第55話:『絶対王政の亀裂。見えない「虚数」の因子』
闘技場に横たわる5人の肢体。
レナの炎は燻り、リズの紫電は消え、ソフィアの盾は砕かれている。
完全なる敗北。
エレオノーラ・ヴィクトリアは、その惨状を冷ややかに見下ろしていた。
「……終わりだ。 退屈な遊戯だったな」
彼女の脳裏には、既に「3分後の未来」が見えている。
シキが絶望に泣き崩れ、許しを請い、靴の裏を舐める未来。
その映像は鮮明で、確定した事実として彼女の思考に焼き付いている。
……はずだった。
ザザッ……。
「……ん?」
不意に、エレオノーラは眉をひそめた。
脳内の予知映像に、奇妙な「ノイズ」が走った気がした。
アナログテレビの砂嵐のような、不快なザラつき。
「……おい。 誰が泣くって?」
現実の声が、予知を裏切った。
エレオノーラがハッとして視線を戻すと、地面に這いつくばっていたはずのシキが、よろめきながらも立ち上がろうとしていた。
「バカな。 ……其方は今、肋骨が折れて動けないはずだ。 痛覚信号による行動不能確率は100%だったはず」
「……あいにくだが、痛みには慣れてるんでな」
シキは口元の血を拭い、ニヤリと笑った。
その笑顔は、エレオノーラの予知には存在しなかったものだ。
ザザザザッ……!
再び、ノイズが走る。
エレオノーラの『未来演算』が警報を鳴らす。
シキの次の動作が見えない。 右手を動かすのか、左足を出すのか、あるいは魔法を使うのか。
彼の姿だけが、予知映像の中で黒く塗りつぶされたように欠落している。
「……なぜだ? なぜ其方だけが見えない?」
エレオノーラは初めて焦りの色を見せ、シキを凝視した。
そして、気付く。
彼女の『未来演算』の仕組み――それは、世界に満ちる「魔力の流れ」を数式に変換し、因果律を計算するシステムだ。
人間も、物質も、大気さえも、微量な魔力を帯びている。 だからこそ計算できる。
だが、目の前の男は違った。
「……魔力が、ない?」
彼の体内には、魔力が一切流れていない。
空っぽだ。
数値にすれば『ゼロ』。
掛け算に使えば答えを全て無に帰し、割り算に使えば計算不能を引き起こす、特異点。
「そうか……貴様、無能力者か!」
エレオノーラが叫ぶ。
彼女の完璧な計算式の中に、異物が混入していたのだ。
「気付くのが遅いぜ、生徒会長」
シキはふらつきながらも、一歩ずつ彼女に近づいていく。
エレオノーラは彼を止めようと未来を見ようとするが、見えない。
彼がどう動くか、データがないから予測できない。
「俺は、お前の計算式には当てはまらない『虚数』だ。 ……お前の自慢のスパコンも、幽霊の動きまでは計算できなかったみたいだな」
「くっ……! 近寄るな!」
エレオノーラが反射的に手をかざす。
『絶対支配』の言霊を放とうとした、その刹那。
「今だ! レナ、リズ!」
シキの号令が、予知の外側から響いた。
予知できないシキの行動が起点となり、それに呼応して動くヒロインたちの行動もまた、エレオノーラの計算からズレ始めたのだ。
「計算外の未来、くれてやるわよッ!」
倒れていたレナが、死角から炎を放つ。
リズが、計算より0.1秒速く反応して走り出す。
確定していたはずの未来に、亀裂が入る。
「小賢しいッ!」
エレオノーラは迎撃しようとするが、シキという「見えない因子」が視界をチラつくせいで、演算リソースが割かれる。
絶対王政が揺らいだ。
勝率0.00%の壁に、針の穴ほどの風穴が開いた瞬間だった。




