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第83話:『枯渇する世界。魔女だけが動ける理由』

 非常用電源の赤いライトだけが点滅する、薄暗い艦橋。

 重力が復活し、徐々に高度を下げていく浮遊要塞の中で、苦悶の吐息が満ちていた。


「あぁ……っ、熱い……! 体の中が、膨れ上がって……!」

「うぅ……皮膚が、裂けそうですわ……!」


 レナたちが床に転がり、自身の体を掻きむしっている。

 その肌は異常なほど紅潮し、血管が青白く発光して浮き上がっていた。


「じっとしてろ! 今、圧力を調整する!」


 シキが走り回り、彼女たちの体に順に触れていく。

 『虚数回路』を発動し、彼女たちの体内で暴れ狂う魔力の奔流を、無理やり抑え込む。


「警告。地上ノ生存者、90%ガ意識不明。死因ハ『マナ欠乏症』ニヨル窒息」


 予備電源で稼働するオメガ・ワンが、淡々と絶望的なデータを読み上げた。

 皇帝による『強制リセット』。

 大気中のマナが消滅したことで、マナを取り込んで生きる魔導師たちは、酸素を奪われた魚のように陸で死に絶えようとしている。


「なのになぜ……余たちは、こんなに苦しいのだ……?」


 エレオノーラがシキの腕にしがみつき、荒い息で問う。

 彼女たちは窒息していない。むしろ逆だ。エネルギーが有り余って爆発しそうなのだ。


「『深海魚』と同じ理屈だ」


 シキはエレオノーラの背中に手を当て、過剰な魔力を中和しながら説明した。


「お前ら『五大元素』は、体内に巨大な魔力生成炉を持っている。普段は外気のマナ圧(水圧)と拮抗してバランスを取っているが……外の圧力がゼロになったせいで、中からの圧力が暴走しているんだ」


 外の世界は真空状態。

 その中で、彼女たちだけが高圧のエネルギーの塊として存在している。

 シキの制御メンテナンスがなければ、内側から破裂して自壊するのは時間の問題だった。


「皮肉なもんだな。世界中の人間が魔力不足で死にかけているのに、お前らだけは魔力が有り余って死にかけている」


 シキは額の汗を拭った。

 彼自身は『無能力者ゼロ』ゆえに、マナの影響を一切受けない。

 この異常事態において、平気で立っていられるのは、世界でシキただ一人だけだ。


「……待って」


 苦痛に耐えながら、クレアが顔を上げた。

 彼女の瞳が、閃きに揺れる。


「世界中の動力が止まっているのに……私たちの中には、使いきれないほどのエネルギーがある」

「……そうか!」


 レナも気づいたようだ。

 彼女は痛む体を起こし、シキを見つめた。


「ねえ、シキ。……私たちが『電池バッテリー』になればいいんじゃない?」


「電池だと?」


「このエデンも、マナがなくて落ちてるんでしょう? ……なら、私たちが有り余る魔力を船に流し込めば、動かせるはずよ」


 それは、あまりにも無茶な提案だった。

 人間を動力源にするなど、倫理的にも技術的にも狂っている。

 だが、シキは即座に計算を開始した。


「……理論上は可能だ。俺が『コネクタ』になって、お前らの暴走する魔力を変換し、動力炉に直結すれば……」


「やりましょう、マスター」


 エレオノーラが立ち上がる。

 その顔には、皇女としての矜持が戻っていた。


「世界中が闇に包まれた今、輝けるのは余たちだけだ。……ならば、余たちがこの世界の『生命維持装置ライフライン』になってやる」


 彼女たちは覚悟を決めた。

 自らの体を犠牲にし、世界で唯一の「光」となることを。


「……了解だ。手荒くいくぞ」


 シキは工具を取り出し、床下の動力ケーブルを引きずり出した。


「総員、配置につけ! これより本艦は、お前らの『命』を燃料にして再起動する!」


 シキがケーブルを彼女たちの体に接続する。

 バチバチバチッ!!

 猛烈なスパークと共に、5人の少女の体内から莫大な魔力が放出された。


 ブゥゥゥゥン……!


 死んでいたはずの動力炉が、再び脈動を始める。

 闇に沈んだ要塞に、光が戻った。


「出力安定! 重力制御、復帰!」


 シキが叫ぶ。

 再起動した『エデン』は、沈黙する世界を見下ろすように、再び高度を上げ始めた。

 それは、反撃の狼煙であり、人類に残された最後の希望の光だった。


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