第77話:『改造手術(カスタム)。更なる深淵へ』
空中要塞『ヘイムダル』の深部、動力炉整備室。
薄暗い部屋には、唸るような魔力炉の駆動音だけが響いていた。
手術台の周りには、包帯を巻いたレナたちが座っている。
彼女たちの視線の先には、怪しげに発光する特殊な魔導メスを手にしたシキが立っていた。
「……最後に確認するぞ。これはただの強化じゃない。人間としての『安全装置』を焼き切る行為だ」
シキの表情は、いつになく厳しかった。
「『常時励起』。魔力回路を常に暴走寸前の臨界状態で固定する。……例えるなら、アクセルをベタ踏みした状態でブレーキを破壊するようなもんだ」
彼は淡々と、だが恐ろしいリスクを告げた。
「メリットは、オメガ・シリーズすら凌駕する爆発的な出力と反応速度。……だが、デメリットは地獄だ」
シキは彼女たちの顔を一人ひとり見渡した。
「常に体は高熱に苛まれ、疼き続けることになる。そして、俺の『虚数回路』による冷却と制御がなければ、わずか1時間で回路が焼き切れ、廃人になる」
それは、実質的な「奴隷契約」以上のものだった。
シキがいなければ、生きていくことすら許されない体になる。
自由意志による独立など、永遠に不可能になる不可逆の改造。
「……1時間、か」
最初に口を開いたのは、レナだった。
彼女は自分の胸に手を当て、鼓動を確認するように目を閉じた。
「短いようで、長いわね。……シキがそばにいれば、永遠と同じだもの」
彼女は迷いのない瞳でシキを見上げ、微笑んだ。
「やって、シキ。……どうせ今だって、貴方がいなきゃ息をするのも苦しいの。それが『1時間』という期限付きになったところで、何も変わらないわ」
「レナの言う通りですわ」
エミリアが服のボタンを外し、白磁の肌を晒して手術台に横たわった。
「私の全ては既にシキに捧げています。……貴方なしでは生きられない体にされるなんて、むしろ望むところですわ」
リズも、ソフィアも、そしてエレオノーラも。
誰一人として恐怖を浮かべる者はいなかった。
あるのは、愛する男の手で「作り変えられる」ことへの期待と、背徳的な悦び。
「……お前ら、本当にイカれてるな」
シキは呆れたように笑い、しかしその瞳には熱い信頼の色が宿っていた。
「いいだろう。そこまで腹を括ってるなら、俺も地獄まで付き合ってやる。……最高の『魔女』に生まれ変わらせてやるよ」
ジュッ……!
魔導メスが肌に触れる。
肉を焼く音と、甘い悲鳴が整備室に響く。
「あぁっ……! 熱い……熱いぃッ……!」
「シキっ……もっと……! 奥まで書き換えてぇッ……!」
それは手術というよりは、儀式に近かった。
彼女たちの魔力回路に、シキという所有者の刻印を深く、深く焼き付ける作業。
苦痛と快楽が混ざり合い、彼女たちの瞳の色が、人間のものではない鮮烈な輝きを帯びていく。
†
数時間後。
手術を終えた5人は、荒い息を吐きながら立ち上がっていた。
肌は上気し、全身から陽炎のような魔力が立ち上っている。
常に疼く高熱。
だが、それは不快なものではなく、彼女たちを突き動かす無限の燃料となっていた。
「……すごい。力が、溢れて止まらない」
レナが拳を握ると、空気がピリピリと震えた。
オメガ・シリーズのような「冷たい強さ」ではない。
触れれば火傷しそうなほどの、圧倒的な「熱い強さ」。
「気分はどうだ?」
「最高よ、マスター。……体が熱くて、今すぐに何かを壊したくてたまらないわ」
エレオノーラが妖艶に舌なめずりをする。
その瞳は、もはや獲物を狩る捕食者のそれだった。
「よし。なら、その熱をぶつける相手は決まっているな」
シキは窓の外、再び接近してくる帝国の追手を見据えた。
「行け、俺の可愛い怪物たち。……『オメガ』ごときじゃ役不足だってことを教えてやれ」
リミッターを焼き切った5つの流星が、再び戦場の空へと飛び立つ。
今度は、逃げるためではない。
狩るために。




