恋人に毒の入ったティーカップを差し出された話
会話多め。オチとかはない。下書きになんかないかなって見てたらいたので投稿します。
「君の目の前にある二つのティーカップにはそれぞれ薬が入ってる」
「え?」
「薬の中身は毒薬か媚薬だ。君ならどっちのティーカップを選ぶ?」
彼氏が訳分からんことを言い出した。目の前の男の様子は普段と変わりなく見えるし表情はいつもの微笑みだ。なのに言ってることが非現実的すぎてまるで意味がわからない。
「それって何? 飲んで欲しいの? 欲しくないの?」
「それは君が決めて」
「えええ? あなたはどっちに何が入ってるのかは知ってるんでしょ?」
「うん、もちろん」
「で、この薬って何よ。毒って死ぬような毒?」
「そう。苦しんで死ぬ毒」
「どうやってそんなの手に入れたのよ……媚薬だって眉唾物じゃないの?」
「ううん、どちらも効能が実証された違法な薬物だよ」
「わあ。まさかの犯罪宣言。それを選ぶことになんの意味があるのか全く分からないんだけど」
「毒なら、君は僕の手で死ぬ。媚薬なら僕の手で気持ちよくなる。それだけだよ」
「えーっと、それで? 私に死んで欲しいの?」
「死んで欲しいとか、そういうことじゃないんだ。君に、僕だけのものになって欲しい。媚薬の方も脳細胞が壊れるような危険なものだから君は一生薬漬けで僕に飼われることになる」
「……ちなみに理性とかは?」
「もちろん無い」
「死んだらあなたは私の死体とともに過ごすつもりなの……?」
「そうなるね」
「で、生きてても薬漬け……」
「君の自由意志を無くすためだからね」
「えっと……末後はなんとなくわかったけど、その劇薬を私に飲ませる意味って何?」
「君の選択を知りたいんだ」
「はあ???」
「君は何を選ぶの?」
「これ選択肢ある?」
「あるよ。君に委ねられてる」
「うーん……別に毒で死んでもいいし薬漬けで頭トンチンカンになっても構わないし……だからどれも選べるようで選べないというか……うーん」
「…………」
「あ、わかった!」
「……決めた?」
「うん!」
どぱーっと紅茶を床にぶちまけた。綺麗な琥珀色の液体は厚手の高そうなラグが全部吸い込んでただのシミになった。
彼は悲しそうな表情をしているけれど、どこか少し安堵しているようにも見えた。ほんと、困った人。
「で、こんなことした理由が知りたいんだけど」
「君が好きだから」
「うん?」
「一緒に死んで欲しかった」
「ふふ、変なの。一緒に死んじゃったらつまらないじゃない」
「君がいなくなったらと思うと辛いんだ」
私が笑うと彼も困ったような顔で笑った。
「あなたって悲観的すぎるわ」
「そうかな」
「だって私が離れることばかり恐れてるけど、あなたの方が去っていくことだってありえるじゃない」
「ありえない!」
「どうしてそう言い切れるの?」
「それは……」
「事故や事件合うかもしれない。予期できない病気や急なショックで死ぬかもしれない。それでも絶対っていうの?」
「そうかもしれないけど……」
「突然あなたに運命の恋が舞い降りることだってありえるかもしれないわ」
「それはない!」
「それだって絶対とは言いきれない。今は信じられなくても。
子供の頃に信じてた常識は絶対だった? 必ずしもそうじゃなかったってことない?
先生や両親は絶対に間違えないと思っていたけど、彼らだって人間だもの。間違えることやミスをする。それはあなたや私も同じ。
私たちが絶対と言えるのは既に過ぎ去ったことにのみよ。だから今を大事にして辛いことや困ったことはなんでも共有して解決しよう? そうして積み上げた過去が私たちの絶対になると私は思うの。ねえ、勝手に一人で不安にならないで」
「……こんな男嫌にならない?」
「嫌になってたらこんなこと言わない。頭のおかしい男ねって思って、それで終わり」
「でも、そうはしなかった?」
「そういうこと」
私は彼の少し冷たくなった手を握る。存外怖がりで寂しがりのこの人はめんどくさいし繊細すぎると思ったりもする。でもその怯えは大なり小なり私も持っているし、それで嫌いになるほど浅い感情で付き合っているわけじゃない。
言葉だけでは分かり合うことが難しいこともあるかもしれない。身体を抱き寄せるだけじゃ伝わらないかもしれない。
いつもはその広い背中が、拙く震えていてなんでこんなに思い詰めていたのかはよくわからなかったけど、その度にすくいあげられたらいいと思う。
それがこの重すぎる愛を持つ男に出来る私の愛の形なので。
お読みくださりありがとうございました。




