第79話:『完璧な人形に「ノイズ」を刻む』
上空での乱戦は、一方的な蹂躙劇へと変わっていた。
「アハハハッ! 脆い! 脆いわよ銀色ちゃん!」
「熱いでしょう? 痛いでしょう? ……私と同じになりなさいな!」
レナの業火がオメガ・スリーを炭にし、リズの紫電がオメガ・ツーを達磨落としのように解体する。
『常時励起』によるリミッター解除。
痛みと快楽を燃料に変えた魔女たちの出力は、ドクター・クロウリーの計算式を遥かに超えていた。
その混乱に乗じて、シキは単身、敵の旗艦へと乗り込んでいた。
†
敵艦ブリッジ。
警報音が鳴り響く中、指揮官である『オメガ・ワン』は、侵入してきたシキに氷の剣先を向けていた。
「……不可解。戦力差ハ逆転シテイタハズ。ナゼ、我々ガ圧倒サレテイル?」
彼女の銀色の瞳には、動揺の色はない。ただ、計算と現実の乖離に対する純粋な疑問だけがあった。
「演算ミスハ修正スル。貴様ヲ排除シ、再計算ヲ行ウ」
オメガ・ワンが踏み込む。
感情のない、最短距離の突き。
だが、シキはそれを避けるそぶりも見せず、無造作に左手を前に突き出した。
「――『虚数接続』」
カィィィンッ……!
シキの手のひらが、オメガ・ワンの剣、そして彼女の魔力障壁を「すり抜け」て、その胸元に触れた。
物理的な防御も、魔力的な防御も、シキの『虚数回路』の前では「ゼロ」に書き換えられる。
「接触。……セキュリティ、ガバガバだぞ」
「ッ!? 侵入……!?」
オメガ・ワンがバックステップで逃げようとするが、遅い。
シキの指先から、彼女の無機質な回路網へ、異質な信号が雪崩れ込む。
「警告。不正データ流入。……コ、レハ……何ダ……?」
オメガ・ワンの膝がガクンと折れた。
全身のサーボモーターが痙攣し、銀色の肌が小刻みに震え始める。
彼女の脳内ディスプレイに、見たこともないエラーログが滝のように流れる。
《熱源反応》《心拍数上昇》《粘膜分泌》《思考ノイズ増大》――。
「演算デキナイ……! 熱イ、痺レル……! コレハ、痛覚デハ、ナイ……!?」
「ああ、違うな。それは『痛み』よりも厄介なバグだ」
シキは彼女を床に押し倒し、その冷たい首筋に指を這わせた。
「教えてやるよ。お前たちの生みの親が、『不要なゴミ』として排除したバグの正体を」
シキは意地悪く笑い、回路の最深部を刺激した。
「――『快感』って言うんだよ」
ビクンッ!!
オメガ・ワンの背中が大きく反り上がった。
「あ、ア、ガ……ッ!? ぁぁぁぁぁッ!!?」
彼女の口から、機械音声ではない、艶めかしい悲鳴が漏れる。
今まで「0」か「1」しかなかった彼女の世界に、色彩と温度を持ったカオスが注入される。
それは、電子頭脳を焼き切るほどの強烈な電気信号の嵐。
「や、メロ……! 回路ガ、溶ケ……ッ! 思考ガ、白ク……ッ!」
「いい声だ。お前もやっぱり、俺の『可愛い患者』と同じ顔で鳴くんだな」
シキはさらに深く、彼女のシステムに『快楽』という名のウイルスを流し込む。
完璧だった統率機能が崩壊し、ネットワークを通じて他のオメガたちへの指揮系統もダウンしていく。
「あ、あっ……! シキ……様……っ! おかしく、ナルぅッ……!」
数秒後。
オメガ・ワンは、焦点の定まらない瞳で床に崩れ落ち、熱に浮かされたように荒い息を繰り返していた。
その頬は紅潮し、もはやただの「人形」には見えなかった。
「……学習完了だな」
シキは立ち上がり、完全に機能停止(陥落)した彼女を見下ろした。
「完璧すぎて退屈だったが……少しは人間らしい『ノイズ』が混ざって、可愛げが出たじゃないか」
敵の司令塔は堕ちた。
物理的な破壊ではなく、知ってはいけない「悦び」を知らされたことによって。




