第61話:『裏番長と爛れた生徒会室』
アトラス魔法学園、生徒会室。
かつては学園の最高意思決定機関として、冷厳な空気が張り詰めていたその場所は、今や見る影もなく変貌していた。
「――はい、シキ。あーんして?」
「あ、ずるいですよレナさん! シキ、私の膝枕の方が先ですわ!」
「二人ともどいてください。シキさんの背中の凝りを、私の『重力マッサージ』でほぐす時間ですので」
最高級の革張りソファに埋もれているのは、俺、シキだ。
右には焼き菓子を差し出すレナ。
左には膝枕を強要するエミリア。
背後からはソフィアが覆いかぶさり、足元ではリズが俺の太腿を抱き枕にして眠っている。
学園最強の『五大元素』の乙女たちが、俺一人の世話(という名の愛玩)をするためだけに集結している。
まさに、酒池肉林ならぬ「魔力・美少女林」。
「……お前らなぁ。ここは神聖な生徒会室だぞ。少しは公務をしろ」
「何言ってるのよ。私たちは『裏番長』様の機嫌を取るのが最優先の公務なんですーだ」
レナがケラケラと笑いながら、クッキーを俺の口に押し込む。
そう、あの一件以来、俺は生徒たちの間で『裏番長』と呼ばれるようになっていた。
表向きのトップは皇女エレオノーラだが、彼女が俺に傅いていることは周知の事実。結果、あらゆる相談や決裁が俺の元に持ち込まれ、俺の承認なしでは学園の備品一つ動かない体制が出来上がってしまったのだ。
「ふぅ……。これが『支配』の代償か」
「あら、満更でもなさそうですわよ?」
エミリアが俺の頬をつつく。
確かに、彼女たちの魔力回路を日常的にチェック(メンテナンス)できる環境は、技師としては悪くない。……距離感が近すぎることを除けば。
そんな平和で爛れた空気が流れる中。
執務机で書類を捌いていたエレオノーラが、ふと手を止め、こちらへ歩み寄ってきた。
「マスター。紅茶が入ったぞ」
彼女は恭しく跪き、湯気の立つカップを差し出した。
その仕草は洗練されたメイドのようだが、瞳の奥には隠しきれない憂いの色が浮かんでいた。
「……どうした、エレオノーラ。顔色が悪いぞ」
俺が尋ねると、彼女は周囲の乙女たちに目配せをし、少しだけ声を潜めた。
「……あまり、浮かれてばかりもいられないようだ」
「どういうことだ?」
「帝都の『魔導省』から、通達が届いた」
『魔導省』。
それは帝国における魔法行政の中枢であり、国内の全魔導師を管理・監視する最高機関だ。学園の上位組織にあたる。
「奴らが嗅ぎつけたらしい。……先の序列戦で叩き出された、異常な魔力データの数々をな」
エレオノーラは真剣な眼差しで告げた。
「特に、魔力を持たない其方が、『未来演算』や『絶対支配』を破ったという事実。……そして、リズやソフィアたちの出力が理論限界を超えて向上していること」
俺の『虚数回路』による介入と、彼女たちへの魔改造。
それは、既存の魔法理論を根底から覆す「特異点」だ。
「魔導省の連中は、理解できない力を恐れる。……あるいは、欲しがる」
「つまり、俺たちを『サンプル』として回収しに来るってことか?」
「ああ。近々、特務監査官が派遣されるそうだ」
エレオノーラの言葉に、部屋の空気が一変した。
レナたちがじゃれ合うのを止め、鋭い戦士の目に戻る。
「せっかく手に入れた平和な楽園を、役人風情に荒らされたくはないな」
シキはカップの中の紅茶を飲み干し、不敵に笑った。
学園という箱庭を制圧した俺たちの前に、国家という巨大なシステムが立ちはだかろうとしていた。
「いいだろう。来るなら来い。……魔導省の役人がどんなに偉いか知らんが、俺の『患者』に手出しするなら、組織ごと解体してやる」
裏番長の号令と共に、最強の乙女たちが一斉に頷いた。
爛れた生徒会室は、一瞬にして迎撃作戦本部へと切り替わったのだった。




