第5話:『共振結合(レゾナンス・リンク)。ただ後ろから抱きしめるだけ』
「喰らえ! 『水流槍』!」
ウォルターの杖から、高圧の水流が螺旋を描いて射出された。
コンクリートさえ穿つその一撃は、しかし、私の目の前で霧散した。
ジュワアアアアッ!!
私の掌から放たれた炎が、水槍を瞬時に蒸発させたのだ。
視界が真っ白な蒸気で覆われる。
すごい。今までの私なら、この時点で熱暴走して意識が飛んでいたはずだ。でも、今は意識が鮮明だ。体が軽い。
(いける! これなら勝てる!)
勝利の予感に高揚した私は、さらに魔力を注ぎ込んだ。
だが、それが間違いだった。
「――っ!?」
ドクン、と心臓が嫌な音を立てた。
調子に乗って出力を上げすぎたせいで、シキが調整してくれた「最適値」を超えてしまったのだ。
掌の炎が、制御を離れて爆発的に膨れ上がる。
(やばい、止まらない……! このままじゃ会場ごと吹き飛ばしちゃう!)
火力が強すぎて、照準が定まらない。
炎の奔流が四方八方に散らばりそうになった、その時だ。
「……馬鹿が。アクセルを踏みすぎるなと言っただろう」
背後から、トン、と誰かが寄り添った。
シキだ。
彼は私の背中に自身の胸をぴったりと密着させ、後ろから抱きしめるようにして、私の両手に自分の手を重ねた。
「シ、シキ!? 何して……っ!?」
「暴れるな。俺が舵を取る」
耳元で囁かれる低い声。
首筋にかかる吐息。
そして、背中全体で感じる彼の体温と鼓動。
あまりの密着度に、頭が沸騰しそうになる。
「――『共振結合』、接続」
シキが呟くと同時に、重ね合わせた手から、冷徹なまでの「秩序」が流れ込んできた。
暴れ狂っていた私の炎が、シキの『虚数回路』という枠組みの中に強制的に押し込められていく。
まるで、荒れ狂う暴れ馬に、熟練の騎手が手綱をつけたかのように。
「照準、固定。出力調整は俺がやる。お前はただ放て」
「っ……! う、うん!」
シキの思考が、直接私の脳内に流れ込んでくる感覚。
私の役割は「エンジン」。魔力を生み出し、燃やすことだけに集中する。
シキの役割は「ステアリング」。その膨大なエネルギーを圧縮し、一点に集中させ、敵を穿つ。
二人の魔力(呼吸)が重なる。
拡散しようとしていた紅蓮の炎が、シキの手のひらの中で極限まで圧縮され、白熱する一本の槍へと変貌していく。
蒸気の向こうで、ウォルターが慌てて防御魔法を展開するのが見えた。
「『水壁』展開! な、なんだあの魔力密度は!?」
遅い。
シキの計算により、勝利への射線は既に描かれている。
「――撃て」
「はあぁぁぁぁぁッ!!」
シキの号令と共に、私は解き放った。
それはもはや炎ではない。熱線だ。
空気を裂く音さえ置き去りにして、白い光の帯が一直線に伸びる。
ジュッ――。
一瞬だった。
ウォルターが展開した三重の水壁が、紙のように貫かれる。
熱線は彼の頬をわずかに掠め、背後の闘技場の防壁を粉砕し、結界のさらに外側にある石壁をも溶かしてようやく消滅した。
「あ……あ……」
ウォルターは腰を抜かし、泡を吹いて気絶していた。
もし照準が数センチずれていたら、彼の頭は蒸発していただろう。
圧倒的な静寂。
観客席の誰もが、言葉を失っていた。ランク900位と序列外の戦いなど、泥試合になると思っていた彼らの目前で、上位ランカークラスの「戦略級魔法」が放たれたのだから。
「はぁ……はぁ……」
魔力を使い果たし、私はガクッと膝をつきそうになる。
それを、背後のシキがしっかりと支えていた。
「よくやった。悪くない出力だ」
「か、勝った……? 私たちが……」
「ああ、完勝だ」
シキは拘束を解くように手を離すと、ポケットからハンカチを取り出した。
そして、まだ呆然としている私の額に浮かんだ玉のような汗を、無造作に拭う。
「だ、だから! みんな見てるってば!」
「気にするな。オーバーヒート後の冷却管理も技師の仕事だ」
彼は平然と言い放ち、気絶した対戦相手には目もくれず、私をエスコートして出口へと向かう。
会場の静寂が、遅れてやってきた爆発的な歓声へと変わる。
『紅蓮の破壊者』と『魔力ゼロの調律師』。
学園中が、この奇妙で最強の「バカップル(に見える)」パーティの誕生を知った瞬間だった。




