第97話:『崩壊と再生。空が割れ、本物の光が』
シキがエンターキーを叩いた瞬間、情報の海がホワイトアウトした。
『……処理完了。システム再構築、成功』
皇帝のホログラムが、光の粒子となってほどけていく。
その顔には、先ほどまでの冷徹な機械の表情はなかった。どこか憑き物が落ちたような、穏やかな安らぎが浮かんでいた。
『長かった……。1000年もの間、壊れかけの星を無理やり回し続けるのは、骨が折れたよ』
「……ああ。お疲れさん。もう休んでいいぞ」
シキが短く声をかけると、皇帝は満足そうに目を細めた。
『後のことは頼む、新管理者。……君たちの作る未来が、私の計算よりも面白いものであることを願おう』
フゥゥ……。
最後に長く、深い溜息のような音を残し、皇帝という概念は完全に消滅した。
それは断末魔ではなく、重荷を下ろした労働者の休息のようだった。
†
現実世界――アトラス地下最深部。
ズズズズズ……ッ!!
マザー・コアが暴走色の赤から、清浄な青緑色へと輝きを変えるのと同時に、地下施設全体が激しく揺れ始めた。
「崩れるぞ! 全員、退避だ!」
シキがコアから腕を引き抜き、叫ぶ。
倒れていたレナたちが、ふらつきながらも起き上がる。
「体が……軽い?」
レナが自分の手を見つめる。
先ほどまでの焼き切れるような魔力の奔流が消え、代わりに優しく、温かい力が体の奥底から湧き上がっていた。
「治癒術式が、自動で働いていますわ……。これが、新しいシステム?」
エミリアの火傷が、見る見るうちに塞がっていく。
「詳しい話は後だ! ここを脱出するぞ!」
シキは彼女たちを促し、崩壊する地下通路を逆走した。
オメガ・シリーズたちが瓦礫を支え、道を作る。
一行は土煙の中を駆け抜け、ついに地上――アトラス学園の中庭へと飛び出した。
その瞬間だった。
パキィィィィィンッ……!!
世界を揺るがす、硬質な破砕音が空から響いた。
全員が見上げる先。
星を覆っていた『防護膜兼プロジェクター』――偽りの空に、巨大な亀裂が走っていた。
「空が……割れる……?」
亀裂は瞬く間に広がり、ガラス細工のように空全体が砕け散っていく。
剥がれ落ちたホログラムの破片がキラキラと降り注ぐ中、その向こう側から現れたのは――。
「あ……」
レナが息を呑んだ。
それは、今まで見ていたシミュレートされた空とは決定的に違う色だった。
どこまでも深く、吸い込まれそうなほど鮮やかな群青色。
そして、そこから降り注ぐ陽光は、肌を刺すような人工的な白さではなく、柔らかく、熱を持った黄金色だった。
「これが……本物の、太陽……」
クレアが、回復した瞳を細めて眩しそうに空を仰ぐ。
星の自浄作用が再起動し、隠されていた本物の自然が目を覚ました瞬間だった。
風の匂いが変わった。土の匂い、草の匂いが、より濃く、生々しく感じられる。
「魔力が、落ち着いている……」
シキは端末を確認し、安堵の息を吐いた。
「システムは停止していない。だが、無理やりエネルギーを搾り取る『強制循環』から、星本来のリズムに合わせた『自然循環』に切り替わったんだ」
彼は隣に立つレナたちを見た。
彼女たちの体内にある魔力炉も、もう暴走することはなく、星の鼓動とリンクして穏やかに脈打っている。
「もう痛みはない。……お前らはただの電池じゃない。この星と一緒に生きる、本当の『魔法使い』になったんだ」
「シキ……」
レナが涙ぐみ、シキに抱きついた。
リズも、ソフィアも、エミリアも、クレアも。そしてオメガたちまでもが、本物の陽だまりの中で、シキを囲むように集まった。
「終わったんだな……」
崩壊した瓦礫の山。その上に降り注ぐ希望の光。
世界は一度壊れ、そして優しく生まれ変わった。
シキの作った「エデン」は、空飛ぶ船の中だけではなく、この星全土へと広がったのだ。




