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死にまくり救世主伝説 ヤヤ  作者: エタりびと
第一章 クリティカル・ループ
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第8話 詰み

 五月四日。引きこもると決めたヤヤの一日は気楽なものだった。

 好きなアニメを見て漫画を読んでインターネットをしてゴロゴロするだけだった。

 もう既に何度も見て知っている内容だが面白いものは面白い。

 どうせ未来なんて来ない。最初から引きこもっていれば良かった。

「ククク、君は前周は色々と忙しかったから、そういう風に怠けているのは久しぶりだな」

「そういえばそうだね。こうやって何も考えずにグータラしてるのは幸せだなぁ。そして明日も明後日もこうやってグダグタできると思うと何だかワクワクしてくるよ」

「何故だろう、後ろ向きなのにすごくイキイキして見えるな」

 そんな他愛もない話をしながら、あっという間に一日を終えた。

 五月五日もそうやって過ごすつもりだった。

 この日もヤヤは昼に起きる。ゴールデンウィーク中だが両親は用事で出かけていた。

 お馴染みのすっかり冷めたご飯を食べる。その様子を横で見ながらトロイはポツリと言った。

「それにしてもこんな日々が毎日続くようだと退屈だな」

「そうかな」

「まあな。何しろ私の前の宿主は来栖ミラだったからな。彼女は一日中予定が詰まっていたのに、何とか時間を作っては自分を磨いていた」

「すごいね。僕じゃとてもそんなことできないよ。息がつまりそう」

「うむ、そう考えると君とミラは何から何まで正反対だな」

 絶えず向上し、励み、前進し続けるミラと。

 絶えず堕落し、諦め、停滞し続けるヤヤとでは。


「怠けものは嫌い?」

 ヤヤは不安げにトロイに聞いた。

「嫌いではないが軽蔑はしているな」

「それ、もっと酷いよ!」

「ククク、冗談だ」


 トロイはミラの事や虚無の事をヤヤに話してから少し雰囲気が柔らかくなったように感じた。だから聞いておこうと思った。

「僕に虚無の事とかを隠してたのはどうして?」

「君の可能性を縮めることをしたくなかった。あんなものがいることを知っていたら最初からあきらめていただろう」

「遅かれ早かれ知ることになれば多分諦めてたと思う」

「それでも自分の目で確かめて自発的に諦めるのと他人に言われて諦めるのとでは違う」

「ふーん。それがトロイのこだわりなんだね」

 ヤヤはもう何周もトロイと共に過ごしていたが、トロイの考え方を知ろうとはしてこなかったことに気付いた。ちょっと話すだけでこんなにも主義が違う。それを話し合うことはとても大切なことなんじゃないかと思った。この悪魔のような姿形をした隣人のことをもっと知りたいと思うようになっていた。多分、いい奴なんだろう。

 するとトロイは顔をしかめた。


「私はそんなのじゃない」

「……また心を読んだね」

「私が君に憑りついているのは単なる嫌がらせだよ。私が憑りつかなければ記憶が残らない。君はループ現象なんて知らないただの少年だったんだ」

「でも僕が『死に戻り』の能力を持っているせいでトロイもループ現象から抜け出せないんでしょ。じゃあ、おあいこでいいよ。一連托生ってやつで。まあこれからずっと引きこもってるつもりだから君の方が退屈で音を上げるんじゃないかな」

「ふっ、君ってやつは」


 トロイは笑った。ヤヤもつられて笑う。二人が共に笑いあったのは初めてだった。

 そしてこの穏やかで、緩やかな、悪く言えば怠惰な時間はいつまでも続くものだと思っていた。

 その時までは。



 部屋の扉が静かに開いた。

 ヤヤは両親がいつの間にかに帰ってきて何か用でもあるのかと思って、気軽に振り返った。

 その瞬間、ヤヤの表情は固まった。トロイもまた唖然として固まった。

 一度聴いたら忘れられない声が。力強い朗々たる声が聞こえてきた。


「こじんまりとした普通の部屋だな。殺人鬼の住む部屋というのはもっと陰鬱としたものを想像していたぞ」

 

 その女性はやたらとスタイルのいい長身を光沢のある漆黒のレザースーツで包み、しなやかで迷いのない足取りでヤヤの部屋に踏み込んだ。圧倒的オーラは光り輝くようで、絵画から抜け出してきたかのような絶世の美しさを持つその笑みには、隠しきれない憎悪と怒りが確かに含まれていた。


 表世界の全てを掌握した若き女帝。奇跡の覇王、来栖ミラがそこにいた。

 

「一体どうして」

 何とか口を開いたヤヤは絞り出すように問うた。怯えるヤヤにミラは堂々と胸を張って答えた。

「どうしてかな?天啓的にお前の名前が閃いた。調べてみたらやはり犯人だった。ただそれだけの事」

「……ありえない」


 来栖ミラには常識が通用しない。ありとあらゆる可能性が彼女の味方をするのだ。

 一度でも見つかってしまえば彼女は離さない。たとえ記憶を失っても、時間を戻されても。




********


「……痛い……痛い……痛い……痛い……痛い……痛い……痛い……痛い……痛い……痛い……痛い……痛い……痛い……痛い……痛い」


 部屋の中では呻くような声と刃物が肉を切り裂く鈍い音がだけがしている。

 ミラによってヤヤは肉体は無残にも切り刻まれていた。


 最初にベッドに押し倒され、手足を杭で打ちつけられて時には悲鳴をあげた。

 助けて、と何度も叫んだ。しかし、近所からは人の気配がしない。いくら叫んでも警察がこない。

「警察は来ないよ。この二日間でそれだけの根回しをしてきた。もう私とお前の二人だけだ。だれも邪魔しない。この私を独占できるのはお前だけだよ。光栄に思え」

 そう言ってミラはその眼を爛々と怪しく輝かせながらゆっくりナイフをヤヤの身体の末端から突き立てていった。

 あまりの痛みに絶叫するも、返り血を浴びたミラは満足そうに微笑むだけだった。

 止血と強心剤を撃ち込またせいで簡単には死ねず、嬲られるように切り刻まれた。

 そして痛覚がなくなり、意識が混濁してきたその時になって、ようやくヤヤの心臓に深々とナイフが突き刺さったのだった。




********



 『死に戻り』が発動した。気付いた時ヤヤは五月三日に戻される。しかし先刻の恐怖でうずくまったままだった。トロイが声を掛ける。


「ヤヤ。しっかりしろ。今すぐここから逃げるんだ」

「……どうして?なんで来栖ミラは記憶を継承しているの」

「奇跡が起こったとしかいいようがない。彼女には往々にしてそういうことが起こる。この周回も彼女は記憶を継承していると考えるべきだ。ヤヤ、早くしろ。また拷問されて死にたいのか!」

 トロイは初めて強い口調で言った。ヤヤはようやく顔を上げた。

「うん、ごめん。もう大丈夫。行こう」


 ヤヤは自分の通帳を持って家を飛び出すとATMで預金を全額下ろして、タクシーに飛び乗った。


「このお金で行けるとこまで行こう。何度も乗り換えれば追跡は難しいはず」


 しかし、二日後の五月五日には捕まった。見も知らない街で黒塗りの車に囲まれた。

 そして連れていかれた先に待っていたのは来栖ミラ。

 前周と全く変わらない憎悪の炎を滾らせた瞳を見て、ヤヤはミラは自分の名前だけを思い出していて、それ以上の事は覚えていないのだと直感した。

 つまりミラは復讐を完遂したことを覚えていないことになる。

 そこからはまた同じような拷問。

 ヤヤは激痛に苛まれながら恐ろしい想像をしていた。

 彼女が復讐を遂げれたことを覚えていないなら、これからずっとこんな風に拷問されて殺され続けることになる。


 そして、また五月三日に戻った。

 ヤヤは思い切って警察に駆け込んで保護してもらおうとした。

 しかし、相手が来栖ミラと聞いて全く信じてもらえず、最終的に追い返された。

 その帰り道に捕まって拷問の末に殺された。五月五日だった。


 今度は山に逃げた。人里離れた森の中でなんとかやり過ごそうとした。

 しかし五月五日には捕まってしまって拷問の末に殺された。


 その次は海辺の洞窟に逃げ込んだ。海に潜ってかわそうとした。

 しかし五月五日には捕まってしまって拷問の末に殺された。


 それからは廃墟のビルに逃げ込んだ。瓦礫の中に隠れて逃れようとした。

 しかし五月五日には捕まってしまって拷問の末に殺された。


 考えうるありとあらゆる所に逃走した。

 しかしその全てが五月五日には捕まってしまって拷問の末に殺された。


 警察もマスコミも来栖財閥の金と人脈の力で封殺されていた。

 誰もヤヤを助けてくれなかった。

 ヤヤは半年後の隕石墜落どころか五月五日までの二日間すら越えられなくなっていた。

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