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第五話 これでおしまい


 『鍵』と『銃』で雌雄を決する【天国ゲーム】。交錯する謀略と虚々実々の罠。陥穽。

 雪見鏡一(ゆきみきょういち)が提唱した策をいとも容易く破った鳥井巫女(とりいみこ)。今まで絶妙に保たれていた均衡は、鳥井の発言によって大きく傾き始める。


 ふたたび勢力を強める『銃』グループ。鳥井が打ち出した策は最善でもあり――あまりにも最悪なものだった。

 その内容は、総勢『8』人のプレイヤーから『2』人を『銃』で殺害するという、恐るべき計略だった。これにより、残された『6』人は百パーセント賞金を獲得することができ、現実世界からの離脱が可能となる。だが、それには『2』人の犠牲がいるのだ――


 『8』-『2』=『6』。

 『6』=『2』+『4』。


 人知の及ばぬ方程式は実証されつつあった。銃殺される二人はそのまま朽ち果て、残りの『6』人の内『2』人は二億円の扉を通過し『4』人は一億円の扉を通過する。全ては予定調和。プレイヤー達は完全に鳥井の術中に嵌まっていた。


 そして、湧きあがる悪魔の提案。


 ――誰を殺すか。


 焦点はそこにのみ絞られ、プレイヤー達は猜疑の不協和音を奏でる。


 『鍵』と『銃』で繰り広げられる【天国ゲーム】。

 その主導権は鳥井巫女の手中に収まっていた。



          ◆◆◆



「審判の時間よ。貴方達には二つの選択肢しかないわ。私達と同盟を組むか、反抗して射殺されるか。殺すのは別に誰だっていいのよ。ねぇ、夏目(なつめ)さん?」


 ぶくりと背筋を震わせる夏目。怯えを含んだ眼が鳥井を捉えた。


「じ、条件がある。まず、俺だけは絶対に撃つな。そして、俺の『鍵』を奪うな。それを約束しろ」


「いいわ。約束する」


「絶対だぞ。そのかわりに南京錠は開ける。これでいいだろ」


「そう、それでいいわ」


 慌てて止めようとするが、佐伯(さえき)の銃口が不意にこちらの方を向く。


「なんなら、お前から天国に行くか?」


 と言い、【天国ゲーム】だけになとも言った。


 俺は動くことも喋ることもできず、その場に佇立するだけだった。


 その間にも夏目は南京錠が掛かっている『2』と『4』の扉へと歩を進める。着々。誰も動かない。

 

 ガチャガチャと施錠する音。夏目は本当に南京錠を解除したらしい。小気味良い金属音とともに、合金製の鎖が床に落ちた。それが二回。これによって、『2』と『4』の扉は完全に行き来可能になった。もっとも、この部屋に帰ってくることは二度とないと思うが。


「あ、開けたぞ。これで文句はないだろ」


「ふふふ、ありがとう。そして――さようなら」


 鳥井は予備動作もなく、夏目に銃口を突き付けた。


「お、おいっ! 話が違うだろ! 早くそれを下せ!」


「残念だけど、もう貴方達に用はないわ。夏目さん。いきなりだけど『鍵』を下さらないかしら」


「はぁ?!」


 夏目が突飛に大声を出す。


「そ、そんな。理不尽ですよ。夏目さんはちゃんと南京錠を開けたのに――」


「甘いわね。そんな簡単に妥協すると思う? 呪うなら愚かな自分の呪いなさい」


 鳥井は音原(おとはら)さんに向かって哄笑を上げる。


「――確かに、俺達は思慮が浅かったかもしれない」


「雪見さん!」


「いや、鳥井の言うとおりだ。実際、鳥井の言う策も詭弁だったんだよ。よくよく考えてみれば、鳥井の必勝法。もし、鳥井が『鍵』を持つ俺を撃ったとする。とするとどうだ? 残るのは『鍵』も『銃』もない鳥井と、『銃』を持つ佐伯。このままいったら完全に佐伯の独裁政治の始まり。抑制し合っていた二つの『銃』体制は間違いなく崩壊する。そうなったら、鳥井が漬けこむ隙はないんだよ。かといって、佐伯もそれは承知の上だから――結局のところ、鳥井と佐伯は『銃』を使うことはない。つまり、()()()()()()()()()。これは一時のパニックと生存本能に訴えるだけの稚拙な必勝法ってわけさ」


「そういうこと。子供の割には随分と頭が切れるじゃない」 


 そう称賛しながらも、鳥井は嘲笑するような笑みを浮かべる。


「――だけど、気付くのが遅すぎたわね、雪見君。もう手遅れよ」


「これからは一方的な命令になる。さて、誰の『鍵』を貰おうかな?」


 といって、蛇のようにぎろりと周りを見る。

 佐伯が捉えたのは――


「まずはあんたにしようか。本居(もとおり)さん?」


 恐怖のあまり、身を震わせる本居。佐伯の進行にどうすることもできず、かちかちと歯を鳴らす。


「ま、待ってください!」


 音原さんが不意に胸ポケットから銀に光る『鍵』を取りだす。そのまま、佐伯に向かって投げる。


「これで手を打ってもらえませんか?」


 佐伯は投影された『鍵』を受け取った。


「これで本居に手を出すのをやめてくれってか。あんたもお人よしだな。むしろ、バカか」


 ハハハと高笑いを浮かべる佐伯。音原さんは無表情でそれを見つめた。


「けど、もう一個。後一個足りないんだよ。『アザリオ』の言う上限は『鍵』二つ。どうせなら――二つ目いっときたいところだが――」


「なら、俺のを使え。その代わり他のみんなに手出しをするな」


「ふん、ありがたく受け取ってやるよ。この偽善者風情(ふぜい)が」


 俺のことを汚く罵りながらも、いそいそと俺が投げた『鍵』を回収する佐伯。俺は欲望の低俗さと異常さを垣間見たような気がした。 


 しかたなく、自分の『鍵』を差し出す夏目。スローステップで宙を舞う『鍵』。鳥井は優雅にそれを受け取る。


 

 GAME・SET


 誰かがそう呟いたような気がした。


「その通り。このゲームは俺達によって終結した。もう、お前らは終わりなんだよ」


 便乗する佐伯。『鍵』を放棄した俺にできることは何もない。


「そろそろ後片付けの時間ね。さて、『2』の扉は私と佐伯さんが通るとして――『4』の扉。通過したい人いる? 夏目さんや音原さん、雪見君でもとりあえず現実世界に帰還できるわよ」


 鳥井は口角を歪め、「もっとも、賞金はなしだけどね」といった。


「本居さん。『4』の扉に潜ってください。私のことは良いですから」


「お、音原さん。本当にそれでいいの? 音原さんは『鍵』もないのに――」


「いいんです。現実世界に帰っても家族はとうの昔に死んでますし――それに正直、現実が嫌になりました。私に帰る意志はありません」


「な、なら――」


()()()()()()()()()。皆さん、元居た世界に帰って幸せな人生を送ってください」


「音原さんがそう言うんなら――別にいいよね?」


 本居は躊躇の素振りを見せる。だが、それは見え透いた演技だった。一刻も早く扉を潜りぬけたい。そして、あわよくば一億円をゲットしたい。そう言う願望が手に取るように分かった。


 身勝手だと思った。さっきは音原さんに助けてもらったのに、あっさりと裏切りに走る。


 みんなも同じだった。ゆっくりとだが確実に『4』の扉の方に足が向かっている。


 俺の存在など見えないかのように、加藤(かとう)が俺の横を通り過ぎる。そんな中、音原さんは床に座り、傍観していた。


「雪見君はどうするのかしら? ひょっとしたら、扉を巡って命がけの闘争が見れたりするのかな?」


「残るに決まってるだろ。音原さんを一人にするわけにはいかない」


「けっ、偽善者が」


 佐伯が俺の脇腹に強烈な蹴りをかまして来た。腹に鉄球を打ち込まれたみたいに痛い。牛がのたうつような激痛が俺を襲った。


 音原さんが悲鳴を上げる。が、他の人は俺に見向きもしない。淡々と現実に目をそむけ、汚らしい本能に忠実になる。対する佐伯も今までたまっていた鬱憤やストレスを俺にぶつけてきた。


「平気で嘘をつく奴は地面にはいつくばってるのがお似合いだぜ」


 佐伯はもんどりうって転ぶ俺を、無慈悲に蹴り続ける。サッカーボールになった気分だ。体の神経が麻痺する。


 止めてください!


 そんな声が聞こえた気がしたが――誰かの手によって、乱暴に床に叩きつめられた。うるせぇ、黙れ! 佐伯の怒声が聞こえる。声を主は音原さんだった。どうやら、フルボッコにされる俺を見かねて助けに入ったようだが、佐伯によって邪魔されたらしい。痛々しい悲鳴が部屋に木霊した。


「これで決まったわね。『2』の扉は私と佐伯さん。『4』の扉は本居さん、加藤さん、夏目さん、菅本(すがもと)さん。そして、『2』の部屋に残るのは雪見君と音原さん。二人の自己犠牲のおかげでこのゲーム、安全にクリアできそうだわ」


 惨劇のような部屋。誰もが無関心に扉へと向かう。


 意識は昏々となり、やがて、低迷していった――








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