃走した後で、バーデン師団本隊はこれら前衛の後ろまで進み、エバーバッハ川付近で一時休息しました。

 またヴェルダー軍団の片割れ、ヴュルテンブルク師団はローターブールの西ビエンヴァルトの中でロタ川を渡河し、トリンバッハまで進むと一時休息し、その後バーデン師団と共に西側目的地のアシュバッハ周辺に野営するのでした。


 軍の予備となったB軍第1軍団は、他軍団の行軍の後方を進んだため予定が大幅に狂い、宿営地のインゴルスハイムに最後尾の部隊が到着した時には既に日付が6日に変わろうとしていました。


 第三軍本営はこの日午後、予定通りソウレツの街に入ります。

 この日集約した情報により、敵仏軍主力はソエ川の西にあることを確認出来ました。フリードリヒ皇太子は明日6日、全軍をさらに第5軍団のいるプロイシュドルフ方面に集中させると共に一部を南側アグノーに向け、その行動が終わったら直ちに休息を取らせようと考えていました。決戦はその後の7日と予定したのです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ