第4話 二つの出会い
静森ヤヤは初めて参加する立食パーティーに緊張していた。
周りにいる大人たちは皆社会的に成功した年功者ばかりである。その中で高校生のヤヤは明らかに浮いていた。
少し行動に移すのは早すぎたかとも思ったが、もう遅い。やるだけやるしかないのだ。
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ヤヤは来栖ミラと接触したかったが、接点がなかった。
唯一の共通点である同級生という点でも彼女はもうすでに学校に登校すらしていない。
どうすれば彼女に会えるのかとネットで調べた結果、株主総会とは別に彼女は大株主たちと立食パーティーで懇談している記事を目にしたのだった。
「これに出ることができれば彼女に会って話すことができる」
ヤヤは記事を嬉しそうに呟いた。
「しかしどうやって出るのだ。クルスコンツェルンの株はどれも上場企業の中でもトップクラスの高値だぞ」
「お金の件は何とかなるでしょ」
ヤヤは自信ありげな顔をした。
既にヤヤは何回も時間遡行を行っていて、いつどこでどの株価が高騰するかといった情報から為替相場の流れまで知り尽くしていた。
オンライントレードで莫大な利益を得ることは然程難しいことではなかった。
始めのうちは競馬などのギャンブルで稼いでいたのだが、換金の際に未成年であることがネックで変装をしたりするのが煩雑だったし、あまりの露骨な的中率に変な男に絡まれて怖い思いをしたのだった。ヤヤは思い出しただけでも身震いをする。
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あれは二度目にループをした周回だったか。競馬場でレース結果を知り尽くしているヤヤは毎週万馬券を当てまくっていた。
たった一日で以前の人生では見たことのないような大金をせしめて浮かれていたのか動転していたのか、その様子をじっと観察していた男がいたのに気が付かなかった。
「随分と景気がいいな。俺にも次のレースの馬券教えてくれよ」
ヤヤは近づいてきた男に声を掛けられるまでその気配を微塵にも感じていなかったため驚きながら振り返えった。
黒い長髪のかなり大柄な男だ。
身長は180センチ後半はあろうか。
同じ高校にも180センチを超える人間はいるが、この男にはその身長以上の高く感じた。胸板は厚く、腕も太い。それなのに筋肉ダルマという感じではなく均整のとれたスマートな印象を受ける。そして、ネコ科の猛獣のようなしなやかさを持っているようにも見えた。素人目にもそれがそうとう鍛えこまれた肉体だとわかった。
まるで虎だ。ヤヤはそう感じた。
見上げるような形になったヤヤだったが、何より不思議に思ったのは、この男の存在には声を掛けられるまで気付かなかったことだ。これほど長身で圧倒的な存在感を持っているにもかかわらず。男はサングラスをかけているせいでその表情がよく読めなかった。
ヤヤは何か言おうとしても声が出ずに黙っていると男は笑った。
「ふっ、ビビらせてしまったかな。そんなに固くなるなよ。見てると随分と派手なことしてるようだから俺も混ぜて欲しくてね」
「あ、あの、これはたまたま当たっただけで偶然なんです。今日はとても運が良くて……」
「今日は運がいいね。先週も先々週も買った馬券は全部的中しているようだが」
ひっ、思わずヤヤは声を出した。
ずっと見られている!?一体いつから!?
ヤヤの頭の中は疑問と不安で膨れ上がっていた。
「あの馬券の買い方は何が当たるのか予め知っているとしか思えない買い方だったな。まるで未来を見てきたかのような」
男はそういうとニヤリと笑った。
サングラスで見えないがその奥には何でも見通してしまいそうな鋭く怜悧な目線が自分に向いているような気がしてヤヤは怖くなった。
「だから一度俺と組まないか」
「ご、すいません。失礼します」
そういうとヤヤは逃げるように男から駆けだした。男は追いかけようとはせず手を振って笑っていた。
ヤヤは家に帰るとすぐに自分の部屋に入って倒れこむようにベッドに寝そべった。
引きこもりのヤヤにとって外に出るだけでも億劫だったのに予想外の出来事のせいで心身困憊になっていた。
ふと着ていたジャケットのポケットにカサリと乾いた音がしたので何かと取り出してみると一枚の紙切れが入っていた。
そこには走り書きながら読みやすい字で書かれた文字が。
『扇要 連絡先090-XXXX-XXXX』
いつのまにポケットにいれたのだろう。しかし扇要という名前には聞き覚えがあったのでヤヤはネットで調べてみた。
ハッカー兼テロリスト。東京を二日間もの間大停電を起こした犯行グループの一人。
元々は有名なスポーツ選手だったが突然謎の失踪をし、再び現れた際にこの犯行に加担していたらしい。
彼を捕まえようとした警察は秘密裏に住処を特定し、機動隊含めた200人もの人員を動員したのだが取り逃がしてしまったという大失態があった。驚くべきはその内容。突撃した機動隊は確かに扇を確保しようとしたが5人が一度に投げ飛ばされ、10人が一度に蹴散らされたという眉唾物の逸話が残されている。しかしながら超人的な筋力と戦闘技術があることはどうやら本当らしい。
ヤヤはそんなネットの虚実入り混じった記事を読むにつれて背筋が凍るような思いだった。
あれに捕まったら自分はどうされるか分かったものではない。もう競馬場での金儲けはやらないと決めた。というよりギャンブル自体が大金を稼ぐには目立ちすぎる。
そうしてヤヤはもっぱらオンライントレード専門になった。
二周目の人生をやり直すまではいつ扇に襲撃されるかと怯えていたのだが、時間遡行をすることによってヤヤとトロイ以外はその前の周回の記憶を持ち越せないのでそれ以降は安心することができた。
ヤヤはあの連絡先の携帯番号を今でも覚えている。決してかけるつもりはないのだが。
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何周もループ現象を経験することで得た莫大な利益を全てクルスコンツェルンの株につぎ込んだヤヤはパーティーに招かれることができた。
会場に入るまではガードマンに呼び止められたり、戸惑ったりもしたのだが始まってしまえば、あとは来栖ミラに接触するだけだ。その他の人脈は作る必要がない。ヤヤは喋る相手もなく孤立していたが自分にそう言い聞かせて萎えそうな心を奮え立たせた。
今もなお会場では一際浮きまくっているヤヤであった。
「ククク、こんな豪勢なディナーだというのに浮かない顔だな」
トロイは面白そうに声を掛けた。
「当たり前だよ。食べ物が喉に通らないよ」
本当なら今まで食べたことないくらい美味しいんだろうなと思いつつも、他にやることがないのでチビチビと食べることに専念したヤヤであった。
会場がにわかにざわめきだした。ヤヤはそちらの方を向いた。
そこに歩いているのはこのパーティーの主役、来栖ミラ。
彼女は実質的にはクルスコンツェルンの支配者であるが、表向きはただの現社長の養女である。
それゆえにあまり公の場には出てくることが少なく、ヤヤは初めて彼女を見た。
圧倒的なオーラだった。
背筋を伸ばし、ただ歩く姿はそれだけで気高く気品に溢れ、見る者の目を釘付けにする。
パーティドレスは黒を基調にしたシックな出で立ち。
あまり装飾がなく派手に飾らないシンプルな作りにも関わらず、それを着こなす人間でこれほど違うものなのか。
唯一の目立つ装飾品は大きな宝石をあしらった髪飾り。麗しく艶やかな黒髪を結い上げていた。
それによって現れたうなじのなだらかな曲線は歳不相応な妖艶さを彼女にもたらしていた。
あんな綺麗な人は初めて見る。ヤヤは心からそう思った。
ミラは会場にいた一人一人に挨拶をして、その場で少し会話を交わしていた。
その一挙手一投足に目を奪われた。
そうして見つめている彼女と目が合ってしまった。
ミラや一瞬呆気にとられたような表情をしたが、すぐにニコッと微笑んだ。
そして、ヤヤの方に歩いてきた。
ヤヤは緊張した。
間近で見て感じることはそのスタイルの良さ。
ヒールを履いていることを差し引いても一般男性よりも大分背が高い。
足も長くスーパーモデルのような体型だ。
小柄なヤヤでは見上げるような形になってしまう。
「初めまして。あなたが静森ヤヤさんですね」
「えっ!? ど、どうして僕の名を」
いきなり名前を言われてヤヤはひどく驚いたが、よくよく考えてみればわざわざ招待したのだからヤヤの事を知っていてもおかしくない。しかし、すっかり舞い上がっていたヤヤはそこまで考えることはできなかった。
「ふふふ、コンツェルンの大株主が私と同い年なのですからどうしても気になってしまって」
「ああ、そ、そうですか」
「まだお若いのにとても稼いでいらっしゃるのね」
「まぁ、それほどでもありません。」
「ご謙遜を。クルスの株はそう安いものではないのですよ。是非お話を伺いたいものですわ」
これはチャンスだとヤヤは感じた。自分のような平凡な高校生がどうやってミラと親しくなるか、その切っ掛けが一番難しいと感じていたが、向こうから興味を持ってくれた。
「僕が話せることなら何でも話しますよ。何しろ同級生のよしみですから」
「……同級生ですか?」
「ああ、やはりご存じないのですね。実は僕はあなたと同じ学校の同じクラスでもあるんですよ」
「まあ!?本当ですか。確かに私は恥ずかしながらほとんどあの高校にはいっておりませんので知りませんでした」
「ですから僕と来栖さんには物凄く縁があると思うんですよ」
「ふふふ、そうですね。私は忙しくて高校には全然通えていないんですが本当は行きたいんですよ。だから学校のお話もお聞きしたいですね」
「ええ、僕はいつでもOKですよ」
「じゃあまた今度お会いいたしましょう」
やった。次の約束を取り付けたぞ。ヤヤは心の中でガッツポーズをとった。
「ではこれで」
そう会釈をしてミラは次のテーブルへと歩いて行った。去り際に彼女がヤヤの肩に落ちていた毛髪を摘まんでいったことに気付いた人間は誰もいなかった。人間ではないトロイを除いては。
さらにミラはさり気無くウェイターにヤヤのグラスを取り替えさせた。
「やはりこうなるか」
トロイの呟きにヤヤは聞き返した。
「えっなんだって」
「いや、何でもない」
歩いているミラの後姿からはヤヤはその表情をうかがい知ることはできない。
その眼は憎悪の炎に燃えていた。もうそれを隠しきることができなかった。
……あの夢にでてきた男。そして私の全てを奪ったあの少年の面影を確かに残している。
間違いない。そして指紋も毛髪も手に入れた。解析をかければすぐに判明するだろう。
よくも堂々と私の前に姿を現せたものだ。
静森ヤヤ。
私の家族を殺した犯人め。