第98話:『瓦礫の中の朝。技師の仕事は終わらない』
瓦礫の隙間から差し込む、柔らかい光が瞼を叩いた。
シキはゆっくりと目を開けた。
「……生きているか、全員」
体を起こすと、全身が軋むように痛んだ。だが、それは心地よい疲労感だった。
周囲には、レナ、リズ、ソフィア、クレア、エミリア、エレオノーラ、そしてオメガ・ワンたちが、折り重なるようにして眠っていた。
「んぅ……。朝……?」
レナが目をこすりながら起き上がる。
彼女は自分の手を見て、不思議そうに瞬きをした。
「あれ? ……体が、熱くない」
今までなら、これだけの激戦の後は、魔力回路が焼け付くような痛み(オーバーヒート)に襲われていたはずだ。
だが今は、体の奥底で小さな灯火がポカポカと燃えているような、穏やかな温かさしか感じない。
「魔法……使えるかな?」
レナがおそるおそる指先を掲げる。
ポッ。
灯ったのは、かつてのような全てを焼き尽くす紅蓮の業火ではなかった。
暖炉の火のように優しく、見ているだけで心が安らぐようなオレンジ色の炎。
「……痛くない。苦しくないわ」
レナの瞳から、大粒の涙が溢れ出した。
「魔力を出しても、命が削られる感じがしないの。……ただ、自然に流れていくみたい」
「私もですわ……」
エミリアが氷の結晶を作り出す。それは鋭利な刃ではなく、美しい花のような形をしていた。
「魔力が、世界と調和しています。……もう、暴走の恐怖に怯える必要はないのですね」
リズが、ソフィアが、クレアが、エレオノーラが、互いの手を取り合い、抱き合った。
『五大元素』という呪われた宿命。
兵器として作られ、短命を義務付けられていた彼女たちが、ただの「魔法使いの女の子」になれた瞬間だった。
「よかった……! 本当によかった……!」
「私たち、生きてていいんだね……っ!」
瓦礫の山に、歓喜の泣き声と笑い声が響く。
その光景を、シキは崩れた柱に背を預けて眺めていた。
「……やれやれ。あんなデタラメな改修工事が成功するとはな」
シキは自分の胸に手を当てた。
虚数回路の反応も消えている。世界システムが正常化したことで、管理者権限キーとしての役割も終わったのだ。これからは、彼もただの一人の人間に戻る。
「シキ! ありがとう!」
レナが飛びついてきた。その勢いで、他の5人も次々とシキに覆いかぶさってくる。
「シキが直してくれたおかげよ! もう私の体、完璧だわ!」
「感謝します、マスター! これでもう、貴方の手を煩わせることはありません!」
彼女たちは無邪気に喜んでいる。
「完治した」ということは、もうあの過激で恥ずかしい「メンテナンス」も必要なくなる、という意味でもある。
だが。
「……おいおい、何を勘違いしてるんだ?」
シキは、もみくちゃにされながらニヤリと笑った。
その目は、まだ獲物を狙う肉食獣のままだった。
「治ったからって、放置するわけないだろう?」
「え?」
レナたちの動きが止まる。
「機械も人間も、長く使うには日頃のケアが重要なんだよ。……特に、お前らみたいな高性能な機体はな」
シキはレナの腰を引き寄せ、耳元で囁いた。
「これからは『定期点検』だ。……暴走しなくても、俺が毎日たっぷりと、隅々まで状態チェック(メンテナンス)してやるから覚悟しとけ」
その言葉の意味を理解し、レナたちの顔が一気に真っ赤に染まる。
「なっ、なによそれぇぇぇッ!?」
「ま、毎日だなんて……! 身体が持ちませんわ!」
「でも……嫌では、ない……♡」
ボロボロの学園跡地に、彼女たちの悲鳴と、それ以上に幸せそうな嬌声が響き渡る。
世界は平和になった。
だが、この色好みな天才技師の仕事は、まだまだ終わりそうになかった。




