第95話:『全回路連結(フル・リンク)。全人類の負荷を背負う』
「ぐ、が、ぁぁぁぁぁぁッ……!!」
情報の奔流の中で、シキの絶叫が響いた。
彼の脳内では、1秒間に数億回もの書き換え処理が行われていた。
星の地殻変動の抑制、大気組成の調整、マナ循環の正常化――。その一つ一つが、スーパーコンピューターを焼き切るほどの負荷だ。それを生身の脳で処理するなど、本来は自殺行為に等しい。
『無謀ダ。個体ノ容量ヲ超エテイル。……貴様ノ脳髄ハ、アト数秒デ沸騰シ、廃人トナル』
皇帝の冷徹な警告。
事実、シキの目からは鮮血が流れ、意識はホワイトアウト寸前だった。
「うる、せえ……! 俺がやらなきゃ……あいつらが……!」
シキは歯が砕けるほど食い縛り、崩れそうになる自我を必死に繋ぎ止める。
だが、限界は目前だった。
処理速度が低下し、エラーが増殖していく。暗黒の淵へと意識が沈みかけた、その時。
『――一人で格好つけてるんじゃないわよ、バカシキ!』
暖かな「炎」が、冷え切ったシキの回路に灯った。
「……レ、ナ……?」
『アンタは私たちを直してくれた。……なら、今度は私たちがアンタを支える番でしょ!』
物理世界で倒れているはずのレナの意識が、回線を通じて流れ込んできたのだ。
それだけではない。
『シキ……私の計算領域、全部使っていいから……!』
『私の精神力も捧げます! 壊れるまで使い潰してください!』
レナ、リズ、ソフィア、エミリア、クレア、エレオノーラ。
6人の魂がシキの『虚数回路』に接続し、彼の脳にかかる負荷を肩代わりしていく。
「お前ら……無茶だ! 精神が焼き切れるぞ!」
『構いません。……それに、貴方を支えたいと願っているのは、我々だけではありませんよ』
エレオノーラがくすりと笑う。
次の瞬間、頭上の空――遥か上空に浮かぶ要塞『エデン』からも、無数の信号が降ってきた。
『マスター。オメガ・シリーズ全機、思考回路ヲ接続。……我々ノ演算能力ヲ、全テ貴方ニ譲渡シマス』
オメガ・ワン率いる、数千体の機械人形たち。
彼女たちが学んだ「愛」と「献身」が、膨大な演算リソースとなってシキをバックアップする。
さらに、ネットワークは世界中へと広がっていった。
マナ枯渇で倒れていた地上の魔導師たち、かつてシキに助けられた名もなき魔女たち。彼女たちが、微かに残る意識の中で、世界の中心で戦う「誰か」に祈りを捧げていた。
――頑張れ。負けるな。
その祈りは魔力となり、シキというサーバーへ集約される。
かつて「電池」として搾取されていた彼女たちが、今、自らの意思で繋がり、一つの巨大な「並列演算ネットワーク」を形成したのだ。
『な、何ダ……コノ出力ハ!? 計算デキナイ……! アリエナイ……!』
皇帝が狼狽する。
シキの処理速度が、限界を超えて指数関数的に跳ね上がっていく。
「……たく。お前ら、重いんだよ……愛が」
情報の海で、シキは力強く立ち上がった。
その全身は、数千、数万の乙女たちの想いによって、黄金の光を纏っていた。
脳の痛みは消えた。あるのは、背中を押してくれる無限の頼もしさだけ。
「聞いたか、ポンコツ管理者。これが『全回路連結』だ」
シキは、目の前に浮かぶ星のシステム系統樹に、両手を突き出した。
「俺一人じゃ無理でも、こいつらがついてれば無敵だ。……行くぞ!! 全員で、この星を『更新』する!!」
『おぉぉぉぉぉぉッ!!』
世界中の魔女たちの絶叫と共に、シキの指先から放たれた修正パッチが、星の深淵を光で塗り替えていく。
それは、世界を包み込む巨大な愛のネットワークの誕生だった。




