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第一話 ウサギの穴に落ちて 


 国境の長いトンネルを抜けると雪国だった。


 だが、俺の場合、謎の密室空間だった。



          ◆◆◆



 白い壁。白いベット。白いスタンド。白い椅子。白い机。白い扉。


 言っておくが、ここは雪国ではない。俺は生まれも育ちも沖縄だ。雪なんてまず降らない。けれど、俺の名字は『雪見』。何ともミスマッチ。そんなことどうでもいいか。

 それにもし、ここが雪国だとしても、ここは室内。家の中に雪は降らない。なら、ここはどこだと言われれば、口を閉ざすほかない。ここまでの記憶がないからだ。


 目が覚めると、俺はベットにいた。

 まどろみに旅立つ思考回路。ぼんやりと上体を起こす。そして、周りの光景がなぜか雪国のそれだった。雪景色を彷彿とさせる光景だった。


 急激に頭が覚め、がばっと白色のシーツを剥がす。辺りを見渡す。そこには、生活感のない寝室が広がっていた。どこまでも清潔で、潔白で、清澄で、何かが足りない空間。


 そして、疑問符。ここはどこなのかしら?


 急いで、昨日までの記憶を探る。学校の課題。俺は確か、自室で学習課題に取り組んでいたはずだ。午後零時。あらかた方がつき、そのままベットへダイブ。それが最後の記憶。


 俺は体を預けているベットを触ってみた。ふわふわとした感触。しかし、変だ。俺のベットはもっと硬質的だった。それに俺の寝室は、こんな真っ白ではない。確かに俺の部屋は何もないが、ここまで整然としていない。


 何度見渡してみても、俺の部屋ではない。白白白。母が悪戯半分に模様替えでもしたのか。いや、そうだとしても部屋の構造が根本的に違う。それに、母の好きな色は黒。母のことだ。目の前に白と黒のシャツを提示されたら、値段、品質にかかわらず黒色の方を選ぶくらいなのだから、絶対に白はない。息子としての尊厳を掛けよう。

 

 模様替えの可能性はない。かといって、母や父の寝室というわけでもない。なら、寝ぼけて寝ている間に隣人のベットに潜り込んだのだろうか。いや、元々ここにいるであろう人の気配はない。普通、隣に見知らぬ男がいたら警察に通報するだろう。この線は除外。


 改めて、疑問符。ここはどこなのかしら?


 全てが不可解。意味が分からない。ここはどこだ。


 さっきまで昏々としていた頭は、一気に稼働した。肢体に血を循環させ、状況把握に努める。異常事態発生。脳内に荒々しいアラートが点滅する。


 困惑する思考。明らかに異常な事態に、俺の脳はオーバーヒート寸前だった。


 もしかして、誘拐とか? 


 俺は必死に辺りを詮索した。机の引き出しを開けたり、椅子を持ってみたり、ベットの下を漁ってみたり。しかし、何もない。

 引き攣る頬。形容しがたい恐怖が俺を襲った。よくよく考えてみれば空調は? 酸欠で死ぬなんてことないよな? いや、これがもし誘拐だとしたら、俺はどうなることやら――


 がちゃがちゃがちゃと、扉を開けようと試みるも開かない。開く気配がない。()()()()()()()()()()

 澱を落とす絶望感。強行突破? それしかないだろ。 


 俺は右手で拳を作り、拳法家の見よう見まねで構えた。右足を引き、左手を前に出す。小さく息を吐き、精神統一。

 はっと息を吐き、俺は扉に拳骨を入れた――



          ◆◆◆

 


 俺は痛む右手を押さえ、ベットに座っていた。


 右手がひりひりする。神経を紙やすりで擦っているみたいだ。


 結論から言えば、扉は開かなかった。むしろ、こっちに被害が及んだ。


 痛覚を訴える右手。俺は丁寧に怪我をした個所を摩り、この奇妙奇天烈な現状を分析していた。

 追想。俺は昨日の出来事を何度もなぞってみた。されど、突破口は見当たらない。この不可解な空間に行きついた形跡が一切ない。そもそもこんな場所、心当たりがない。


 やっぱり誘拐か。


 それにしては様子が変だ。俺は体が沈んでしまいそうなベットに横たわった。


 普通、誘拐犯がこんな高価な家具を用意するか? これから身代金要求するのに、ここで金を使ってしまっては本末転倒。金に困っているのに、金を使う。もしかして、犯人は意外と律儀な奴なのか。性根は優しい奴なのか。


 感触が柔らかい枕。俺は痛みを蓄えつつある右手を庇いながら、天井を見つめた。やっぱり白い。この部屋は病的なまでに白い。偏屈で常軌を逸脱している。


 あと少ししたら休憩を中断しよう。俺は湧き上がる焦燥感を抑制し、冷静になるよう脳に命令した。このような特異な状況において、絶対に失ってはいけないのは冷静さと理性だ。クールで鋭く。これが俺のモットーだ。


 暫時の休憩。俺はのっそりと立ち上がった。

 その時だろうか。

 扉が開いたのは。



          ◆◆◆



「鍵世界へようこそ、雪見鏡一(ゆきみきょういち)様」


 白い扉から出てきたのは、カチューシャを付けたメイドだった。思考が急にクールダウンする。ここにきてメイドなんだね。同時に、糸を張るような緊張感が体に走った。ひょっとしたら、あの女性が誘拐犯なのかもしれない。可能性は少ないと思うけど。


 唖然とする俺。思わず一歩後ずさる。足がベットの端に当たる。


 それを見たメイド服の女性は、不意ににこりと笑みを浮かべた。その拍子に、黒のセミロングの髪が揺れ、切れ目の瞳がより一層細くなった。

 

「お掛けください」


 怜悧な声で、女性は言った。俺は何者かに導かれるみたいに、ゆっくりとベットの上に座った。まるで、俺の意志に反して体が動いているようだった。それほどまでに、女性の声には妙な威圧感があった。 

 丈の長いスカート。洗練された仕種で、俺の前に立つ。そして、言った。


「おめでとうございます。貴方は選ばれました」


 にっこり。俺は間抜けな表情を浮かべていたと思う。


「ここは鍵世界です。そして、私は『シエル』と申します。ぜひお見知りおきを」


 呆ける俺を無視する形で、話を進める女性――『シエル』。


「これから貴方には、とあるゲームをしていただくことになります。よろしいですね?」


 いや、何が?



          ◆◆◆



「ちょっと待てくれ。あんたは何者だ?」

「天使です」

「なら、ここは天国とでも言うのか?」

「いいえ、ここは天国ではありません。『鍵世界』です」

「なら、『鍵世界』ってのはなんだ?」

「『鍵』が全てを支配する世界のことです」

「…………」


 話は平行線を辿った。


 『シエル』と名乗った女性は、どうやら天使らしい。そして、俺のいる空間は『鍵世界』とかいう世界らしい。


 明らかに現実味を描いている。SFなのか。SF的な設定なのか。それとも、ファンタジーなのか。天使の次は妖精か。


 誰か、事の真相を俺に教えてくれ。 


「どうかしましたか? お身体がすぐれないようですけど」

「いや、そんな話信じれるわけないだろ、普通」

「普通ではありません。ここは鍵世界です。鍵世界に普通と言う概念は存在しません」

「もう一度聞く。ここはどこだ?」

「鍵世界です」  


 なんだか、ロボットと会話しているようだった。味気ない。そもそも、『シエル』と名乗る女性は生きているのだろうか。あんた、本当に生きてる?


「では、確認させていただきます。貴方のお名前は雪見鏡一。【天国ゲーム】参加者の一人ですね。これまでに相違はありませんか?」

「相違ありありだよ。【天国ゲーム】って何だ? いや、そもそもなんで俺はこんな所にいるんだ?」

「それが貴方に定められた運命だからです。噛み砕いて言えば、神の暇潰し役……とでも言いましょうか」


 何だか輪郭が出てきた。俺は僅かに体を前のめりに倒す。


「神の暇潰し――ね。何かあるのか?」

「今から一万年前にまで話は遡ります。聞きますか?」


 首肯。『シエル』はゆっくりと物語を紡ぎ始めた。


「今から一万年前。神は退屈していました。毎日がルーチンワークな神と私達天使達は、余りに暇過ぎて怠惰な日々を送っていました。これではダメだとお気付きになられた神は、何か暇を潰せるものはないかと呼びかけ、皆で思案しました。そんなある日、一人の天使がとある提案をしたのです。それが――」

「【天国ゲーム】ってわけか」

「はい。そのゲームのプレイヤーが貴方と言うわけです」


 『シエル』から語られた物語は、突拍子もなく、まるで絵空事のように思えた。しかし、この特異な現状が話の正当性を色濃いものにする。狂ったように白い部屋。それが、言いようもない不安と圧迫感を俺に与える。


「そして、ゲーム運営のために建設されたのがここ『鍵世界』。最大規模の遊技場と解釈してもらってもかまいません。もっとも、このゲームはただのお遊びゲームではありません。文字通り、生死というチップを掛けてもらいますから」

「どういう意味だ?」

「その通りの意味です。ゲームに勝利すれば『鍵世界』から離脱。元の世界に戻れます。が、敗北すれば『鍵世界』から出られない。つまり、元の世界に戻れず、この空間に監禁され続けます」

「……ゲームはどういうものなんだ?」

「それは言えません。伝えておきますがこのゲームのプレイヤーは雪見様を含め、八名ほどいます。個人にのみ情報を教唆しては、ゲームの公平性が失われます。それでは、観戦する私達も楽しめません」


 『シエル』は一旦息を吐いた。喋り続けたからだろう。かすかに息が上がっている。対する俺は質問のオンパレードだった。

 俺の思考は冷水を打ったみたいに、妙に穏やかだった。


「で、本当に帰れるんだろうな、元いた世界に」

「はい。ゲームに勝利すればの話ですが。そして、これを」

  

 『シエル』は無造作にポケットから『鍵』を取りだした。流麗な装飾が施された、アンティークみたいな代物だ。


「これは『鍵』です。これがゲームの際に重要なアイテムとなりますので、肌身放さずお持ちください」


 俺は『鍵』を受け取った。ズシリと重たい感触。無機質な光沢。鏡みたいに俺の顔が湾曲に投影される。


「この世界について、理解できましたか?」

「とりあえずな」

「準備はよろしいですね。では、そろそろまいりましょう」


 メイド服の『シエル』は、口角を綺麗に投げて、ニヒルに笑った。その直後、視界がどことなくぼやけた。世界が幾重にも暗転しているみたいだった。平衡感覚はなくなり、立つこともままならない。何かの拍子で、床に座り込む。麻薬を服用したみたいだった。


「ウサギの穴に落ちて。心行くまで『鍵世界』をお楽しみください」



作者のカバリストです。


何分、遅延な投稿になると思いますが、よろしくお願いします。


感想や批評。じゃんじゃん、応募してください。お待ちしております。

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