第57話:『王手(チェックメイト)。虚ろな指先が喉元に』
「――今だ! 全員、一点集中!」
シキの絶叫が、カオスと化した戦場を切り裂いた。
エレオノーラの『未来演算』は、度重なるイレギュラーの修正に追われ、処理落ち(オーバーヒート)寸前だった。
そのわずか0.1秒の思考の空白。
そこへ、最強の魔女たちが殺到する。
「道を開けなさい! 『重力断頭台』!」
ソフィアが両手を振り下ろす。超重力の圧力がエレオノーラの左右と背後の逃げ場を物理的に押し潰し、回避ルートを「前方」のみに限定させる。
「逃がすかぁッ! 『紫電一閃』!」
リズが特攻する。彼女自身が雷の弾丸となり、真正面から突っ込む。
エレオノーラは反射的に障壁を展開してこれを防ぐが、その衝撃で体勢がわずかに崩れる。
「視界を奪います! 『ダイヤモンド・ダスト』!」
「風よ、乱反射しろ!」
エミリアとクレアの合わせ技。氷の結晶と乱気流が混ざり合い、エレオノーラの周囲を真っ白な吹雪が覆い尽くす。
視覚情報ゼロ。魔力探知も乱気流で阻害される。
「トドメよ! 最大火力――『プロミネンス・バースト』!!」
レナが全魔力を注ぎ込んだ、太陽の如き巨大火球が白霧を焼き払いながら迫る。
単純だが、それゆえに回避不能な破壊の奔流。
「くっ、小賢しい……ッ! だが、エネルギー量は計算できる!」
エレオノーラは歯噛みしながらも、冷静さを取り戻そうとした。
物理攻撃なら防げる。魔力障壁を最大出力で展開すれば、この炎も耐えきれるはずだ。
彼女は両手を前に突き出し、炎の直撃を受け止めた。
ドォォォォォォンッ!!!
爆炎が闘技場を揺らす。
熱波が吹き荒れ、煙が立ち込める。
エレオノーラは無傷だった。障壁は健在。やはり、力押しでは彼女の絶対防御は抜けない。
「……耐えきったぞ。やはり、所詮は猿の浅知恵――」
彼女が勝利を確信し、煙を払おうとした瞬間。
ザッ。
爆炎の中から、黒い影が飛び出した。
魔法ではない。魔力の輝きもない。
ただの人間が、生身で炎を突き抜けてきたのだ。
「――なッ!?」
シキだった。
彼はレナの炎を「目くらまし」とし、自ら炎の中に身を投じて特攻をかけてきたのだ。
服は焦げ、肌も焼けている。だが、その瞳だけは鋭く、エレオノーラの喉元を捉えていた。
近い。あまりにも近すぎる。
物理的な防御障壁は、炎を防ぐために対魔力仕様に変換されている。物理衝撃に対する防御が薄い。
恐怖。
エレオノーラの脳裏に、生まれて初めて「敗北」の二文字がよぎる。
彼女は反射的に、最強の防衛本能を切った。
「――『止まれ(ステイ)』ッ!!」
絶対服従の勅命。
言葉に乗せた魔力が、対象の脳内魔力回路をハッキングし、身体の自由を奪う最強の呪縛。
いかなる魔導師も、この声を聞けば強制的に停止する。
――はずだった。
ガッ!!
「……っ、が!?」
停止しなかった。
シキの足は止まらない。
彼は苦悶に顔を歪め、鼻から血を吹き出しながらも、強引に前へ進んだ。
「なんで……!? なぜ止まらない!? 余の命令だぞ!?」
「……あいにくだが、俺は『受信機』を持ってないんでな!」
シキが叫ぶ。
『絶対支配』は、相手の魔力回路を通じて脳に干渉する。
だが、シキは「無能力者」。魔力回路そのものが存在しない空っぽの器だ。
音声による暗示効果で多少の頭痛は起きるが、身体を縛る鎖にはなり得ない。
彼女の最強の魔法は、相性が最悪の「天敵」によって無効化されたのだ。
「ひっ……!」
エレオノーラの喉から、小さな悲鳴が漏れた。
無防備な彼女の目前に、焦げ臭い男の手が迫る。
未来演算も、支配の言葉も、もう間に合わない。
ガシッ。
シキの大きく、ゴツゴツとした手が、エレオノーラの細い喉元を鷲掴みにした。
力を入れれば、容易にへし折れる距離。
「――王手だ、女王様」
シキは荒い息を吐きながら、至近距離で彼女を睨みつけた。
絶対的なヒエラルキーが崩壊し、無冠の技師が、支配者の喉元に牙を突き立てた瞬間だった。




