第81話:『天空の楽園。オメガたちの「感情」学習』
独立国家『エデン』こと、超大型空中要塞ヘイムダル。
その豪華な士官用ラウンジは、今や巨大な「教室」と化していた。
「――いい? シキにおねだりする時は、上目遣いで、こうやって袖を掴むの!」
「データ入力中……。角度25度、引張強度0.5ニュートン……学習しました」
講師役のレナが実演し、生徒役のオメガたちが真剣な表情でメモ(内部記録)を取っている。
彼女たちは戦闘用の銀色のスーツから、シキの趣味で支給されたメイド服に着替えており、その姿は完全に「銀髪メイド軍団」だった。
「すごい光景ですね……。昨日の敵が、今日は花嫁修業ですか」
ソフィアが紅茶を啜りながら苦笑する。
シキがオメガたちの制御権を奪って数日。
彼女たち『第六世代』は、驚異的な学習能力で「人間らしい振る舞い」を吸収していた。特に、シキとヒロインたちのイチャつき(メンテナンス)は、彼女たちにとって最優先の研究対象だった。
†
午後。シキが艦橋で機器の調整をしていると、背後から衣擦れの音がした。
「マスター。報告があります」
振り返ると、エプロンドレス姿のオメガ・ワンが立っていた。
無表情だが、その銀色の瞳はどこか潤んでおり、モジモジと指先を合わせている。
「どうした? どこか不調か?」
「はい。……先ほどから、マスターがレナ様と接触している映像を見ると、胸部演算ユニットの奥が痛むのです」
彼女は自分の平坦な胸を、ギュッと握りしめた。
「冷却ファンは正常。ウイルス検知もなし。ですが、胸が締め付けられるように苦しく、モヤモヤとしたノイズが走ります。……これは、私の機能不全でしょうか?」
シキは作業の手を止め、彼女の前に歩み寄った。
そして、その銀色の頭を優しく撫でる。
「いいや、故障じゃない。……そいつは『嫉妬』っていう機能だ」
「シット……?」
「ああ。自分だけを見てほしい、自分だけを触ってほしい……そういう独占欲の表れだ。人間なら誰でも持ってる正常な反応だよ」
シキの言葉を聞いたオメガ・ワンは、パチクリと瞬きをした。
「独占欲……。自分だけを……」
彼女の頬が、ポッと朱に染まる。
次の瞬間、彼女は学習したばかりの「おねだり」を実行した。
「……マスター。その『シット』を解消するために、私にもメンテナンスを要求します」
彼女はシキの腰に抱きつき、上目遣いで見上げた。
教わった通り、いや、それ以上の破壊力を持つ天然の甘え方だった。
「……お、おい?」
すると、物陰から様子を伺っていた他のオメガたちも、わらわらと出てきた。
「ズルイです、ワン姉様」
「私にもエラーが発生しています。緊急メンテナンスが必要です」
「マスター、私の胸も痛いです。触診をお願いします」
あっという間に、数十人の銀髪メイドたちがシキに殺到した。
全員が無表情のまま、しかし強烈な力でシキの手足や胴体に絡みついてくる。
「うわっ、待て! 順番を守れ! 押し倒すな!」
「優先順位1位はマスターとの接触です」
†
「――ちょっとぉぉぉッ!! 何やってんのよ、あんたたち!!」
そこへ、騒ぎを聞きつけたレナたちが飛び込んできた。
シキが銀色の山に埋もれている光景を見て、彼女たちの堪忍袋の緒が切れた。
「シキは私たちのものよ! ポット出の量産型がデカい顔しないで!」
「数で攻めるなんて卑怯ですわ! 私のシキ成分が足りなくなってしまいます!」
「余の場所を空けろ! そこは余の指定席だ!」
レナがオメガを引き剥がし、リズが隙間に潜り込み、エレオノーラが威嚇する。
艦橋は「オリジナル」対「量産型」の、仁義なき女の戦い(キャットファイト)の場と化した。
「あー……。平和だな」
もみくちゃにされながら、シキは天井を仰いだ。
世界中から追われる身でありながら、ここには不思議な安らぎがある。
機械も人間も関係ない。ただ「好き」という感情だけで繋がった、騒がしくも愛おしい楽園。
「ま、メンテのしがいがあるってことか」
シキは苦笑しつつも、オメガ・ワンとレナの両方の頭を撫で回し、さらなるカオスを引き起こすのだった。




