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死にまくり救世主伝説 ヤヤ  作者: エタりびと
第一章 クリティカル・ループ
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第1話 少年と悪魔と巨大隕石

 五月三日。閑静な住宅街。多くの住民が寝静まった深夜。未だに明かりのついた部屋があった。

 その部屋では一人の小柄な少年が覇気のない目でテレビを見ていた。

 今日が祝日だから夜更かししているわけでなく、彼はいつもこの時間起きている。完全に昼夜逆転した生活を送っていた。

 彼の名は静森 ヤヤ。引きこもりである。

 

 ヤヤは子供のころから周りの子供たちに比べて身体が小さく、引っ込み思案で話すことが苦手だったためよく苛められていた。

 またすぐ諦める癖があり、困難に立ち向かうようなことをしなかった。

 その結果、高校2年になってすぐに不登校になってしまった。

 

 将来に対して不安があった。このままではいけないことはわかっている。

 しかし一度引きこもってしまい、その何もしなくていい甘美な生活を味わってしまったせいで生来の無気力さに拍車がかかって抜け出せなくなってしまっていた。

 高校生とは思えないほどの小柄な身体を伸ばしてテレビのスイッチを消した。


「今回も面白かったな。次回が気になるよ。早く来週にならないかな」


 見ていたアニメが終わった。ヤヤは背伸びをして、それからパソコンを開けた。


「さて実況スレや感想サイトでも見ようかな。……いたっ!」


 指先に軽い衝撃があって、ヤヤは慌てて指を引っ込めた。静電気のような痛みだった。


「もう、冬でもないのに何なんだよ」

「すまない。少し痛かったか」 


 不意に耳元で声がしてヤヤは椅子から飛び上がった。そして後ろを振り返ったがそこには誰もいない。


「えっ何、幻聴?」

「ククク、こっちだ」


 右から聞こえた声にヤヤは横を見ると、まず視認できたのは人の頭ほどの黒い影。コウモリみたいな大きな羽をはばたいて浮かんでいたそれは大きな一つ目の目玉の悪魔だった。

 その姿を完全に認識した時ヤヤはそのまま気を失ってベッドに仰向けで倒れた。 


 ********


「驚かせてすまなかった。まさか失神するとは思わなかった」


 ヤヤは目を覚ますと目玉の悪魔が枕元にいた。

 正直夢じゃないかと思っていたが現実だったことにヤヤは落胆した。


「すこし配慮が足らなかった。危うく君が怪我するところだった」


 そういう目玉の悪魔はこころなしか羽がうな垂れているようにヤヤには見えた。

 そう見えるとこいつはそんなに悪い者じゃないのかもと思えてきた。ヤヤはおずおずと話しかけた。


「き、き、き、き君はだ、だ、だ、だ、だ誰なんだな?」

「……噛みすぎだろう」


 実にヤヤは喋るのが苦手であった。

 目玉は溜息をつくと、自己紹介を始めた。


「私はトロイ。まぁ、そう呼んでいる奴がいるだけで好きなように呼びたまえ」

「じゃ、じゃあトロイで。それで君は一体?」

「私は人工知能にしてコンピュータウイルス。訳があって現実世界に抜け出してきた」

「じ、人工知能が現実世界に抜け出す? そんなことできるの?」

「なぁに、電子回路に侵入するように神経回路に侵入するだけだ」

「か、簡単にいうけどそれってすごいことなんじゃ」

「そうか?」


 ククク、とトロイはくぐもった声で笑った。その笑い方がヤヤには妙に耳に残った。


「さ、さっきと静電気みたいなので僕の中に侵入したの?」

「その通り。今君が見えている私は実際にここにいるのではなく君の脳内が見えているように処理してるだけだ。ただし一度侵入した人間なら私を見るための因子を脳内に残しておくことはできるが」


「そ、そうなんだ。じゃあ他の人には見えないんだ」


 ヤヤは少しだけホッとした。両親にトロイが見えてたら多分卒倒してしまう。するとトロイは口を開いた。


「そんなに両親が心配なら引きこもりをやめて安心させてあげたらいい」

「こ、心が読めるの!」

「君の脳内にいるから多少はね」


 ヤヤは慌てた。考えてることが読まれるのは生理的に嫌だった。


「い、一体何が目的なの? 早く出て行ってよ」

「ククク、何、ちょっと君の身体に確認したいことがあるだけさ」


 トロイは大きな口を禍々しく吊り上げて笑った。


「ぼ、僕の身体に確認したいことって何」


 ヤヤは不安げにトロイに尋ねた。


「今日は5月3日か。じゃあ半年後だな」

「は、半年後?」

「半年後にあることが起きる。その時に君の身体に確認したいことがある。それまで君の身体にいさせてもらう」


「は、はい?」

「それまでは何もしないさ。それに私は基本的に傍観者だからな。まぁ、これからよろしく」

「ちょ、ちょっと待ってよ」

「なんだ?」

「な、なんだじゃなくて色々迷惑だよ!」

「いいだろう? 別に減るモノじゃないし」

「ぼ、僕の自尊心とかどんどん減っていくよ!」


 ヤヤはそれから色々とトロイに脳内から出て行ってもらうように説得にかかったが無駄に終わった。

 トロイがヤヤに憑りついて一体何が確認したいのかすらわからなかった。

 しかしヤヤには怖い者には盲目的に従ってしまう悪癖があったので結局諦めてしまった。


 引きこもりで両親以外と長い間関係を断っているヤヤだったが、その日からトロイの奇妙な共同生活が始まった。とはいってもヤヤの生活環境が変わったわけではない。


「お、おはよう。トロイ~」

「……おはようといってももう昼過ぎなのだが」

「え、えへへ~。まぁ、寝る子は育つっていうし」

「……高校二年ならもう成長期は終わりだろう」

「き、希望の目が潰された……」


 昼夜が逆転しているヤヤは昼過ぎに起き、母親が作ってくれたすっかり冷めてしまった食事をモソモソと食べる。

 父親も母親も仕事に出かけていてこの時間は家に誰もいない。

 しかし、今日からは右肩に新たなる住民である悪魔が一匹とまっていた。

 トロイはヤヤが食べているのをじーっと見ていた。


「み、見られてると気になる」

「気にするな」

「い、いや気になるでしょう。モノを食べる時はね、誰にも邪魔されず、自由でなんというか救われてなきゃあダメなんだよ。独りで静かで豊かで……」

「そうか。気にするな」

「ひ、人の話きいてた!?」


 トロイは基本的に何もせずにヤヤを何やら観察しては、時折質問を投げかけるだけだった。

 トロイはゲームにでてきそうな姿形をしているが、サブカルチャーには疎いらしかった。

 ヤヤが見ている漫画やアニメ、ゲームの事をよく聞いたりした。


 ヤヤは外見上は悪魔そのものなので魂と引き換えに願いを叶えてやるとかそういった定番の提案があるかと思っていたら、そういうことは一切なくて拍子抜けした。


 初めは一日中そばにいて始終観察されていることに対してヤヤは嫌がっていた。

 しかし、トロイは特に何か干渉するようなことはなかった。

 ヤヤを観察することに終始している感じで、悪魔めいた言動で惑わしたり、怯えさせたりはしなかった。

 そのため数日後にはヤヤはすっかりこの生活にも慣れてしまった。


 ********



 それからさらに半年後。

 その日まで特に何も起こらずに、ヤヤはトロイが何でここにいるのかもほとんど忘れていた時に事件は起こった。

 その日もいつも通り昼夜が逆転しているヤヤは昼過ぎに起き、母親が作ってくれたすっかり冷めてしまった朝食をモソモソと食べた。

 その後、部屋に戻っていつも通り、怠惰に一日を過ごし夜になった。


「今日も一日無駄にしてしまったよ。僕なんか死ねばいいのに」


 ついつい自己嫌悪に陥ってヤヤは呟いた。そうするとトロイはニヤリと笑って答えた。


「ククク、良かったな。その願いはもうすぐ叶う」

「え、一体どうしたの、トロイ」

「約束の半年後だ。さて確認をさせてもらうぞ」


「? な、何の話なの」


 ヤヤはすっかりその事を忘れていた。しかしトロイはいつもとは違い不穏な雰囲気をまとわせていることは感じた。


「まあいい、そろそろだ。ちょっと窓を開けてみるがいい」


 トロイは窓を目で見たので、ヤヤは部屋の窓を開けた。

 そしてその光景に唖然となった。


「えっ? ……これは」


 ヤヤの目に映ったのは夜を切り裂く幾筋もの緋色。

 夜空に一面の流れ星だった。

 今までもヤヤは流星群というものを何度か見たことがあった。

 しかしこれはあまりにも規模が大きく、鮮やかで、比べ物にならなかった。


 あまりの光景に恐怖を感じた。

 その瞬間に一筋の巨大な火の玉が横切った。

 隕石だ。

 そして今までに聞いたことのないような大音響を放ち、建物を粉砕した。

 その衝撃波は凄まじくヤヤの顔を出していた窓のガラスはひしゃげて粉々に砕け散った。

 流星は次々と巨大な火の雨となって降り注ぎ、周囲の建物を破壊し始めた。

 人々の悲鳴は目も眩むような炎と、耳をつんざく轟音に掻き消されていった。

 ヤヤは身動き一つとれず、呆然とそれを見ることしかできなかった。


「トロイ。これは一体?」


 そして次の瞬間、彼の目の前に燃え盛る隕石が視野に入り、ヤヤの意識はぷっつりと喪失したのであった。


********


 ヤヤは気が付くと自室のパソコンの前に座っていた。

 衝撃波で荒れ果てていた部屋の中は、何事もなかったように整然としていた。

 窓から外を見たが外の様子もいつもと同じ街並みがあるだけだった。


 さっきの地獄のような光景はなんだったのだろう。

 夢というにはあまりにも臨場感があって、実際に体験したようなリアリティがあった。

 次々に降り注ぐ隕石群。破壊される生まれ育った町。地獄絵図だった。

 あの恐怖は思い出しただけで鼓動が早まるのを感じた。


 不意に横を向くとトロイがそこにいた。ヤヤはおずおずと尋ねた。


「い、今のは一体」

「ククク、なかなか刺激的だったろう」

「あ、悪趣味だと思う」

「まぁ、そうだろうな」

 

 トロイは頭部がないので胴体をお辞儀するような感じで首肯してみせた。

 それにしても暑い。鼓動が早まっているせいか体温が上昇しているのか、汗が気持ち悪いと感じた。

 ヤヤは呼吸を整えながら聞いた。


「い、今のは君が僕に見せた夢か何かなの」

「いいや、違う。私が見せた訳ではない。今しがた起こった事。いや、これから起こる事といった方がいいかな」

「?」


 ヤヤが理解できないという顔をするとトロイはパソコンのディスプレイを羽で指した。

 その羽先には時間が映っていた。それを見たヤヤは、あっ、と小さく叫んだ。


「そんな、これは……」 


 …5月3日。

 明滅しているディスプレイに映し出された日付。

 暑いはずだ。それはヤヤがトロイと出会った日だった。



 ********


「い、今が半年前に戻っている? ……時間が巻き戻っているってことなの」

「ククク、意外と察しがいいな」

「こ、こういう時間遡行物のSFは好きだから」

「ふむ、ラベンダーの香りがするのとか猫がでてくるのとか、確かに色々あるな。私は車のやつが好きなのだが」

「ぼ、僕はひ〇らしあたりが好きかな」

「ほう、そこらへんは知らんな。詳しく」

「は、話が脱線しそうだから後にしよう」

「……そうかね」


 トロイは少し落胆しているようなのだが、ヤヤはさっき起きたことが何なのか知りたかったので話を進めた。


「じゃ、じゃあさっきあったことは現実なの」

「その通り。今から半年後に地球には巨大な隕石が激突する。人類はほぼ全滅するだろうな」


 衝撃的な事実をトロイはさらりと言ってのけた。


「そ、そんな……みんな死ぬなんて……。でも、全滅する『だろう』? ……どうして推論なの」

「あの日に時間が巻き戻ってるから検証しようがない。だがあの隕石群は日本だけでなく、世界中の広範囲で降り注ぐ。十分人類が滅亡するだけの大災害であることはわかるだろう。まぁ、それだけが要因ではないがな」


 ヤヤはあの地獄絵図を思い出した。あれで生き残れる人間などそうはいないだろうと思えた。


「じ、時間を戻したのはトロイなの?」


 トロイは緩やかにかぶりを振った。


「いや、違うな」


 ヤヤは意外に思った。こんなことができるのは目の前の超常的存在であるこの一つ目の悪魔にしかできないと思ったからだ。


「私にそんな大それた力はない。時間が戻った際に記憶を持ったまま戻ることができるだけのささやかな力だ」


 十分すごい能力だろうと内心思いつつもヤヤは尋ねた。


「じゃあ時間遡行を起こしているのは違う誰か」

「そうだな」


 トロイは頷いた。


「私の能力も厳密に定義付ければちょっと違うがな。しかし私と宿主の人間は記憶を持ったまま過去に戻ることができるわけだ。」

「だから僕もさっきのことをおぼえているんだね」

「その通り。そして、この能力のせいで私はもう何度も同じ時間を繰り返している。まぁ、呪いのようなものだ」

「……呪い」


 ヤヤはその言葉をそっと繰り返した。やっと悪魔らしいフレーズがでてきたと思ったらその本人が呪われているのだから世話がない。

 そして、一体トロイはどれくらいやり直しているのだろうか。

 繰り返し同じ時間を過ごす。

 しかも、最後には隕石衝突で人類滅亡とわかっている世界を。

 本当に呪われているとしか言いようがない。

 ヤヤはトロイに対して初めて同情した。


「なんだか可哀想だね」

「そうだろう。だから探したんだよ。どうして時間が戻るのか。その原因を」

 

 そういうとトロイはヤヤを見つめた。なおもトロイは喋り続けた。


「何度も同じ時間を繰り返しているうちに時間遡行現象起こるのには微妙な時間差があることがわかった。

 何か発動条件があるのだろうとあたりを付けていたがまるで雲を掴むような話だった。

 有用な情報を掴むために色々な人間に侵入したが、まったく成果のないままの日々が続いた。

 そんなある日、私の目の前である人間が死んだ。

 隕石落下とは関係なくその人間が死んだときに時間遡行現象が起こった。

 その瞬間を目撃できたことは今思うと幸運だった。

 まさかこの現象が、宇宙全体の時間が巻き戻るという空前絶後の現象がたった一人の人間の能力によって起こっていたとは思いもよらなかった。

 あの時の私の受けた衝撃は君には想像もできまい」


 トロイはその羽を震わせながら笑った。

 ヤヤは背中に猛烈な嫌な予感がせり上がってくるのを感じた。

 ここから先の言葉は聞いてはいけないと第六感が囁きかけたが、衝動的に尋ねてしまった。


「そ、その死んだ人間って。……時間を戻している人間って」

「ククク、君だよ」


 トロイは子供にでも諭すようにゆっくりと、しかし強く断言した。


「君が過去に戻してる張本人だ」


 唖然として呆けているヤヤではあったがトロイはそのまま話し始めた。


「やはり無自覚だったか。多分そうであろうとは思っていたが」


 トロイは羽ばたくと目の前のパソコンの上にとまってヤヤを正面から見下ろす形になった。


「静森ヤヤ、君には時間を戻す能力がある。能力発動は無自覚であり、おそらくは君が絶命した時に自動的に発現するのだろう。確認するために君の身体に侵入したが、確かに君が絶命した瞬間に大きな時間変動を観測した。間違いなく時間遡行の原因は君で確定だ」


 しばらくの間ヤヤは絶句していた。それを見ながらトロイは長々と嘆息した。


「ようやく見つけた。この物語の鍵。全ての物語の扉を開けうるキーパーソン。それが君だ」




 5月3日。この日、引きこもりの少年は電気仕掛けの悪魔と出会った。

 彼らはこれから先、果てしなく長い道のりを旅をすることになる。

 その行く末に何が待ち受けているのか、彼らはまだ知る由もなかった。

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