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プロシア参謀本部~モルトケの功罪  作者: 小田中 慎
普墺戦争外伝・Lissa
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リッサ海戦(五)

 20日の昼過ぎ1220時。

 オーストリア艦隊司令官テゲトフ提督が「集まれ」との信号旗を掲げて海戦を終了、島の北東沖に進み、ほぼ同時刻、ペルサーノが行方不明(「レ・ディタリア」沈没で戦死したと思われて)のためヴァッカ少将がイタリア装甲艦に対し「集合」を命じ、リッサ島北西沖へ集合を始めた頃。

 オーストリア艦隊の木造艦船の内、大破したペッツ大佐の「カイザー」と、それに従った艦船はサン・ゲオルク湾の沖合までやって来ていました。


 当初、「カイザー」に従ったのは汽帆走フリゲート「エルツヘルツォーク・フリードリヒ」と「アドリア」、砲艦の「フム」「レカ」「ゼーフント」「シュトライター」「ヴァル」外輪推進偵察艦「アンドレアス・ホーファー」でした。更に、イタリア・ヴァッカ戦隊と砲撃戦を行った後で急ぎ追い掛けて来た汽帆走フリゲートの3艦「ラデツキー」「ドナウ」「シュワルツェンベルク」も加わります。


 「カイザー」はボイラーからエンジンに蒸気を送る配管を切断され、しかも煙突を倒されており、甲板に剥き出しとなった煙路から石炭の排煙と火粉が噴き出すため、ボイラーを炊くと燃えやすい木材に着火し危険なこととなり、エンジンは全力を出せません。

 このため「カイザー」は燻ぶる隔壁にポンプで吸い上げた海水を浴びせ、黒焦げ、忘れた頃に再び燃え上がる厄介な廃材を艦外へ棄てながら、出せるぎりぎりの速度でリッサ島サン・ゲオルク湾を目指しました。


 ところがここに厄介で執拗な敵が現れたのです。

 イタリア艦隊旗艦でありながらほとんどの艦長はそれを知らず、ここまで一匹狼同然で戦って来たイタリアの最新鋭艦「アフォンダトーレ」でした。


 ペルサーノ提督は先ほど衝角攻撃を複数回行い、砲撃で重大な障害を与えながらも逃げられてしまったオーストリア唯一の戦列艦をタダでは返すまい、と追って来たのです。

 「アフォンダトーレ」も「カイザー」や他のオーストリア艦から斉射を受け、マストや艦体に損害を受けていました。艦長のフェデリコ・マルチーニ大佐は最後に「パレストロ」を救った「ドラッヘ」への攻撃後に大きく旋回、敵木造艦隊を追いながら破損した索具を継ぎ直し、折れた肋材に添木を当てながらサン・ゲオルク湾口に先回りをし「カイザー」の進路を遮りました。


 ここで「カイザー」と「アフォンダトーレ」最後の戦いが発生します。

 「アフォンダトーレ」は「カイザー」がやって来るのを見つけると直ちに最大戦速を出して迫りました。「カイザー」は舵機の損傷や火災を全く感じさせない動きでこれをかわすと、発射出来る全砲が発砲し、その鉄の嵐のような砲撃は再び「アフォンダトーレ」の艦体を叩き、損傷を与えます。それでもペルサーノは執拗に「カイザー」を狙い続け、再度衝角攻撃を行います。しかし「カイザー」は今回も巧みに変針して攻撃を外し、斉射を繰り返しました。


 そしてペッツ大佐と「カイザー」は独りではありませんでした。

 まずは「カイザー」に付き添う様に進んでいた「フリードリヒ」は「アフォンダトーレ」に対し片舷斉射を繰り返し、それに続いて砲艦「レカ」「ゼーフント」も攻撃に加わります。「アフォンダトーレ」に対する砲撃は次第に大きくなり、「カイザー」に従ったオーストリア木造艦だけでなく、砲撃を聞き付けて駆け付けた装甲艦「ドン・ファン・デ・アウストリア」「プリンツ・オイゲン」も砲撃に参加しました。

 逆にイタリア側はヴァッカ少将の集合命令が浸透し、「アフォンダトーレ」に助太刀しようと駆け付ける艦はありませんでした。


 「アフォンダトーレ」三回目の、そして最後の衝角攻撃は、正しくペルサーノの執念が凝縮したかのような厳しいものとなります。

 四面楚歌のような状態の中、一旦「カイザー」から離れた「アフォンダトーレ」は、オーストリア艦からの集中砲撃を浴びながら突然面舵を切って全速前進、「カイザー」に向けて直角に突進しました。しかしこの渾身の攻撃も後少しの差でかわされて失敗し、「アフォンダトーレ」は300ポンド主砲を放ちつつそのまま西へ、イタリア木造艦の集団アルビニ戦隊の方向へと去って行きます。この最後に連射で放ったうちの三発が「ドン・ファン・デ・アウストリア」に当たり、喫水線下、中部甲板、フォアマストに各一発ずつ、それぞれ浸水を引き起こし、装甲板を剥ぎ、マストをへし折りました。


 しかし「アフォンダトーレ」もこの攻撃で主錨を失い、空弾により甲板を数ヶ所貫通されて破孔を開け、中の一発は下層甲板にまで達して火を発し、乗組員は消火活動に追われました。見送ったペッツ大佐は「カイザー」に最後まで砲撃を続けさせ、「アフォンダトーレ」の低い姿が波間に見えなくなる1.8キロ先まで斉射を行うのでした。


 その後「カイザー」は1315に至ってサン・ゲオルク湾に到着し、リッサ港沖で片舷を湾口に向けて錨を降ろし、万が一敵が湾に現れた場合、片舷斉射で対抗出来るようにしてから、ようやく本格的な消火活動と浸水の排水、応急修理を始めたのでした。

 この「カイザー」には砲艦「レカ」が護衛に付き、残りの木造艦艇は「シュワルツェンベルク」のゲオルク・ミロシュ大佐が率いて第1戦隊(装甲艦部隊)に合流するため島の北へ進みました。

 逆に北から「カイゼリン・エリザベート」がやって来て木造艦艇に対しテゲトフ1220時の命令「集合し縦列を作り旗艦に従うべし」の信号旗を示すと、「カイザー」の救援を行うためリッサに向かいました。


 この1220に於いて下されたテゲトフ提督の命により装甲艦は全てが島の北東沖合に北を向いて縦列を作り並び始めていました。これに「アフォンダトーレ」攻撃に加わっていた「ドン・ファン・デ・アウストリア」「プリンツ・オイゲン」の2艦と木造艦が加わり、その西側に集合しつつあるイタリア艦隊に対しいつでも攻撃態勢を取れるよう待機を始めたのです。


 このオーストリア艦隊が集合する際、漸くと言うか今更と言うのか、リッサ島の南西沖合から砲声が鳴り響き、オーストリア艦隊の西側水面に砲弾が幾つも着水し、無駄な水飛沫を放ちました。海戦中は一切何の行動も取らなかったように見えたイタリア木造艦隊アルビニ戦隊の戦闘艦15隻が一斉に砲撃を開始したのです。しかしその距離は7から9キロは離れており、ほとんどの砲は有効射程外で、居並ぶオーストラリア艦まで届くことはありませんでした。


 さて、手負いの「カイザー」をしとめ損ねた「アフォンダトーレ」は敵主砲の射程外へ脱すると直ちにリッサ島北西に並ぶアルビニ戦隊に向かいます。ペルサーノが見ていると、アルビニ中将は正に戦隊を東へ転回させている最中でした。

 後日の諮問でアルビニは「海戦中は三度も前進して戦闘に加わろうとしたが、その都度敵の装甲艦に邪魔をされ加わることが出来なかった」と申し開きをします。しかし、オーストリア側諸艦の記録によればほとんどがイタリア艦隊の木造艦は動かなかったと記しており、例外として数艦が北上しようと動き砲撃するのを見た、としていますが被害は受けなかったと記録しました。

 つまりは一番アルビニ寄りの証言を採用しても、装甲艦1隻(テルビーレ)を加えた15隻に及ぶ木造艦艇は400門に及ぶ砲を持ちながらも海戦の間、リッサ沖数キロの場所から大して動かず、砲撃はしたものの敵を脅かすには程遠かった、という結論となります。

 これは同じような状況にあったオーストリア艦隊の木造艦が、ペッツ大佐の「カイザー」を筆頭にイタリア装甲艦と積極果敢に戦った姿と比べ、余りにも消極的で対照的な姿と言えます。


 ペルサーノはやる気の見えないアルビノの姿に怒って「アフォンダトーレ」の残ったマストに「進んで敵に向かいその後衛を包囲攻撃せよ」との信号旗を掲げました。これはアルビニばかりでなく集合を始めた装甲艦にも宛てた信号で、続けて「全艦行動自由。敵を追撃せよ」の信号を発しました。

 これは「カイザー」をリッサに届けた後、装甲戦隊と合同しようと北上する「シュワルツェンベルク」を始めとするオーストリア木造艦を攻撃し、少しでも損害を与えようとしたものでした。

 しかし、これに従う艦は少なく、アルビニ戦隊では唯一隻「プリンチペ・ウンベルト」のみが「アフォンダトーレ」に寄って来ただけで、残りはその位置から当たるはずもない長距離射撃を行うだけ、装甲艦もヴァッカ少将の下した「集合」の信号を守って動くことはありませんでした。

 焦ったペルサーノは信号旗を普段は揚げることのないマストの最上部にまで掲げ、木造艦のすぐ近くにまで寄って走り回りましたが、すでに手遅れとなっていました。


 テゲトフ艦隊は「カイザー」と護衛の2艦を除き、全てが島の北東に集合し、装甲艦7隻を防波堤のようにイタリア艦隊のいる西へ並べ、その内側に木造艦を更に二縦列並べ、鉄壁の隊列を成していたのです。

 

 この時、両軍の間にポツンと残るイタリア装甲艦がありました。未だに消火がままならず炎と煙、そして浸水とも戦う「パレストロ」でした。

 テゲトフは煙を盛大に上げつつ何とか西へ変針し、イタリア艦隊に向かおうとする敵艦を見ると、「カイザー・マックス」に対し先回りしてその退路を塞ぐよう命じ、自ら「フェルディナンド・マックス」で「パレストロ」を葬り去ろうとしました。

 ところが、満身創痍とはいえ機関や舵は生きている「パレストロ」は8ノットという遅い速度ながら最大戦速で追いすがる敵を引き離しました。そのまま進めばイタリア艦隊の射程内に入るため、テゲトフも諦めて「カイザー・マックス」を引き返させたのでした。


 「パレストロ」の苦闘は当然ながらイタリア艦隊からも見えていました。ここでアルビニ中将が外輪コルベットの「ゴヴェノーロ」に命じ、「パレストロ」を曳航して艦隊まで引き寄せようと考えます。糧食船の「インデペンデンツァ」も力を貸そうと「パレストロ」に向かいました。


 この時、事ここに至ってもなおペルサーノの怒りは収まらない様子で、「敵に接して一撃せよ」との信号旗をマストの先端に掲げて艦隊の前を走り回っていました。さすがにここまで来るとイタリアの艦長たちもペルサーノが「アフォンダトーレ」に移っていたことを知り、その行動の真意を測りかねて当惑する者、戦闘直前に旗艦を変えるという行動が信じられず驚く者、無責任な行動に内心反発する者と、艦長たちの反応は実に様々でした。

 ペルサーノもやがて「レ・ディタリア」が撃沈されたことを知り、「サン・マルティノ」も損害が大きく、浸水してポンプ作業が欠かせなくなり、また「パレストロ」が大変危険な状態にあることも見て取れるという、提督が艦を移動しなければ海戦中は直卒指揮下にあったこれら諸艦が最も甚大な損害を受けていたことを知ったのでした。


 ここでペルサーノも遂に諦めました。しばし敵艦隊とにらみ合いを続けた後、イタリア艦は体勢を立て直すために次第にリッサ島の西へ移動して行くのでした。

 テゲトフはこれを見ると意外にも追撃を命じず、1400、砲艦を先頭に転回し、「カイザー」の待つサン・ゲオルク湾に向かったのでした。

 これは未だに波が高く、舷側に砲眼を開く昔ながらのスタイルの艦がほとんどのオーストリア艦隊は半分以上の砲が使えず、逆に敵は新型艦が多く、砲撃力は侮れないためテゲトフは、この日はこれ以上の戦いを止めることとしたのでした。


 一方、取り残された形の「パレストロ」に救いの手を伸ばした艦長アントニオ・ゴゴーラ中佐の「ゴヴェノーロ」と「インデペンデンツィア」は「パレストロ」に近付くと、まずはメガホンで「パレストロ」に呼びかけ、曳航索を繰り出すので艦に固定し、乗員は曳航作業員を除き全て「インデペンデンツィア」に移るよう勧告しました。

 ところが「パレストロ」艦長のアルフレッド・カッペリーニ中佐は「艦を預かる身としては、この程度の窮地で艦を捨てる訳に行かず、今は艦を去るときではない」としてこれを拒否、「去りたい者は去るがいい、私はこの艦に残る!」と叫び返したのでした。

挿絵(By みてみん)

カッペリーニ艦長

 この艦長の気迫と闘志に240名余りの乗組員も口々に賛意を示し、誰一人として自ら艦を去ろうとはしませんでした。ただ、病人と負傷者だけが近寄って来た「ゴヴェノーロ」へと移されただけでした。

 ゴゴーラ艦長たちはなおも移乗し艦を捨てるように忠告しますが、カッペリーニらは耳を貸しません。消火活動は休みなしに行われていましたが、火勢は一向に衰えず、燃え盛る炎は近寄る艦を炙り、火の粉を巻き上げる風は付近の艦も危険に巻き込もうとしました。ここで危険を感じた「ゴヴェノーロ」や「インデペンデンツィア」は「パレストロ」から離れます。


 その直後でした。突然巨大な炎が艦の後部から南方に吹き上がると「パレストロ」は文字通り跳ね上がり、ものすごい爆発音と共に艦体は裂けて砕け、破片が四方に吹き飛びました。二つに折れた艦はほんの暫く艦首と艦尾を高く持ち上げていましたが、やがて崩れるように沈み込むと、あっという間に波間へと消えたのです。


 「パレストロ」の火薬庫は既に注水されていましたが、榴弾が格納された弾薬庫には注水されていませんでした。この砲弾に引火して吹き飛んだものと思われます。「パレストロ」は砲撃による歪みや小さな破孔から浸水しており、しかも消火活動のため大量の放水を行っていたので艦内は水が溢れており、これ以上艦を重くする訳に行かなかったので注水出来なかったのでは、と想像されます。

 「ゴヴェノーロ」に移乗した数人の傷病人を除き乗組員全員がこの爆発に巻き込まれ、助かった者は傷病人を入れて士官がたった1名、水兵が19名だけでした。戦死者はカッペリーニ艦長を始め230名に上ります。


 リッサ海戦はこのイタリア艦の悲劇を以て完全に終了しました。時に1430ちょうどでした。


挿絵(By みてみん)


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