第50話:『早口すぎる恋人。彼女の言葉は彼にしか聞こえない』
学園のカフェテリア。
俺たちのテーブルは、今日も今日とて異様な空気に包まれていた。
「――キュルルルルッ!! ピキュイィィィン!!」
テーブルの一角で、リズ・スカーレットが俺の腕に絡みつきながら、何かを喚いている。
だが、周囲の人間には、それは言葉として認識できなかった。
まるでカセットテープを最高速で早送りしたような、あるいはデジタル音声のバグのような、甲高い電子ノイズ(高速振動音)。
レナが呆れた顔で耳をほじった。
「ねえ、リズ。何言ってるか全然わかんないんだけど。あんた、壊れたラジオ?」
「あら、リスか何かの求愛行動じゃなくて?」
エミリアも優雅に紅茶を飲みながら毒を吐く。
リズは『神速』の使い手だ。
普段はリミッターで制御しているが、感情が高ぶったり興奮したりすると、思考と発声器官が勝手に加速してしまう癖だけは治っていなかった。
「キュルッ! キュイッ、キュルルルルル(高速再生音)!!」
リズは俺の顔を覗き込み、頬を膨らませて必死に何かを訴えている。
誰もが首を傾げる中、俺だけは、手に持ったコーヒーを置き、平然と頷いた。
「……はいはい、わかった。次はあっちの限定ケーキが食べたいんだな?」
「!!」
リズの顔がパァァァッと輝いた。
コクコクと首が千切れそうな速度で頷き、俺の肩に頭を擦り付ける。
「えっ、今ので通じたの!?」
レナが驚愕する。
「ああ。俺の聴覚処理を、彼女の周波数に合わせてチューニングしてあるからな」
俺には聞こえていた。
先ほどの「キュルルル」というノイズは、通常の30倍速で再生された、
『ねえシキ! さっきのパスタも美味しかったけど、やっぱり甘いものは別腹だよね! あっちのショーケースにあるイチゴのタルト、シキと一緒に食べたいな! あーんしてくれたらもっと美味しいと思うの!』
という、砂糖を吐くほど甘ったるいおねだりだったことを。
「……通訳するのも恥ずかしい内容だな」
俺が苦笑すると、インカムからクレアの声が響いた。
『――シキさん。リズさんの心拍数が上昇中。……解析結果、今のノイズには「大好き」という単語が計15回含まれていました。……不潔です。射撃許可を』
「却下だ」
リズは俺にしか通じないことが嬉しいのか、さらに興奮して喋り続ける。
「キュルキュル! ピギューン!(シキ、大好き! 世界で私と言葉が通じるのはシキだけだよ! ね、後で私の部屋でメンテナンスの続きしてくれるよね!?)」
「……後でな」
「キュイッ!(やったぁ!)」
リズは幸せそうに俺の胸に飛び込んだ。
周囲の生徒たちは、「あの魔女の言葉を理解するなんて、あいつも化け物か……?」と遠巻きにひそひそ話している。
奇妙な共依存関係。
だが、この「二人だけの周波数」は、リズにとっては何よりの精神安定剤になっていた。
そんな、騒がしくも平和なランチタイムが続いていた、その時だった。
ズズズン……ッ。
突如、カフェテリアの空間が重く歪んだ。
物理的な重力ではない。もっと精神的な、魂を圧迫するような「威圧感」。
「ッ!? 何、このプレッシャー……!」
レナが即座に立ち上がり、炎を構える。
ソフィアも瞬時に表情を引き締め、俺の前に盾を展開しようとした。
しかし、敵はいなかった。
代わりに、俺たちのテーブルの真ん中――何もない空間から、一通の封筒がゆらりと現れ、舞い落ちた。
「……手紙?」
漆黒の封筒。
そこには、黄金の蝋で封がされ、薔薇と剣を模した紋章が押されていた。
それを見た瞬間、エミリアが青ざめ、リズの早口がピタリと止まった。
「嘘……あの紋章……」
「……『インペリアル・ローズ』。……間違いないわ」
ソフィアが震える声で呟く。
「学園序列第1位。生徒会長にして、この国そのものを支配する『皇女』……」
俺は封筒を拾い上げ、裏面を見た。
そこには、流麗かつ絶対的な筆致で、こう記されていた。
『 招待状 』
『 差出人:エレオノーラ・ヴィクトリア 』
「……序列1位、『支配の魔女』か」
俺は封を切った。
中に入っていたのは、招待状という名の、事実上の「召喚命令書」だった。
『――シキ殿。および、私の可愛い魔女たちへ』
『貴殿らのご活躍、興味深く拝見いたしました』
『つきましては、今夜、生徒会室「玉座の間」にてお茶会を催します』
『拒否権はありません。……私の所有物になる覚悟を決めて、いらっしゃい』
読み上げた瞬間、紙が紫色の炎となって燃え尽きた。
後に残ったのは、甘く、そしてどこか危険な香水の残り香だけ。
「……ついに来たか」
俺は灰を払い落とし、立ち上がった。
レナ、エミリア、ソフィア、リズ、そして通信越しのクレア。
全員の顔に、これまでとは違う緊張が走っている。
「行こうぜ。……ラスボスの『お茶会』に遅刻したら、また何を言われるかわからないからな」
学園の頂点。
全ての魔女を統べる絶対女王からの呼び出し。
俺たちの最後の戦い――あるいは、最大のメンテナンスが始まろうとしていた。




