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第52話:『未来演算(ラプラス)。全ての行動は読まれている』

「――返答は保留させてもらえないか。さすがに人生を賭けた契約だ。考える時間が欲しい」


玉座の間。強制的な土下座から解放された俺は、冷え切った汗を拭いながらそう切り出した。


時間を稼ぐ。その間に、この「絶対支配」に対抗する策を練る。


そう考えた上での提案だった。


だが、エレオノーラは艶やかに唇を歪めただけだった。


「クク……。無駄なあがきだな、シキ」


彼女は手元のティーカップをソーサーに戻し、まるで台本を読み上げるように淡々と告げた。


「其方は今、『時間を稼いで対策を練ろう』と考えた。そして帰還後、地下工房にある対精神干渉用の試作ジャミング装置を起動し、リズの速度で奇襲をかけ、その隙にソフィアの重力で私の動きを封じる作戦を立てるつもりだろう?」


「……なっ!?」


俺の背筋が凍りついた。


図星だ。まだ口に出してもいない、脳内で組み立てたばかりのプランが、完璧に言い当てられている。


「なぜ分かった、という顔だな。……簡単だ。余には其方の思考の深層プログラムが見えておる」


エレオノーラが金色の瞳を妖しく輝かせた。


「余のもう一つの権能は『未来演算ラプラス』。この空間に存在する全ての物質、魔力、そして心理プロファイリングと過去の行動データに基づく予測を弾き出す」


彼女は退屈そうに頬杖をついた。


「風がどう吹くか、コインがどう落ちるか。そして、人間が次に何を考え、どう動くか。……余にとって、未来とは『確定した計算式』に過ぎない」


彼女の指先が、空中に見えない数式を描く。


「例えば、レナ。其方は今、背中に隠した手で『爆炎球』を生成しようとしているな? だが止めておけ。あと0.5秒後に放てば、その炎は気流の乱れで跳ね返り、隣のエミリアの髪を燃やすことになる」


「っ!?」


レナがハッとして背中の手を止める。そこには確かに、暴発寸前の魔力が渦巻いていた。


「そしてシキ。……余の計算では、3日後の正午。其方はこの部屋に戻り、自らの意志で余の靴に口づけをし、『一生お仕えします』と涙ながらに誓っている」


「……冗談だろ」


確定事項スケジュールだ。確率は99.98%。其方がどう足掻こうと、どのような策を弄しても、全ての変数は最終的にその結末へと収束する」


彼女は残酷な予言を突きつけた。


俺たちがこれから行う会議、抵抗、奇策。それら全てが、彼女にとっては「想定の範囲内」であり、彼女の退屈な時間を埋めるための余興シナリオでしかないのだ。


「絶望したか? だが安心しろ。余のペットになれば、思考する苦しみからも解放してやる」


エレオノーラは玉座から立ち上がり、優雅にスカートを広げた。


「さあ、帰るがいい。そして精々、無駄な努力を重ねるがよい。……すべては『予定調和』なのだからな」


俺たちは無言で玉座の間を後にした。


帰り道、誰も口を開かなかった。


絶対的な「命令」と、回避不能の「予知」。


最強の魔女たちが束になっても勝てない理由が、痛いほど理解できてしまったからだ。


「……計算、か」


だが、重苦しい沈黙の中で、俺だけは小さく呟いた。


恐怖はある。だが、技師としての本能が、彼女の言葉尻に反応していた。


「魔法による『予知』じゃない。『心理プロファイリングと過去の行動データに基づく予測』と言ったな……」


未来を見ているのではなく、計算しているのなら。


計算機には必ず、処理しきれない「バグ」や「例外エラー」が存在するはずだ。


3日後の正午。


その確定した未来をぶち壊すための、たった0.02%の可能性を探す戦いが始まった。

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