第51話:『玉座からの招待状。拒否権のないお茶会』
学園最上階、生徒会本部――通称『天空の玉座』。
重厚なマホガニーの扉が、音もなく開かれた。
「……趣味が悪いな。学校の生徒会室というより、王宮の謁見室だ」
俺が足を踏み入れた先には、深紅の絨毯が敷き詰められた広大な空間が広がっていた。
天井からは巨大なシャンデリアが下がり、壁には歴代の支配者たちの肖像画。
そして、部屋の最奥。
数段高い場所に設置された豪奢な椅子に、その少女は足を組んで座っていた。
「ようこそ。私の可愛い廃棄物たち。――余の新しいおもちゃ」
学園序列第1位、生徒会長にして帝国皇女。
『支配の魔女』エレオノーラ・ヴィクトリア。
流れるような銀髪、宝石のように鋭い金色の瞳。
身に纏うのは、生徒会の制服を改造した、軍服のようなドレス。
彼女がただそこに座っているだけで、空気の密度が変わったように感じる。圧倒的な「格」の違い。
「お招きいただき光栄です、皇女殿下」
ソフィアが蒼白な顔で片膝をつく。
レナもエミリアも、そしてリズでさえ、本能的な恐怖に震え、言葉を発することができない。
彼女たちの生存本能が告げているのだ。この女には逆らうな、と。
「楽になさい。……さあ、座って。極上の茶葉が手に入ったの」
エレオノーラが指を鳴らすと、虚空からメイド服姿の使い魔が現れ、湯気の立つティーカップを俺たちの前に置いた。
芳醇なダージリンの香り。だが、その香りはどこか鉄錆のような危険さを孕んでいた。
「単刀直入に言おう。シキ、其方を余の『愛玩動物』兼『専属主席技師』に任命する」
彼女はカップを優雅に傾けながら、天気の話でもするように告げた。
「……任命? 勧誘じゃなくてか?」
「余が勧誘などすると思うか? これは決定事項だ」
彼女は金色の瞳を細め、俺を値踏みするように見つめた。
「調べさせてもらったぞ。其方は10年前に研究所を出て以来、各地で実戦データを収集し、一年前までエミリアの専属技師を務めていた『試作零号』……シキ、だったな。落ちこぼれの魔女たちを次々と手懐け、あまつさえ『神速』のリズすら陥落させた手腕。……興味深い。其方のその指は、余の退屈を紛らわせるのに丁度良さそうだ」
彼女は俺を人間として見ていない。
珍しい機能を持った道具。あるいは、芸をする猿を見る目だ。
「断ると言ったら?」
俺が静かに返すと、部屋の空気が凍りついた。
レナが「バカ! やめて!」と叫びかける。
エレオノーラは表情一つ変えず、ただ口角を吊り上げた。
「――『跪け』」
たった一言。
魔力を込めたわけでもない、ただの言葉。
だが、その瞬間。
ガガンッ!!
俺の意志とは無関係に、両膝が床に叩きつけられた。
レナたちも同様だ。全員が糸で操られた人形のように、強制的に平伏させられていた。
「な……っ!? 体が、動かな……ッ!」
俺は必死に立とうと力を込めるが、脳からの信号が筋肉に届かない。
いや、脳そのものが「立ってはいけない」と書き換えられている感覚だ。
「これが余の魔法、『絶対支配』だ。聴覚を通して脳の言語野に侵入し、深層意識(ルート権限)を強制的に書き換える」
エレオノーラがカツ、カツとヒールの音を響かせ、俺の目の前に歩み寄る。
彼女は俺の顎を爪先でクイッと持ち上げた。
「理解したか? 其方に拒否権はない。余が『死ね』と命じれば、其方は喜んで自分の心臓を止めるだろう。……『愛せ』と命じれば、靴の裏を舐めて求愛するだろう?」
絶対的なヒエラルキー。
彼女の前では、自由意志など無意味。
彼女は管理者であり、他人はすべてプログラムされたNPCに過ぎない。
「……最悪のセキュリティホールだな」
「何か言ったか?」
「……いいや。随分と強引な求婚だと思ってな」
冷や汗を流しながらも、俺は軽口を叩いた。
動揺を見せれば、そこで終わりだ。
「フフ、気に入った。その減らず口、いつまで保つか見ものだな」
エレオノーラは満足げに玉座へと戻った。
「期限は明日の日没までとする。それまでに身辺整理を済ませ、余の部屋へ来い。……遅れれば、その可愛い部下たちに『全員で殺し合いをしろ』と命じることになるぞ?」
謁見は終わった。
俺たちは解放され、重い扉の外へと放り出された。
残されたのは、絶対的な「服従」の命令と、絶望的なタイムリミットだけだった。




