第8話:『メンテナンス・タイム。深層回路への侵食』
深夜2時。
学園の喧騒が眠りに落ちた刻、地下設備保全科の工房だけが、青白い作業灯に照らされていた。
「……っ、うぅ……あつ、い……」
簡易ベッド代わりのソファの上で、レナが苦しげに身をよじっていた。
先日の序列戦での勝利。その代償は小さくなかった。
遠隔操作によるリミッター解除と、最大出力での魔力放出。彼女の『焦熱核』は、かつてないほど過熱し、回路の内壁を焦がしていたのだ。
「動くな。まだ熱が引いていない」
俺は濡らしたタオルで彼女の汗ばむ額を拭いながら、その身体を見下ろした。
制服のブラウスは汗で肌に張り付き、荒い呼吸に合わせて胸が大きく上下している。
皮膚の下に浮き出た赤い回路紋が、危険信号のように明滅していた。
(表面の冷却だけじゃ追いつかないな。コアの深部で熱が循環しちまってる)
俺は決断する。
今まで避けてきた領域――生命維持機能に直結する「深層回路」への介入を。
「おい、レナ。聞こえるか」
「ん……シキ……? なんか、体が重くて……変なの……」
「これから『深層整備』を行う。お前の心臓のすぐ傍まで手を入れるぞ」
俺の言葉に、レナの虚ろな瞳がわずかに揺れた。
「しんそう……?」
「ああ。少し痛むかもしれないが、暴れるなよ。手元が狂えば、お前の心臓が止まる」
俺は彼女のブラウスのボタンに手をかけ、躊躇なく引き剥がした。
露わになった白い肌。その中心、豊かな胸の谷間の奥で、禍々しくも美しい『焦熱核』の紋様が脈打っている。
俺は作業用のオイルを指先に馴染ませると、その核へと指を沈めた。
「っ――!?」
声にならない悲鳴。
レナの背中が大きく反り、俺の手首を掴もうとして、力が抜けたようにソファに落ちた。
「痛いか?」
「い、たい……けど、なんか、痺れる……っ! 奥、そこダメ、ひぅっ!」
俺の『虚数回路』が、彼女の防御本能をこじ開け、肉体の奥底にある魔力血管へと侵入していく。
そこは彼女自身さえ触れたことのない、聖域であり禁域だ。
熱い。指先が溶けそうなほどの高熱。だが、それこそが彼女の命の源だ。
「力を抜け。拒絶すればするほど、感度が上がるぞ」
俺は親指で、肋骨に癒着しかけている回路の詰まりを丁寧に、しかし強引に剥がしていく。
グチュ、と湿った音が聞こえる気がした。
物理的な接触音ではない。魔力が書き換えられる際の干渉音だ。
「あ、あぁぁ……っ! シキ、シキぃ……っ!」
レナの瞳から涙が溢れる。
それは苦痛の涙なのか、それとも脳を焼くような快楽によるものなのか、本人にも分かっていないだろう。
俺が指を動かすたびに、彼女の体温が俺に流れ込み、代わりに俺の冷却魔力が彼女の空洞を満たしていく。
(……綺麗な構造だ)
整備しながら、俺は見惚れていた。
ボロボロで、傷だらけで、今にも壊れそうな回路。
だが、その奥にある『焦熱核』の輝きは、どんな宝石よりも純粋だ。
俺の手で、もっと磨き上げたい。もっと完璧な流れを作りたい。
技師としての欲求が、指先の動きをより執拗に、より深くへと駆り立てる。
「んぅ……あ、そこ……深い、のぉ……ッ!」
ビクンッ! とレナの全身が大きく痙攣し、そして力が抜けた。
深層部のバグ除去完了。
コアの熱が急速に安定し、穏やかな鼓動へと変わっていく。
「……終わったぞ」
俺は指を引き抜き、呼吸を整えた。
かなりの集中力を要する作業だった。額の汗を拭う。
レナは、乱れた服もそのままに、呆然と天井を見上げていた。
焦点の合わない瞳。紅潮した頬。口元からは、だらしなく唾液が垂れている。
完全にキマってしまっている顔だ。
「……生きてるか?」
声をかけると、彼女はゆっくりと首を動かし、俺を見た。
その瞳に宿っていたのは、恐怖でも羞恥でもなく――とろけるような依存の色だった。
「……シキ」
彼女が震える手を伸ばし、俺の袖を掴む。
「すごかった……。私の、一番奥まで……シキの魔力が、入ってきて……」
「誤解を招く言い方をするな。ただの熱交換だ」
「わかんない……でも、もう……ダメかも」
レナは俺の手を自分の頬に押し当て、すり寄るように目を細めた。
「アンタがいないと、私……もう生きていけないかも」
それは、魔導士としての敗北宣言であり、一人の少女としての陥落の言葉だった。
かつて「一人で立てない欠陥品」と罵られた彼女は今、俺という支柱を得て、喜んでその身を預けている。
「……大げさな奴だ」
俺は彼女の頭を乱暴に撫でた。
だが、悪い気分ではなかった。
俺の手の中で、壊れかけの機械が息を吹き返し、新たな駆動音を奏で始める。
その瞬間こそが、技師にとって至上の快楽なのだから。
「寝てろ。朝までには調整を終わらせておく」
「うん……おやすみ、私の技師様……」
レナは安らかな寝息を立て始めた。
その手は、俺の袖を強く握りしめたまま、離そうとはしなかった。




