第7話:『欠陥品の意地。焦熱核の真価』
『第3フィールド:地下迷宮』。
今回の序列戦に選ばれたステージは、視界が悪く、無数の柱が立ち並ぶ閉鎖空間だった。
「――っ! シキ、どこ!?」
戦闘開始のゴングと同時だった。
敵チーム――序列600位台のトリオが仕掛けた『閃光』と『岩壁』のトラップにより、私はシキと分断された。
目の前には分厚い岩の壁。背後には行き止まり。
そして、周囲からは忍び笑いが聞こえてくる。
「ヒヒッ、上手くいったぜ。あの技師さえ引き剥がせば、こいつはただの『自爆装置』だ」
「ビビって魔法も撃てないだろ? 撃てば自分が焼け死ぬもんな」
姿の見えない敵の声が、暗闇に反響する。
彼らの狙いは正しい。
私は今、一人だ。シキの手が、背中の温もりが、ない。
ドクン、と心臓が跳ねる。
途端に、体の芯から嫌な熱さが込み上げてきた。
「あ、つ……」
恐怖が引き金となり、抑え込んでいた『焦熱核』が暴れだす。
視界が赤く明滅する。
肌がチリチリと焼け、血管の中を溶岩が流れるような激痛が走る。
(やだ……また、あの熱さが……!)
トラウマが蘇る。
自分の炎で自分の皮膚が炭化していく臭い。誰にも助けてもらえない孤独。
魔法を使っちゃダメだ。使えば暴走する。でも、使わなければ敵に殺される。
「はあ、はあ、シキ……助けて……!」
壁に手をつき、崩れ落ちそうになった、その時だった。
ヒヤリ。
首元につけられたチョーカーと、先日シキに弄られた太腿の回路紋が、冷たく脈打った。
『――焦るな。俺の回路はまだ繋がっている』
脳内に直接、あの不愛想で落ち着いた声が響いた。
聴覚ではない。骨伝導でもない。もっと深い、魂の緒が繋がったような感覚。
「シ、キ……?」
『俺が仕込んでおいた遅延術式が起動している。お前の体内には、俺の冷却コードが常駐しているんだ。離れていても、俺はお前の中身を弄れる』
その言葉と共に、暴れまわっていた熱が、不思議と落ち着きを取り戻していく。
まるで、見えないシキの手が、遠隔で私の体を撫で、熱を吸い取ってくれているかのように。
『敵は3人。お前の右前方、柱の陰に隠れている。……見えるか?』
「見えない……けど、わかる。熱源探知なら、私の得意分野だもの」
シキの声に導かれ、私は呼吸を整える。
熱いのは変わらない。でも、この熱さは「痛み」じゃない。シキと繋がっている証だ。
そう思えば、恐怖は消え、代わりに強烈な闘志が湧いてくる。
「よくも……シキとの時間を邪魔してくれたわね」
私は立ち上がり、両手に炎を纏わせた。
敵は私を「自爆装置」だと嘲笑った。なら、見せてやる。
シキが調整してくれたこの体は、爆弾なんかじゃない。
炉だ。敵を焼き尽くすための、最強の動力炉だ。
「おい、なんか様子がおかしいぞ?」
「構うな、やれ!」
敵が影から飛び出し、岩の槍を放ってくる。
遅い。
今の私には、シキという「冷却水」が循環している。どれだけ出力を上げても、私は壊れない。
「――『焦熱・全方位放射』!」
私は照準などつけない。
迷宮全体をオーブンにするつもりで、ありったけの熱量を叩きつけた。
ドォォォォォォッ!!
紅蓮の爆風が、岩壁も、トラップも、隠れていた敵も、全てを飲み込む。
悲鳴を上げる間もなく、敵は黒焦げ(もちろん、魔法的な防護服の限界突破判定だ)になって吹き飛んだ。
砂煙が晴れた後。
瓦礫の山となったフィールドの中央で、私は立っていた。
傷ひとつない。火傷もない。
「……やりすぎだ。埋没手当が出るかもしれん」
崩れた壁の向こうから、シキが瓦礫を避けて歩いてきた。
彼は呆れた顔をしているが、私を見る目はどこか満足げだった。
「シキっ!」
私はたまらず駆け寄り、彼に抱きついた。
防火服越しの硬い感触と、油の匂い。これがないと、やっぱり落ち着かない。
「離れてても、ちゃんと声……聞こえたわ」
「ああ。だが、遠隔操作は燃費が悪い。……帰ったら、直接『補充』が必要だな」
シキの言葉に、私は首まで真っ赤になった。
補充。それはつまり、またあの濃厚なメンテナンスをするということだ。
「……うん。たっぷり、してよね」
私の小さな返答を、シキはフッと笑って受け流し、勝利のコールが鳴り響く出口へと私をエスコートした。
引き離されたことで、私たちのパス(経路)は、より太く、深く焼き付いてしまったようだった。




