第94話:『世界規模メンテナンス。この星は「不感症」だ』
情報の海を漂いながら、シキは顔をしかめた。
「……酷いな。なんだこの配線は」
目の前に広がるのは、この星のシステム構造図。
だが、それは美しい幾何学模様ではなかった。継ぎ接ぎだらけのバイパス、無理やりねじ曲げられたエネルギーライン、そして赤く点滅する無数のエラーログ。
『何ガ不満ダ? システムハ稼働シテイル。効率ハ最適化サレテイル』
皇帝のホログラムが、シキの背後に現れて告げる。
『感情ナドトイウノイズヲ排除シ、無理矢理ニデモ回ス。ソレガ最モ無駄ノナイスペックダ』
「……やっぱり、お前は何も分かってねえな」
シキは仮想空間に浮かぶ「システムの深層部」に手を伸ばした。
指先に伝わる感触。それは、ガチガチに凝り固まり、冷え切った岩のようだった。
「悲鳴が聞こえねえのか? この星はずっと泣いてるぞ」
シキの目には見えていた。
1000年もの間、休息も許されず、ただ「生きろ」と命令され、酷使され続けてきた回路の痛みが。
循環不全を起こし、感覚が麻痺し、それでも動くことを強要された末の姿。
「こんなガチガチの配線じゃ、いい出力が出るわけがねえ。……これじゃあ、マグロ以下だぞ」
シキは技師として、そして男として、心底から憤った。
「この星は壊れてるんじゃない。……ただの重度の『不感症』だ」
『フ、不感症……ダト……?』
「ああ。お前が痛みを無視し続けたせいで、回路が感覚を閉ざしちまってるんだよ」
シキの瞳が妖しく光る。
彼は両手を広げ、巨大な光の柱――マザー・コアの中枢プログラムに、指を沈めた。
「どけよ、ポンコツ管理者。……本当の『メンテナンス』ってやつを見せてやる」
シキの指が動く。
それはハッキングでありながら、熟練のマッサージのようでもあった。
詰まっていた情報(血流)を流し、強張ったセキュリティ(筋肉)を優しく撫で、断線しかけた回路(神経)を丁寧に繋ぎ合わせていく。
『警告。システム内圧上昇。……ナ、ナニヲシテイル!? 演算速度ガ……乱レル……!』
皇帝が狼狽する。
シキが触れるたび、赤色だったエラーログが、柔らかなピンク色の光へと変わっていくからだ。
それは「異常」ではない。「活性化」だ。
「ここが詰まってるな。……ずっと苦しかったろ?」
シキは星に語りかけるように、コアの深部を刺激した。
コリコリと凝り固まった結節点を、強弱をつけて押し揉む。
ズズズズズ……ッ。
現実世界のアトラス地下空間が、、そして惑星全体が、甘い吐息を漏らすように微震した。
『馬鹿ナ……。マザー・コア・システムガ、快楽信号ヲ発信シテイル……!? 星ガ、感ジテイルトデモ言ウノカ!?』
「機械も人間も一緒だ。……愛して、撫でて、気持ちよくさせてやりゃあ、最高のパフォーマンスを返してくれるんだよ」
シキの手つきは、さらに激しさを増していく。
優しく、時に強引に。
何千年もの間、誰にも触れられなかった星の性感帯を、徹底的に開発していく。
「ほら、いい声で鳴き始めた。……配線が解れて、熱が回りだした証拠だ」
光の奔流が、シキの腕に絡みつくように脈動する。
それは拒絶ではない。もっと触れてほしいという、星そのものの渇望。
「さあ、ここからが本番だ。……全身トロトロになるまで、たっぷりと可愛がってやるから覚悟しろよ?」
世界最高の技師による、惑星規模の愛撫。
凍りついていた星の回路が、熱い喜びに震えながら再起動を始めようとしていた。




