第60話:『魔力ゼロの最強技師、ハーレムを統べる』
アトラス魔法学園、生徒会室。
かつては絶対的な静寂と規律に支配されていたその場所は、今や全く別の空間へと変貌していた。
「――シキ! 今日のメンテナンスは私の番でしょ!?」
「抜け駆けはずるいですよ、レナ。シキさんの右腕は私の指定席です」
「あら、左腕は私が凍結保存してあるわ。触らないで」
ソファに深く腰掛けた俺、シキの周りには、学園を揺るがす最強の魔女たちが密集していた。
右腕にレナ、左腕にエミリア。
背後からはソフィアが覆いかぶさり、膝の上にはリズが丸まっている。
そして窓の外からは、クレアの視線(と照準)が突き刺さっている。
「……お前ら、少しは離れろ。重いし暑いし狭い」
「やだ! 充電中!」
リズが俺の腹に顔を擦り付ける。
かつて学園を恐怖に陥れた『五大元素』の乙女たち。
火、水(氷)、風、土(重力)、雷。
全てのトップランカーが、今や俺の管理下にある。
「まったく……。これじゃあ仕事にならんじゃないか」
俺はため息をつきつつも、手元の書類に目を通した。
学園の設備改修、カリキュラムの見直し、そして魔女たちの体調管理データ。
事実上の『裏序列1位』として、俺はこの学園の全権を握っていた。
「でも、シキ。あんたのおかげで学園は随分平和になったわよ」
レナが右腕を抱きしめたまま、少し真面目な顔で言った。
「派閥争いもなくなったし、無茶な実験で壊れる生徒も減った。……みんな、あんたに感謝してるんだから」
「……俺は壊れたものを直しただけだ。技師としての仕事だよ」
俺がそっけなく答えると、レナは嬉しそうにニシシと笑った。
彼女だけは、依存や崇拝とは少し違う。俺の背中を預けられる、対等な「相棒」としての距離感を保っている。まあ、独占欲は強いが。
そんな平和な空気が流れる中。
紅茶を淹れていたエレオノーラが、静かに口を開いた。
「……平和、か。だがマスター、油断は禁物だぞ」
彼女はカップを俺の前に置き、その場に恭しく跪いた。
元・序列1位にして帝国皇女。
今では完全に俺に心酔し、自ら首輪をつけて甲斐甲斐しく仕えているが、その瞳の奥にある知性は失われていない。
「アトラス学園など、所詮はただの『箱庭』……いや、『実験場』に過ぎない」
「実験場?」
俺が眉をひそめると、エレオノーラは声を潜めた。
「帝国の闇はもっと深い。……なぜ、魔力を持たない『無能力者』の其方が、我ら魔女の回路を書き換えられるのか。……なぜ、学園は不安定な魔女ばかりを集めていたのか」
彼女の言葉に、部屋の空気が張り詰める。
レナたちも表情を引き締めた。
「この学園での騒動は、ほんの序章だ。……帝都の中枢には、世界そのものを書き換えようとする『本物の怪物』たちが巣食っている」
エレオノーラは俺の手を取り、その甲にキスをした。
「だが、今のマスターならあるいは……。その『神の指』で、腐りきった帝国さえも修理してしまうやもしれぬな」
学園という枠組みを超え、物語は国家規模の陰謀へと広がろうとしている。
俺の平穏な技師ライフは、まだまだ遠いらしい。
「……やれやれ。規模がデカくなってもやることは変わらないさ」
俺は立ち上がり、工具ベルトを締め直した。
周りを見渡せば、頼もしくも手のかかる最強の仲間たちが、俺の号令を待っている。
「壊れているなら直す。暴走しているなら止める。……それが誰であろうと、俺の『患者』だ」
俺は不敵に笑い、窓の外に広がる広い空を見上げた。
「行くぞ、お前ら。……次は『帝国』への出張修理だ」




