第56話:『五重奏(クインテット)の即興曲。予測不能の連携』
「――全員、インカムのスイッチを切れ。俺の声だけを聞け」
シキが懐から予備の通信機を取り出し、全チャンネルに割り込んだ。
「これより作戦を変更する。フォーメーション解除。役割分担もなしだ」
『えっ? じゃあどうすれば……』
「デタラメに動け。思考するな。俺が『右』と言ったら全力で左へ飛べ。『撃て』と言ったら地面を殴れ」
シキは不敵に笑い、エレオノーラを指差した。
「相手はスーパーコンピュータだ。論理的な動きは全て読まれる。……だったら、計算不能の『バグ』を踊るしかないだろ?」
シキの意図を理解したヒロインたちが、ニヤリと笑った。
信頼関係がなければ成立しない、狂気のオーダー。
「了解! 踊り狂ってやるわ!」
レナが叫び、意味もなく真上に火球を放り投げた。
「ふん、自暴自棄か? その火球が落ちてくる軌道など、計算するまでもなく――」
エレオノーラが鼻で笑った、その時。
ガキンッ!!
シキが投げたスパナが、レナの肘に直撃した。
「痛っ!?」
レナの腕が予期せぬ方向へ跳ね上がり、生成途中だった二発目の火球が、あろうことか味方のエミリアに向かって飛んでいく。
「なっ……味方撃ち(フレンドリーファイア)!?」
エレオノーラの思考が一瞬停止する。
だが、エミリアは悲鳴を上げながらも、咄嗟に氷の壁を生成して防御した。
ドォォォン!!
炎と氷が至近距離で衝突し、猛烈な水蒸気が発生。闘技場全体が視界ゼロの白霧に包まれた。
「目くらましか! だが、魔力の探知は――」
「そこだ、リズ! 壁に向かって走れ!」
シキの指示。
リズはエレオノーラではなく、誰もいない観客席の壁に向かって神速で突っ込んだ。
激突寸前、彼女は足を滑らせて転倒――したように見せかけ、シキが事前に撒いておいた「オイル」の上を滑走。
摩擦係数ゼロの予測不能なスライディングタックルが、霧の中からエレオノーラの足元を襲う。
「くっ……!?」
エレオノーラは間一髪で跳躍してかわす。
だが、空中に逃げた彼女を、今度はソフィアが待ち構えていた。
「ソフィア、盾を捨てろ!」
「はいっ!」
ソフィアは愛用のタワーシールドを、防御ではなく「投擲武器」として回転させながら放り投げた。
重戦車の如き質量が空を裂く。
エレオノーラは空中で身を捻り、それを回避する。
――そこへ。
カァァァンッ!!
シキが瓦礫の影から飛び出し、投げられた盾に向かって「金槌」をフルスイングした。
物理的な衝撃で、盾の軌道が鋭角に折れ曲がる。
それは、ピンボールのような不規則な反射。
「しまっ――!?」
エレオノーラのドレスの裾が、掠めた盾によって裂かれた。
完全無欠の皇女に、初めて物理的な攻撃が届いた瞬間だった。
「なぜだ……!? なぜ未来が変わる!?」
エレオノーラが着地し、乱れた髪を押さえながら叫ぶ。
彼女の脳内では、「レナは炎を敵に撃つ」「リズは地面を走る」「盾は防御に使う」という常識的な変数が入力されている。
だが、シキがリアルタイムで介入し、物理的な干渉(邪魔)をすることで、その前提条件そのものを書き換えているのだ。
「余の計算に間違いなどあるはずがない……! なのに、なぜ結果が収束しないッ!?」
脳内アラートが鳴り止まない。
《エラー発生》《予測進路変更》《再計算》《再々計算》――。
処理落ち寸前の思考。
霧の中、シキの声が響く。
「アンタの計算は『楽譜通り』すぎるんだよ、皇女様」
白い霧の中から、5つの影がゆらりと浮かび上がる。
「こっちは全員、即興だ。……さあ、ダンスのテンポを上げるぞ。ついて来れるか?」
五重奏のハーモニーは、カオスを奏でて最高潮へ。
絶対的な未来予測が、ついに「現在」の熱量に飲み込まれようとしていた。




