第62話:『帝都からの使者。黒衣の監査官』
その日の午後、アトラス学園の正門は、重々しい軍靴の音によって踏み荒らされた。
現れたのは、全身を漆黒のロングコートに包み、無機質な銀の仮面をつけた集団。
彼らは学園の警備システムをフリーパスで通過すると、迷うことなく最上階の生徒会室へと押し入った。
バンッ!!
ノックもなしに扉が開かれる。
ソファでくつろいでいたレナたちが、瞬時に身を起こして戦闘態勢をとる。
「……礼儀を知らぬ客だな。余の許可なく立ち入るとは」
エレオノーラが、不快そうに眉をひそめて立ち上がった。
だが、侵入者たちの先頭に立つ男――唯一、仮面をつけず、片眼鏡をかけた神経質そうな男は、皇女である彼女を見ても頭を下げなかった。
「失礼。帝都魔導省、特別監査局のゲオルグだ。……公務ゆえ、無駄な挨拶は省略させてもらう」
ゲオルグと名乗った男は、手元の端末を見ながら、事務的に告げた。
「本日付で、帝都魔導省が観測した『魔力出力の理論限界値』に基づき、レナ・バーンハートを含む計6名を、帝国軍特務部隊へ『強制徴用』する。拒否権はない。直ちに身柄を引き渡せ」
「徴用だと? 学園の公式ランクも無視して、何を勝手なことを」
「公式ランクなど、現場の主観に過ぎん。我々が見ているのは素材のポテンシャルだ。特にレナ・バーンハート……貴様の最近の出力上昇は、測定不能の領域に達している。分解して構造を調べれば、次世代の魔導兵器の礎になれるぞ」
「……っ! ふざけるな!」
レナが激昂し、掌に炎を生み出す。
だが、シキが片手でそれを制した。
「待て、レナ。……相手は正規の令状を持っている」
シキはソファからゆっくりと立ち上がり、ゲオルグの前に立った。
無造作な作業着姿の男と、黒衣の官僚。
「おい、アンタ。ここは学校だ。生徒は兵器の部品じゃない」
「……貴様は?」
ゲオルグが怪訝そうにシキを見た。
片眼鏡の奥で、シキの魔力測定が行われる。
『測定不能。魔力反応ゼロ』
その結果を見た瞬間、ゲオルグの口元が醜く歪んだ。
「ハッ、なんだこれは? ゴミが混じっているな」
彼はあからさまな侮蔑を込めて、シキを鼻で笑った。
「魔力を持たぬ無能力者が、なぜここにいる? ……いや、待てよ」
ゲオルグは何かを思い出したように、端末を操作した。
実戦テストフェーズ、廃棄処分、試作零号、コードネーム。
そして、あるデータファイルに辿り着いた瞬間、その目が驚愕と、より深い軽蔑に変わった。
「……ああ、そういうことか。どこかで見た顔だと思えば」
彼はコツコツとシキの胸板を指先で叩いた。
「おいおい、冗談だろう? 10年前に『実戦テストフェーズ』へ移行し、軍の極秘監視下に置かれていたはずの検体が……なぜ1年前の失踪後も、廃棄処分命令に従わず生きている?」
「……人違いじゃないか?」
「とぼけるなよ。……魔力を持たず、しかし魔力を書き換える『虚数』の因子。プロジェクトの終了と共に消されるはずだった汚点」
ゲオルグは、生徒たち全員に聞こえるように、残酷な真実(名前)を告げた。
「――コードネーム『試作零号』。……貴様、あそこで処分されたはずだろう?」
その言葉に、エレオノーラが息を呑んだ。
レナたちが驚愕の表情でシキを見る。
だが、シキだけは表情を変えなかった。
動揺も、否定もしない。ただ、諦めたような、それでいてどこか懐かしむような乾いた笑みを浮かべた。
「……へぇ。まだその古い型番で呼ぶ奴がいたのか」
シキはゲオルグの指を払い除け、冷たく言い放った。
「悪いが、そのポンコツはもう廃番だ。……今はただの『通りすがりの技師』だよ」
学園の守護者と、彼を知る帝国の闇。
シキの封印された過去の扉が、今こじ開けられようとしていた。




