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プロシア参謀本部~モルトケの功罪  作者: 小田中 慎
普墺戦争外伝・Lissa
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リッサ海戦(四)

 ほぼ最高戦速で敵装甲艦に体当たりをしたにも関わらず、「フェルディナンド・マックス」の損傷は大したことがありませんでした。せいぜい艦首部で骨材が数本曲がったのと、衝撃により鉄釘や鋲が緩み飛び出して数ヶ所で小規模の漏水が発生した程度で済んだのです。


 勝利の興奮は戦闘中ということもあって直ぐに消え去ります。そして勝者の前には非情な現実が見えて来ました。

 

 重い装甲艦を呑み込む沈没の大渦が消えて行くと、沈む艦と運命を共にしないで済んだ「レ・ディタリア」の生存者が海面に浮かんでいました。その多くが木片や横桁などに掴まり、波間から声を上げて助けを求めています。

 テゲトフを始め、オーストリア側の指揮官たちは直ちに救助を行うよう部下に命じました。

 「フェルディナンド・マックス」ではステルネック艦長が艦載カッターを降ろし人命救助に向かえと命じ、水兵たちは急いでカッターボートを降ろそうとしましたが、見張りが「敵レジーナ・マリア・ピア級、こちらに向けて突進!」と叫び、作業を中止させます。ステルネックは直ちに艦を転回、この衝角攻撃をかわしました。その際、イタリア艦は「F・マックス」の左舷側を通過しましたが、オーストリアの砲手はまだラマー(搾棒)を手に砲弾を込めている最中で、すれ違いざま敵艦は至近距離で発砲しました。皆、着弾を覚悟して首をすくめますが、着弾は一発もありませんでした。砲弾が発てる風切音も聞こえません。なんと敵は空砲を放ったのでした。

 この時、衝角攻撃を掛けて来たのは漸く装甲艦同士の戦いに参加したヴァッカ戦隊の「アンコナ」で、その日誌によれば「敵の木造艦と遠距離且つ連続して撃ち合ったため、重砲(40及び60ポンド砲)の砲弾が残り少なくなり、今後を考え発砲を控える」とありました。

 「アンコナ」はこの一回の攻撃で満足したのか、再び「F・マックス」と相まみえることはありませんでした。


 「レ・ディタリア」の生存者を救おうとしたのは「F・マックス」だけではありませんでした。

 木造艦「カイゼリン・エリザベート」と「ノヴァラ」は「F・マックス」の衝角攻撃時、最も近いところにいましたが、敵「旗艦」が沈むと直ちに救助活動に入ろうとしました。しかし、イタリア装甲艦の1隻が後方から砲撃を続けたため、艦載ボートを降ろすことが出来ず(降ろすには停船するしかなく、止まれば格好の標的です)救助は適いませんでした。

 第3戦隊に属し、「カイザー」の危機を見て駆けつけた汽帆走スクーナー「ケルカ」「ナレンタ」の快速姉妹艦は、「レ・ディタリア」の沈没時には1.2キロ離れた場所にいましたが、自慢の「脚力」を発揮し、機関を全力にして駆けつけます。当然、敵生存者を救助するためでしたが、この2艦にもイタリア装甲艦2隻が迫り、砲撃を加えて来たので救助を諦め、自らを護るため待避するしかありませんでした。


 この結果、多くの「レ・ディタリア」乗組員が救助されずに戦場に残され、その多くは力尽き水面から消えて行ったのです。


 このオーストリア側の救助活動を結果的に妨害し味方を見殺しにしてしまったのは「サン・マルティノ」と「パレストロ」でした。


 艦長以下必死の努力で後部に発生した火災の延焼を防ぎつつ戦う「パレストロ」は、「レ・ディタリア」沈没の前後に迫って来たオーストリア装甲艦「ドラッヘ」と遭遇し一騎打ちとなります。

 「ドラッヘ」代理艦長のマッツォウ中佐は盛大に煙を上げる敵に対し衝角攻撃を狙い突進しますが、「パレストロ」は炎上中とは思えないほど巧みな操艦でこれを避け、両艦は舷側を掠りそうになりながらすれ違います。

 この時、「パレストロ」のカッペリーニ艦長は部下に命じて叫ばせました。「国王陛下万歳!」

 その闘志剥き出しの雄叫びを聞くや、「ドラッヘ」乗組員はお返しとばかりに叫びました。「皇帝陛下万歳!」直後にお互い遠ざかる敵に対し砲弾を見舞うのです。

挿絵(By みてみん)

「ドラッヘ」(衝角がはっきり分かります)


 しかし「パレストロ」の苦難はまだまだ先が見えませんでした。

 「ドラッヘ」は旋回して再び衝角攻撃を掛けようとします。また「カイザー」に続いていた各木造艦も、この盛大に上がる煙が良い目標となり、「ドラッヘ」が攻撃する合間を見て砲撃を繰り返しました。このままでは袋叩き状態で沈没必死の「パレストロ」でしたが、ここで救世主が現れます。

 転回し攻撃態勢を整えた「ドラッヘ」の西側から、異様に細長く乾舷の低い2本煙突艦が突進して来たのです。

 この「アフォンダトーレ」は「カイザー」を攻撃し中破させた後でオーストリアの第2戦隊の間を走り回り、敵木造艦に砲撃を繰り返し、更に衝角攻撃を仕掛けました。しかし、この日は波が高く、舷側に砲眼を開く木造艦は低い砲門を開けることが出来ず、片舷斉射もままなりませんでしたが、同じ波は「アフォンダトーレ」にも襲いかかり、艦を揺さぶり速度を殺し舵の効きを一層悪くして、衝角攻撃は成功するはずもありませんでした。


 この双方じれったくも煮え切らない戦いの後で、「アフォンダトーレ」のペルサーノは「パレストロ」の苦難を望見するのです。

 提督は艦長に命じ、正に「パレストロ」へ突進しようとした敵装甲艦へ衝角攻撃を掛けます。この艦が「ドラッヘ」で、こちらは「アフォンダトーレ」の突進を見るや素早く変針し離れました。双方の装甲艦はお互いの砲を斉射した後に離れて行きます。これを見たオーストリアの木造艦も敵の新鋭艦から距離を置くために離れ始め、「パレストロ」はこの隙に乗じて敵の罠から脱出するのです。

 「パレストロ」はその後、「レ・ディタリア」の沈没地点に集まるオーストリア艦を攻撃するために突進する「サン・マルティノ」と出会い、2隻は並んで敵の集団に突入、それを蹴散らすと、「パレストロ」は再び消火活動と浸水に対抗するため、静かな海面を求めて北東へと進み続け僚艦と別れるのでした。


挿絵(By みてみん)


 ところで、イタリア艦隊の前衛、ヴァッカ戦隊はどうなったのでしょう?


 海戦の口火を切って砲撃を開始、敵装甲艦「ドラッヘ」の艦長を戦死させると言う殊勲を上げ、「ザラマンダー」に当たった一弾も艦橋を破損、そこにいた艦長カール・ケルン大佐や信号手を負傷させ羅針盤を破壊しました。

 しかしそれ以来、海戦を外から眺めているだけ、と言う状況が続きます。

 これはヴァッカ少将の慎重さも災いしていますが、海戦中消極的過ぎた、と結論付けるには可哀そうな部分もありました。

 ヴァッカ提督は敵のペッツ大佐率いる第2戦隊がリボッティ戦隊に突進した時、その後ろから襲撃しようと考えましたが、その前に立ちはだかる敵がいたのです。それがオーストリア第3戦隊で、砲艦「フム」のルートヴィヒ・エーバーレ中佐を戦隊指揮官とするこの小艦の集まりは、ヴァッカ戦隊の直前で二手に分かれ、4隻は南へ、残りは北東に進みます。ヴァッカ少将から見れば、これは前後から挟み打ちをする気だ、と思ったとしても仕方がありません。実際は南下した「フム」を先頭とする「ヴァル」「シュトライター」「アンドレアス・ホーファー」の4隻はペッツ戦隊に手を貸そうと進んだ訳で、ヴァッカ提督からすれば敵の数が少なくなったのですが、この時、戦闘に加わるための取舵(左)を切る決断を下すことが出来ませんでした。


 結局、ヴァッカ戦隊は第3戦隊で最終的に残った6隻や「グライフ」などから執拗で正確な(これらの小艦には速射と砲弾の直進性に優れた24ポンド後装施条砲が装備されていました)砲撃を浴び続け、イタリアの3装甲艦は無視出来ない損害を受けます。当然反撃の斉射を行いますが、相手は小さな砲艦が多く、変針を繰り返して走り回るのでなかなか致命傷を与えることが出来ません。

 「カイザー」が大破して戦列を離れた後では、オーストリア汽帆装(木造)フリゲートが3隻、遠距離から砲艦たちに助太刀します。これは「ラデツキー」「ドナウ」「シュワルツェンベルク」で、これらフリゲートは艦上に追撃と後方対策のため24ポンド後装施条砲を4門、両舷へ旋回出来るように配備していたので、これを使ってイタリア装甲艦を狙い撃ちました。


 当日の波浪の高さは特に砲手たちを苦しめ、照準は揺れて定まらず、固定索から外れ横倒しになる砲や縦揺れで砲身が軸から外れる砲などがあり、双方共に少数の砲だけが散発して砲撃を繰り返していたのです。

 結局、ヴァッカ戦隊は海戦の最盛期に「蚊帳の外」に置かれてしまったのでした。


 さて、この海戦終盤においてイタリア艦に不注意とも思える事故が連続します。


 ヴァッカ戦隊に属しながらも海戦終盤に独自に敵を求めた「アンコナ」は、「フェルディナンド・マックス」と離れて以降、残弾少ない砲を使わずとも衝角攻撃で簡単にしとめられる敵を求めていましたが、味方の「レ・ディ・ポルトガロ」が敵装甲艦複数に追われるのを見て、救助に向かおうと全速を出します。そこへやって来たのは「ヴァレーゼ」で、この艦隊最後尾に付いていた装甲砲艦は「アンコナ」と同じく「レ・ディ・ポルトガロ」を救おうと向かい、お互いを認識した時にはごく至近にいて、しかもその進路は同じでしたから衝突は必至でした。

 鋭い破砕音と共に2隻の装甲艦は舷を叩き合ってしまいます。幸いにもお互いの鋭い衝角は互いを傷付けることなく、衝撃により「ヴァレーゼ」の装甲板が数枚剥離し「アンコナ」にも多少の損害が出た程度でした。しかし、お互いのマストや甲板に張られた索具が落下し絡み合ってしまい、これを外している内に海戦は大方終了となってしまうのです。


 リボッティ戦隊の「レジーナ・マリア・ピア」は手負いの「カイザー」と戦った後、敵を探して旋回していましたが、その間に後方にいた「ヴァレーゼ」が先に行き、艦隊の最後尾となっていました。艦長の侯爵デル・カレット大佐は「ヴァレーゼ」を追って敵を求めますが、僚艦と同様「レ・ディ・ポルトガロ」の窮地に気付き、そちらへ進みました。ところが前方で「ヴァレーゼ」と「アンコナ」が接触事故を起こし、これを大きく回避したために時間をロスしてしまいます。この間に「レ・ディ・ポルトガロ」は自ら危機を脱して離れてしまいます。「マリア・ピア」は尚も敵を追い、オーストリア装甲艦2隻がイタリアの木造艦隊・アルビニ戦隊を狙って南進するのを発見、これに突進し、先頭の艦に対し衝角攻撃を仕掛けますが敵は右舷に急旋回、両艦はすれ違いざま斉射、甲板からは相手側士官を狙った小銃狙撃が交わされました。

 「マリア・ピア」もここで「時間切れ」、戦域を離れ、既にリッサ島の北西沖に集まりつつあった味方装甲艦に追い付こうとしました。ところがここで舵取りを誤り「サン・マルティノ」と接触、ここでも不幸中の幸い、衝角は相手を傷付けず「マリア・ピア」は舷側の装甲板一枚を破損、「サン・マルティノ」の方はもう少し深刻で、艦前部で装甲板が数枚屈曲し漏水が発生していました。


 この時、1210。ちょうどオーストリア側でもテゲトフ提督が「集まれ」の信号旗を掲げ、海戦は一応の終幕を迎えました。

 しかし、戦いで傷付き退いたオーストリアの「カイザー」とイタリアの「パレストロ」には、まだまだ苦難の時が待っていたのです。


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